「どうやらまた動くみたいだな」
エリカの尋問の様な出来事がか数日が経過する頃、突如としてマークしていた人物の反応が慌ただしく動き始めていた。
既に吸収したパラサイト以外の情報を蒼は持ち合わせておらず、かと言って達也に聞いた所で何も答えないだろうと判断したのか、数人に半ば監視の意味合いを込めて、化成体を使ってマークしていた。
既に時間もそれなりになる頃、突如として動くそれが向かった先は一高だった。
「でも、どうして一高なんでしょうか?」
「あそこには3Hがある。多分残ったパラサイトはそれに惹かれたのかもしれん。事実、あのパラサイトは大元を辿れば一つの個体が分離し肥大化したものだ。生命体と言うにはおこがましいが、生きる為の本能がある以上、達也が囮に使った可能性も否定出来ん。
前回の件で事実上の宣戦布告をエリカにした以上、結構な人数が集まるのは仕方ないだろうな」
深夜とまではいかない時間ではあるが、流石に世間も人通りが少なくなる程にさしかかるかと思われる時間帯でのコミューターは、呼ぶ事は出来ても来るまでにかなりの時間を要していた。
既に対象者はかなりの速度で移動している以上、今からチンタラと移動すれば現場に着く頃には終わっている可能性も否定出来ない。そんな事実があったからこそ蒼は飛翔魔法を駆使する事で一気に距離を詰めていた。
本来であれば想子センサーを気にする必要はあるが、センサーに反応しない程度に押さえるだけでなく、監視カメラからのマークも振り切る為に複数の魔法を自分とアヤに行使している。地上を移動するそれとは違い、上空の移動を邪魔する様な障害物が無い以上、到着は時間の問題でもあった。
「あれって?」
「ああ。多分USNAの奴だな。以前に対峙した事があったが、どうやら周囲に援軍らしい物は無さそうだ」
上空から周囲を探索するも以前の様な出先の指令を出す様な物は確認出来なかった。以前に破壊したからなのか、それとも単独で挑んだ結果だからなのか、3対1の戦いは多勢に無勢。遠目から見てもパラサイト側が有利に展開している様に見えていた。
以前にも見た赤髪に仮面の人間が恐らくはパラサイトであると思われる人物と対峙していた。蒼達が到着した時点で交戦している為に、どんな状況になっているのかを判断する事は出来ない。しかし、今回は確実にそれ以外の人物が来る事を理解している以上、このまま何時もの様に傍観する事はしなかった。
既に達也だけでなくエリカや幹比古、レオの気配がこちらに向かっている。移動方法の違いによって蒼の方が僅かに早かっただけだった。
達也は内心焦りながらに目的の場所へと急いでいた。今回の経緯は情報と言う名でもたらされた物ではあるが、以前に話した様に、十師族の連合チームに関しては何も警戒する必要はなかったが、蒼に関しては最大限の注意を払っていた。
目的があるだけでなく、お互いが対峙した際には排除とまで言った以上、もし先に居る様な場面があれば何かと良い結果をもたらす可能性は低い事だけは理解していた。
既に今回の件に於いて自分達からすれば本家までもが動いている。どこまでの関与をしているのかは考える必要がなかったが、今後の事を考えれば自分達の利益を考えると出し抜かれる事だけは避けたいと考えていた。本来であればこんな場面で使う必要が無い精霊の目を発動させる。既に事態は達也が思い描く最悪の展開に向かっていた。
「拙い。蒼は既に現地だ」
「何で蒼が場所を知っているのよ!」
「多分あれだろうな」
移動しながら端的に現場の状況を伝えた事で、エリカがいち早く口にしていた。今回の件に関しては情報提供はされはしたものの、その情報の精度そのものは全面的に信用した訳では無かった。
可能性の一つとして考えた事で行動に移していたが、恐らくは移動の方法がこちらとは確実に違う事からそのタイムラグがそこに存在していた。
エリカの質問の意図は直ぐに理解出来ていた。恐らくはよほど注意深く探知しなければ気が付かない程の鳥が上空を漂っている。今の達也にとってそれがなんであるのかは考えるまでもなかった。
「あれって何よ?」
「エリカ、上だ」
幹比古の言葉にエリカは上空を見上げている。夜の時間帯にいるはずが無いと思われるそれは当然の様に悠々と上空で弧を描く様に飛んでいた。既に探知されたからなのか、その鳥からは何の意志も感じる事は出来ないままに姿がゆっくりと消え去っていた。
「何時からいたの?気が付かなかった」
「恐らくは放課後からだろう。ただ見ているだけだからエリカも何も感じなかったんじゃないのか?ああまで意識が薄いとなれば探知は難しいだろうな」
達也は以前に同じく化成体によって追尾されていた事を思い出してた。あの時は割と距離が近かった事もあってか気が付く事に成功したが、今飛んでいるのはそれよりも更に上空を飛んでいる。只でさえ時間帯が遅い以上、目視が難しい所に加え、認識できるかどうかのギリギリの距離からの追尾は魔法を行使ししなければ難しいと思える程の距離だった。
