一高に限らず、国内にある魔法科高校並びに、魔法科大学は今までの様などこか浮ついた雰囲気は既に無くなっていた。本来であれば入学式に於いては有難くもない議員の話が長々と続く様な場面が何度も見受けられたが、今の世界情勢を鑑みれば既に過去の話だと言わんばかりの空気が漂っていた。
兵器としての魔法師の早期育成。これまでにも魔法科高校や大学に関しては人間主義と呼ばれる人間の心無い話が飛び交うのが常だったが、今年に関してはそんな話は微塵も無かった。幾ら情報統制をしようとも復興と防衛に力を入れれば情報は勝手に漏れて行く。
PKOで参加している日本にとっても現地を直接見た人間の情報は直ぐに拡がっていた。これまでの常識を覆すほどの破壊と明らかに近代兵器を使わない攻撃方法は、初めてUSNAの大地を踏んだ兵士には驚きの対象となっていた。
緘口令が敷かれているのではなく、純粋にその攻撃方法と対象物が確認出来ない中での一方的な攻撃は、幾ら情報を手に入れようとしてもその限りでは無い事は誰の目にも明らかだった。
「今年の入学式は何だか様子が変ですね」
「仕方ないさ。軍内でも正確な情報は手に入らないんだ。現地を見た兵士は最初は呆然とする者が多かったらしい」
今年に入って最初の行事でもある入学式の準備をしながらも、去年の様な雰囲気が既に無くなっている事は深雪だけでなく、他の役員も感じていた。幾ら魔法師の雛だとしても、まだ世間で言えば成人にすらなっていない。魔法がこれまで現実の物となった今でも術者のメンタルに大きな影響を及ぼすのは周知の事実。
空気が淀んでいる様にも見える光景だけではない。今後の事を考えれば明るい未来が見える様な現実では無い事だけは間違い無かった。そんな未来に対し、深雪は珍しくため息を吐いていた。
「今年は去年とは明らかに違いますね」
「当然だろうな。あんな形で大国が崩壊すればどの国だって厳戒態勢に入るのは当然だ。事実、剛毅さんも最近は家に帰る事すら困難らしいからな」
何時もと変わらない状況の様に蒼とアヤは歩いていた。アヤが言う様にあの事件以降の世界情勢は大きく変化していた。
大国の崩壊と同時に大戦前夜の雰囲気が世界中に蔓延している。魔法師の育成や早期の戦力確保は既に政府が大きく打ち出した事実である以上、何かしらの事が起こるのは当然の事だった。
目立った動きは少ないが、どこか荒んだ様にも見える。当事者である蒼からすれば当然の事をしただけに過ぎないと考えていたからなのか、何時もと変わらない雰囲気を出していた。
「そう言えば、どうして蒼は魔工科を選択しなかったんですか?」
「選択も何も、今年の講師があいつなら不要だろ?顔馴染みがお互い立場を変えてのご対面は気まずいからな」
「でも、そうならもっと早く言ってくれれば……」
「公表は出来ない情報だから仕方ないさ」
そう言いながら歩くアヤの肩には去年までのエンブレムとは違い、歯車を模したエンブレムが付けられていた。元々実技重視でも良かったが、今の状況下ではやれる事をやるしかない為に、少しでも何かに貢献出来ればとの考えから転科の道を選んでいた。
しかし、今年の講師の事を蒼から聞かされた際には流石に驚きを覚えていた。これまでであればあり得ない事実。しかし、改めてそれが本当だと言われた事でその現実を受け入れていた。
「スティーヴン・スミスだ。今年1年の限定になるが、自分が教える事が可能な限りやって行きたいと思う。知っての通り、我が祖国は未曽有の危機に陥っている事からも、世界情勢は大きく変化している。君達に求められるのは即戦力になる事だ。教員としての資格は無いが、これもまた特例故の事実だ」
CADに詳しい少しでも情報が明るい人間はその人物の姿を良く知っていた。マクシミリアンの開発主任。事実上の技術面のトップがまさか講師として来るとは誰も想像していなかった。アヤも当日の朝になって蒼から聞かされた為に教室内では驚く事は無かったが、それでも衝撃的な事実に違いは無かった。
「言っておくが、僕はここでのやり方を知らない。マクシミリアンでのやり方と考え方を君達に教えるが、付いてこれない人間は直ぐに言ってくれ。時間は有限だ。誰もが無駄には過ごしたくないだろ」
設立されたばかりの科であるにも関わらず、事実上の実践となれば話は大きく変わってくるのは当然だった。既に青田刈りの話は誰もが口にはしないが、公然の秘密とばかりに取りざたされている。
厳しいと思う反面、現場のトップのやり方を学ぶにはいい機会だと判断する人間も存在していた。
「アヤから聞いたぞ。初日からやらかしたらしいな」
「僕だって時間は有限だ。今回の件は知っての通り、本国があの状況にあるから特例としての結果だ。第一、僕だって開発や、やるべき事が山の様にある。付いてこれない生徒を引っ張るつもりは毛頭無い事位分かるだろ?」
