厄災の魔法師   作:無為の極

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第66話

 蒼の言葉は直ぐに現実の物となっていた。

 これまで何も無かったはずの景色がどこか歪んでいる様にも見える。既に周囲に人影は無く、また、魔法が行使されている気配すら無い。突然現れた異質な現象は自分達が知っている物とは何かが違っていた。

 敵の気配は無いはずにも拘わらず、自身の中に何かに怯えている様な錯覚を感じている。将輝だけでなく真紅郎も着ている服の下には冷たい嫌な汗が流れている事を自覚していた。

 渦巻く大気は徐々に何かを象っていく。本来であれば有りえない光景に2人は何故か視線を外す事が出来なかった。

 

 

「漸くお出ましか。随分と勿体ぶってるな」

 

「蒼。あれが何なのか知ってるのか?」

 

「知ってるもなにも、これが今回の目的だからな」

 

 何時もの様に、何かをしながらでも向けるそれは明らかに自分達が知っている蒼では無かった。強い視線は一点を凝視している為に、他からの反応には時間がかかっている。これから何が起こるのかを今はただ見守るしか出来なかった。

 砂塵をも吸収せんと周囲に巻き起こる物体すべてが一つの下へと寄せられていく。ここにはそんな事が出来る様な風が吹いている事実はなかった。一つの何かを集約させるかの様に渦巻くそれはやがて一つの形を作り出していた。

 

 

「蒼!あれって……」

 

「これから起こるのは一つの事実だ」

 

 真紅郎の言葉に答えたそれは言葉少ない物だった。これまでに名前は聞いた事があっても、実際に見る事は無いはずのそれに真紅郎だけでなく将輝もまた呆然と見る事しかできないままだった。

 塵が集まり一つの何かを作り出していく。気が付けば既にその躯体は頭から足先まで完全に出来上がっていた。一対の白く輝く羽に、右手に禍々しい角笛が握られている。それは奇しくも蒼が言う様に、口外したとしても誰も信じる事は無いはずの物だった。

 

 

 

 

 

『矮小な人間共よ。これで終焉を迎え、その歴史を閉じる事を決めた様だな』

 

 

 頭に直接響く声はどこか無機質な物だった。事前に言われなければ、恐らくはその姿を見てまともに立つ事すら危ういその存在は、見紛う事無き天使そのものだった。

 放たれた言葉は魂が直接撫でられるかの様な感覚をもたらしているからなのか、将輝と真紅郎は身体の震えが止まらない。

 自分の身体でありながら制御する事が出来ない事実は一つの可能性を作り出している。自分達が一体何をしたのだろうか。言われなき咎を一方的に下されるかと思われる有様に、それ以上の思考が停止していた。

 神の眷属の顕現。まさにその言葉通り、人類の終焉を迎える寸前の出来事でしかなかった。

 

 

「生憎と、その話は却下だ。貴様は俺の為に踏み台となってもらう。その為にここに呼んだんだからな」

 

 半ば意識まで刈り取られるかと思った矢先の言葉に将輝と真紅郎は漸く理性を取り戻していた。今の言葉が正しければ、蒼は何かしらの目的を持っている様にも聞こえる。あり得ない事実に2人は蒼だけでなくアヤにも視線を向けていた。

 そんな視線に気が付いたからなのか、アヤもこの場には相応しく無い程に儚い笑みを浮かべ、このやりとりを眺めていた。

 

 

『人間風情が何をもって大層な妄言を出す』

 

「妄言?お前こそ誰に対してそんな口を聞いてるんだ?()()()()()()()()()()()()で」

 

 天使と蒼の言葉の応酬が何を意味しているのかを正しく理解出来ない。この地に顕現してからの周囲の雰囲気は、先程までとは何かが違っている。既に一触即発とも呼べる空気が蔓延していた。

 

 

『少しは何かを齧ってる様だが、それまでだ。既に命令が出ている以上、この地は終焉を向ける事が決定している』

 

「決定ね。随分な物言いだな。だとすれば、ここで終わらせるしか無さそうだ」

 

 

 

 

 

