地上を翔るもの   作:魂代艿

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最初だけシリアス注意報。
中盤以降はシリアス? 知らない子ですね。


2:「某虫の死体処理くらい嫌だ」

 今日は、いい天気だね。

 だからきっと、今夜はお師匠さまも、みんなも、あの人も。空から見ていてくれる。

 

「——みんなは、『星空の守り人』になったんだ……」

 

 だから、私は地上を、人間を守る。『地上の守り人』として、命を燃やすの。

 そうしたら、きっとあの人も微笑んでくれるはず。

 

 

 ……あれ、あの人って、誰だっけ。

 

 

 

「……す、な……アスナ!」

「……っわ! さ、サンディ?」

 

 突然耳に届いた馴染みのある声に、体が跳ねる。……びっくりした。目を白黒させつつ、その声の方向へと顔を向ける。

 するとそこには予想通り、小さな身体に小さな羽をつけた、妖精のような姿の少女。

 ……ああ、やっぱりサンディか。

「びっくりさせないでよー……」

「びっくりもなにもないんですケド! さっきからずぅう〜〜っと声かけてんのに気づかないなんて……仮にも勇者サマが、一体どうしたってワケ?」

 あ……ずっと声かけられてたのか……そりゃ、こんなに怒ってるわけだ、と納得する。無視されてたようなもんだもんね。怒られるのも仕方ない。

 私は少しバツの悪い顔で、頭をかく。視界の端で、彼女の綺麗に巻かれた金髪が風に揺らめいた。とても小さな身体なのにそこにはあらゆるセンスが集まっていて、トレンドの最前線を突っ走っているなーというのんきな感想がこぼれ落ちる。そしてそれを拾ってしまった彼女は「ふふん、いいっしょこれ。人気ブランドの新作! この違いがわかるなんて、あんたやっぱりわかって……って、チガウ!!」と見事なセルフ突っ込みを見せた。さすがサンディ。伊達に三年間、私と生活を共にしていない。

 ……とまあ、これ以上答えを返さないとそんな付き合いであってもさすがにキレられてしまうので、正直にこたえることにした。

「いや、ちょっと考え事してた。……別に他意はないよ?」

「他意があったら袋だたきにしてるし。……ってまたぁ!? またあんたは考え事してたの?」

 まったく、よく飽きないねえ〜……とあきれたような声が耳に届く。いや、ほんと悪いとは思ってるって。……ホントかなあ? なんていわれてしまえば返す言葉も無いのだけどね。

 なんでっていえば、実際反省はしていても、次回に活かせていないからだ。実は、こんな感じのことは一度や二度どころじゃない、何回も起こしてしまっているのである。それを「しゃーない、まー次回はちゃーんと気をつけてよねー?」で済ましてくれる彼女は菩薩かってくらい優しいものだ。その次回に全く活かせてない、ふがいない天使でごめんなさい。

 そう呟きつつ軽く頭を下げれば、「いーっていーって。それよりちょっと話あるんだけど聞いてくんない?」と頭を上げさせてくれる彼女は、本当にできた相棒だ。

「……もちろん聞くけど。どうしたの?」

「そうそう。アタシ、ちょーっとこれから行かなきゃいけないところがあってサ。しばらくいなくなるけどダイジョーブ?」

「あ、そうなの? 私の方は大丈夫だけど……」

「オーケイ? ちょっとどころかダーイブ不安だけど、まあアンタなら大体なにがあっても大丈夫だよね! じゃあ、いってきまーす!」

「え、あちょ、サンディ!?」

 そういって彼女はすぐに飛んでいってしまった。……ちょっと前言撤回。彼女はやはり自由奔放だった。しばらくいなくなるならもう少しゆっくりしてけばいいのに、あの子は……。

 一瞬にして消えてしまった弾丸のような少女に脳内で苦言を呈しつつ、私はこれからの予定を組み立てていく。今日もいつも通りのんびりするつもりだったが、サンディの姿を見て気が変わったのだ。どこかに足を伸ばすのも悪くないかもしれない。

