「ここに我々は新たな誓いと共に今日のこの日を厄災の日と名付け、人類に反映を共に歩む事を宣言します」
蒼の姿が消え去ってから1ヶ月後。既に国連は以前の様な機能を完全に失っていた。
大亜連合と新ソ連の消滅は各国の最大のニュースとなっていた。これまで強大だった国が事実上の一夜にして崩壊した事に世界中は蜂の巣をつついた様な騒ぎとなっていた。元々キナ臭い部分は多分にあったものの、やはり強大な国力を背景とした国家運営に周辺国は眉を顰める様な部分が多かった。もちろん内心では消滅した事実に歓喜の声を上げたいと思う地域もあるが、現時点ではその方法が一切確認出来ない以上、安易に声を出す事は憚られていた。
USNAも辛うじて国としての体裁は整えられていたが、以前の様な発言権を持つ事は出来なくなっていた。暫定的に成立した新たな組織の長が世界に向けて宣言している。この瞬間、世界中から一瞬だけ争いは無くなっていた。
「まさか貴女が彼の代行者だとはね」
「私はこの世界に対し、何かするつもりはありません。それだけは間違いありませんので」
世界に向けて宣言している映像を見ながら国会議事堂の非公開の部屋でUSNAの軍部と政府が極秘会談を開催していた。元々の発端となった蒼の契約した物を引き継いだアヤは久しぶりに見たリーナと笑顔で再開していた。
当初の予定と大きく変わった事態にUSNAは再び混乱に陥っていた。元々個人的な契約として交わされたその内容の一つでもある継承については、どうやってその確認をするのだと議論が噴出していた。既に大国のカテゴリーから転落したとは言え、USNAは依然として対外的な力がある事だけは常に匂わせていた。
大陸は他の国とも繋がっておらず、南米の組織に関しては戦略級魔法を行使した結果、一方的ではあるものの、和平への道筋が付けられていた。元々の結び付が無い事だけでなく、壊滅した今となっては攻め込む程の戦力が無い事が最大の要因となっていた。
中心となった大きな組織が無くなった事もあってか、気が付けば烏合の衆だった組織はゆっくりと淘汰されていた。そんな事もあり、南方の安全が確認出来た以上、次に待ち構えているのは日本との交渉。
確認の為との大義名分を持った事と、個人的にも交流があるからとその任をリーナが担っていた。
「バランス准将。アヤの事は任せてもらえませんか?」
「それは構わん。だが、我々としては確認しない事にはどうにもならない」
リーナとバランスの会話にアヤは苦笑しながらもぼんやりと眺めていた。誰にでも分かる後継としての証を見せるのは簡単な話。そんな事すら思い出せないのかと考えるが、生憎とその話が終わる気配はどこにも無い。だからなのか、今のアヤにとっては目の前の会話を終わらせる事が先決だと考えていた。
『人間とはつくづく御しがたい物だ。なぜこんな物を守ろうとしたのか判断に苦しむ』
突然聞こえた声に周囲は騒然としていた。これまでに聞いた事が無い声が部屋一体に広がっている。以前にも感じた感覚を思い出したからなのか、リーナは改めて声がしたと思わる方向へと視線を動かしていた。
気が付けばそこには4体の騎士が佇んでいる。それを見たからなのか、部屋の空気は先程とは打って変わって大きく変貌していた。
『矮小な人間よ。我等を従えたければ、その力をここに示すが良い。それが叶わぬ際にはその汚れた魂を供物とせよ』
騎士の声に誰もが声を発する事すら憚られていた。人外のそれがUSNAを壊滅させた事実を知っている以上、かなう道理は何処にも無い。その言葉が正しければ従える事が出来なければ自国の消滅をも意味していた。
「申し訳ない。我々はその様な考えは持ち合わせていない。ここは穏便にして頂きたい」
『ならば契約だけを果たすがいい。意志無き物には何もしない』
騎士の姿を初めて見たのか、バランスは返事をしたまでは良かったが、それ以上の行動を起こす事は出来なかった。自分達は何に対して力を得ようとしたのか。以前に見たリーナのレポート。そして神の代行者。ここで漸く契約の真の意味を理解していた。
蒼が交わした契約は再びアヤの名の下で更新されていた。騎士の姿を確認した以上、ここから何かを仕掛けるにはあまりにも代償は大きく、また世界中から非難される事だけは間違いなかった。
既に平和に関する宣言をしているが、そこには大亜連合や新ソ連での行為については一切公表していない。仮に事実を公表しよう物ならば確実に世界が混乱に陥る事だけは間違いなかった。
