蒼が離脱したあと、一高の生徒は七草、北山家が所有するヘリでこの地より脱出する事を選んでいた。しかし、移動の途中で逃げ遅れた一般市民が居た事から、襲撃を跳ねのけならの移動には各自が警戒しながらだった事もあったのか、徐々に疲弊し始めていた。
ヘリで収容する為には一定以上の空間が必要となるだけでなく、今は一般市民を最優先させる事を前提に行動している為に、エリカやレオを中心に、到着場所の確保を優先していた。
一般市民をそのまま巻き込む訳には行かず、一定の距離は離しながら着陸出来る場所を確保する。事前に展開された幹比古の術式によって一旦は何も問題無い様に思われていた。
「そろそろ頃合いじゃないのか?」
「時間的にはそろそろなんだけど……」
これまでの戦いは深雪はとアヤの魔法力と幹比古の探知能力、それを補佐する為にこの地に呼ばれた美月を中心に、レオとエリカが近接攻撃をする事により、以前この場を確保する事に成功していた。しかし、いくら魔法師と言えど戦場での消耗はこれまでの様な試合とは違い命のやり取りが発生する。その影響もあってか徐々に精神力が摩耗すると同時に、その勢力図は徐々に塗り替えられ始めていた。
「また来る!でもこれは……」
「ミキどうかしたの?黙ってても分からないんだけど」
幹比古の言い淀む言葉にエリカは少しだけ嫌な予感を感じていた。
本来であればこの程度の自律型兵装をものともせずに破壊しているのであれば言い淀む可能性は極めて低いはずだった。もちろんそれに関しても現地で戦闘を続けている幹比古とって分からない訳では無い。
そんな幹比古の心配は現実の物となっていた。
「このままでは我々の今回の任務の失敗は免れません。既に現地では『摩醯首羅』の言葉が独り歩きしているのか兵士の士気が上がる気配はありません」
揚陸艦は正体不明の攻撃によって撃沈しただけでなく、『摩醯首羅』の脅威に怯えた兵士にとって、既にこちらが優位に立っていると認識出来る人間は無に等しかった。
既に交戦してからどれ程の時間が経過したのか、他の駐屯地から国防陸軍が横浜に向かって集結し始めている。このままでは自分達の命が本国に戻る前に消し飛ぶ可能性が高く、またそれが実感できたのか、司令部の中にも現地同様に動揺が伝播し始めていた。
「……仕方ない。このままでは我々が本国に帰った際に座るべき席が無くなる事だけは避けねばならん。まだあの兵器を積んだ揚陸艦は無事だな?」
「しかしあれは最終手段となる手筈では…」
「馬鹿か!先ほども言っただろうが!このままでは我々が帰るべき国が無くなるんだ。あれを使った結果などどうとでも言い訳すれば問題ない。まずはこの状況を何とかするのが先決だ!」
司令官の言葉に技官はそれ以上の言葉を告げる事は出来なかった。
誰もが口には出さないが、仮にこのまま帰国できたとしてもその後の生活と今の身分がどうなるのかは、これまでに見て生きた同胞を見れば一目瞭然だった。
負ければ死が待っているが、仮に生き延びたとしてもやはり待っているのは死に変わりない。それならば司令官に全責任を負わす事で自分達の保身を優先すべきと判断したのか、この場にいた技官全員が、それ以上の事は何も言う事もなく命令に従って実行していた。
「エリカ!今度の敵はこれまでとは違う。何がかは分からないが注意だけはしてくれ」
「分かったわよ。レオ!あんたも気を付けなよ!」
実体が見えない以上エリカにはこの地に何が迫ってきているのか判断する事は出来なかった。幹比古の言葉が事実だとすれば今度の敵は確実にこれまでとは違う可能性が高い。
口ではああ言ったものの、せまりくる気配はやはり尋常では無い事だけを悟っていた。
「深雪!」
「美月!」
独立兵装はこれまでの様な二本足の機械ではなく、通常の武装車両の様にも見えていた。
これまでと同じだと考えた深雪は自身の冷気を車両へと向ける。これまでならばその場て停止するはずの車両はまるで何も無かったかの様にそのまま一気に距離を詰めると同時に二挺の銃座がこちらに狙いを付けて向いていた。