 それにしたって行く場所がなければ始まらないけど……そういえばあそこの新婚さんのところには子供が生まれたんだっけ……あ、道具屋のおばさんが頼み事したいとか言ってたっけなあ。そこまで考えて、思いついたどちらの案件も、こことは離れた大陸絡みだったことに気づく。

「最近ずっとセントシュタインにいたからなあ……」

 少し遠いが、たまには他の大陸に遊びにいってもいいかもしれない。これまで足を伸ばすと言っても、せいぜいベクセリアに墓参りをしにいくかエラフィタ村に花見をしにいくか程度の距離しか動いていなかったのだ。

 久々に、他の大陸で知り合った人たちに会いにいくのも悪くはないかもしれない。……そう考えて、ふと指先に何かがあたったことに気づく。

「ん……? あ、」

 ……見てみたら指先に当たったのは先ほど読んでいたあの本だった。……ああそうだ、

「作者の名前控えとこう……見つけたら絶対ぶっ飛ばす」

 先ほど軽く流し読みしてみたが、結局内容は天使云々よりも『天青石の使徒』に関する話ばかりだった。

 ……私に対する嫌がらせか。

 天使ときいて、せっかく取り寄せたのに。……いろいろな意味で恥ずかしい上に、思っていた内容がまるでなかったため、結果的に大損だったのだ。明らかにタイトル詐欺だし。……うん、これは本人からの苦情ということで殴りにいっても問題ないだろう。

 

 サンディも数日間留守のようだし……特に問題は無い。よし、用事を済ませた後、本の筆者殴り込みの旅に出ようじゃないか。

 

「よし。それほど用意するものもないし……まずはサンマロウへ行こうか」

 

 そういいつつ、腕に刻まれた術式を起動させる。……かつてまだ世界が荒れていたときに、セレシア様からいただいた転移魔法、『ルーラ』の術式だ。

 この世界の人間には扱えないといわれるそれは、女神セレシア様の手によって『天上の気』を持つ者には扱えるように改良された代物で、どんなに遠いところでも一瞬にして連れて行ってくれる。今でも重宝している魔法の一つである。

 この大陸の中ならば歩いて移動するのだが、さすがに他の大陸となるといちいち箱船を呼び出すのも面倒なので、この希少な術式を利用させてもらっている。……便利なのは便利だけど、そればかり利用して移動しているときは少し体重が気になるところだ。

「『起動』——『出発地:セントシュタイン』『到着地:サンマロウ』『詠唱:我を願う地へと送り届けよ。ルーラ』」

 起動し、腕から浮かび上がった術式は魔力を込めるとともにぐるぐると巡りだす。それとともに出発地と到着地の座標を定めると術式は動きを止め、あとは詠唱を待つ状態へとシフトする。……実はこの魔法、ルーラだけは長年人間の手にわたっていなかったため、座標固定やら詠唱やらかなり発動方法が古典的でめんどくさかったりするのだ。もちろんその分、文句無しの能力を秘めているのだけど……とまあ、そのために、戦闘中に発動することは中々難しい。……集中力使うし。

 とりあえずセレシア様に許可をとりつつ研究者たちに術式を見せ、人間達への実用化と短縮化をはかっているものの、中々うまくいかないのが現状だ。人生、そううまくはいかないものである。

 でもまあ当初はもう少し長かった詠唱が、ここまで短くできたあたりでまあ儲け物だろう。そうなんとなく研究の成果を誇りつつ(研究していたのは研究者たちだが)、詠唱をすれば……術式は私を包み込み、身体は宙に浮く。そしていつも通り、遥か遠くの地へと運んでくれる。

 

 ——そのはずだった。

 

 

