「貴様は何者だ!」
鍵がかかっていたはずの車の扉が何の抵抗もなく開く。内部に居たのは3人の欧米人だった。既にあたりをつけていた蒼からすれば、内心想定内の出来事でしかなかったが、僅かに入った視界に飛び込んだ物を見た瞬間、落胆する事になっていた。
車内にあるのはそれなりの通信設備ではあるが、そこを拠点に行動するには些かお粗末な設備だった。既に何かが交戦しているのか、時折機材から聞こえていたのは戦闘音だった。
「誰でもいいだろ?お前達に聞きたい事がある。この国に侵入したパラサイトは全部で何体だ?」
武装した兵士と同等の装備をしている人間に蒼は気にする事なく自分の質問だけを言い放つ。虚をつかれたと言っても相手は軍人。周囲に何も無いのであれば制圧可能だと判断したのか、蒼の視界の外から兵士はハンドガンの引鉄を2度引いていた。
この距離であれば2発の弾丸は確実に闖入者に致命傷を負わす。極秘任務で行動している為に早急な処理は当然の行為だった。市街地だからなのか、偶然にもハンドガンに付いたサプレッサーの効果なのか、僅かに漏れた音の結果は考えるまでもない。その場にいた全員がそう思った瞬間だった。
「馬鹿な!」
闖入者の眼前で2発の弾丸が停止すると同時に、弾丸の慣性は無効化されたのかその場でポトリと落ちていた。それが当然だと言わんばかりの結果だったのか、銃口を向けられていた蒼は当然の様にその人間に向けて魔法を行使していた。
「おいおい。物騒だな。お前の国では挨拶代わりに銃弾を撃ち込むのが当たり前なのか?」
銃口を向けた相手に視線を向けたその瞬間だった。突如として黒い炎がその人間の口や鼻から漏れだしていた。人体発火を思わせる現象に、その場にいた2人はそれ以上は何も言えない。隣で轟轟と燃え盛る炎に一瞥をくれる事もなく、蒼は再度同じ質問を繰り返していた。
「もう一度聞く。この国にいるパラサイトは全部で何体だ?」
命を命と思わない冷酷な視線はまるで死神に睨まれたかと思える程だった。ギリギリ理性を保つ事が出来た一人は視線を僅かに動かすと同時に機材へと動き出そうとしていた。
「か、身体が……」
2人の内、一人が行動を起こそうとすると、今さっきまで動いたはずの身体がまるで自分の物では無いと言わんばかりに動く事を拒否している。自分の身体に何が起こっているのかを未だ理解する事が出来ない。既に黒い炎が燃え尽くしたのか、先ほどまで燃えていたはずの人間は炎が消え去った後には痕跡すら残されていなかった。
「何だ。知らないのか?」
動かない身体を無理に動かそうとしている為に、今の自分が置かれている立場が全く理解出来なかった。気が付けば既に体内の一部からは何か赤い液体が結晶化した棘の様な物が生えている様にも見える。それが何なのかを確認する事は最早不可能だったのか、程なくして棘は一気に大きくなりだした。
全身を覆い尽くす様な棘が体内を喰い破るかの様に一気に肥大化する。既にその圧に負けたのか、一人の人間だった物は彫刻の様に動かなくなったかと思った瞬間、その場で砕け散っていた。
「馬鹿が……勝手に動くからだ。で、残されたお前はどうするつもりだ?」
「こ、ここは、単なる中継車だ。く、詳しい事は知らない。だから、た、た、助けてくれ」
「中継であれば本部はどこだ?」
これ以上の情報漏洩は本来であれば戻ったとしても重刑に処せられるのは間違い無かった。いくら非公開とは言え、作戦中に本部の所在地を漏らせば今度は戻る事すら許されない。既に奇襲を受け、2人が殺害された時点でこの男にはどうしようもなかった。
目の前で行使された魔法は自分達が知っているそれとは大きく概念が異なる。まだ何も言っていないが、このまま沈黙を続ける事が出来るのであれば援軍が来る可能性に縋るよりなかった。
「今度は時間稼ぎか。なめられた物だな。そんなに沈黙したいなら口が開きたくなる様にしてやるよ」
その言葉と同時に、蒼の目が怪しく光る。世間で言う所の邪眼に近いそれは、程なくして男の意識を奪い去っていた。
「大佐、このままだと彼らは無駄死にです。どうされますか?」
部下からの指示に、キャビネットが置かれた場所から離れた所で今回の指揮官でもあるヴァージニア・バランスは逡巡していた。
