「サグメ様、この店です」
その日、清蘭が夜雀亭に連れてきたのは片翼の無口な少女だった。
サグメ様と呼ばれた彼女は店を見回すと料理を運んでいた店主にアイコンタクトを送った。
「あ、いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「はい。できれば個室がいいんですけど、空いていますか?」
店主に答えたのは清蘭のほう。
もう片方は頷くだけで決して声を発しようとはしなかった。
「丁度空いていますよ。それではお二人様ご案内です」
店主に連れられて個室に案内された二人は席に座る。
次の料理を運びに行ったのか、店主が去っていくのを確認すると片翼の少女が口を開いた。
「いい店ね。活気があって」
彼女、稀神サグメの言葉に清蘭が頷く。
「サグメ様もそう思います?いやぁ、最前線に行けと聞いたときはどうなるかと思いましたけど、この店を知れたのはプラスだと思っていますからね」
「そう。あなたがそう思うならそうなんでしょう」
「サグメ様もこっちにきたらどうですか?」
「私は月でやらなきゃいけないことがまだ山積みだから」
「それは仕方ないですね」
「えぇ、仕方ないことよ。ところで」
「どうかしました?」
「鈴瑚はどうしたの?」
「彼女は今日は人里の団子屋に行ってくるらしいです。なんか仙人の知り合いもできたらしいですし」
「…いったい何をやっているのかしら」
「私が聞きたいです」
二人の間に沈黙が訪れる。
その沈黙を破るかのように個室の扉が開かれた。
「お品書きです。注文が決まりましたらお呼びしてください」
個室に入ってきたのはメニューの一覧が書かれた板を持ってきた店主だった。
お品書きを渡した店主が去っていくと清蘭が慌てたように声を発した。
「サ、サグメ様!注文決めましょう!」
「そ、そうだな」
お品書きを見ていると、サグメがあることに気付く。
サグメが指差したのはメニューの一部分。
そのメニューには上から取り消し線が引かれていた。
「あら?この『鮎の塩焼き』って売り切れなのかしら?」
「みたいですね。上から線が引かれてますし」
「うーん、川魚ってめったに食べることないから食べてみたいけど…」
「一応聞いてみますね。すいませーん」
清蘭の呼びかけに店主がやってくる。
「はいはーい。ご注文は決まりましたか?」
「いえ、このメニューなんですけど、売り切れですか?」
「申し訳ありません。『鮎の塩焼き』は今年初めて提供を始めたメニューですので皆さんご注文して、売り切れなんです」
「ということは鮎がないから提供できないと」
「えぇ。明日だったらたぶん追加分が来るので大丈夫なんですが…すいません」
「まぁ、鮎がないなら仕方ないわね」
「そういってもらえて何よりです」
その時、店の一部がにわかに沸き立った。
疑問に思った店主が向かうとそこには夜雀亭に魚を提供している漁師が桶いっぱいの魚を持ってきたのだ。
中に入っていたのは先ほど話題に上がっていた鮎。
何を隠そう、この漁師、『どうせ売り切れるから』と今の今まで鮎釣りをしていたというのだ。
「というわけで『鮎の塩焼き』は提供できますけど、どうしますか」
「ならそれと適当な清酒をそれぞれ二人前ください。清蘭もいいわよね」
「大丈夫です」
「了解しました」
店主が去った後、ご満悦の顔をしているサグメを清蘭が睨んでいた。
「どうしたの、清蘭」
「いや、サグメ様。いくら食べたいからって能力を使うことはないでしょう」
清蘭が言っている能力とはサグメの『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』のことである。
この状況で鮎が届くのは彼女の能力以外ありえないと思った清蘭はそれを問い詰めた。
問い詰められたサグメはあらぬ方向を見ながら片言で返す。
「ナ、ナンノコトカシラ?」
そうやってとぼけるサグメを清蘭はじっと睨んでいた。
しばらくするとお盆に料理を乗せた店主がやってきた。
「はい、ご注文の『鮎の塩焼き』です。お好みで大根おろしやレモンもどうぞ」
「ありがとうね。じゃ、清蘭。食べましょうか」
「そうですね」
何とか追求から逃れたサグメと追及をやめた清蘭は手を合わせる。
「「いただきます」」
祝・鮎漁解禁(一日遅れとか言わない)。