既に世界中に放送している内容を完全に信用した訳では無い。ただ言えるのは、二つの大国がこの地球上から消滅した事実のみ。一部では未確認の兵器が使用されたのではとの意見は未だ根強く残されていた。
火薬庫の中に未だに燻る火種を放り込む訳には行かない。だからこそ一刻も早い事態の収束をする為の宣言だった。
「そういえば、日本の国内はどうしてるの?十師族との話があったんじゃないの?」
「それに関しては概ね良好だったわよ」
調印が終わったからなのか、既にUSNAの高官の姿は無くなっていた。実際に何もしなければ被害は無いと判断したからなのか、それとも神の代行者との戦いを避けた結果なのかは分からない。しかし、調印を終えた今はお互いが代表ではなくただの友人として話をしていた。
師族会議での話は事前に剛毅が衛星で見た映像を公開した事によって事前に協議は終了していた。当初は何かと問題が起こる可能性は考えられたものの、想定外の結果に誰もが異論を挟む事が出来なくなっていた。
「四葉殿。何故賛成するつもりで」
「あら?こちらから何もしなければ問題が起こらないのであれば、そのままにした方が何かと都合が良いのではありませんか?それとも、自分の手中に収める為にむりやり婚姻関係を結ぶつもりかしら」
真夜の言葉に七草はどこか悔しい思いをしながらも、表情に出さない事に成功していた。これが事実であれば自分達が世界の命運を握るだけでなく、USNAとも深い結びつきを得る事が可能だった。事実上の配下に近い契約を基に、他のどの家よりも優位に事を運ぶ事が出来る。そんな思いは七草だけでなく、三矢も表向きの商売を考えれば損になる要素はどこにも無かった。
「それに、あの映像が事実だと仮定した場合、目の前にあるのは災厄の源でしかない。だとすればそれを一つの家だけで管理は無理でしょう」
「だが、十師族で管理となれば世論はどう思う?幾ら何でも本当の事を言う訳には行かない。仮に百家まででなく師補十八家まで公表したとしてもどこかで情報が漏れる可能性だってある。だとすれば一家だけで管理する方が効率的だ。だが、当時と今は状況が違う。一条家が後見人となるのはいかがなものか」
二国の消滅に伴い、今回の件を真っ先に応諾したのは序列一位の四葉だった。当主でもある四葉真夜は公表された事実を確認した後、すぐにアヤの擁護へと舵を切っていた。
事実上の3か国を崩壊させる事が簡単に出来る以上、日本の国を防衛する為には安全に管理する必要があった。下手に何かをしてこの国が滅亡へと歩む事を容認する訳には行かない。
元々一条が後見人であった為にあらぬ疑いをかける家があったのもまた事実だった。
『貴様達。茶番劇はその位にしろ。どの時代の人間も御しがたいだけでなく、まるで進歩するつもりも無い。まさか貴様達、神の如き技法が使えるからと増長しておるのか?イカロスやバベルの頃から何も進歩しないのだな』
突如として聞こえた声に誰もが発言を止めていた。気が付けば周囲を囲むかの様に騎士が佇んでいる。厳重なはずの部屋にどうやって侵入したのかを考え様とするが、異質な雰囲気に推されたからなのか、それ以上の言葉は何もでなかった。
『童ども、貴様等の配下に降るつもりは毛頭ない。そうしたいのであれば、その力を示せ。我々は主となるべき者に対し配下となろう。どうだ、先程から喚く様に話す小童。意見があるなら力で示せ』
騎士の言葉に指名された三矢家当主はそれ以上何も言えないままだった。視線ではなく、その存在感が意志を持った様に突き刺さる。それと同時に、これまでに戦場に立った経験がある九藤烈はひそかに冷や汗をかいていた。
圧倒的な存在が自分達をまるで路傍の石程度にしか考えていない。大国をも容易に亡ぼす者の存在は、仮にこの場で戦いが起こっても生き残れる確率は万に一つも無い事を悟っていた。
『所詮は口だけであれば、主が何をどうしようが手を出すな。貴様等の穢れた魂を見るだけで滅亡に追い込みたくなる』
「な、何だと!」
『愚かな』
その瞬間、女性の騎士は首を狩るかの様に鎌を振りぬいた。首筋に一筋を線が付いたかと思った瞬間、直ぐに消え去る。それが何を意味するのかを説明する事無く、そのまま姿を消し去っていた。
「脅しには屈しないぞ。貴様等がどうするのかは我々が決め……」
それ以上の言葉を出す事は叶わなかった。その筋が再び現した瞬間、頭と胴体が離れ黒い炎に包みこまれる。非常識ともとれる現象に何が起こったのかを理解するまでに時間を要していた。