 突然現れたそれに合わせるかの様に紡いだ言葉はそこで途切れていた。既に準備を終えていたからなのか、蒼は既に従来の魔法師の概念を大きく覆す程の魔法を事も無く行使していた。自分達の周囲に薄い膜の様な物が瞬時に纏わりついていく。これを機に何かが開始していた。

 

 突如として現れた天使はまるで最初から決められた手順があるかの様に角笛を腰に付け、両腕を上へと掲げている。見えない何かが上空から落下したかの様に、周囲の大地がメキメキと大きな音を立てながら亀裂を発生させていた。

 気が付けば蒼と自分達以外の場所は大きく陥没している。自分達が使う重力制御の魔法だとは判断出来たが、その威力と範囲は常識を大きく覆す程だった。想子や霊子が何かしら働いた気配もないままの事象の改変。それら全てが紛れも無く目の前の天使が行使した結果だと漸く理解出来ていた。

 神の眷属の前に立っている自分達の命運は既に他人によって管理されている。幾ら抗う事を考え様としても、強大な力の前に打開策は何も無いままだった。

 

 将輝と真紅郎が防げたのは偶然に過ぎなかった。目を凝らせば周囲に防御の為に幾重にも張られた障壁が先程の魔法の威力を相殺している。自分達が何もしていない以上、それをやったのは蒼かアヤのどちらかでしかなかった。

 魂からの怯えは未だ止まず、ギリギリ立つだけで精一杯の状態。だからこそ2人が動く事は無いと判断した結果に過ぎなかった。

 

 

 将輝も真紅郎も佐渡の戦いで蒼の状況を嫌と言う程に見ていたが、今目の前で起こった事実はそんな事すら陳腐だと思える程だった。CADを使う事も無ければ札を使う事もしない。ただ腕を振るい、視線を強く合わせるだけで事象が瞬時に改変されて行く。魔法に違い無いが、それらは自分達が知っている物とは大きく異なっていた。

 

 周囲の状況が一瞬にして変化をしていく事により、死だけがその場に残されて行く。草木が熱によって一瞬にして枯れ、その反対では大気が急速に冷却される事で地霜が発生している。皮肉にも氷炎地獄(インフェルノ)をそのまま体現しているが、A級魔法師が使うそれとは明らかに別物であった。

 

 これは一体何なんだろうか。今の2人はそんな言葉以外に浮かぶ単語は何一つなかった。一瞬にして事象が改変される事実と同時に、天使を思わせるそれもまた同じく魔法らしき物を行使している。自分達の理解の埒外の魔法がお互いを挟んで行使されていた。

 恐らくは自分達が出来る事は何一つ存在しない。仮に自身の魔法を行使した所で瞬時に潰されるのがオチだと判断するには十分すぎるだけの材料がそこに存在していた。

 

 魔法陣らしき物が次々と空間に浮かんだかと思えば、それは直ぐに破壊され、新たな物が瞬時に顕現する。イメージはそれだが、その威力は桁違いだった。

 時折行使された魔法がお互いに直撃するかと思われた寸前で障壁にぶつかりそのまま消滅している。1度の魔法をそのまま相手に放つ迄に、どれ程の魔法が構築し破壊されているのかを将輝と真紅郎は肌で感じ取っていた。

 魔法が生む衝撃は周囲を物ともせずに形有る物全てを無へと変えていく。展開された障壁のお蔭で何の影響も無いが、フィルターがかかったかの様に見える光景は余りにも異質すぎていた。

 どう贔屓目に見ても神の眷属と互角以上の戦いをしている蒼の事を今だけは驚愕の目で見ている事しか出来なかった。

 

 

「あ、あれって一体……」

 

「あれが蒼の本当の魔法。でも……」

 

 真紅郎が自分の怯える自我を無理矢理動かして出た言葉はそれだけだった。理論上はCADはあくまでも自身の補助装置の役割しか無い為に、複数の魔法を行使するにはそれなりにプログラミングする必要があった。

 事実、幾重にも張られた障壁魔法を行使しながらも攻撃の為の魔法を行使するとなれば通常では脳に大きな負荷がかかる。自分達だけでなく、十師族でも複数の魔法を瞬時に使う事が出来る三矢家当主のスピードローダーでさえも最大で9種類の魔法を行使できるが、目の前に起こっているそれはそれすらも凌駕していた。

