地上を翔るもの   作:魂代艿

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※まあまあシリアス注意報。次話からシリアル……もとい、シリアヌになる……はず。

【警告】:挿絵あり。苦手な方はご注意ください


1:「プロローグ」※

 ——この世界には、天使と呼ばれるものたちがかつて存在しておりました。

 

 その姿は、人の目に映ることはありませんでしたが、文献によるとそれはそれは美しいものであったそうです。

 

 白い大きな翼に、きらきらと輝く黄金の輪。

 

 翼は彼らに天を駆ける力を与え、光輪は聖なる力を彼らに宿したといいます。

 

 

 ——ですが、そんな彼らの姿を知る者は、現在この世界には存在しません。

 

 

 

 あるとき。この世界には、大きな厄災が降り掛かりました。

 

 幸いとして、人口が大きく減ることはありませんでしたが、それでも多くの命が消えたと言います。

 

 人間界が大きく揺れる中で、天使達の住まう天使界も、ただではすみませんでした。

 

 何故そのように断じることができるのか?

 

 それは、以前まで人々に手を貸していたという天使達が、その時期を越えてからまったく姿を現さなくなったからです。

 

 その姿は、元々私たちには見えないものでしたが、いつもその存在を知らせるように、彼らは必ず何らかの痕跡を残していきました。

 

 それが、その時期を境に現れなくなったというのです。……それらを踏まえれば、彼らが姿を消していたのだという推測は有力なものと言えることでしょう。

 

 

 

 しかし、あの厄災の中で、彼らはどのようにして動いていたのか。どのような状況に陥っていたのか。

 

 それは我ら人間には知り得ないこと。

 

 知ることができなかったこと。

 

 

 

 結果として、彼らは我らの記憶の中からも忽然と消えてしまいました。

 

 我らに残されたのは、ただひっそりと佇む、謎の石像と、そして何者かに助けられてきたという、漠然とした記憶だけ——

 

 

 

 ——そして、とある人物が、天使の代わりに我らを救ったという、事実だけでした。

 

 

 

 天からおちてきたという彼女は、その周囲にいた人物たちにとっても、不思議な存在だったといいます。

 

 瑠璃色の髪に、宝石のように美しい翡翠のごとき瞳。

 

 どこからかあらわれ、人々を救い続けてきた彼女は、その容姿も相まって、言葉だけ遺されていた『天使』そのものだと囁かれます。

 

 

 ——そんな彼女についた呼び名は、『天青石の使徒』。

 

 

 天使の存在が信じられ、そして消えていったという時を共にしてきた彼女は、一体天使とどのような関わりがあるのでしょうか——……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんな内容が綴られていた本を、私はぱたりと閉じた。

 

「……」

 

 そしてこっそり、頭を抱える。気持ち的にはいわゆる『/(^o^)\ナンテコッタイ』というような感じだ。

 その拍子に手に抜けた髪が絡み付いて、それを視界にうつしてはまたげんなりする。

 ……その髪は、相も変わらず鮮やかな瑠璃色だ。

 

「……はあ」

 

 ——誰だよ、こんな本、書いたやつ!

 

 そんな風に心の中で叫びながら、私……フェリアスナ・レフィルは項垂れた。

 現在、セントシュタインの宿屋の中、ルイーダさんの酒場にて絶賛落ち込みタイムである。

 ちなみに、落ち込みタイムを発動させた原因は、いわずもがな目の前に転がっているこの本だ。

 

『天使の存在解明』

 

 どこか神聖な印象を植え付ける表紙だけ見れば、一見まともなこの物質。

 これは以前、名前だけ聞いて食いついた私が道具屋さんに頼んで取り寄せてもらったものである。

 表紙を見て「これは期待できそうだ」とわくわくしたものだったが、最終的には表紙を開いてもの数分で叩き付けられた。

 なぜなら、最初こそまともであったものの、第一章の半分も行かずしてある言葉が繰り返されるようになったからだ。

 普通の人にとっては、まあ「ふーん」程度にしか思えない単語である。いや、この頻度からして「好きなのかな?」くらいは思うだろう。それでも、まあそんなに気にするものでもない。

 ……だけど、私にとっては違うのだ。……私にとっては。

 だって、その言葉は……

 

「……あらどうしたの? 『天青石の使徒』様?」

「その名で呼ばないでくださいッッ!!」

 

 ……私の異名だから!!

 

 バッと顔をあげた先でくすくすと笑っているのは、言わずと知れたこの酒場の主。ルイーダさんだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 いつも通りの豊満な体と切れ長の瞳は人々を魅了するものがあるが、見慣れた私がそんなものに引っかかるわけもなく。

 構わず睨みつけてやれば、「おおこわいこわい」と肩をすくめられる。

 ……その様子に、私は溜め息しかでなかった。

 まあほとんどいつもやっていることだ。嬉しくないけど。まったく私の意思は絡んでませんけども。まーるーでー楽しくもなんともないですけども!