二挺の銃口の先には深雪と美月がいる。既に行使したはずの魔法がかき消されたのか、幹比古も慌てて魔法を行使するも何かの障壁が行使されているのか、まるで受け付ける気配すらなかった。
二挺の銃から発射されたのは25ミリ劣化ウラン弾。これまでに使われた対魔法師用のパワーライフルとは比べものにならない程の威力を持った銃弾は深雪と美月に向けて無慈悲にも発射されていた。
このまま着弾すればいくら魔法師の物理障壁が有ろうとも、その命が軽く消し飛ぶと思われた瞬間だった。
「ア…ヤ…さ……ん」
2人の前に立ちはだかったのはアヤだった。手前には魔法障壁は行使された事もあってその威力は完全では無いにしろ並の銃撃程の威力にまでは下げられていた。
致命傷こそ免れはしたものの、完全にその衝撃までは殺しきれなかったのか、アヤの身体は簡単に吹き飛ぶ。
先ほどの衝撃を受けた右手と左足は骨折したのか、動く事すらままならない。通常の魔法障壁を展開した所で何も変化が無いほどの威力はその場にいた全員の戦意を下げるには十分すぎていた。
「エリカ!後の事は頼んだ!」
「レオ!ちょっとどこに行く気?」
先ほどの武装車両は再び銃座を向ける。連射出来ないのは仕方ないとしても、その威力を魔法で封じ込めるのは物理的に厳しい状況に変わりない。かと言って、今のままではただ見ている事だけしか出来ないのもまた事実だと判断したのか、レオは全員の射線上へとその身体を差し出していた。
先ほどと同じ銃弾が発射されるのを見た以上、レオがどうなるのかは考えるまでも無い。既に死のカウントダウンが始まろうとしていた。
「このままやらせはしない!」
幹比古と深雪は再び武装車両へと魔法を行使する。しかし、かなり高度な魔法障壁が展開されているのか、先ほど同様に受け付ける事すらないままに発射の準備が進んでいた。
「何かがこっちに来ます!」
緊迫した空気を裂くかの様に美月の声が響き渡る。既に戦っている幹比古は探知する余裕がなかったのか、美月の言葉の意味が理解出来なかった。事実改めて周囲を探知するも未だ何も見えてこない。
極限状態になった事による発言なのかと思った瞬間、それは唐突に姿を現していた。
美月が感じたのは濃密な程の存在を持った物。しかしそれからは生物特有の気配を感じる事が出来ない。今分かっているのは圧倒的な存在感だけだった。
『我の行動を妨げる者は無に帰せるがいい』
脳に調節響く声が何のかを判断する暇は既に無かった。改めて発射された劣化ウラン弾は大音量を上げてレオに襲い掛かる。
レオの身体が消し飛ぶと思った瞬間だった。発射された劣化ウラン弾は何も無かったかの様に塵へと還る。それが何をしたのかを理解した者は居なかった。
「何あれ?」
エリカが呆然とした様に声が漏れたのは無理も無かった。目のまえに居たのは炎を纏った馬にまたがる騎士の姿。それが何をしたのかを理解した人間はいないはずだった。
「あれは……」
骨折している手足を治すには自分が使える治癒魔法を行使する他なかったと判断したアヤはポケットから数枚の札を出す。時間の経過と共に骨折による痛みは徐々になくなりつつある頃だった。
「アヤさん、何か知ってるんですか?」
「ええ。詳しい事は後で。でもあれは敵では無いですよ」
深雪の言葉にアヤも肯定するが、それ以上の説明はしなかった。
実際にアヤがその姿をみたのはほぼ偶然に近い物だった。以前に用事があるからと蒼が居る部屋に言った際に、同じ物を見た記憶が本当だったのかと思う程度だった。
それを裏返すかの様に騎士は大剣を振るう。先ほどまで効果が無いと思われた車両は小さな爆発をしながら燃え盛っていた。それが合図になったのかヘリのローター音が徐々に近づき始めていた。
「ねえアヤ。さっきのあれは何?」
