第44話
横浜の事変の傷が漸く癒えると同時に、魔法科高校も世間同様に冬季休暇へと突入していた。一時期は魔法科高校にも多数のマスコミが押し寄せるのではと懸念されていたものの、今回の件で大亜連合との和平交渉が成立すると同時に世間の論争も徐々に下火になりつつあったのか、新年を迎え新学期を迎える頃には既にそんな形跡すら無くなっていた。
そんな中で1-Aの北山雫がUSNAへと留学の為に飛びだった以外は、特に大きな変化は無い様にも思えていた。
「そんな事があったのか……」
「ただ、完全にUSNAが認めた訳じゃないんだけどね。あくまでも噂だよ」
新学期が始まる頃、蒼の下に珍しく真紅郎から通信が入っていた。内容は極秘裏にUSNAが横浜で行使された魔法を解明すべく実験と称した魔法が周囲に大きな影響を及ぼしたとの内容だった。
事実、蒼もその話は噂程度はキャッチしていた。年末年始は一条家でやるべき事が目白押しだった事から、本来の目的地でもあった地域の情報を精査していた際に引っかかっ
た内容でもある。当初は何となく気に止めていた程度だったが、真紅郎の言葉からそれが噂ではなく事実である事が実証される結果となっていた。
「噂にしては具体的すぎるだろ?これがブラフなら情報戦に突入してるかもしれんが、内容を確認するまでもなく、魔法の方向性が違うんだ。多分下手に誤魔化すんじゃなくて少しづつ情報を漏らして、大きな混乱をもたらさない様にしてるんじゃないのか?」
蒼の言葉に真紅郎も頷く事しか出来なかった。確かに年末までの人間主義の反魔法師団体の行動は日本だけでなく世界中でも巻き起こっていた。
突如として大量の破壊をもたらした魔法のショックは余りにも大きすぎた。蒼は一条家にいたからこそ今回の顛末を確認する事が出来ていたが、やはり地元金沢でも一条家の事を気にしながらも人の口に戸が立たないのか、それとなく話は聞こえていた。
年末年始を迎えた事で漸く事態が沈静化したと思われる程でもあった。
「確かにその可能性は否定出来ないね。ただ、今回の魔法はどんな物なのは個人的には興味があったんだけど」
「興味は良いが、あの魔法だって似たような技術があるんだぞ。あれも場合によってはそれなりに秘匿すべき魔法なのは間違いないんだぞ。実際に揚陸艦程度なら一瞬にして蒸発させる程の威力がある。使いどころは間違えるなよ」
「その件なら問題ないよ。今は少しづつ改良を続けていけそうなんだ。後、もう少し時間があれば今までよりもスムーズに行けるよ」
以前に将輝に渡したCADとその魔法は現在の所、蒼の手を完全に離れていた。先の魔法程では無いが、個人が放つ魔法の中では凶悪とも言える威力を持っている。
正体不明の魔法は既に記録に残ってしまった以上、使用者は不明となっている為にそれ以上の拡散は無いと考える事が出来るが、真紅郎達に渡したそれは十師族が所有しているとなれば話はまた大きく変わってくる可能性を秘めていた。
ただでさえ凶悪な魔法の登場に日本以外の国では神経を尖らせている中での新たな魔法の発表は世界の軍事バランスを大きく変化させるだけの要素が多分に存在している。物質を一瞬にして蒸発させる超高熱だけでなく、最後はその痕跡すら残らない。しかもこの魔法の最大の特徴は周囲にもたらす被害が限定出来る点でもあり、万が一テロを起こそうとすれば各国の中枢に一発だけ発動させればそれで決着が付く点だった。
現状では将輝が使う偏倚解放がまるで子供だましだと言っても過言で無い事は当時の真紅郎だけでなく、現在研究している人間も同じ意見だった。提供はしたが、それ以上の関知はしない以上、今の蒼には現状がどうなっているのかを知るのは真紅郎の言葉だけだった。
「そう言えば話は分かるけど、一高に今度交換留学生が来るって話は本当なの?」
「早耳だな。丁度今来てるな。確かUSNAからだったな。何か気になるのか?」
「大した事じゃないけど、こんな時期にってのと、これまでに魔法科高校でそんな話は一度も無かったから珍しいと思ったんだ」
交換留学制度そのものは全く無いわけでは無い。しかし、あくまでもそれは一般の学生の話であって魔法師の卵と言える人間は国にとっては重要な人的資源となっている。本来であればありえないはずの重大事件の様にも思えるが、何か思惑があるのかと詮索しても無理の無い話でもあった。
「例の件で何かの思惑があるんじゃなのか?実験してたのもUSNA、留学生と留学先も同じ国だ」
