「確認したが、あれは間違い無く真物だ。だすれば、時間にも制約がある。今晩か明日の深夜には決行だな。だが、その前に少しだけ用事をこなした方が良いだろう」
カフェテリアで蒼とアヤは食事をしながら先ほど確認したクリムゾンの事についての話をしていた。元からそれだけが目的はあるが、ここは自国では無い。たったそれだけの為に行動を起こすとなれば、何かと面倒事が生じる可能性も存在していた。
入国時には気が付かなかったが、いくつかの気配が僅かにこちらの後を付けている様にも感じる。それが何なのかがまだ分からない以上、目くらましとなる目的が必要な事を考えていた。
「確認以外に何かあったんですか?」
「大した事ではないが、折角ここまで来たんだ。あいつにも挨拶の一つ位はした方が良いかと思ってな」
出されたコーヒーを口にしながら周囲の気配を確認する。恐らく本人は気が付いていないと考えているのか、それとも態と知らしめているのかは判断出来ない。しかし、こちらの行動を確実に捉えている事実だけは間違い無かった。
「あいつって誰なんです?」
「マクシミリアンの研究員だ。少し前にパラサイトの件で話す事があってな。その際に少しだけこっちに来るような話をしたら、是非来てくれって話が出たんだよ」
当時の事を思い出したのか、蒼は残ったコーヒーを全て飲み干す。ずっと付き纏う気配が何なのかを確認すべく、2人はローゼンの施設へと移動していた。
「実際に会うのは初めてだが、久しぶりだな」
「お前こそ相変わらずだな」
マクシミリアンの施設内のカフェで蒼はお互いに握手をしながら席にについていた。お互い画面越しでは何でも話をする間柄ではあるが、実際に渡航しようとすればそれなりの手続きを踏む必要があった。
CADの技術者は事実上の魔法師でもあり、また技術の根幹を担う可能性がある事から、手続きは通常の魔法師以上に手間がかかっていた。それはUSNAだけではなく世界共通の話でもある。故に直接会うケースは事実上無に等しかった。
「……なるほどな。でもよくもまぁ、許可が出たもんだな。日本は簡単に許可が出せるのか?」
「その辺りは色々とあってな。今回はちょっとした休憩の為の旅行だ」
知人とは言え事実を簡単に話す訳にも行かず、蒼は詳細をはぐらかす為に事実を隠していた。技術者とは言え、事実上の商売敵なだけでなくCADと言う魔法社会における根幹を担う仕事に携わる人間は機密の一つや二つは持っている。だからこそ、お互いの共通の話題で暫しゆっくりとした時間を過ごしていた。
「そうだ。そろそろ、その女性を紹介してくれても良いんじゃないのか?さっきから気になってたんだが」
「そこも相変わらずだな」
蒼と話をしていたはずが、視線は既に隣に座っているアヤへと向いている。今後の事を考えれば挨拶しておいた方が何かと都合が良いだろうと考えていた。
「俺の名前はスティーヴンだ。マクシミリアンで開発のチーフをやっている。こいつとはちょっとした腐れ縁だ。まさか君みたいな綺麗な女性と一緒だとはね。こいつも隅にはおけないな」
「四条アヤです。蒼から色々と話は聞かせてもらっています。私はただ付いて来ただけですから」
握手をしながらお互いが笑顔で話す。何を考えているのかは分からないでもないが、当初の目的を果たす事だけは出来ていた。既にアヤとスティーブンが話をしているのを横目に、蒼は周囲を改めて見ていた。
CADメーカーは万が一の事を考えて研究施設は郊外に建設する事が多かった。事実、FLTは都内ではなく人が少ない場所で研究されており、IMSもビルの中にあるものの、まさかこんな所で研究しているとは思えない様な所に存在している。
立地の兼ね合いもあるのでこればかりは仕方ないが、ローゼンもどちらかと言えばIMSに近い物があった。お互いの会話はビジネスでも利用されている場所を使っているからなのか、遮音魔法の使用は許可されている。事実この場所は幾つかの施設があった事から蒼もここを利用したに過ぎなかった。
周囲を探ればこちらを伺う気配がいくつか存在している。そんな中で一つだけ気になる気配があった。隠れているのは間違い無いが、それが本当に隠れてるつもりなのか、態と気配を消しきっていないのか判断に迷う。誰なのかは何となく分かっているが、それが今回の件とどうつながっているのかが蒼には分からなかった。