授業が開始されてからそれなりに時間が経過していた。魔工科そのものが手さぐりで進む為に、初歩からのスタートとなっていた。元々CADの工房に就職先を選ぶ人間は何かしらの理論を理解していない事には仕事にすらならない。
学生は金を払って学ぶが、社会人となれば逆に金を貰う事になる。金を貰っている立場であれば最低限の仕事はこなすのが当然であるが、ここはあくまでも学校にしか過ぎない。しかし、学校側からは即戦力を求められている以上、最初に警告じみた発言をする事により生徒に覚悟を植え付ける事をスティーブンはしていた。
「確かに。で、アヤ以外に面白い生徒は居たのか?」
「ああ。何人かいたな。特に彼は秀逸だよ。確か……司波達也とか言ったかな。彼の能力は他の生徒に比べても、頭一つ、いや三つは抜きんでている。確か九高戦だったか?日本支社長も挨拶したらしいな」
「そんな事もあったな」
「彼のプログラミングは独特だよ。だが、どこかであの癖を見た記憶はあったんだ。確か、つい最近も目にした記憶があったんだがな」
蒼はスティーヴンの言葉に当時の事を思い出していた。卓越した技能だけでなく、大よそでしかない術式を意図も簡単に構築するその技術は既にどこかのメーカーにでも勤務していると思える程の内容だった。
蒼自身はプログラムよりもハード寄りの為に、細かい事は無頓着だが、それでも達也の能力には一目を置いていた。
「まぁ、欲しけりゃ口説くしかないだろうな」
「まさか。僕にはそんな権限は無いよ」
校内のカフェで寛ぐ姿はどこか異質だった。講師と一生徒が談話する姿は珍しくないが、それがスティーヴンとなれば話は別だった。ローゼンの技術者が特定の生徒と親しくしている姿は色んな憶測を呼びやすい。それが肩に紋が無い様な人物とであれば、それは尚更だった。何も知らない生徒は怪訝な目で見ているが、誰も口にしようとは思わない。
まるでその空間だけが、どこか研究者のラボの様にも思えていた。
「これからが本業だろ?俺はこれで帰る。何か困った事があったら連絡してくれ」
「ああ。態々IMSが付いてくれたんだ。今後はこちらも頼もしいよ。話は変わるが、蒼は軍に知り合いでも居るのか?」
「知り合い?」
突然のスティーヴンの言葉に蒼は当時の事を思い出していた。軍で顔見知りはリーナと交渉をしたバランス以外に記憶はなく、ましてや軍の人間が民間人に何かを話すとは思えなかった。
しかし、今の口ぶりからは何かしらの話があった事は間違い無い。誰なのかが分からない以上、今は名前が出るのを待つしか無かった。
「ああ。態々ここに来る際にバランス准将から言われたんだ。宜しくと言って欲しいって」
「なるほどね。確かに知ってはいるな」
調印の際には確か大佐だった記憶はあったが、軍の壊滅と今回の結果で昇進し、何かしらの窓口をなっている可能性があった。あれ以来、個人的には何も連絡は無いが、時折リーナとアヤは話をしている様でもあった。
個人の事に関しては一々口を挟む必要も無い為に、蒼もアヤに対しては何も言うつもりは無かった。
様子がこれまでとは違うとは言え、学校は世間とはどこか隔離された様な空間なのか、毎年の恒例とも言える部活動の勧誘期間はこれまでと何も変わらない様な雰囲気になりつつあった。いくら世間が閉塞感に包まれていても、一度学校に入ればそれは別の空間となる。これまでの空気が嘘の様に騒がしい物へと変化しつつあった。
「この時期は相変わらずみたいですね」
「部活に関してはそうかもしれんが、それでも影響は多大だろうな。予算よりも今後は自身の進路にも大きくかかわってくる可能性もある。事実IMSでも魔法科に限らず優秀な技術者は早期の内に確保したいらしいぞ。今ならスティーブンが勝手に選別してくれるからな」
周囲の状況を無視するかの様に蒼とアヤは飛翔魔法と認識阻害を並行行使する事で、その影響から離れていた。この時期はCADの所持が許されている為に、魔法を行使した所で発覚する可能性は決めて低い。態々あの集団の中を突っ切るよりはこちらの方が早いからと、迷う事無く選んでいた。
「何か面白いイベントでもやってるのか?」
上空から見る視界は地上に比べれば遥かに広くなっている。目に留まっていたのは偶然に過ぎなかった。一部のエリアに顔なじみのメンバーとこれまでに記憶に無い人間が争っている様にも見える。何時もであれば無視するが、スティーブンの言葉を思い出したのか、多少の好奇心が行動を起こすキッカケとなっていた。
「何だか言い争っている様にも見えますね。あれは……今年の首席だった七宝君じゃないですか?」
「七宝?」
アヤの言葉に蒼も思い出してはいたが、記憶には無かった。誰が主席だろうが知った事ではないが、遠目から見る様子は何かしらの感情が浮かんでいる様にも見える。既にCADを行使しようとしているそれが何を意味するのかは考えるまでも無かった。
二対一の展開ではあるが、二の方が女で一の方が男となっている。一触即発の雰囲気となれば後はお互いが爆発するのを見る事しか出来ない。