フォローとばかりに達也は言葉にするが、自分の招いた結果だと判断したからなのか、エリカはそれ以上の言葉を発する事は無かった。
「達也さん。パラサイトは既に蒼さんと交戦しています」
「そうか」
突如としてもたらされた美月からの情報は達也が尤も考えたくないシナリオだった。既に交戦しているとなればパラサイトの問題だけでなく、リーナの事も排除する可能性が極めて高い物だった。
国内に於いて十師族の名前は伊達では無い。いくら蒼も近い場所にいるからと言って簡単に排除と言うのであれば、場合によっては宣戦布告に等しく、またリーナを排除するとなれば今度は外交問題に発展する可能性も秘めていた。
仮にその場で処分した場合、蒼の魔法特性から考えれば残滓すら残る可能性は低く、またシラを切られれば確認すべき物は残っていない事も間違い無い。個人の思惑一つで自分の予定が変わるのを達也は良しとはしなかった。
最悪は実力行使をしてでも止める。走りながら達也は何かしらの覚悟を決めていた。
「どうしてお前がここにいる!これは我々の因縁がある物であってお前が関与できる物では無い!」
リーナは敢えて性別を抜きにしてその場に居る人物に警告していた。銀髪褐色の青年はそんな警告に怯むはずもなく、またそれがどうかしたとばかりに聞き流してた。
「なんだ?この前あんな状態になったにもかかわらず、まだそんな事を言えるのか?USNA軍はいつからそんなにレベルが低くなったんだ?」
警告に対し、まさかの回答にリーナは表面こそおだやかだが、内心は嫌な汗が滲みだしていた。
以前に対峙した際にいくら魔法を行使しても本人に届く事がなく、結果的には命令によって退避した記憶が蘇っていた。
あの後の光景は今もまだ目に焼き付いている。時限式の魔法なのか目の前で黒い炎に包まれ、そのまま消失した事実はあまりにも衝撃的な光景。そんなこれまでに見た事が無い魔法を使う人間を警戒しない訳にはいかなかった。
以前に対峙した達也とはまた違ったプレッシャーがリーナを襲う。今回は元からバックアップの部隊が無い為に、事実上の単独任務となっていた事が裏目に出ていた。
「……お前に言う必要はない。改めて警告する。このまま大人しく立ち去れ」
感情を一切感じさせる事なくリーナは蒼に対し警告を発すると同時にCADをすでにスタンバイ状態からいつでも発動が可能な状態へと変更していた。建前だけでも警告はしたと認識すれば、後は出たとこ勝負。
既に視界の一部に残るパラサイトはこちら剣呑な様子を伺っている。6体のパラサイトは少しづつ後ろへと下がり出していた。
「残念ながらお前に用事など最初から無い。俺がここいいるのはこの為だからな」
「なっ!」
リーナと対峙していたはずが、信じられない光景が目の前で繰り広げられていた。気が付けば逃走しようとしていた3体は一気に斬り裂かれたのか胴体が横に分かれていた。
既に処理は終わっているのか、斬られた部分から黒い炎を上げながら轟々と燃えている。以前にも見た光景が目の前に繰り出された事により、リーナは更に警戒度を高めていた。
先ほどの魔法で間違いなく誰かがここに来る可能性が高い。既に時間の猶予は無くなっていた。
「ここは私に任せて!」
既に仮面の人物と銀髪の青年が対峙した場所に辿りつくと、既に黒い炎が燃え盛っていたのか、3本の火柱がその場に上がっていた。それが誰の仕業なのかは考えるまでもなかった。
リーナにそんな芸当が出来るのかは分からないが、その炎は自然界に存在するそれとは大きく異なっている。既に燃え終えた後には塵一つ残っていなかった。
そんな状況をおくびにも出さずエリカは用意した武装一体型CADの『ミズチ丸』を自己加速術式を最大限に活かした速度で横なぎに振るう。炎に包まれていない個体が居る事を確認したのか、既に視覚に捉えたパサライトは全部で3体。そのうちの一体がエリカの斬撃の餌食となっていた。
加速からの一撃は衝撃波を生みながら刃に既存の威力以上の力を与えている。距離が若干あった事からも斬撃そのものは浅く入ったものの、追撃とばかりに起こった衝撃波によってそのまま胴体は真っ二つに裂かれていた。
「あとは任せて!」
幹比古はパラサイトを封じ込める為に封印の術式を描いた札を用意している。既にエリカの斬撃によって破損した肉体を打ち捨てるかの様に、精神体の様な物が肉体から離れだしていた。美月の目がパラサイトの目を確認する。このままならば封印は問題なく可能だと思った瞬間だった。
「キャッ!」
「柴田さん!」
突如として圧倒的な存在感が美月に襲い掛かっていた。他の誰もが感じる事はなかったが、美月の目にに見えたそれは赤い炎を纏った何かの様に見えていた。
細かい部分は分からないが、その存在は美月の力を狂わす程の存在。突如として目に入った事により、美月の視界は一気に奪われていた。
「悪いな達也。それは俺の獲物だ。横取りは関心しないな」
