「蒼。少しだけ時間を貰えないか?」
校内でのパラサイトの一件からそれなりに時間が経過した頃、突如として蒼の居る教室に達也が訪ねて来ていた。ここでは人の目があるからなのか、呼び出した本人は要件を切り出す気配はどこにも無い。そんな状況を汲んだのか、蒼は何も答える事無く自分の席から立ち上がっていた。
「で、要件は何だ?」
自分が普段から使っている工房まで来た途端、蒼は要件を聞くべく口を開いていた。達也が蒼の下に訪ねてくる事は自分の中では記憶になく、またその要件についても大凡ながら見当が付いていた。
「例のパラサイトの件だ。実は以前にマクシミリアンが来た際に、校内にパラサイトが発生したんだが、その際にちょっとしたきっかけでパラサイトの確保に成功した」
「そうか。で、それが俺にどう関係があるんだ?」
達也の言葉に内心驚きながらも、蒼は表情に出す事無く達也に事実上の確認とばかりに聞いていた。既に確保された物を横取りするつもりは毛頭ない。これが残り1体であれば話は別だが、先だっての話から推測すれば、まだ何体かはあるはずだった。
「偶然に過ぎなかったが、あのパラサイトにも意志があったのか、俺達はコンタクトに成功した。で、その際に札を使った何かに襲われた事を聞いたんだが、それに覚えは無いか?」
言葉だけ聞けば単なる確認に過ぎないが、達也の発する意志とその視線が間違い無いと言わんばかりに蒼に向けられていた。事実、隼を召喚して襲ったのは蒼自身でもあり、また逃げられたのも間違い無い。
このまま誤魔化す事も出来るが、今後の事を考えれば何かしらの意思表示をした方が良いと判断したのか、少しばかりの沈黙をやぶり蒼は事実だけを述べる事にしていた。
「確かに俺がやった。だが、それがどうかしたのか?」
まさか事実を認めると思わなかったのか、達也の目が僅かに見開く。校内でそんな魔法を行使できる人間は事実上いないからこそ、何とか認めさせる様に考えていた達也にとって、それは正に想定外の内容だった。
「いや……事実確認をしたかっただけだ。参考に聞くが、あのパラサイトをどうするつもりだったんだ?」
現時点で達也は確保したパラサイトの処遇を決めかねていた。生体に取りつくのではなく、校内にいくつか置いてある3HP94型ホームヘルパーロボットに憑りついたそれをどうすれば良いのか皆目見当が付かない。
仮にこのまま処分すれば、今度は新たな肉体を探す為に周囲の生徒に多大な影響を及ぼす可能性も否定出来ない。今回は偶然にも無機物に対し取り入った結果だったが、現時点で生体に取り入った場合の排除が事実上の抹殺しかなかった。
既にマクシミリアンの技術者と思われし人間に対し行った結果が全てを物語っていた。
まさか校内で一生徒を衆人環視の中で同じ様に処分する事は出来ない。一人の命の問題は幾ら十師族が絡んだとしても隠蔽できるはずもなく、このまま放置する訳には行かない。それをどうすれば良いのかを迷った結果だった。
蒼自身が認めた以上、何らかの対処が出来るのは間違い無い。何を考えているのかを達也は改めて考えるべく蒼に確認していた。
「悪いが、それはお前にも言えない。あれが何なのかを知って行動してるんじゃないのか?事実、警察だけでなく七草と十文字も動いている事は知っている。それと、あの留学生、確かリーナとか言ったな。あれも関与してるんだろ?」
今回の行動は極秘裏にやってる為に一般にはその情報は知られていない。もちろん目の前にいる蒼も知るはずが無かった。しかし、今回の核心を突かれた以上事実を開示する必要があるのかを僅かに悩んでいた。
リーナが関与していると言う事実は極一部にしか認識されていない。今回の顛末に関しては幾ら共闘していえるとは言え、七草と十文字にさえもその事実を達也は知らせていなかった。
「あの場には俺も居たんだ。リーナがミアと呼んだ女は既にマクシミリアンの名簿から削除されている。あの女の名前は『ミカエラ・ホンゴウ』突如として研究室に来たらしいが、実体は軍属か若しくは政府系の人間だろうな。マクシミリアンの事実上の取引先が軍であればそれも頷ける。それとあまりにも今回の対応は不自然すぎる。現場が大混乱らしいぞ」