 それだけでもあり得ない事実ではあったが、そんな事よりも特筆すべきはその発生速度だった。CADが無くてもそれ以上の発動速度は常識では当てはまらない。複雑すぎる魔法を体内で構築するには人間としての限界をも完全に凌駕している。

 そんな光景を見ているからなのか、真紅郎の思考を加速させる要因となっていた。気が付けば意識はそちらに集中しているからなのか、身体の震えは幾分かは弱くなっている。

 一度腕を振るえば大気が裂け、唸りを上げる。視線を集中すれば、そには永久凍土を思わせる程の冷気が周囲を巻き込む。しかし、そのどれもがお互いを直撃する事は無い。そんな事実をまるで当然だと言わんばかりにアヤが答えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互角だと思われた戦いは唐突に終了していた。突如として吐血した蒼は全ての魔法を一旦破棄し、防御に回ろうとした隙を狙われていた。

 幾重にも張られた防御の魔法は既に大半が消滅している。器の限界。佐渡で降下する際に自らの口で真紅郎に告げた事実が蒼の身体を破壊していた。

 如何に堅牢な物でも一旦皹が入れば、そこを起点に亀裂は大きく広がり崩壊するしかない。既に大量の破壊魔法を防ぐ様な手段はどこにも無かった。姿形さえ残らないと言わんばかりに全ての魔法が蒼の肉体へと着弾していく。天使が放った魔法は人間と言う器を瞬時の葬り去る程の威力を持っているからなのか、その中心地点と思われる場所には周囲を漂う砂塵だけが舞っていた。

 

 

「蒼!」

 

 将輝の叫びは後の2人の声も代弁している様だった。突如として吐血した原因も心配ではあるが、その直後の多重魔法の直撃は人間が受けて大丈夫だと思える物ではなかった。

 一つ一つ繰り出される魔法は全てが戦略級と称しても遜色の無い物。それを生身で受け止める事は不可能である事は誰もが直ぐに理解していた。

 未だ砂塵が渦巻く為に状況は何も分からないまま。ここで蒼の命が散れば、この場に居る3人の命など瞬時に消滅するのは間違い無かった。

 

 

『人間如きがこうまでやれるとは思わなかった。そこだけは賞賛しよう。だが、所詮はそこまで。このままプログラムは発動しよう』

 

 天使の右手に握られた禍々しい角笛が口元へと動く。それが何を意味するのかが、この場で理解した人間が居ないからなのか、今は呆然と見ている事しか出来なかった。

 

 

「おい。誰の許しを得て勝手な真似してるんだ?」

 

 男の声が低く響いていた。その姿は未だ確認出来ないが、自分達が知っている蒼の声では無かった。どこか腹の奥底に響く様な声は、先程話した天使に近い物。一体何がどうなっているのかを理解できないまま、声のあった場所へ視線を動かしていた。

 砂塵の中心から突如として黒い光が天使の腹部を一気に貫く。光は消える事無くそのまま上へと移動していく。さながらレーザーで出来たメスの様な切れ味は鈍る事無を知らないまま、一気に頭頂を抜け、消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは一体……」

 

 蒼と天使の戦闘を見たのは単なる偶然に過ぎなかった。大気圏外を飛ぶ静止衛星が現状を探るべく大亜連合の上空に差し掛かった際に映した映像に、その場に居た誰もがそれ以上の言葉を発する事を忘れていた。

 人外ともとれる攻撃により、事実上大亜連合と新ソ連は壊滅していた。突如として起こった大破壊に対し、両軍の護りは無きに等しいままだった。

 

 USNAと日本に攻め込んでいた事が拍車をかけたからなのか、新ソ連に至ってはレーダー基地やミサイルの格納庫から瞬時に破壊されると同時に、モスクワにある大統領府を中心に破壊活動が進んでいた。