「もうこんな時間か。引き止める様な形になってすまんな。俺もこれからやる事があるんでな。詳しい話はまた帰国してからだ」
気が付けば1時間が経過していた。こちらは問題ないが、向こうはまだ就業中。それ以上の時間を取らせる訳には行かないからと、お互いがここで別れる事になっていた。
「まさかマクシミリアンの施設があんな所にあるなんて知りませんでした」
「案外と同じビルに入ってる人間も気が付かないんだ。遮音魔法の使用は許可されているから色んなビジネスマンが商談で使う事もある。CADの開発は事実上の軍事機密にも等しいからな。ある意味では絶好の隠れ蓑かもしれんな」
既にビルから距離が離れている。しかし、蒼が狙いなのか、付きまとう気配が消える事は何も無かった。
「なんでこんな所にいるのかしら?」
リーナが蒼達を見つけたのは偶然に過ぎなかった。元々バランスから強制ではないと言い含められたミッションが本当にミッションなのかと言われれば判断に苦しむ。しかしボストン美術館の名前が出た際には内心冷や汗をかく程だった。
気軽に聞いた内容はそのまま蒼に伝えたまでは良かったが、情報が漏れた可能性も否定出来ない。万が一この情報が漏れれば自分の命がどうなるのが予想出来るだけに、表情に出さない事だけがかろうじて出来たに過ぎなかった。
どこまでの事実を掴んでいるのかは分からないが、自分に対し命令が出た以上は既に他人事では無い。なぜここに居るのかはともかく、今は尾行した方が良いだろうと判断した結果、距離を開けながら様子を伺っていた。
「シリウス少佐。現在地点は対象者に近づき過ぎではないのか?」
「私なら問題無い。万が一見つかったとしても顔見知りだから言い訳はどうとでも出来る。万が一の際のバックアップだけしてほしい」
「了解」
耳から聞こえるインカムにリーナは様子を伺いながら会話を続ける。ここから見ている分には、こちらに気が付いた形跡は何処にも無い。本当に何の目的があってきたのかが分からないまま時間だけが過ぎ去っていた。
2人の行動を伺いながら行く先々について行く。当初は何かをやるのではと思い様子を見るも、そんな行動に移すそぶりは何処にも無かった。
幾つかの目的地をめぐりながらリーナは改めて今回の作戦と呼べるような代物ではなないこれに疑問を持っていた。そもそもあの2人との接点は留学中には無に等しい状態が続いていた。実際にはアヤが同じクラスだったこともあってか、会話をする事はあっても、親しいと呼べるかと言われれば疑問がある程度だった。
事態の真相に気が付いたあの事件はリーナにとっても事実上のトラウマを刻まれたに等しい行為は今もなお続いていた。人間の常識を大きく逸脱した魔法だけに留まらず、パサライトが妖魔である認識から追いかければ、実際にはその正反対の存在であった事だった。
リーナ自信、敬虔なクリスチャンだと思ってる節は無いが、それでもこの国にとってあの姿は神の代行者の様な存在に変わりは無かった。無意識の内に流れる涙は生理的な物でも無ければ精神的な物でもない。魂の根源から縋りつきたくなる様な感覚が引き起こした事実であると、後になって気が付いていた。
そんな代行者に何も思う事無く始末しただけに留まらず、自分の事すらまるで眼中に無いかの様な物言いと同時に成されたそれはまさに人外の所存でしかない。そんな言葉にすら出来ない感情が渦巻いているからこそ、その正体が何なのかが知りたかっただけだった。
「あそこは確か……」
2人の入ったビルはリーナにも記憶があった。表向きはビジネス向けのビルだが、実際にには魔法師関連の企業が多く入っている。一般人との差別や、万が一の際に拠点となるべく立てられたそれはリーナが軍人になってから聞かされた事実だった。実際にここに入っている企業の多くはそうだが、一部はカモフラージュの為に関係無い企業も入っている。平然と入った2人に対し、今のリーナはここに入る為の口実が何処にも無かった。
「αとβはこのビルの出入り口付近で待機。対象者が出た際には直ぐに報告」
「了解。各チーム行動を開始します」
ビルの出入り口は正面と裏口以外には、避難経路としての出入り口だけがこのビルに存在していた。魔法が使用できる数少ないこのビルは災害対策としての魔法師が常に常駐している。本来であれば色々な場所に出入り口が存在するのでが、幸か不幸かその数は少ない物だった。