中継車としてのキャビネットは既に本来の用途から逸脱しそうな状況へと追いやられている。今回の作戦の為に現地へと派遣したスターダストに比べれば、キャビネット内部の兵士は確かに戦力としては劣っている。しかし、あくまでもスターダストに比べればの話であって、同じ軍内でもトップクラスの実力を有している事は間違い無かった。しかし、画面越しに起きた出来事は既に常識を逸脱したかの様な魔法を行使していたからなのか、一人だけが辛うじて攻撃をしたまでは良かったが、その後はあっと言う間に殺されていた。
既に精鋭部隊を放った以上、ここまで帰還させるとなれば、こっちの兵が現地に来るまでには時間がかかり過ぎている。既に一人目の命が散ると同時に2人めの命もあっけなく散っている。いくら後方支援と言えど、正規の軍属が闖入者に対しなす術も無いままに消えて行くのはある意味ではショッキングとも取れていた。
「やつの正体と戦力はどうなっている?」
「周囲の探索の結果、人影すらありません。このままだと最後の一人もどうなるのかは時間の問題です」
キャビネットの内部の映像は最初に乱入された時から今の場所に画像が転送されていた。既に突然の死を呼んだだけでなく、口元では何かを話している様にも見える。それが何を指しているのかを判断したのか、先ほどの会話の内容を再生していた。
「キャビネット内部に通信を開け。ここは私が一度話してみよう」
「しかし、それでは……」
「このままあいつらを見殺しにする訳には行かないからな」
部下との会話をしながらバランスは今回の件についてリーナから少しだけ聞き及んでいた事を想い出していた。
今回の最大の目的はパラサイトの回収である事は間違い無いが、それと並行して横浜の事変で起こった正体不明の大規模魔法グレートボムの術者の特定だった。非公式ながらに十三使徒の一人を葬り去った魔法は既に世界の軍事バランスを危うい物へと変化させつつある。しかもそれとは別口で新ソ連でも同じく十三使徒の一人が死亡している事を極秘裏に知っている以上、どちらか一方の任務だけに力を注ぐ訳にも行かず、今回の術者の最有力候補でもある司波達也の調査もパラサイト同様にする必要があった。
新ソ連の件に関しては国そのものが公式発表した訳では無い。これまでの諜報活動の中で漸く手がかりらしい物を入手した結果でしかなかった。しかし、現時点で司波達也は交戦中の為に、今回の中継車の襲撃とは無関係なのは間違い無い。僅かに対峙しただけの結果に終わりはしたが、リーナがスターズの総隊長として対峙しながら毛ほどのダメージすら与える事が出来なかった話の相手が、この銀髪の青年ではなのかとの疑念を抱かせていた。
バランスの言葉に情報官はそれ以上の言葉を出す事無く端末を開く。最後の一人がまだ生きているのであればとの判断から、改めてバランスは会話を試みていた。
「質問はそれだけだ。他に用事は無い。お前達が俺に攻撃さえしなければ。だが…」
キャビネットの内部に開いた通信によって蒼は先ほどとは打って変わり、回線の主へと意識を向けていた。既に最後の一人がどんな状態になっているのは蒼とて理解出来ない。既に放たれた魔法の結果がどうなるのかだけは知っているが、それ以上の事を態々口する必要は無かった。
開かれた回線に質問し、その回答さえ分かれば後の事はどうでも良かった。
《我々が認識しているのは全部で10体。それ以上の事は何も知らない。現在はその排除に向けての作戦中だ》
まさか答えるとは思わなかったのか、蒼は少しだけ通信先の人間の事を感心していた。しかし、その言葉が本当なのかを確認する術は現時点ではどこにも無い。恐らくはが前提のまま会話を続けていた。
「そうか。それと今回の件で呼び寄せたのはお前達が行使した魔法が原因だな」
《それについては私は預かり知らない。私はあくまでも今回の作戦の指揮を執っているにすぎない》
やはりかと言った感想が本当の部分だった。今回の件が本当にUSNA軍が関与しているとなれば一民間人に情報を提供する道理はない。先ほどの様にパラサイトの存在を知っている前提の質問であれば、答えるが、それ以外の事に関しては答える義務は無い事が言葉尻からも理解出来る。蒼としても大よその可能性が推測できる以上、改めて本命とも言える質問をぶつけていた。
「ボストン美術館か、近隣の基地に保管されているはずの大きなスタールビー、通称クリムゾンは本物か?」
《……それについては答え兼ねる。少なくとも基地にはそんな美術品は置いていない》