乗り込んだヘリは一般市民を乗せ、その場から脱出を図ると、時間差で来たヘリにエリカ達も乗り込んでいた。既に骨折がほぼ完治していたのか、アヤはこれまで同様に動く所まで回復していた。
「あれは魔法の一種なんだけど、詳しい事は分からないの。原理は不明だけど蒼が以前に行使していたのを見た事があるだけだから」
アヤはそれが何なのかを詳しく蒼から聞いてはいたが、この場で勝手に話せる事も無いのか、それ以上の言葉は発しなかった。先に乗っていた真由美達も何を話しているのか理解する事も出来ない。
既に会場のエントランスで虎を出しテロリストを抹殺した現場を見ていたからなのか、質問したエリカ以外の人間は何も言う事は無かった。これまでにも行使された魔法があまりにも異質すぎたからなのか、アヤの言葉に更に深く踏み込む事は出来なかった。
「まさかとは思うが、こんな所で感じるのは……」
空中に浮かびながら周囲を焼き尽くすかの様に魔法を行使していた蒼の感覚に何か違和感があった。これまでに2度経験したからこそ分かるその感覚が何なのかは考えるまでも無かった。
これまで国内にはあり得ないはずのそれがここに存在している以上、蒼にとってそれは当たり前の考えしかない。そこにある以上奪取する事は当然でもあり、それと同時に一つの懸念が生まれてくる。
それの価値を知っている者が居ないと考えていた事が間違いだと判断したのか、蒼はその感知できる元へと意識を向けた瞬間だった。目の前には見た事も無い黒い
姿の兵士がこちらの様子を見ていたのか、一定の距離を保ちながら様子を伺っている。 この戦場では敵味方の判断が困難なだけでなく、空中を飛んでいる兵士がどちらなのかを判断する手段が無い以上、攻撃が無ければそのまま無視すれば良いだけでしかない
。蒼はそう判断したのか、それ以上の考えを持つ事は無かった。
「貴様は何者だ!」
無視しようとした途端、黒い兵士からの問いかけに蒼は改めて意識を向けていた。
本来であれば一高の制服を着ている為に見れば変わるはずだが、今は認識を若干阻害した状態になっている為に、それが何なのかを判別出来なかったのか、黒い兵士は再度確認の為に問いかける。自分に向けられた言葉である事を理解していたが、生憎と蒼からしてもその兵士が敵か味方か分からない以上、話す道理はどこにも無かった。
問いかけを無視し、今は先ほどの感じた感覚の元に向かう事だけに意識がいったのか、警告まじりの言葉だったのか、黒い兵士は蒼に対し銃口を向ける。それが何を意味するのかは考えるまでも無かった。
「貴様如きに言うべき必要は無い」
短く発した言葉と同時に黒い兵士に向かって手を向ける。それが何かの合図になったのか、兵士は無意識の内に引鉄を引いていた。
発射された弾丸が至近距離とも言える蒼の眼前で停止する。それが何を意味するのかを黒い兵士は身を持って知る事になった。
黒いスーツは独立魔装大隊が開発したムーバルスーツ。本来であれば高性能なはずのそれは些細な魔法程度であれば何の障害も無く防ぐはずが、まるで機能が停止したかの様に内部から熱を帯びる。
その熱はまるで生き物の様に徐々に体内の温度を上げると同時に、遂にスーツの隙間から炎を上げて燃え広がる。
飛行魔法が機能しなくなったのか、先ほどまで生きていたはずのそれは炎に包まれながら地上へと無残に落下していた。
『主よ命は既に守られた』
落下しながら落ちて行く様を見ていると、炎を纏った馬に乗った騎士が蒼の元へと近づいてくる。先ほど解放したはずのそれが既に時間が来たのか蒼の元へと帰還していた。
「そうか。丁度良かった。これからお仲間の元に出向く。その時には再び頼んだぞ」
『御意』
その言葉と同時に姿が徐々に薄くなっていく。既にどのあたりに居るのかを確認した以上、あとは一刻も早く移動するだけとなっていたのか蒼は周囲を索敵していく。
敵としての意識がここに無いのであればあとは早々の決着をつけるべく現地へと急いでいた。