「アヤ。気が付いていると思うが、何人かに尾行されてる。絶対に振り向くな」
ビルから出た蒼は珍しく目的が無い様な足取りでメインストリートを歩いていた。周囲に隠れる様な場所はあまりなく、また隠れる事が出来たとしても場所は限られている。態と寄ったこの場所で改めてアヤに事実を話す事で、尾行されている人物をあぶり出す事を決めていた。
驚く素振りを見せずアヤも改めて周囲の気配を探っている。蒼が言う様に、一人だけ気になる人物がこちらに付かず離れずの距離で付いて来ていた。突如として走り出すと同時に近くの樹の影に隠れ、センサーが反応しない程度の認識阻害の魔法を行使する。まさかこんな町中で魔法を使うと思ってなかったからなのか、一人だけこちらに走りだしていた。
「あれ?確かここに……」
「動くな」
一人の女性の背後で細い筒状の感触が伝わってくる。この国ではまだ銃の規制はされていない。背中越しに感じる感覚にその女性は立ちすくむ事しか出来なかった。
「どうして俺達を付けてきた?」
「ぐ、偶然よ。本当に偶然なの……」
「他に何人いる?」
「そんなの私知らない」
「そうか……仕方ない。この世界から退場して貰おうか」
背後から聞こえる声に、女性はそれ以上の言葉を告げる事が出来なかった。尾行していたのは確かだが、目的そのものは無に等しい。改めて感じるその感触が何を意味するのかはこの国で生活する人間であれば考えるまでも無かった。
風前の灯火とも取れる自分の命の生殺与奪を握られている以上、ここから反撃するには魔法の行使しか無かった。この国でも緊急時の使用は法律で認められている。仮に相手の命が無くなったとしても、どうにでもなると判断したのか女性は人知れずアクセサリーに偽装したCADへと指を伸ばそうとした瞬間だった。
「蒼。もうその位にしたらどうですか?リーナの顔色がかなり悪いですよ」
「へ?」
偽装している為に自分がリーナであると看破される可能性を考えていなかったのか、その女性は素っ頓狂な声を思わず上げていた。先ほどの名前と同時に聞き覚えのある声。一高の同じクラスに居た四条アヤその人だった。
「知ってたなら先に言ってよね。あの瞬間、私の寿命はかかなり縮んだわよ」
通り沿いにあったカフェでリーナは出されたチーズケーキにフォークを刺し、そのまま一気に頬張っていた。気が付けば既に空の皿が2枚重ねられている。既に目の前の皿に置いてあったチーズケーキはリーナの口の中へと放り込まれていた。
「それはこっちの台詞だ。俺はお前との面識は殆ど無い。こうやって驕る必要性も無いはずだが」
この時点で蒼は当時の事を敢え話さず、一高の元知人としては話かけていた。パラサイト事件の際に、あれがリーナである事を知ってはいるが、実際に尾行していたのが、本当にリーナだけだとは考えていない。
未だ纏わりつく気配は確実にこちらに向けられている。今は気にする事無く、目の前のリーナから情報を引っ張り出す為に画策していた。
「あら?でもアヤは私の元クラスメートよ。旧友と親交を温めて何が悪いの?」
そう言うと同時にチーズケーキは完全に無くなっていた。食後のコーヒーとばかりに、出されたカップに口を付けている。食欲旺盛なリーナを見ながらも、蒼は変わらずその状況を確認していた。
「じゃあ、後ほど」
何事も無かったかの様な足取りで帰るリーナを眺めながら蒼は今後の予定を改めて考えていた。この時点で尾行が無ければ問題無いが、このままずっと付き纏われると厄介以外の何物でもなかった。
最大の目的でもある『クリムゾン』の力を手にする為にここまで弾丸ツアーで来ている。余計な時間を要する訳には行かなかった。
「済まないが、リーナの事は頼んだ。仮にこっちに尾行が付けば何とかする」
「それは大丈夫ですから」
別れ際に親交を温めるの言葉を逆手に、リーナはアヤからディナーに誘われていた。本来であれば任務の対象外でもあるが、自分の口から出した手前断る訳にも行かない。このまま帰るのは如何にも怪しいですと公言する様な物だった。
町中にセンサーがあるにも関わらず大胆に魔法を使い、自分を確保されたリーナからとってみれば、これも任務の一つだと割り切るより仕方なかった。