「……っ、ん?」

 詠唱したあとルーラの術式は、すぐに指定の地へと術者を運んでくれるはずだった。なのに、どういうことなのか……術式が激しく波打っているじゃないか。こいつ、荒ぶってるぞ……

 その上、本来ほとんど消費されないはずの魔力が、ぎゅんぎゅん吸われていっている。……これは何事? こんなこと、一度もなかったのに——

「もしかして、これ、まずい状況……?」

 もしかしなくとも、まずい状況である。

 ……何故メラだのヒャドだの色々な魔法が発展しているこの世界で、ルーラだけが伝えられなかったのか? ……それは、発動に失敗すれば大惨事は免れない代物だと神や天使の世では伝えられているからだ。

 物質転移というものは、本来世界の理に反したものだと聞いた覚えがある。使えば使うほど、この世界そのものが歪んでいく代物なのだと。……それを防いでいるのが、魔力という摩訶不思議な力であり、それを代わりに捧げることで歪んだ箇所を修正しているのだと。

 ……そして、他の魔法たちも暴走することはままあるわけだが、この魔法が暴走した暁には……色々な方向へ動こうとした力に引っ張られ、身体が四散する、か……あるいはどこともわからない、次元すら越えた場所へと飛ばされてしまうか……という、どちらを選んでも悲惨な結末が待っているという。

 そう、以前学者に教えられ、「厳重に扱うように」と指摘されたことを、今私は思い出した。……思い出して、しまった。

 

 ……いくら私が人外そのものだったとしても、さすがにこれは、……まずくない?

 

 

「いや、まずいどころじゃなくて、死ねるわ……」

 

 

 そう呟いたとしても現実はどうにかなるわけでもなく、無情にも術式の波が私を覆い隠したのだった……。

 

 

 

 *・*・*

 

 

 

 激しい剣撃の音が鳴り響く。

 

「——はっ……!」

 

 視界は森の中であり、更に空は雨雲に覆われているとあって、お世辞にも良好とはいえない状況。

 それでも、やらなければならない。

 

「……貫、けぇえッッッ!!」

 

 ギィイイン!! と、強い音が鼓膜を突き通していく。手応えは、あるにはあるが……硬い。あまりにも、硬すぎる。

 くそ、こんな状況でさえなければもっと立ち回れるというのに。あまりにも状況が悪すぎた。

「ぐ……!?」

 肩の方に衝撃。ぴり、とわずかな痛みが脳内を駆けていく。……腕が使えなくなるほどの怪我では無さそうなので、そのまま放置するが、もちろん状況は好転しない。……あまりにも分が悪い。思わず舌を打つ。

 

「兄貴ッ! ここは引くでがす!」

「……ダメだ、もう逃げ場が無い……」

 

 見えづらいが、気配は感じる。……奴らは()たちを囲んでいる。逃げたとしても、回り込まれるだけだ。

 ……どうすればいい? ……自分はいい。でも、守らなければならない人たちがいる。

 ……せめて彼らだけでも、逃がさなくては。

 

「陛下、姫様……ッ」

 

 ——どうか貴方達だけでも。……お逃げください……!

 

 敵の身体に渾身の一撃を食らわせ、隙をなんとか作らせて……俺はそう叫ぼうとした。彼らを逃がすならば、この瞬間しかない。

 そう確信し、口を開く。……数瞬後に、相手の腕に貫かれる未来を脳裏に浮かべながら——

 

 

 そんな時だった。

 

 

「——そ、そこ! どいてっくださああああああっぃい!!」

 

 

 ——こんな森の中で、何故か頭上から叫び声が響いたのは。

 

「っへ!?」

「な、なんでがすか!?」

 俺も、共に戦っていた男——ヤンガスも、更には魔物達でさえもその声の方向——つまり、頭上へと視線を向けてしまう。

 戦闘中にも関わらずこのような隙を作ってしまうのはかなり致命的なのだが……今回はそれに助けられた。

 

 なぜなら……声の主は、どういうわけか空から落ちてきて。……俺たちだけではなく、魔物達の行動まで止めてしまったからだ。

 

