「まさかとは思うが……」
空中で浮いたままの蒼は直ぐに自分の腹に手を抑えると、貫いた傷が修復していく。それと同時になぜ自分が貫かれたのかを考えながらも、あの魔法を使ったのは些か早すぎたとも考えていた。
今回のCADは一条家で発掘した物質を調整した試作型CAD。理論上は発動するはずだと考えていたが、結果は予想通り何事も無く発動していた。
「そろそろあいつらが来る頃だな。これは今後の調整が必要になるだろうな。でないととこれでは周囲への微調整が出来ない」
空中でそんな事を考えていると達也達も内部へと突入していた。先ほどの魔法の影響で部隊の半分は蒸発している。高温過ぎる為に跡形も残っては居ないが、範囲が大きすぎたのか床の部分までもが融解している。
蒼の言う調整はまさにその事だった。
事態は達也と深雪が首謀者でもある司一を捕縛した事で結果的には収束を迎えていた。本来であれば同行した十文字家の力で警察を抑え込む事にしていたが、現状には正に異質とも言える状況が広がっていた。
融解した地面は未だマグマ状のままであれば、いくら他の人間に口外しない様に言論統制をした所で、現場検証をすれば困る事になる。当初はどうしたものかと考えはしたものの、結果的には場所柄、廃棄物が激しく引火したのを消火したとのでっち上げによって、強引に終わらせる事になっていた。
「お疲れさん。なんだ?全員捕縛したのか?」
「蒼か。これが全員かどうかは知らないが、聞いている人数とは随分違っている様だ。お前は何か知らないか?例えばこのマグマ状の物だとか?」
どこに居たのかと達也は一瞬蒼を見ると、腹部に銃撃を受けた様な痕と同時に赤い染みが出来ているのを見ていた。当初は驚く雰囲気があったが、模擬戦で見せた異様な治療魔法があった事を思い出したのか、それ以上の事は何も話す事は無かった。
達也が司一と対峙した後、逃げる様に奥へと走り出した所を追いかけたものの、途中で異様な熱気に感づいたのか、追いかけた先で司一は走る事を止めただ目の前の光景を呆然と見ていた。
司一の記憶が間違っていなければ、この先にはライフルを装備した部下が待ち構えているはず。にも関わらず目の前にはマグマだまりがあった事からその場で呆然としていた。
「さあな。俺は知らないな。来た時には既にこうなってたぞ。それよりも発散系の魔法でこの制服を綺麗にしてくれないか?このまま帰るとアヤが心配する」
蒼が知らないと言えば、あとは確認する術は何もない。模擬戦の事を考えれば何かを隠している可能性は捨てきれないとは考えるも、目をそちらに向ければ身体の傷はやはり無いからなのか、目の前の蒼の制服には腹部に乾き始めた激しい血の跡だけが広がっていた。
「深雪。すまないが蒼の制服を頼む」
「はい。では蒼さん。その場で動かないでください」
深雪の放った魔法が血糊や汚れをまるで無かったかの様に消していく。僅かな穴は開いているが、こればかりはどうする事も出来ない。これに関しては多少事実を捏造すれば問題無いだろうと考え、これからの予定を考えていた。
既に外にはテロリストが捕縛され、このあとは司法の裁きを受ける事になる。この場が収まるにはもう少しだけ時間が必要だった。今はただ時間をつぶすかの様に状況確認すべくその場に留まっていた。
「お前が赤城蒼か?」
「それが何か?」
今後の予定を考えていた際に背後から不意に呼び止められる。この声が誰なのかは知らないが、相手の方はまるで自分の事を良く知っている様でもあった。
「俺の名前は桐原武明だ。おまえが散々扱き下ろした服部の友人だ。お前は何を考えているのか知らんが、もう少し先輩を敬ったらどうなんだ?」
桐原の言葉は先ほどの討論会の話である事は理解できたが、蒼としては服部の面子がどうなろうと知った事では無かった。事実約束したのは生徒会長の真由美であって、決して服部ではない。