 一方の大亜連合も同じく北京の全人代を中心に破壊活動が一気に進んでいた。規模の大きなドミノ倒しを見ているかと思える程に破壊活動は瞬時に広がりを見せる。

 この異変にいち早く気が付いたのはUSNAの軍部だった。突如としてアラスカに侵攻していた部隊がまるで何かに怯えるかの様に撤退をしている。元々防衛戦だった事を第一と考えたUSNAは反撃をする事なく、事実関係を調べていた。

 そんな中でリーナが開いた回線による熊と龍の隠語を思い出しのか、まだ活動可能な衛星を使い、当該地域を確認した結果だった。

 

 自国の惨劇と同じか、それ以上の壊滅に理由は判明した。しかし、その周囲を見た際に異常な磁場の発生を探知し、その周囲を映した場所にあったのは、ぼんやりと光る何かだった。

 誘蛾灯に引き寄せられる虫の様にその場所へと焦点を合わせる。周囲には生命活動を示す様な物は既に無くなってた。

 

 

「あれは……天使…なのか……羽が生えている」

 

「多分夢か幻じゃないのか……」

 

 余程の事が無い限りうろたえたり呆然とすることが無い情報官達は、引き寄せられるかの様に画面をジッと見る事しか出来なかった。バランスもその中の一人ではあるが、リーナの言葉が改めて脳裏に過る。

 我々は何の逆鱗に触れたからこうなったのだろうか。バランスだけでなく、誰もがそう考えていた。

 

 

 

 

 

「まさか……」

 

 USNAと同時刻、剛毅もまた送られた映像に人知れず息を飲んでいた。

 誰もが気が付いていないかもしれないが、周囲に小さく映っているのは自分の息子でもある将輝と友人の真紅郎。そしてアヤの3人。蒼の姿が無い事は分かるが、それよりも現状起こっているそれが自分が知りうる中でもあり得ない事実だと言い聞かせる事で精一杯だった。

 

 一対の羽が生えた何かと、姿が確認出来ない何かが戦っている様にも見える。そこに居る人間を見たからなのか、剛毅は無意識のうちに戦っているのは蒼であると考えていた。

 師族会議で決まった事実と、今映像で見ている現実。仮にこれが紛糾すれば自分達も同じ目に合っていた可能性だけが残される。それを理解したからなのか、起こっている現状をただ見ている事しか出来ないでいた。

 周囲に弾ける様な衝撃波がお互いの魔法の威力を示している。既に人間の能力を超えた何かが、どんな結果をもたらすのかは予想する事すら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーザーで斬り裂かれた天使はそのまま黒炎に包まれながらその場で燃え終わるのを待っている様にも見えていた。轟々と音を立てながらも今だ消える気配はどこにも無い。

 僅かな時間で起こった事実に理解が追い付かないままだった。まだ完全に姿は見えないが、砂塵から聞こえた声が安否を示していた。

 それが現実である事を示すかの様に禍々しい角笛が3人の前に転がってくる。これが何を意味するのかを考えた矢先に見た事が無い肌色の人間がそれを持ち上げていた。

 

 

「お前ら、何ボンヤリしてるんだ?」

 

「まさかとは思うが、蒼なのか?」

 

「他に誰が居るんだ?」

 

 将輝が言う様に2人は余りにも違いすぎた蒼を見て、ただ漠然としていた。以前の様な髪と瞳の色は既に違っているからなのか、声を聞かなければ別人と思える程だった。

 黒かった物が全て銀色に鈍く輝いている様にも見える。少しだけ浅黒い肌は偶然にも蒼が偽装した姿に酷似していた。

 

 

「もう終わりなんですね」

 

「ああ。これまで済まなかったな」

 

 全てを知っていたかの様にアヤは確認する様に蒼に話しかけていた。この姿を現した以上、そこから繋がる結果は一つだけ。それを理解しているからこそ、アヤはそれ以上は何も言えないままだった。

 

 

「ちょっと待って。僕らにも分かる様に説明してほしいんだけど」

 

「ああ。その前に少し待ってろ」

 

 真紅郎の質問を遮るかの様に蒼は手にした角笛を踏み潰し粉々にする。それが何かの合図だったのか、未だ燃え盛る黒炎の向こう側に空間の歪が生まれていた。

 

 

 

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