その日は妖怪の力が弱まる新月の夜であった。
いつもに比べて人間の客が多い夜雀亭を訪れたのは一人の亡霊と一人の道士だった。
二人はこういったところに来るのは初めてなのか興味深そうに見まわしていた。
「いらっしゃいませ」
とは言え、店の入り口に立ちっぱなしではほかの客の迷惑にもなるので、店主がその客への応対にあたった。
「ここが夜雀亭ですか?」
店主に答えたのは二人のうち、より独特的な髪形をしている道士のほうだった。
彼女は耳あてをしており、腰には飾りのついた剣を佩いていた。
「ええ。ここは夜雀亭で私は店主のミスティア・ローレライといいます」
「これはどうも丁寧に。私は豊聡耳神子です。でこっちが蘇我屠自古」
「屠自子だ。よろしく」
屠自古と名乗った亡霊は軽く礼をした。
亡霊が店に来ることはめったにないこの店ではあるが、彼女が特に客や店に危害を加えることがないと判断した店主は礼を返した。
「本日は二名様でしょうか?」
「まぁ、そんなところです」
「それなら申し訳ありませんが、今日はカウンター席しか空いていませんけど、よろしいでしょうか?」
「食べられるなら大丈夫です。あと、」
「はい。何でしょうか?」
「鷲田さんという方をお呼びしてもいいでしょうか?」
二人が席に着いたところでちょうど料理が一段落した従業員が彼らの前に立った。
「はい、鷲田だが…」
従業員の姿を認めた二人の客は席を立ち、頭を下げた。
「いつも私の弟子が迷惑をかけてすみませんでした」
「え?」
唐突に知らない人から謝罪され、まったく事態を呑み込めてない従業員に屠自古から説明が入る。
「物部布都は知っているな。彼女は私の兄弟弟子であり、その師がここにいらっしゃる神子様だ」
物部布都という言葉に従業員は彼女の顔を思い浮かべる。
いつも唐突にやってくる彼女のことを知らないはずがない従業員はそれに答えた。
「あぁ。布都の関係者か」
「いつも彼女があなたを退治しようと襲っていると小耳にはさみましたのでそれを謝罪しに来たんです」
「いや、そこまでしてもらわなくて結構だ。だから、頭を上げてくれ」
「あなたがいいと言っても私の気が済まないので」
頑なに頭を下げる神子に対して従業員はため息をつき、言葉をこぼした。
「…実際、布都と定期的に戦っているから俺も戦いの勘が鈍っていないところあるし…」
「…え?今なんて?」
予想外の言葉に神子が思わず頭を上げる。
「布都の襲撃はこっちとしてもプラスなことだからそこまで気にしなくていいぞ」
「本当ですか?」
「本当だ。…とは言っても彼女を見かけたら止めるくらいはしてくれ。こっちの店の都合とかもあるから」
「それぐらいはしますので」
「じゃ、これでこの話はおしまいだ。注文でも聞こうか」
「それならクレープとやらを。以前布都が『斬新な甘味を食べてきたぞ!』と自慢げに話してきたので気になっていたんです」
「クレープねぇ…確かに前布都に出したことがあったな。そっちは?」
「私は…カレーとやらを頼む」
「それも布都に出したことがある…ん?」
突然動きを止めた従業員に対して怪訝そうに二人が声をかける。
「どうしましたか?」
「今思ったんだが…下手な客より布都のほうがうちの料理食べている気がする…」
「本当ですか?」
「あぁ、うん、本当だ。あいつ来るたびに違う料理を注文していくからそりゃそうか」
「それは何というか…」
「本当に申し訳ありません…」
どこかいたたまれない気持ちになった二人が頭をもう一度下げた。
後日。
布都がいつも通り従業員に挑戦しに来た時、神子も付いてきていた。
布都の見張りか何かでついてきたと思った従業員は適当に布都をあしらいながら来た理由を神子に聞いた。
「神子…だっけ?今日来たのは布都の見張りか何かか?」
「それもありますけど…」
「けど?」
「甘味が食べたくなりまして…」
「は?」
「この間のクレープの味が忘れられなくて…後、アイスクリームとかという氷菓子も食べてみたいです」
「鷲田!我もそれを頼むぞ!」
従業員が絶句したのも無理のない話である。