ましてや真由美の発言した事実がその場で広がった事もあってか、学校内ではそんな話で持ち切りとなってた。
「先輩と敬って欲しいなら人格者として認められる様に努力するんだな。怒りに目を奪われ己の本質すら理解出来ないだけの矮小な人間はただ先に産まれた程度の存在でしかない。そんな輩をどうやって敬えと?お前も服部の友人だと言うのであれば本来はあんな態度を注意するのが筋だと思うが、それすら出来ないのであればお前もあいつ同様に二科生を蔑む口じゃないのか?」
この言葉に桐原はそれ以上何も言えなかった。自分も同じ轍を踏んだからなのか、それとも学校での蒼の言動が気に入らなかったからなのか、この場でやんわりと言ったつもりが正論じみた言葉に何も言えなかった。
「誤解の無い様に言うが、あんな程度の人間は魔法科大学に行けばゴロゴロ居るんだぞ。世間を知らない蛙が大海を見た瞬間、己の矮小さと向き合えるのか?ここの人間は知らない様だが、一高の評判は思うよりも悪いぞ。頭でっかちの世間知らずでな」
この言葉にその場にいた全員が違和感があった。目の前の蒼は高校に入学したばかりのはずにも関わらず、どうやって魔法科大学の事を知っているのだろうか。疑問とも呼べないにせよ、事実はその言葉にしかない。
そんな見えない答えは次の言葉ですぐに理解出来た。
「俺は実技以外は大学の卒業課程まで終わってる。だから知ってるだけだ。世間知らずは世間を知る所から始めるだろうが。そんな事も知らないのか?」
この言葉に達也は目を見開き、深雪は驚きのあまり口許を隠している。肝心の桐原に関しては想定外の回答に理解出来なかったからなのか、それ以上の言葉は何も出なかった。
「大体ここは国際魔法協会が定めた基準で分けてるのは誰もが知っての通りだが、事実、魔法は手段であり道具でしかない。にも関わらずここの連中の大半は目的になっている。この前の放送室立てこもりでいた、壬生だったか。あの女の実力ならここじゃ不遇かもしれんが三高辺りなら専科でも上位に入るだろうな。入る学校を間違えたのが実に残念だな」
蒼の壬生の言葉に桐原は僅かに反応していた。道場での一件の事はともかく、第三者がしっかりと評価した事に驚いていた。服部からは何も聞いていないが、僅かな時間とは言え、そうまで高い評価をしたこの人物は案外と冷静な判断が出来ると考えていた。
「あの、蒼さん。そんなに違う物なんですか?」
何気に話した言葉に反応したのは意外にも深雪だった。本来であれば兄が二科にいるのがおかしいと常時考えていた部分も影響したからなのか、それとも討論会での話を聞いたからなのか普段とは違い客観的な話をしていた蒼の言葉に素直に確認したいと考える部分があった。
「そもそもの前提が間違っているんだ。俺の考えに反論する者もいるかもしれないが、元々魔法は核に変わる兵器としての役割を持ったからこそ魔法協会を発足し、各国の示威とも言える兵力を明確にする為に設立されたのが当初の始まりなんだ。その結果が魔法技能師、所謂資格化させた事が全ての始まりとなる。
幾ら素晴らしい事を言った所で人類が歴史を刻んでからの事を考えればこんな魔法師の制度なんて微々たるものだ。
そんな歴史が浅い物にしか追い縋る事が出来ない人間は所詮はそれまでだろ。確か十師族だったか。あれも所詮は魔法師の人格を明確にする為の取り組みであって、誰かが意図的に作った制度を妄信しているのは頭が悪い証拠だ。ルールなんて物はその時の権力者が弱者に対して一方的に押し付けた物だ。これが人類の開闢以来何一つ変わる事が無い事実だ」
蒼の言葉にはどこか釈然としない部分もあるが、個人の能力は個人の個性であってそれが優劣につながると考える人間は極めて矮小な物でもあると考える事が出来ていた。確かに蒼は一条家との繋がりがあるのを達也も深雪も確認している以上、本来はそっちよりに考えている節もあった。