真紅郎とは違い、蒼も確かに留学生とは挨拶はしたがそれ以上の交流は何もしていなかった。達也達が何かとやっている事は時折アヤから聞く物の、今の蒼にはそんな事は些事でしか無かった。
「そろそろ時間だな。また詳しい事は後日だ。多分近いうちにIMS絡みでそっちに行く事になるから」
「そうか。じゃあまた」
そのまま通信が切れたのを見越したのかアヤが部屋へと入ってくる。いつもとは違った様子に蒼は少しだけ違和感を感じていた。
「今度は何に首を突っ込んだんだ?」
アヤの一報はレオが入院した事実を伝えた事だった。既に千葉の手が回っているからなのか、レオは警察病院で入院している。今はまだ断片的な情報だけが来ているにすぎなかったのか、蒼は行く途中で合流した達也に概要を確認していた。
「レオが吸血鬼とやりあったらしい。で、今は警察病院で入院中だ。詳しい事は現地に行かない限り分からないといった所だな」
「吸血鬼?」
「蒼。ここ最近事件化している不可思議な事件の事です。変死体を調べると血を抜かれた痕跡があるそうです」
アヤの言葉に蒼はここ最近、その手の情報を遮断していた事もあってか漸く理解していた。これが報道のみであれば大した事は無いと考える事も出来るが、友人がその被害に遭うとなれば話は大きく変わってくる。今一つ飲みこめない状況がここに来て漸く理解出来ていた。
「あれ?みんな来たの?メールでも書いたかと思うけど、大したことは無いのに」
病院まで来ると真っ先に出迎えたのはレオの身内ではなくエリカだった。既に千葉家が警察省に対し、それなりに影響力を持っている事は知っていたが、まさかこんな場所で会うとは思っても無かった。
「エリカちゃん、レオ君は無事なの?」
「全然よ。見れば分かるけど、もう外傷は完治してるみたいな物だから」
エリカの『外傷は』の言葉が僅かに引っかかるが、名目上は見舞いである以上、病室の外に大勢で居るのは些か迷惑ともなり兼ねない。改めて全員がレオの見舞いの為に病室へと入っていた。
病室にはレオの姉がいたものの、この場に居る全員に何か思う所があったのか、すぐさま病室から退出していく。それが何かの合図になったかの様に改めて今回の顛末をレオが改めて話し始めていた。
「多分レオが遭遇したのは吸血鬼じゃなくてパラサイトだ」
レオの言葉にいち早く反応したのは幹比古だった。これまでの話を聞けば確かに不可思議な点があまりにも多すぎる。当初は仮説ではあったものの、やはりレオの言葉に何かを確信したのか、幹比古の表情は真剣そのものだった。
「パラサイト?」
「ああ」
エリカの言葉に否定するつもりが無いのか、幹比古はエリカの言葉をそのまま肯定する。それと同時に幹比古は蒼の方に少しだけ視線をやったかと思った瞬間、改めてパラサイトに関する説明を始めていた。
「でもそんな事ってあるんですか?」
「少なくとも現代魔法の定義ではなく、あくまでも古式の魔法についての定義だけどね」
見舞いに来ていたほのかの言葉に幹比古は当たり前の様に答える。当初は疑念はあったが、それは幹比古の一つの例で全員が信じる結果となっていた。
「蒼の例の虎もそうだよね?」
「ああ。あれは精霊を使役しているが実体化させる際に文字と札を媒介にしている。幹比古がどう思っているかは予想出来るが、おおむねその通りの認識だな」
横浜での炎の虎を思い出したのか、実際に自分達が見た以上パラサイトの存在を否定する材料はどこにも存在していなかった。実体化させるだけでなく使役する魔法はあきらかに現代魔法の領域を超えている。当時の理解出来なかった部分がここに来て漸く補完された気分になっていた。
本来であればもっと詳細について聞きたいといった欲求が無かった訳ではないものの、蒼が自身の魔法に関してはおおよそ口外するケースは少ないと判断したのか、それ以上の事を聞く者は誰も居なかった。
「レオの遭遇した吸血鬼なんですが、やはり例の影響なんでしょうか?」
病院から自宅に戻り、一息ついた所でアヤは蒼に確認していた。幹比古の話が正しければ妖魔や悪霊の類が出たのはこれまでの探索の結果だと思うのは仕方ない事だった。
事実これまでに蒼が自分の手で手に入れたそれは、蒼の中で今もなお息づいている。自分達のやった結果が今回の事態を起こしたのではとアヤは考えていた。
「それなら関係無いだろう。事実レオの遭ったと思われる吸血鬼程度の物は精々が下から数えた方が早い程度の代物だ。大方何かしらの実験の結果、こちらとの世界が繋がったんじゃないか?」
「だったら良いんですが……」
「何か気になったのか?」
「いえ」