何か面白い事が起こるのかと思った瞬間だった。当然とばかりにその場に居た十三束が仲裁をする事でその場は収まりつつあった。
「何だ。それで終わりなのか?つまらんな」
収束しかけた場に突如として声が響いていた。周囲を見渡すもその姿は何処にも無い。明らかに挙動不審になってままは気の毒だからと蒼は魔法を解除していた。
突如として現れた人物に達也と深雪以外が驚きの表情を見せる。気が付けば蒼の隣にはアヤも佇んでいた。
「十三束君。何かあったんですか?」
「いや。大した事じゃないんだ。ちょっとした意見の食い違いだよ」
アヤを見た事から十三束は簡単に状況を説明していた。突然現れた事実をそのままに、未だお互いの空気は不穏なままが続いている。こんな状況下でも何も変わらないとばかりに蒼は両者を眺めていた。
男の方に覚えは無いが、女の方は見た事は無いが、その想子の流れ方には記憶があった。記憶が間違っていなければ真由美と同じ流れ。となれば、十師族の七草である事が容易に想像出来ていた。
「食い違い?そんな風には見えなかったな。折角面白い物が見れるかと思ったが、残念だな」
「君は確か赤城君だったよね。一体どこから見てたんだい?」
十三束が顔を引き攣らせながら口にした名前に反応したのは二人の女生徒の方だった。入学前に自分の姉に言われた言葉は、『赤城蒼には近づくな』だった。詳細については何も聞いていなかったが、その名前を出した際の表情は苦々しい物だった。
当時は何かしらあったのかと推測したものの、それでも自分達が敬愛する姉に対し、何かしらの事をやった事だけは確信していた。それを思い出したのか、2人の視線は目の前にあった七宝ではなく、蒼へと向けられていた。
「あんたが赤城蒼か。お姉ちゃんに何をしたんだ!」
「お姉ちゃん?誰だお前?知り合いに記憶は無いぞ」
「私達の事を知らないの?」
この時点で誰なのかは蒼も理解していた。しかし、自分達が名乗る事無く糾弾する様は呆れる以外に無かった。既に周囲の視線は3人へと向けられている。仲裁によってその場にいたはずの七宝は既に蚊帳の外だった。
「ああ。十師族の一員ともあろう人間が自分の名も名乗らずに他人に攻撃をするならば、そんな人間は知らないな。お前達の姉が誰かは知らんがお里が知れてるぞ」
蒼の一言が見えない何かを切っていた。女生徒2人は半ば無意識ともとれる動きでCADを操作する。一連の流れを見た蒼はただ不敵に笑うだけだった。
その場に何が起こるのかを察知したのか、達也は自身の手を既に向けていた。2人の女生徒が流れる様に操作すると同時に想子が活性化する。時間にして1秒にも満たない時間でのやりとりだった。
発動した魔法が蒼に向かって放たれる。距離は然程跳離れていない為に回避行動は厳しい。そんな未来を予見したのか達也は術式解体を放っていた。
「何。今の……」
驚愕とも取れる言葉を放ったのは魔法を最初に放ったはずの女生徒だった。しかし、実際に驚くポイントはそこではなかった。誰よりも一番驚いていたのは深雪だった。
達也が行使した術式解体は事実上の最強の対抗魔法。しかし、それが発動する前に障壁によって阻まれていた。この場に誰もがCADを操作していない。何が起こったのかを正しく理解していたのは蒼とアヤだけだった。
「今年の人間も碌なのが居ないな。そう言えば、お前達の姉はまだ生きているのか?」
「何いってるんだ。生きてるに決まってる!それが何なんだ」
「そうか。なら言っておけ。まだ生きたいなら沈黙は続ける事だとな」
何かを確認したからなのか、蒼はそれ以上の興味は無くなったとばかりにこの場を立ち去ろうとしていた。生きているのであれば、口にはしていない。公言するのは勝手だが、こちらにも都合が存在する。偶然見かけた事が結果的には有用な情報となっていた。
「お前!何様のつもりだ!」
「蒼!ダメです!」
女生徒が改めてCADを操作しようとした瞬間だった。女生徒の両腕と両足に赤い筋が走る。それをいち早く察知したのか、アヤが声を出していた。その場で何が起こったのかを理解した人間は誰も居ない。その1秒後に悲鳴が起こっただけだった。
赤い筋からは動脈が切れたかと思われる程に夥しい出血が起こっている。考えられるのは何かしらの手段で切断された事実だけ。しかし、その1秒後には何も無かったかの様に元に戻っていた。
「良かったな。アヤのお蔭でダルマにならずに済んだだろ」
この光景を達也と深雪は思い出していた。以前にあった騒動で同じ事を目撃している。しかし、当時と決定的に違うのはその速度と発動した瞬間を知る事が出来ない事実だけだった。
瞬時に起こった結果は既にその痕跡を無くしている。今は噴出した血液の跡だけがそれを示していた。驚愕の事実にそれ以上は何も言えない空気だけが漂っている。
一体何をしに来たのかすら分からないままに、気が付けば2人はこの場から消え去っていた。