「やっほー、進。みんなのアイドルヤマメちゃんだよー」
「帰れ。もしくはそのアイドルっていうのをやめろ」
ある日の深夜。
客がいなくなった夜雀亭で従業員が作業をしていると二人店にやってきた。
土蜘蛛の黒谷ヤマメと釣瓶落としのキスメの二人は店に入ると作業をしている従業員の様子を見に厨房に入り込んだ。
「私からアイドル成分取り除いたら何が残るのさ」
「少なくとも土蜘蛛が残る。というか人里じゃ人気ないだろ、お前」
「地底では人気だよ?ほんとだよ?」
「本当か、キスメ」
「た、たぶんそうじゃないかなぁ…」
従業員の追及に目をそらすキスメ。
そんな様子のキスメを見た従業員はヤマメをジト目で見た。
「キスメと一緒に地底に行くことはないから知らないだけだよ」
「そういうことにしといてやる。よし、鮎の下準備はできた」
「なに作ってんのさ、進」
「鮎の押しずし。今から酢飯作るから手伝ってくれないか?」
「私?私自慢じゃないけど料理できないよ?」
「それでも大丈夫だ。この桶の中の酢飯をあおいで冷ましてもらうだけだから」
「確かにそれならできるね」
そうして二人は作業を再開する。
最初は黙々と作業をしていた二人だが、それに飽きてきたのかヤマメが口を開いた。
「それにしても進は私たちがこの店に来ることを拒まないんだね」
「どうした、藪から棒に」
「私たちって人里の人には嫌われているじゃん」
「誰だって病気を操るやつと首を刈るやつとは仲良くしたいとは思わないな」
「なのに人里の人が来るこの店に私たちが来るのを拒まないじゃん」
「拒む理由がないからなぁ」
「え?」
「客や店に危害を加えなければ誰だって歓迎するし、第一」
短針が頂点を回った時計を指差しながら従業員は言葉をつづける。
「こんな時間にわざわざ来る人を返すのはどうかと思うぞ」
「でも料理の注文は取らないんだね」
「うるせえ。こんな時間に来るからだ」
「じゃあ私が注文をもらえるにはどうすればいいのさ」
「時機を見て来い。満月の夜とか妖怪が活発だから人はほとんどこの店まで来ないぞ」
「そうなの?」
「そうだ」
「ふぅん。考えておくわね」
「でも、客としてくるならお金を持って来いよ」
「え」
「あたりまえだろ。ただ働きはしたくないからな」
「ちえー」
「ちえー、じゃない」
酢飯が完成し、それを桶に敷き詰めたのちに具材を乗せる。
その上にふたをした従業員はその上にもう一個桶を乗せた。
その中に入っていたキスメごと。
「ちょっと何をするのよ」
「いい重しが見つからなかったからな。ほんのちょっとの時間だけだから我慢してくれ」
「あれ?押し寿司って重しを乗せる料理だっけ?」
「誰だって疲れるのは嫌だから」
「…これを後で食べさせてくれるなら我慢してあげる」
「元からそのつもりだよ」
「わかった」
「ところであいつは何をしているんだ」
そういった従業員の視線の先には興味深げに店内を見るヤマメの姿があった。
「この店って河童謹製なんでしょ」
「そうだな。備品とかもにとり…河童作だな」
「だからじゃない?ライバルの技術を見て盗もうとかそういうところじゃないの?」
「なるほど。てかライバルなのか」
「ライバルだよ。ヤマメって建築とかもしているから」
「手広いな」
「手広いよね…ところでそろそろいいんじゃないの?押し寿司」
「そうだな。ありがとう」
従業員がキスメをふたの上から取り除き、桶から取り出した押しずしを切り始める。
切り分けた押し寿司を丁寧に包装し、余りを一口サイズに切り分けた。
一口サイズのそれらをいくつか皿に盛り、二人に渡した。
「ほい。手伝ってくれてありがとうな」
「気が利くね」
「ただ働きはさせない主義なんで」
「でも、進は食べないの?」
「二人が食べ終えたら寝るつもりだから。今からたべるのはなぁ」
「そう。じゃ遠慮なく」
「「いただきます」」
押し寿司を食べた二人は満足げな表情で帰っていった。