 ……文句の一つも言いたいものだが、目の前でくつくつ笑うルイーダさんはすべてわかってやっている、ということを理解している今、突っかかるのは相手の思うつぼ。なので、大人しく口を噤んでいるのが良策である。

 ……まあ実際は「疲れるから相手したくない」が本音なんだけどね。

「あら、もういいのかしら?」

 もっと相手にしてもいいのよ? とばかりにカウンターに肘を乗せて微笑むルイーダさん。煽りよる。そのポーズと台詞という二重の意味で。……しかし彼女は周りに構って欲しそうな男どもがいることには気づいているのだろうか? ……いや、きっとこれについても確信犯なのだろうけど、それに気づいても彼らがもっと哀れに思えるだけだ。得などない。……やはり彼女は中々質の悪い性格をしている。

「いいもなにも、毎日やってればさすがに飽きますよ」

 いつまでやってるんですか、これ。と呟けば、またくつくつと笑い声。まったく、笑い事ではない。私的にはさっさと忘れてしまいたい呼び名だというのに、彼女のせいでまるで忘れることができないのだ。解せぬ。

「いいでしょう? それくらい。……それに私にはなーんで嫌がるのか、さっぱりわからないのよねぇ?」

「うそつき。わかってる癖に」

 それ以上性格の悪いと確信させる言動はしないでほしい。正直お腹いっぱいだ。

 ……それにもう彼女とは三年以上の付き合いだ。私がある事情から『天青石の使徒』と呼ばれるようになってからもおおよそ三年、その頃からほぼ通い詰めている私と彼女の付き合いはそれなりに深いものだとは思っている。毎日顔を合わせている私の知り合いほどではないが、ここ近年の彼女については大体理解できているつもりだ。

 ……まあ、彼女は初めて出会った頃からこのような性格だったけど。なんだかんだ言って彼女だけは、どれだけ顔を合わせても変わらない。

 

 溜め息をつきつつ本当にあなたは変わりませんね、とこぼしてみれば、「酒場の店主が大きく変わっちゃったら、みんなびっくりするでしょ?」とすげなくかわされてしまった。

 私が聞きたいのは、そういうことではないんだけど。

 

「そういえば、勇者さまはずーっとこの酒場に入り浸ってるけどもう冒険はしないの?」

 

 ……おっと。頬を膨らませて拗ねていたら、そんな風に彼女に問われてしまった。

 勇者さまいうな、と真っ先に突っ込みを入れつつ、その問いに応える。

 私は勇者などという崇高な存在ではない。

「……別に、もうしないとは言いませんが、進んではしませんよ」

 そもそも私の場合、冒険しようにも、もうこの世界は粗方まわり切ってしまっている。

 あの日、ある方を救ってから三年、大切な同胞たちが天へ昇って三年。……その間、『かつて天使だった』私は、天使界を救うと言う旅の目的を失ってなお足を進めることを止めなかった。

 やっていたことは人々の悩みを聞いたり、それを解決したり。その中には宿屋を運営している顔なじみの少女、リッカの願いや、目の前で佇んでいるルイーダさんに関わるものもあったが、それを経ても私の歩みが止まることは無かった。

 そのおかげか、今ではすっかり練度はカンスト気味で「それ以上はちょっと……」とまで神父には言われ、転職しようにも大神官様には苦笑される始末。まああの頃は尋常じゃないくらい戦っていたから仕方が無いが、今となってはそのせいでやることがまるでないのだ。

 だから現状、どこぞのダメ夫のように酒場に入り浸る状態になっているのである。

 

 その事情をあんたは理解しているだろうと睨みをきかせてみれば、やれやれとばかりに首を振られた。相変わらずの扱いと言えばそうなのだが、仮にも元勇者というのならばもう少し敬ったっていいじゃないか、と思わなくもない。

 

「別にあなたの行動に制限をつけるわけではないけど。……もう少し、他にもやってもいいんじゃないかしら?」

「……他に、って、なんですか」

 

 思ってみない言葉が聞こえて、思わず問いにならないような問いを返してしまった。他に、って……私にできるものは、大抵こなした後なんだけど……。

 そんな考えを見透かしているのか、彼女は少し困ったように眉をおろした。珍しい。最近はあまり見ていない表情だ。

 ふと思い出すような頃から彼女は何事も気にせずいうような状態だったので、今のように言いよどむのは中々珍しい。……と、思う。

 どこか言いづらそうにこちらを見据える瞳には、何も知らない私の顔が映っていた。

 

 ……一体どうしたんですか、そう問おうとして。

 