先ほどまでリーナと対峙していたはずの銀髪の青年が蒼である事を達也は感覚的に理解していた。先ほどの状況から一転してこちらに意識が向けられている。突如として起こった事実が何なのかを理解するまでには僅かな時間が必要となっていた。
「幹比古。美月の目は少し視力を奪われている。そのままにしておけば暫くすれば回復するだろう。このまま素直に立ち去れ」
「何で、こんな事をするんだ?」
「同じ事は二度言わない。邪魔者は排除するだけだ」
既に達也だけでなくエリカにも聞こえる様に蒼は同じ事を告げていた。既にこれまでの状況で4体がこの場からいなくなっている。
霊的な物が探知できないはずの人間でさえもこの場にあった気配が無くなっている事だけは何となく理解していた。
蒼の言葉に達也は少しだけ自分の主観を一旦排除して客観的に物事を見ていた。
現時点でこちらの被害は美月の視力の低下だけが確認できるが、それ以外にま何の問題も発生していない。
以前に聞いた言葉が正しいのであれば、蒼の狙いはパラサイトであって自分達ではない。仮に本家からの要望と言う名の命令があったとしても、この場でそれを確認する術が無いのであれば見たままを伝えるだけでいいのかもしれないと判断していた。今回の最大のポイントは美月の力でパラサイトの位置を確認し、幹比古がそれを確保する事。しかし、肝心の美月の視力が奪われた時点でパラサイトの正確な位置を確認する術は失われている。仮に幹比古が強引に術を行使した所でそれも正確に機能するのかは別問題だった。ましてや美月の視力を奪った物が何なのかも判断出来ない。既に手段は何も無くなっていた。
事実、本家からの話を考えれば3Hに憑依したパラサイトの話を直接聞きはしているが、その後の事に関しては空気を読めば分かるだろと、直接命令を受けた訳では無かった。
元々幹比古に確認した際にも弱り切った妖魔であれば理論上は封印出来るとは聞いているが、それ以上となれば無理に近い事も聞いている。視界からの情報と精霊の目から入る情報の数が一致している以上、他に居る可能性は皆無だった。
このまま対峙すれば蒼の性格から考えても最悪は命を奪う様な事はしないとは思うが、既に排除すると宣言している以上、どうなっても自己責任の範囲でしかなくなる。
あくまでも自分は深雪の事さえ守る事が出来れば後の事は仕方ないと思考を切り替え出していた。
「……分かった。ならば俺達はこのまま手を引こう。それならば問題あるまい?」
「ちょっと達也君。何言い出すのよ!」
想定外の達也の言葉にエリカは思わず語尾が強くなっていた。ここまでのお膳立てをされた上に横からかっさわられるのは面白く無い。既にエリカは当初の目的を忘れつつあった。
「なんだこりゃ?」
達也達とは違う場所でレオは今の惨状に驚きを隠す事が出来なかった。既に周囲を見渡せば深雪が魔法を行使した事によって武装した兵士らしき人物が幾人も倒れている。パラサライトの捕縛の為に囮といて3Hを使う際に、レオは深雪の護衛とばかりに行動を共にしていた。
キッカケは些細な出来事だった。武装した兵士は姿を隠して周囲を取り囲んだ所までは良かったが、深雪の広域魔法を受けた事によって倒れていた。
「あれ?こっちはもう終わったの?」
周囲に倒れた人間を気にするでもなく、その場に現れたのはエリカだった。本来であれば達也と幹比古、美月らとパサライトの捕縛をしていたはず。にもかかわらず、今のエリカにはそんな剣呑とした雰囲気は微塵も感じなかった。
「ええ。特に問題は無かったわ。それよりも向こうは一体?」
先ほどの広域魔法を目にしたレオは乾いた笑いをする事しか出来なかった。
ボディーガードとして深雪に追従したはずが、気が付けば一網打尽とばかりに兵士が倒されている。
微かに息があるからまだ生きている事だけはかろうじて分かる程度だった。そんな中で事情を知らない深雪の質問にエリカはどう答えれば良いのか僅かに思案していた。
まさか蒼が来て全てをやったと言うのはあまりにも外聞が悪すぎる。しかし、嘘を付いた所で無意味である事もまた事実だった。
「深雪。あの場には俺達が介入出来る場面は既に無い。だからこっちに来たんだ」
決してエリカを助ける為では無い。問題なのは蒼は直ぐにこちらにも来る可能性を秘めている事だった。
倒れている兵士はおそらくはパラサイトの捕獲をする為に来ていたはずが、まさかの深雪の魔法によって倒されているのは明白でしかない。
僅かな痕跡がここにある以上、ここに来るのは容易に予想出来ていた。しかし、このままここに居るのはリスクでしかない。このメンバーの中で唯一パラサイトを目視出来る美月は視力が回復していない。
幹比古も美月の様に探知する事が出来ない以上、近隣にいるのか確認する術は無かった。
「いやぁあああああ!」
思念体のはずのパラサイトの声がこの場に居る全員の脳内に響きだしていた。
達也によって禁止されていたはずの表情の変化は魂から感じる様にも見えている。それが何を意味するのかは誰にも分からない。しかし、その悲鳴が何を意味するのかを感じるまでに然程に時間は必要としなかった。