『これ以上敵対するならばこの場に居る全員に同じ枷をはめてもらおう。嫌ならば関知するな。攻撃を仕掛け無ければ何もしない』
こちらからは何もせず傍観する事だと告げられていた。それに同調するかの様に一条、六塚がそれに追従していた。それに対し七草が反対したまでは良かったが、目の前で非現実的な現象で三矢家の当主が消し去られた事によって結果的に誰もが異論を挟む事が出来ないままだった。
USNAと同じく圧倒的な存在であると同時に、事実上の騎士の言葉に対する反論が出来ない。これまで言葉だけでしか無かった神の存在と、それに仇なす存在に誰もが絶句している。そんな事実があったからこそ、九藤烈が唱えた代替え案が無かった事から渋々了承されていた。
「そうなんだ。で、これからはどうするつもりなの?」
「私は何も変わらないわ。実際に事実を知っているのは十師族の当主と極一部の人間だけなんだから」
軽く言い放った言葉と同時にアヤは手前に置かれたコーヒーを飲んでいた。リーナとしても完全に理解している訳では無いが、権力者が辿る末路がどんな物なのかは理解している。
自分の身の丈に合わない力を欲せば、その反動は途轍もない物になってくる。事実、自国がそうなったのは正にそれが原因でもあった。口にこそ出さないが、アヤに対して何らかの制限は課せられているはず。
世界を簡単に消滅させる力が及ぼす影響はあまりにも大きすぎる。そんなとりとめの無い事をぼんやりと考えていた。
「これで終わったんだね」
「ああ。随分と濃密な時間を過ごした気がするよ」
宣言を遠目で見ていた将輝と真紅郎は日本に着いてから改めてアヤからの話を聞いていた。
七つの大罪。その一柱であった事に将輝と真紅郎は驚きながらも納得していた。人外の魔法を行使した時から薄々とは感じていたものの、まさか本当だとは思ってもいなかった。極めつけは天使との戦いと破壊した角笛の意味。三対の羽は天使の中でも最上位に位置する物。何がどうなっているのは分からないが、それでも訪れた結果がそうであった為に納得せざるを得なかった。
帰国し、その事実を美登里や茜、瑠璃に話した際には大いに泣かれていた。人で非ざる者だとしても、全く知らない者では無い。一時期は随分と暗い空気が漂っていた。
「とりあえず、俺達は俺達でやれる事をやるしか無いだろう」
「そうだね。さしあたっては魔法の制御を一からやり直すしかないよ」
蒼が最後に放った羽は将輝と真紅郎の魔法の能力を大きく底上げしていた。これまでに感じた事が無かった力に対し、これまでの様な制御は困難となっていた。これまでに分かっているのは現代魔法は脳内のブラックボックスとも呼ばれる演算領域が魔法を発動させる事だと言われ続けていた。しかし、一旦帰国した際に全身をくまなく検査した結果、これまでに無い細胞の活性化が確認されていた。
それが何を意味するのかは分からないが、何気に発動させた魔法の威力が明らかに異常だった事によって急遽、精密な検査が要求されていた。
能力値が大きく変更された事により、これまで普通に使用していたプログラムは大幅な修正が必要となっていた。一度大きくなった能力は元に戻る事は無い。だからなのか、細かい制御に2人はかなり苦労していた。
当時はまだ戦乱の影響だと誤魔化す事も出来たが、時間が経過するにつれその言い訳だけでは徐々に苦しくなっていた。その結果、CADを使用する事なく行使できる魔法は上手く行けば問題無いが、失敗すれば自分へと跳ね返る。暫くの間は2人とも研究施設から出る事無く調整を繰り返していた。
「お二人とも良かったんですか?」
「俺たちはアヤさんとは違う。でも、あいつに呆れ返られる事が無いようにするしかないね」
アヤの言葉に将輝はそう言いながら空を見上げていた。既に当時の様な状況になる事はないだけでなく、他の国々も争いの火種を作る気配は感じる事が出来なかったからなのか、見上げた空は何時もとはどこか違っている様にも見えていた。
今回をもって厄災の魔法師は最終回とさせて頂きます。
元々最終回の形は決めてあったので、個人的には問題無い様に思いましたが、胎動編だけは大きく逸脱したものだと改めて感じました。
これまで読んで下さった皆様には感謝しつつ、他の作品でお会い出来ればと思います。
長い様で短い期間ではありましたが、有難うございました。