無言だった達也を見たからなのか、蒼の言葉が全てを物語っていた。達也とは違い蒼はIMSとしての顔を隠している訳では無い。
事実、九高戦の際にもマクシミリアンだけでなくローゼンの支社長とも面識がある事は達也も知っている。そんな中での内部情報が故に、それが事実確認をしたのと同じ意味合だった。それとエリカと仮面の人間の交戦を見ているのでれば、全ての情報を勘案すれば、その結果はある意味当然とも取れていた。
蒼が仮にその場に居たとしても、全ての行動に対し達也は精霊の目を使用している訳では無い。仮に使う様な場面に遭遇するとなれば、その後の後始末は面倒な事になり兼ねないのを知っているからこそ、緊急時や護衛の際にだけ使用している。
既にあの場面を見ただけでなく、事情を蒼が知っている以上、隠し立ては無駄だと悟っていた。
「エリカと警察関係は理解出来る。レオに事実上の依頼をした結果、あんな状態にしたのが警察だしな。だが、達也は何の為にそれを追っているんだ?」
「俺は……自分の身に火の粉が飛ばない様にする為だ。それ以上でもそれ以下でもない」
それ以上の言及を避けた事が功を奏したのか、蒼はそれ以上の追及をする事を止めていた。単純に事実確認をする為に自分の情報を表に晒す必要性は何処にも無い。実際に未知数の生命体と何ら変わらないそれをどうするのか、現時点では考える必要が無かったのも事実だった。
「それと、七草と十文字にも伝えておけ。何を考えて追っているのかは知らないが、俺自身は目的があってあれを探している。仮に俺の前に立ちふさがるのであれば、それが十師族だとしても命の保証はしない。それが仮に友人でもあるお前だとしてもだ」
真由美と十文字に対する警告と同時に達也も同じだと蒼は暗に仄めかしていた。達也としても七草家の人間が襲われたからこそ、その犯人探しである事は聞いているが、そこから先の事実に関して聞いている訳では無い。
既に調査からどれほどの時間が経過したのかは分からないが、蒼の言葉が事実であれば、その内の何体かは蒼が確保している事だけは達也にも想像出来ていた。
「本当に大丈夫なんです?」
「恐らくな。まさか連中も自分達が対象となっているとは思わんだろうしな」
校内での出来事から数日が過ぎる頃、蒼はリーナを監視すると言った大胆な行動に打って出ていた。達也には完全に話す事が無かったが、マクシミリアンの内部でも事実上の自爆したミカエラ・ホンゴウの事はあれ以降緘口令が引かれていた事実があった。
軍の様に規律を確実に護る事は一般企業にとっては無意味でもあり、また今回の内容に関しても、何と何の情報が繋がっているのかは言った本人でさえも判断出来ない。
あの後の行動を見ても、どうやら行き詰っているのか、それとも巧妙に隠しているからなのか、達也が言う所の校内に居る物以外での反応は皆無となっていた。
そんな中で、明らかに接点が無いはずの人間に対し、とっさに愛称で名前を読んだ事実はリーナの背後に何らかの組織があると言っても良い内容だった。巨大企業に難なく人間を送り込めるのであれば達也に言った様に政府系か軍属以外に選択肢はなく、またパラサイトが憑りついた事実を横においても多少なりとも親密な関係である事だけは間違いなかった。
「でも、万が一リーナの背後が分かった場合はどうするつもりです?」
「どうもこうもない。事実が分かれば、あとはやりたい様にやるだけだ。それと、最後の探索物だが、USNA軍が多少なりとも関与している可能性がある。だったらついでにその内容を問いただせば良いだけの話だ」
「何だが宣戦布告する様にも思うんですが、大丈夫ですか?」
「今回の件に関しては、仮に何らかのアクシデントが発生したとしてもUSNAそのものは多分動かないだろうな。仮に許可を取ったとしても軍部がそのまま市中に入りますと言って、ああそうですかとはこの国も言わない。それほど軍が国内に入る為にはそれなりの手続きを踏まないと無理なんだよ。仮に許可が出ているのであれば目的が違うか、若しくはその身分を偽るかだな」
