「春ですよー」
春告精が弾幕をばらまきながら幻想郷のあちらこちらを飛び回っている日。そんな日の昼食にするにはもう遅い時間帯。お昼の書き入れ時を乗り切った店主と従業員が寛いでいた。
「春になりましたね」
「そうだな。俺たちが店を始めて三回目の春か。なんか、慧音のところで教鞭取ってた頃が懐かしいな」
「あの時はこうして進さんと一緒に居酒屋を営むなんて思いもしませんでしたよ」
「俺もミスティアと一緒に働くなんて思っていなかったなぁ」
そういう会話を二人が繰り広げていると一人、客が訪れた。
「ごめんくださ~い。今大丈夫?」
入り口から顔をのぞかせるのは桜色の髪をした女性。彼女は店の人の返事を待つことなくカウンターに座る。そんな客に対応するのは丁度カウンター付近にいた従業員であった。
「幽々子さん、今日はおひとりですか?」
「そうよ。妖夢は庭の手入れをしているから退屈しちゃって」
「あぁ、妖夢ってそういえば庭師でしたね。いつも刀振り回しているイメージしかないから忘れてましたよ」
「ふふふ。あの子はただ一生懸命なだけなの。お庭のことにも、剣術のことにも。だからそれを直接言っちゃダメ。分かった?」
「肝に銘じておきます…」
「それならいいわ。さて今注文いいかしら?」
その時従業員と店主の両方に緊張が走る。
それもそのはず。何せこの目の前にいる女性は大食いであることで有名だからだ。
曰く、一人である店のメニューを十周したとか。
曰く、ある店の食材をすべて食べきったとか。
曰く、百人前の食材を食べたとか。
真偽はともかくそういう噂が流れるような人である。
果たして彼女がどれぐらい食べるのか、そして自分たちはそれを対処した後営業できるのか。そんな恐怖を抱いている二人の心情を知ってか知らずか彼女の口から注文が出る。
「お吸い物一杯だけお願いするわ」
その注文に店主と従業員は拍子抜けした顔をする。何せ先ほどあげた噂が流れるような人がお吸い物一杯しか注文しなかったのだ。そういう反応をとらないほうが不思議だろう。しかし、注文した本人はその反応に不服なようである。その証拠にジト目で二人を
にらみながら反論する。
「何よ。私がほんのちょっとしか注文しなかったことに驚いてるの?そりゃあそういうときだったらいくらでも注文するけど、今は昼食と夕食の間よ。さすがの私でも自重するわ」
「そうですよね。あはは…。…お吸い物でしたよね。ちょっとお待ちください」
するのかよ、というかそういう時ってどういうときだよ、と思いながら従業員は逃げるように料理を作り始める。しばらくすると山菜と筍を具材とした吸い物を完成させた従業員がそれを持ってきた。尤も、その間客はずっと従業員のことをにらんでいたわけだ
が。
「はい、注文の品ができました。…今日仕入れた旬の物だけで作ったのでいい加減機嫌を直してください」
「むう。そういわれたら機嫌を直すしかないじゃない」
いくらか表情を緩めた客は吸い物に手を伸ばす。新鮮な旬の食材をふんだんに使ったそのお吸い物がおいしくないはずがなく、客はほほを綻ばせる。
「こういったものを食べると冬が終わって春が来たって感じがするわね」
「旬の食材っておいしさ以上に季節を伝えるという要素があると思うので。積極的に取り入れてますよ」
「景色と似たようなものね。花見の季節ももうすぐかしら?」
「あぁ、あの季節が始まるのか…今年は何回花見が開かれるんだろう…」
「ふふ、料理はここに頼むからよろしくね。その時はお望み通りいくらでも注文してあげるわ」
「え、ええ。今後ともご贔屓に…」
若干目が死んでいる従業員の様子を傍目に客はまだ見ぬ宴会料理に心を弾ませていた。
桜って外国じゃくすんだピンク色の花びらをした汚い、しかもすぐ散ってしまうというダメダメな花という認識らしいとか。
桜を綺麗に思える日本人が特殊なんでしょうか。