厄災の魔法師   作:無為の極

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第40話

 

「このまま魔法協会に向かうけど、皆は大丈夫?」

 

 真由美は一般人を乗せたヘリのルートとは違う場所へと移動するにあたって全員に確認を取っていた。既に周囲に敵の姿はどこにも見えず、このまま移動しても問題無いと判断した結果でもあった。

 

 

「真由美。そんな事を言ってもここから降りる訳にも行かないだろう」

 

 全員の沈黙を敢えて破るかの様に言った真由美の言葉は重苦しいヘリの空気を一掃する事は不可能だった。

 最大の要因はヘリに乗り込む間際にゲリラに襲われた桐原と五十里の怪我を無かった事にしたかの様な達也の魔法の影響だった。

 未だに目の前で愛すべき人間が重症から一転して何事も無かったかの様になった出来事に対し、何時もと同じ様に振舞えるほど卓越した精神を全員が持ち合わせていた訳では無い。それ程までにセンセーショナルな魔法だった。

 当初は感嘆の声が上がったが、その代償が深雪の口からこぼれた結果、それがどれほどの物なのかは想像すら出来ない。

 多大な代償によって達也の事実の一端を知った以上、軽々しく口を開く余裕さえ奪い去っていた。

 

 

「……摩利のツッコミを期待した訳じゃないんだけど」

 

「そんな事を言ってるんじゃない。真面目な話、今はどうなっているのかすら何も分からない状況なら魔法協会に行くのは当然の事だ。今は敵の姿が確認出来ないが、今後の戦局如何でこっちの状況も変わってくるんだぞ」

 

 ヘリに乗り込んだ際に、黒づくめの兵士が少しだけ護衛でついていた事によって安寧は保たれはしたが、戦場における油断が出来ないだけでなく、一般人のヘリを一刻も早くこの地より離脱させる事を優先した結果、今はほのかの魔法がこのヘリの命運を握っている。

 丸腰での移動がどれほど危険な物なのかは戦場を知らない人間でさえも理解していた。

 

 

「これって……」

 

「美月、どうかしたの?」

 

「エリカちゃん……魔法協会の方向に何か巨大な獣の様な物が見えたような気がしたの」

 

 このメンバーの中で美月だけが一人違う反応を示していた。古式魔法の『水晶眼』の持ち主でもある美月はこれまでにも敵の剪紙成兵術を見破った経緯があった為にその言葉が何を意味するのかは一部の人間には理解出来ていた。

 獣と言える程の圧倒的なオーラを発する物が何を指し示すのかは改めて考える必要はない。ましてやそんなオーラを発する人間は早々居ない。

 それは以前に捕縛し、今回の件で逃走した大亜連合の呂剛虎を暗に示していた。

 

 

「美月、それってどこから?」

 

 エリカの指す指の先はこれから向かう予定の場所でもある魔法協会。近接戦で世界十指に入るその腕前を持って襲撃するとなれば魔法協会にいる義勇兵と言えど歯が立たない可能性がある。

 見える脅威を目の前に改めてどうするのか決断に迫られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様は確か幻影刀の女だな。態々殺されにきたのか?」

 

 呂剛虎と対峙する事を決めたのはエリカではなく摩利だった。関本の件で一度エリカの兄でもある千葉修次と摩利は呂剛虎と病院内で対峙していた。その際には何とか捕縛したまでは良かったが、まさか脱走したとは思ってもなかったのか、以前の再戦とばかりにボディーアーマーを着込んで再び対峙していた。

 

 

「お前を改めて捕まえる為に来た。このまま素直に捕まるんだな!」

 

 既に摩利は臨戦態勢に入り、呂剛虎との距離を測りながら間合いを徐々に詰めていく。既にお互いの視線が交錯したままなのか、その場からお互いの気が逸れる事は無かった。

 摩利は既に獲物を抜いている。

 以前にも見せた変形型の刀身は未だ離れず摩利の手の中だった。お互いが視線を外す事無く集中していく。時間にして刹那とも言える時間ではあったが、その一瞬があれば問題無いと思ったのは摩利では無かった。

 

 

「いやぁああああ!」

 

 一瞬の隙を突くかの様に自己加速術式を行使し、エリカは一気に距離を詰める。10メートル近い距離は常人が魔法を行使するよりも早く呂剛虎の目の前まで一気に迫っていた。

 裂帛の気合いと共にエリカの刀は呂剛虎の頭に狙いを付けている。兜割の要領で繰り出された斬撃はこのまま頭蓋を叩き割るかの勢いを持っていた。

 