「そうか。ならば質問は終わりだ」
その言葉に何かを理解したのか、蒼はそれ以上の質問をするつもりは無かった。本来であれば直接対峙すれば何とか分かるが、通信越しの現状では判断する術は無い。
しかし、先ほどは違い、今の事絵の間には僅かに時間が空いていた。それが何を意味するのかを理解する時間だったのか、それともその質問の本質を理解したからなのかは分からない。しかし、それが本物か偽物かはともかく、その場所にある事だけは間違い無いと判断していた。
「これで聞きたいことは以上だ。こいつがどうなろうと俺の知った事では無い。後は勝手にするんだな」
真っ暗な画面の向こう側を睨みつつ、蒼はキャビネットから降りていた。既に要件が確認出来た以上、用は無い。周囲に何かしらの目が無いかを確認する。
通信の間に時間を稼ぎ兵士を接近させているかと危惧したものの、それは杞憂に終わっていた。
「じゃあな」
蒼は何気に呟くと同時にキャビネットは幾重にも張られた障壁に包まれる。既にそれが何を意味するのかを知っているのは魔法を行使した本人だけ。僅か数十秒の内に先ほどまで停車していたはずのキャビネットはその場から蒸発したかの様に消え去っていた。
「さてと、どうしたものかな」
USNA軍から聞いた情報は結果的には数字の誤差はあったものの、事実上何も知らないのと同じ結果となっていた。現時点で分かっているのは既に今回の件に関し手を引いている可能性が高い事だけだった。
キッカケは些細なニュース。見通しが悪い事も無い海上でUSNA船籍の小型軍船が漂流したとの内容は普通に見れば何かしらのトラブルに見舞われた程度だが、あの当時の時点で誰かに向けて戦闘をする予定があったからこそ重火器を所有していた人間が一斉にキャビネットから飛び出している。詳しい事は分からないが、まさか市街地での戦闘がニュースになる可能性は極めて低く、またその後で留学生だったリーナも欠席している。
そんな事実から考える事が出来るのであれば、何らかの手段を用いてこの地より脱出した可能性がある程度の推測だけが立っていた。
「結局は何も分からなかったんですよね?」
「ああ。結局の所は何も分からないままだったな。まぁ、あの時点で本当の事を言っているのかどうかも分からん以上、仕方ない」
既にあのニュースから数日が経過したものの、幾ら捜してもパラサイトの気配は微塵も感じられなかった。一つの可能性としてはUSNA軍は何らかの手だてでパラサイトを探していた事は間違い無いが、本当にその事実を知っているのかすら怪しいとまで考えていた。
実際にUSNAは魔法が主となる戦争の中で先進国の中では一番遅い導入が為されていた。旧時代の様な兵器からの脱却に遅れた事による兵力差は既に日本からすれば大きく水を開けられた形となっている。
個人の資質による魔法への戦力の変化はそのまま魔法社会の格差を呼び込んでいる。今回の件でも本当にその内容を理解していたのかと言われれば、確実な返事をするのは難しいと言えるのが本当の部分だった。
「本当の事を言えば、例の物だけでもとは思ったが、あの反応は多分何も知らないのかもしれん。となれば、今回の事は完全に無駄足だったな」
強襲すれば何らかの情報が手に入るかと画策したまでは良かったが、結果的には空振りに終わった事による疲労感はかなりの物だった。決して戦闘をしたからではなく、単純に時間を無駄にした事による結果でしかないものの、今回の全容を見れば、未だ完全に解明された訳では無かった。
このまま時間だけが悪戯に経過する。既に現時点で打つ手がない蒼からすれば、今はただ新たな動きを待つより手段がどこにも無かった。
「まさかとは思うが……」
どれ程の時間が経過するのかと思われた沈黙は思いの外早い時間で破られる事になった。これまでに全く感知出来なかったパラサイトの反応がいくつも浮かび上がる。
突如として沈黙を破ったそれに対し、蒼は少しだけ警戒していた。事実、現時点でパラサイトを追いかけているのはそれぞれの思惑を持った者達。これほどの数の反応が出た以上は、その場に大量に発生したか、それとも罠なのか。
いくら考えた所で机上の空論にしか過ぎない。仮に罠であれば蹴散らせば良いだけの話。既に考える必要はどこにもなく、蒼は改めてその反応の元へと移動を開始していた。