蒼の言葉にアヤはこれまでの事を思い出していた。クラスでは確かにその存在感は圧倒的ではあるが、学校が終わってからの話をこれまでに一度もした事が無かった。
当初は少しでも慣れる為に何らかの行動をしているのかとも考えたが、クラスで話す内容に生活感は一切感じられなかった。だからこそ蒼の言葉が恐らくは事実を示している。アヤはそう結論付けていた。
「とりあえず今は監視の状況から出来る行動の確認だ。万が一何か発見した際には直ぐに動けば良いだろう」
既にこれ以上の話は推論に推論を重ねた結果でしかない。せめて何かしらの事実があればそこからの考察は可能とも取れるが、現状では何一つ無いままのそれは決定打に欠けていた。
「思ったよりも尻尾は出さないみたいだな」
人知れずリーナの監視を始めてから1週間以上が経過していた。リーナが政府系、もしくは軍関係者だと仮定すれば何かしらの接点を外部に求める必要があると判断した結果だった。
仮に国が総力を挙げてバックアップしているのであれば、ここからは見えないが、肉眼でも殆ど見える事が無いはずの人工衛星の視界までも利用している可能性が高いからと、自身が行動するのではなく、化成体を使った監視を続けていた。
これまでに分かった事実は皆無に等しく、また外部との接点は殆ど無いに等しかった。そんな何一つ良い材料が無い中でひ一つの事実が浮かび上がる。気になるのはリーナが住んでいると思われる住居には居住者が少ない事だけが現時点で判明していた。
「これだけやって何も出てこないのであれば蒼の推論が違ってる可能性もあるんじゃないですか?」
「……確かにその可能性も頭にはある。これだけやって何も出ないなら今回の推論が違っていたと言う事になるな……なんだ?」
化成体の目から見える景色は何も変化が生じていなかった。しかし、内部の雰囲気はこれまでとは大きく変わっている。既に何かしらの準備が完了したからなのか、それともこの居住地には知らされていない通路があるのか分からないが、何気ないはずの空気はこれまでの様に弛緩した物では無く、まるで戦場にでも赴く様な張りつめた空気へと変貌しかじめていた。
「そろそろ何かが動くかもしれん。俺達も出るぞ」
既に行動する準備が終えたのか、蒼は上着を着て直ぐに外へと出ている。アヤもそれを追うかの様にジャケットを羽織り外へと躍り出ていた。
蒼とアヤが向かった先は人気の少ない公園だった。周囲には何か厳かな雰囲気の建物がいくつかあるが、そんな中でもこの公園はどこか世間とは隔絶した様にも見える。気になって追いかけた先にあったのは何処にでもある1台のキャビネット。それが異様な雰囲気を放ちながら移動している事を知っているのは蒼だけだった。
明らかに異質な雰囲気を纏ったキャビネットから出てきたのは屈強な身体の男隊達だった。まるで何かを襲撃するかの様に銃器を所有している。ここが本当に日本なのかと思える程の重火器を所有した男達は一つの場所へと走り出していた。
「ようやく尻尾を出したか。あれでも変装したつもりなのかと思うと些か頭の中身を見て見たいと思うがな」
蒼が見ていた先には髪や瞳の色が民族の特徴と思い知らせる様な可能性を悟らせない内容となっていた。しかし、手にした重火器は一般人はおろか、テロリストでさえ入手が不可能に等しい兵器を人数分所有している時点で、それが軍属である事を喧伝しているのと同じだった。
誰に向かって攻撃をしかけるのかは分からないが、見た目から判断したキャビネットには現時点でそう多い人数が乗っているとは思えない。仮にそれが軍属が所有した戦闘指揮車だと仮定した場合に、載っているのは指揮官とオペレーター、可能性としては数人の護衛の可能性だけだった。遠目で見るそれは仮に今から襲撃した所で時間にゆとりが持てる距離。既に目的を果たさんと蒼は静かにキャビネットにまで近寄っていた。
「ハローUSNA軍属の皆さん」
既に髪と瞳の色だけでなく、肌の色までもが変化した蒼の正体を暴く事が出来ないと思える程に自身の容貌を変えると同時に、幾重にも展開した多重障壁が全身を包む。
本来であれば敵の指揮車の中に突入するには些か軽装すぎるそれに気にする事なく、施錠されて居るはずの扉を何の抵抗も無く開けていた。