 

「素人が」

 

 自己加速からの一撃は常人が放つそれとは大きく異なる。神速の一撃は刀身に大いなる衝撃をもたらす要因を作ると同時に大気がパックリと割れるかと思える程だった。

 

 

「くっ!」

 

 エリカの斬撃は呂剛虎の頭蓋に直撃する事は無かった。ギリギリの所を見切られ最小限度の体捌きをそれを躱す。勢いに乗った斬撃を止める事は既に不可能だと悟ったのか、今度は一旦地面に叩きつけると同時にその衝撃を殺す事無く一気に振り上げる。

 下からの斬撃は思った以上に間合いが開いた結果なのか呂剛虎の顎先を僅かに掠めるだけに終わっていた。完全に躱された時点でエリカは自身の敗北を悟っていた。

 叩きつける斬撃とは違い、空中に向けた一撃はまさに捨て身同様の行動。完全に回避された事によってエリカの身体は空中で死に体となっていた。

 

 

「死ね」

 

 地面に皹が入る程の勢いで自身の右足が大地を踏みしめる。震脚から繰り出された右の拳はエリカの腹部をそのまま貫くかと思える程の衝撃を与えていた。呂剛虎の渾身の一撃はエリカの意識を奪うには十分だった。

 

 

「エリカ!」

 

 レオの叫びと同時にエリカは5メートル程飛ばされていた。近くにあった乗用車に叩きつけられると同時に口からは血があふれ出る。震脚がもたらした一撃はそのまま放置すればエリカに死神の鎌を差し向ける事になるのと同じだったのか、エリカの顔色は一気に青ざめていた。

 このままでは拙い。レオがエリカの名前を読んだ瞬間、自身の身体を呂剛虎の前に出していた。これまでの戦いだけでなく、先ほど繰り出された一撃がどれほどヤバい物なのかは改めて考えるまでもなかった。

 口からの夥しい喀血は既に制服を血で染めるだけでなく、恐らくは内蔵の一部が破裂している可能性もあった。このまま追撃を許せば確実のその命は散る。そんな無意識とも取れる行動だった。

 

 

「の野郎!」

 

 レオはエリカがやられた事により僅かに意識が揺らいでいた。戦場に置いて精神の乱れは致命的。ましてや冷静さを求められる魔法師となれば尚更だった。

 薄羽蜻蛉が作る刃が僅かに乱れたのか、呂剛虎は先ほどのエリカの一撃とは違い、鋼気功で強化した左腕でそれを防ぐ。

 既に冷静さを欠き鋭さを失ったそれは脅威では無くなっているのか、刃筋は乱れ従来の鋭さ完全に身を潜んでいた。

 奥義と呼ばれる攻撃がそうでなくなった瞬間、無意味な物へと成り下がる。

 薄く作られた刃は既に強度を失っていたのか最早斬りつける事すら困難な状態になっている事にレオは気が付かなかった。

 なまくらとも言える攻撃は呂剛虎の敵では無い。再び放った震脚からの一撃はエリカ同様にレオの身体を大きく吹っ飛ばしていた。

 

 

「ぐはっ!」

 

 いくら頑丈だと言えど踏ん張る事すら出来ない態勢での激突は甚大なダメージを受ける。レオは壁に叩きつけられた時点で意識が断ち切られていた。

 

 

「エリカ!西城!」

 

 共に一撃でやられた光景はあまりにも無情だった。

 既に周囲からは黒煙が上がってる。恐らくは魔法協会にも侵入している可能性が極めて高かった。

 本来であれば真っ先に魔法協会へと急ぐのが当然の行為。しかし、この場から摩利が離脱する事は許されなかった。呂剛虎の視線は既に摩利だけでなく、背後に居る真由美にも向けられている。この場から離脱すれば確実に真由美の命は消し飛ぶ事が確定していた。

 

 

「先ほどの女は幻影刀と太刀筋が似ていた。ならば貴様の首と先ほどの女の首を幻影刀に届けよう。どんな顔をするのか楽しみだ」

 

 呂剛虎の視線は既に未来を見ていたのか、ほんの一瞬だけ摩利から外れる。摩利はその瞬間を見逃す事はなかった。

 懐から出した管を周囲に巻く。中身は何なのかは分からないが、その瞬間呂剛虎の意識は僅かに揺らいでいた。

 

 

「これでも喰らえ!」

 

 摩利は僅かな隙を活かすべく、自身の獲物を一気に伸ばす。ワイヤーで繋がれた刀身は呂剛虎を斬り裂く様に刃が流れ呂剛虎の皮膚を斬り裂こうと襲い掛かっていた。

 