しかし、出てきた言葉にそんな色は一切見えない。ただ単純に人である事だけしかなかった。
「実際に使い方が全てだろ?服部なんて油断したなんて思ってるから足元を掬われてあたふたするんだろ。自分の事が客観的に見れないただの糞餓鬼だ。再戦があるなんて思ってる時点で自分が死ぬ可能性も考える事が出来ないなら当然だろ?正直な所、再戦を考えた時点で負けてる事が理解出来ていないのがその証拠だろうが」
この言葉には達也が少しだけ感心する部分があった。再戦なんて考えるのは実戦に出た事が無い証拠。以前に聞いた情報が無ければ達也もそれ以上考える事は無かったが、目の前の蒼は佐渡侵攻戦の立役者である以上、確実に戦場に居た事になる。
尤もこれに気が付いた者はこの場に居た人間は達也と深雪以外には誰も居なかった。
「ここで優秀な人間が全員A級魔法師に慣れる訳でもないのにな。全く滑稽な話だ」
そんなやり取りが終わる頃には既に検証が完了したのか、全員がそのまま学校へと戻る事になった。
討論会の騒動の後はまるで何も無かったかの様に時間だけが過ぎ去っていた。この時点で少しだけ校内の空気が変わっていたのか以前よりも一科と二科の対立は成りを潜めていた。
そんな中で、季節は春から夏へと差し掛かる。学生にとっては有難い夏休みではあるが、その前に定期試験と言う名の障壁が立ち塞がっていた。そんな中で蒼の居るクラスに異変があった。
一番の原因はアヤがここに居た事がキッカケではあったが、何の為にここに居るのかをクラスの人間は遠目で見る事しか出来なかった。
「で、ここがこうなるとこの結果にはなる。結構似たような記述が多いからテストでは間違い易いのは間違いないだろうな。多分、この記述から出るぞ」
「そうなんです?じゃあ、これもさっきの理論から行けばこうなると考えれば良いんです?」
「これは……間違い無いと言えばそれまでなんだが、この記述は多分2.3年遅れてるな。今のセオリーはこれなんだが、この回答をどう判断するのかは担当者次第って所だな」
普段からこのクラスに蒼の姿を確認するのは朝と夕方位だけ。二科は担任制度ではなく、ネットワークを利用した授業となる為に論理の際に目にする事は殆どなかった。そんな中で学年でもかなり目立つアヤが来た事で男子は浮足だち、女子はどんな関係なのかを見ている事しか出来なかった。
しかし、話の内容に聞き耳を立てると試験の対策に関しては授業以上に分かり易く、また考え方も教員よりも論理的で分かり易くもあった。
「あの、赤城君。ひょっとして試験対策は終わってるの?」
蒼とアヤの間に一人の女生徒が話かけていた。この時期になると試験の対策は学生の本分であるからと膨大な範囲の中から出題される。実技ではなく、ペーパー試験で満点を取るのは難しくても上位に食い込むか及第点を取ろうと考える者からすれば、蒼の説明は随分と分かり易いと感じる部分があった。
「対策なんて要らないだろ?見れば何となくでも分かると思うが?」
「蒼。全員が蒼と同じでは無いんです。私だって分からないから聞いてるんですから、それはここの生徒であれば当然です」
助け船を出すかの様にアヤが蒼を窘めていた。討論会での言動を直接見た人間もこのクラスにいたからなのか、ある意味では完全に悪目立ちしている。この場にアヤが居たからこそ、その存在がクッションとなっていた。
「そうか。何か分からない事でもあったのか?今ならついでに教える事ができるが」
その一言が呼び水になったからなのか、その後で数人の生徒がタブレットを片手に集まり出す。気が付けば簡易的な授業になりつつあった空間が思いの外好評だったのか、それは下校時間ギリギリまで続いていた。
それが結果に繋がったのか、上位陣に食い込むまではしないものの、全体の中でも理論に関する成績は全体的は大きく順位を上げる結果になっていた。