「……また、仲間を作って冒険してみようとは、思わないの?」

 

 

 

 ——私は、表情筋の使役権を、手放してしまったようだ。

 

 慌てて取り繕うも、どこか苦い彼女の表情から、みられちゃったなーと心の中で苦笑する結果となってしまった。……先ほど、自分はどんな顔をしていたのだろうか。そんなに苦々しく思うほど、間抜けだった? ……とにもかくにも、そこまで自分がこんな問いに動揺するだなんて。驚いてしまう。

 ……そんなにも、私にとってこの質問は、衝撃的なものだったの? と、ふと心の中でこぼれた言葉。

 あまりにも自覚の無いその言葉に、ようやく目の前で会話をしていたことを思い出した。

 

「あ……いえ、ごめんなさい。……変な顔しちゃったみたいですね」

 脈絡もなくそう言ってしまった私に、彼女は顔をくしゃりとゆがめて、「……いいえ、大丈夫。……いつも通りよ」と一つ、嘘をついてくれた。

 彼女のその言葉に、何とも言えない申し訳なさが募るも、「そうでしたか」と笑って返す。

 彼女も、苦い笑みを浮かべながら「ええ、悪かったわね。……今のは忘れて頂戴」と告げた。

 

 以前から、たまにこのようなことが起こる。

 ……その理由を、私は覚えていない。

 

 その後たわいもない話をして店を出て行った私は、いつも通りに背筋を伸ばした。

 ルイーダさんや、その隣にいたリッカたちが、どんな表情を向けていたとも考えずに。

 

 

 

 

 

「仲間、仲間……か」

 

 その言葉を、久々に口にした気がする。

 どうしてあのような反応をしてしまったのかがわからず、一人もやもやしながら街を歩く。

 衝撃? 驚いた? ……どうして動揺した?

 あの問いについての答えが見つからなかったから? ううん、違う。もう答えなんて、最初から用意されてあるのだから、迷う必要はないのに。

 

 ……なのに、なんであのとき、私は動揺してしまったのだろう。 

 

 

 

 ……仲間なんて、私には関係のないものなのに。

 

 

 

 

 

* ・ * ・ *

 

 

 

 空が翳り始めている。

 

「……いけない、このままだと雨が降ってしまう」

 

 今にも泣き出しそうな空。それにくしゃりと顔を歪めて、考える。……旅慣れていない僕らには、中々につらいものがあるだろう状況。

 ……どうすればいいだろうか。

 このままのペースでは、今日もまた野宿は確定だ。それだけならまだ我慢できる。が……状況が状況なだけに溜め息は尽きない。……僕たちの体力についても、そうだけど……外出の経験すら少ない彼らにとって、ここ数日歩き通しで野宿と言う状況は大分堪えているはずだ。

 

 はやく、はやく街へと辿り着かなければならない。彼らのためにも。

 

 ……しかし、目的の街は遥か遠くにある。歩いて数日もかからない距離にはあるけれど、今の僕らには果てしなく遠い位置にあるように思えてしまう。

 ……ああ、どこか、雨風のしのげる場所へ行かなくては。……せめて、木々が覆い隠してくれる場所へ。彼らが休めるところへ。

 

「兄貴、」

「大丈夫……」

 僕がなんとかしてみせるから。

 そう言って微笑むも、自分を何故か慕うこの人は心配げな表情を浮かべるだけだ。先日であったばかりの素性も知れぬ男だが、不思議と弱みを見せる恐怖は感じない。この状況が、それどころではないほど切迫しているように感じているからだろうか。

 それと同時、もぞもぞとポケットの中から、見慣れた姿が顔を出す。……チュウ、と一つ鳴いて視線が合う、その小さな姿は。……やはり不安げに揺れていた。

 大丈夫。……大丈夫だから。

 

「……僕が、なんとかしてみせるから」

 

 

 

 皆を守るのは、僕の役目だから。




用語説明
主人公:フェリアスナという名前があるものの、大体アスナと略されるかわいそうな人。なんか色々事情があるっぽい。

ルイーダさん:言わずと知れた酒場の人。今作ではボンキュッボーンなダイナマイトボディの美女がその枠を担当している。多分異性からはあらぬ目で見られているけど気にしてない。なんか色々知ってるっぽい。

リッカ:酒場がある宿屋の店主な人。肩書きに似合わず見た目は普通の女の子。一行しか出番がない。

謎の人:最後の方に出てきた男の人。何か色々気負っている様子。ポケットにトーポ!

子分:謎の人を兄貴と読んでみたものの、一話から不安要素しかなくて実際苦労しているだろう男の人。多分頭突きされたら色々刺さる。


作者から一言:サイトの仕様に慣れなさすぎて色々とちりましたがよろしくお願いします

【報告】H27.7.5 挿絵追加

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