 

「今よ!」

 

 鋼気功で再び防ぐ隙を狙ったのか真由美は自身のCADを素早く操作し、ドライアイスの弾丸を作り出す。このままドライミーティアへと繋げようと思った瞬間だった。

 僅かに操作の為に視線が外れる。再び視線を戻した瞬間真由美の視界に飛び込んできたのは黒いボディーアーマを着込んだ摩利の身体だった。

 

 

「きゃぁあああ!」

 

 摩利の攻撃は鋼気功で防ぐ事は無かった。以前に受けた攻撃と今回の獲物が同じなだけでなく、その長さから呂剛虎はその刀身が描く軌跡を事前に察知していた。

 弧を描くその斬撃は予想した通りの軌跡。態々防ぐまでも無く回避した勢いを殺す事無く遠心力を活かした蹴りを摩利の腹に向かって放っていた。

 

 攻撃した瞬間はどんな達人であっても隙が生じる。まさにその瞬間を狙われた摩利はなす術も無くその蹴りが直撃する。巨体から放たれた蹴りは摩利の体重を感じさせる事無く真由美に向かって吹き飛ばす。

 既に魔法が行使されている事は知っていたが、その程度であれば何も問題無いと判断したのか呂剛虎は一気に行動に出ていた。

 

 

「時間の無駄だ」

 

 呂剛虎は今までに一度も使った事が無い札を出していた。大亜連合が得意とする化成体による攻撃。態々近づいて止めをさすまでも無いと判断したのか、それとも何かあるのかと警戒した結果なのか、青白い蛇へと札は大きく変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真由美はこの時点で何が起こったのか理解出来なかった。先ほどまで摩利が攻撃したと同時に呂剛虎は防ぐそぶりを見せていた。

 一旦どんな形であれ、防ぐのであれば時間を稼ぐ事が出来る。それならばとドライアイスの弾丸を発生させ、周囲の二酸化炭素の濃度を上げるつもりだった。

 CADを操作する為に外した視線のツケがここで降りかかってきた。まさか摩利が吹き飛ばされると思ってなかったのか、摩利の身体が巨大な弾丸の様に真由美へと飛んでくる。

 元々体術に優れている訳でもなければ武道の心得も無い。なす術も無いまま真由美に直撃していた。

 まるで嘲笑うかの様に呂は札を取り出すと1対の蛇を出している。それが何を意味するのかは考えるまでも無かった。青白い蛇は既に狙いを定めているのか化成体のはずが真由美と視線が合った様な気がしていた。

 

「このままやられる訳には行かないわ」

 

 真由美は直ぐに気を取り直すと同時に再び魔法を行使する。流れる様に操る指先には先ほど行使しようとした魔法。

 空中から現れたのは魔弾の射手と呼ばれる全方位からのドライアイスの弾丸を撃ち放つ事だった。既に周囲をぐるりと囲んだそれは殺傷能力を一切考える事の無い魔法だった。

 

 呂剛虎と言えど死角からの攻撃までは防ぎようが無い。このまま当てると同時に再び周囲の二酸化炭素の濃度を上げようと真由美は一気にそれを放つ。

 全方向からの攻撃の隙に摩利の意識を回復させる。それが今、真由美に出来る最大の行動だった。

 

 

「う…そ…」

 

 目の前で起こった事実がまるで嘘だと思わずにはいられなかった。全方位からの最大の攻撃は呂剛虎に届く事は一切なかった。以前どこかで見た光景。

 ドライアイスの弾丸が届く前に全てかき消されていた。

 

 

「残念だったな女。そんな子供だましの魔法が効くとでも思ったか」

 

 呂剛虎の歪んだ口許からはまるで児戯に等しいとまで言われたそれは、確実に相手の命を奪う程の威力があった。

 もちろん真由美とてこの場に於いて手加減すつもりは毛頭ない。殺傷能力をギリギリにまで引き上げて放たれた魔法がかき消された事実が真由美から戦う気力を奪い去る。

 未だエリカとレオは意識取り戻す気配はどこにも無く、また摩利も先ほどの一撃がアーマーの対衝撃を上回ったのか意識が戻る事は無かった。

 

 

「終わりだ」

 

 呂剛虎の言葉と同時に青白い蛇はそれぞれが違う動きを見せながら真由美の首へと襲い掛かる。大きく開いた口には死を誘う鋭い牙。喉笛を狙った攻撃に真由美は何も出来ず思わず目を瞑っていた。

 

 

 

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