蒼の言葉にアヤの反応は先ほどは違い、少しだけ暗い雰囲気が発生していた。今やっている事がどれほどの事なのかを理解すればするほど悲観的になっている。確かに蒼が所有しているそれと、今回のパラサイトが同列では無い事位はアヤにも直ぐに理解出来る程に、それらは超越した存在なのは明白だった。
口には出さないまでもそう何を考えているのかは自分が一番理解している。だからこそアヤはそれ以上の事は言えなくなっていた。
「ただ、病院での幹比古の話だが、あれは一部は間違いがある」
「間違いですか?」
「妖魔の類はただ発見されていないだけで、実際にはいくつも存在している。あの場では訂正しなかったが、精霊魔法が行使できるのであれば、それが既に矛盾した論理になる。
それと姿形を維持出来ない物があるだけでなく、何もせずに維持できる上位の存在があると認識するのが普通だ。吉田の家の事は知らないが、これまでに発見されていないだけだ」
蒼の言葉にアヤは否定出来る材料はなかった。世間で言う所のSB魔法がそれに該当するが、それを極めた人間がおいそれと情報を開示する可能性は皆無に等しかった。既に自身の配下同然の思念体はこれまで発見されていなかっただけにしかすぎず、また手に入れた大元は人類の歴史が始まってからのそれでしかない。
歴史上発見されている物が既に存在している以上、肯定以外の選択肢は本来であれば無いはずだった。決して幹比古の事を陥れるつもりは無いが、その存在を示せば何かと面倒になると判断した結果でしかない。事実あの戦いを見た2人には死の刻印が刻まれている。既に手は打ってある以上、それ以上の情報漏洩は無いと判断していた。
「しかし、パラサイトか……見て見ないと判断出来ないが、有れば有ったで何かの役には立つだろう」
幹比古の言葉に何かを閃いたのか蒼の口許が僅かに歪む。現代魔法の定義から外れたそれが役に立つと判断した者が居ない事は幹比古の言葉が全てを物語っている。どれほど確認出来るかは分からないが、多少なりとも調べる価値があるだろうと一人考えていた。
「どうやらパラサイトを追っているのは俺達だけじゃ無さそうだな」
蒼とアヤは周囲に気取られる事も無く上空から探索をしていた。本来であれば許可もなく魔法を行使する事は法律で禁止されている。しかし、それは想子が探知された場合や、目撃された場合のみの話であって、現行犯で発覚しないのであれば大きな問題になる事はなかった。
空港のセキュリティでさえ察知する事が出来ない程の魔法を一般向けに設置したセンサーが探知する事は事実上不可能に近かった。それと同時に隠形の如き認識阻害魔法を併用する事により、第三者が確実に認識する事が困難である以上、今の蒼とアヤを目視で確認する事は事実上不可能となっていた。
「でもどうやって探すんですか?」
「そんなに難しい話じゃない。まあ見てな」
その一言と同時の蒼の背後には白い馬に乗った骸骨の騎士が姿を現す。何度か目にした事があるアヤでさえも改めてその姿を見る際には意識をしっかりと持つ必要があるそれは、蒼の意志を既に理解しているのか、眼球が無いはずの眼窩の奥底が怪しく光らせる。
改めて周囲の状況を確認するべく探知されないレベルでの高次元の波を発生させていた。
時間にして僅かとも言えるそれは今回の目的の物を探り当てる。既に場所が分かっている以上、今はそこに向かう事だけが優先されていた。
「少し遅かったか」
蒼の眼下には探知されたそれと同時に仮面をかぶった何かがエリカと対峙していた。既にパラサイトの雰囲気は消滅しているのか何も感じる事が出来ない。可能性としては何らかの手段で消された可能性だけが残されていた。
「どうします?」
アヤの言葉は言外にエリカの助太刀を意味していた。お互いの攻撃が繰り出されている事に間違いは無いが、エリカの方がやや劣勢の様にも見えている。その事実がアヤの言葉となっていた。
「今俺達が出る訳には行かない。目的の物が無い以上、今は傍観するだけだ。万が一怪我を負う様なら治せば良い」
未だ攻撃が止まる事は無かったのか、仮面をつけた者とエリカは交戦を繰り広げている。上空から見ている蒼にはまだ気が付いてないからなのか2人の戦闘が止む事は無かった。
このままでは拙いと思えた頃、戦闘は唐突に終了していた。その原因を作ったのはヘルメットを被った男。フルフェイスの為に誰なのかは分からないが、卓越した魔法技術で仮面の者を追い込んでいく。既に勝敗が決したのか、周囲を照らす閃光と共に戦闘は程なくして終了を迎えていた。