ある日の夕方、一人の少女が夜雀亭へとやってきた。
「ふわ~あ、眠い」
頭に赤い三角帽をかぶった彼女は慣れたようにカウンター席に座る。
そして机に伏せながら目の前の従業員に言った。
「じゃ、私ちょっと仮眠するから起こさないで」
「ここはお前の寝室じゃないと言ってるだろ、ドレミー」
従業員の返しにいやいやながらも顔を上げたのはドレミー・スイート。
夢を支配する能力を持った彼女もまたこの店の常連客であった。
「いいじゃない、注文はするから。料理が来るまで寝るだけだよ」
「だったら注文をしろ。注文をせずに店に来るなりいきなり寝るなよ」
「そうね。だったら…ハンバーグを一人前頂戴」
「おま…作るのに時間がかかる料理をわざと選びやがって…」
「じゃ、料理が来るまで寝るから。おやすみー」
そういうや否や再びカウンターに伏せるドレミー。
すやすやと寝息を立て始めた彼女に対し、従業員はため息をつくとあきらめて料理へと向かった。
夜雀亭では一部の料理を除いて注文を受けてから調理を始める。
そのため一部の料理は注文から提供されるまでの時間が長く、そういった料理はなかなか注文されにくい。
例えばハンバーグもその一つだ。
この店ではひき肉にすることから始めるため、ハンバーグ自体に調理にかなりの時間がかかる。
それに付け合わせの野菜も付いてくるためかなりの時間を調理に要するのだ。
そんなこんなでそれなりの時間が経過したころ。
ドレミーは自分の頭が小突かれているのを自覚して目を覚ました。
「おはよう…」
「もう夕方だけどな。何はともあれ起きたのならそこを開けてくれ。注文のハンバーグだ」
ドレミーが頭を上げてできたスペースに従業員が置いたのは一つの皿。
そこにはハンバーグと野菜が乗っており、ハンバーグにはソースがかかっていた。
「あ、できたのね」
「できたのね、じゃない。ほら、出来立てのうちに食べろよ」
「食べろよって言っても…」
そういってドレミーは周囲を見渡す。
キョロキョロ見回す彼女の視界にはあるものが見られなかった。
「箸は…?」
「箸?あぁ、お前が寝るのに邪魔にならないように片づけていたんだったな」
彼女が探していたのは箸をはじめとした食事をとるためのアイテム。
それらは彼女が寝ているのを見かねた従業員が片づけていたのだ。
ナイフとフォークを取り出した従業員はドレミーにそれを渡す。
「箸じゃないけど…」
「ハンバーグを食べるなら箸よりもこっちのほうがいいぞ」
「それもそうね。じゃ、いただきます」
ナイフとフォークを受け取った彼女は目の前のハンバーグを食べ始めた。
彼女がナイフでハンバーグに切れ込みを入れるとそこから肉汁があふれ出す。
出来立てゆえのその光景にしばらくうっとりとしてから彼女は食べ始めた。
「うん。ジューシーでおいしい」
「まぁ、それがこの料理の売りだからな。待ってはもらうが、待ってもらうだけの価値があると思っているぞ」
「みんなも注文すればいいのに」
「待っている暇があるならもっと多く飲みたい人が多いからな」
「それもそうか。ここはそんな場所だしね」
少し寝て頭がすっきりした彼女はその料理を黙々と食べる。
食べ終えた彼女は口元をぬぐうと従業員のほうを見て言った。
「んじゃ、今日はこれで帰るから」
「そうか。今度はしっかり寝てから来いよ」
「ははは。誰だって寝起きは眠いものだよ。それじゃこれで」
お代を払った彼女は席を立って最後にこう言い残した。
「それじゃ、いい夢を」