「あ、兄貴っ!? そ、空から女の子が!!」

 どうしやしょう!? と派手に動転するヤンガスに、同じく混乱しつつもとりあえず数歩後ろに下がる指示を出す。そして自分もそのまま後ろに下がってみせる。……明らかに少女がおちてくるのは、自分たちが立っていたこの場所だったからだ。普段なら受け止めるが、ちょっとさすがにこの勢いで落ちてくるのをキャッチするのは……どう、考えても、……無謀と言うかなんというか。

 ……正直下手したらこちらも死んでしまいそうな勢いで落ちてきているので、とりあえず害を受けぬように後ろに避けるのが適作だと考え、このような行動を選んだのだった。……最悪少女の方は教会にでも運んでおけば、きっと後はどうにでもなってくれるだろう。あー、冷静に指示できている自分、偉い。本来なら現実逃避でもしているような状況だ。なんとか一部だけにそれを留めた自分、ほんと偉い。

 そんな風に人知れず自分を褒めていれば、その間に少女は無事不時着をかましたようだった。派手な音を鳴らしつつ、土煙がむわっと巻き起こる。自分たちもその異様な衝撃で軽く吹っ飛ばされてしまった。……ついでとばかりに砂煙の先に目を向けてみれば、悲惨な叫び声が聞こえてくる。油断していた魔物達は、その勢いに巻き込まれてしまったようだ。……かわいそうに。

「……今は空から女の子がおちてくるような時代なんだな……」

 初めて知ったよ、と呟けば、あっしも初めて知ったでがす、と惚けたようにヤンガスが呟き返した。

 ヤンガスでさえも引き気味な現状。……ああ、やっぱり現実逃避せずにはいられなかった。

「……魔物は、どうなったんだろうな?」

「……確認、するんでがすか?」

 そんなに嫌そうな顔をしなくともいいだろう、ヤンガス。……俺だって正直嫌だ。某害虫いらっしゃいな感じの、入ってしまったらベトベトに足を取られて終了な手のひらサイズの小屋の中を直視するくらいに嫌だ。嫌すぎて言葉がちょっと意味不明になるくらいに嫌だ。嫌ったら嫌だ。

 ……ああ、でも見ないわけにはいかないよな……。と、どことなく黄昏れた視線を砂煙方面へと向ける。……なんで俺はこんな某黒い虫の死体を処理するときみたいな気持ちになっているんだろうか。訳が分からない。俺たちは先ほどまで魔物と死闘を演じていたのではなかったのか。

 本当に、なにがどうしてこうなった。

 頭を抱えつつ、意を決してふらふらと土煙の中を進む。……若干足を取られたと思ってみてみれば、地面には大きなクレーターができていた。……少女一人が落ちてきたんだよな? 隕石が降ってきたとかじゃないんだよな? 自分の記憶すら疑わしくなってきた。

 急激に冷えていく身体に気づきつつもなんとか気を奮い立たせて、その中心部まで足を動かす。正直ホラーだった。ここで魔物達の姿が残っていたら尚のことホラーだっただろう。魔物達はどうやら絶滅していたようで、その姿が視界に映ることはなかった。……これほど魔物達の死体が光になって消えていくことを感謝した日はない。

 

 ……と、なると、問題なのは降ってきた少女だが。

 

「……正直生きているかも疑わしいだろ」

「生きてるんで勝手に殺さないでください」

「!!?」

 

 独り言に返ってきた声に対して異常なほど身体がびくついて、そのことにもビビるし少女が生きていたことにもビビった。もう散々だ。どう責任を取ってくれるんだ。

 そんな見当違いな思考をぐるぐる回しつつ、おそるおそる声の方向へ視線を向けてみれば、そこに人影のようなものを見つける……人と断言できないのはご愛嬌だろう。

 気を取り直して、こわごわと声をかけてみる。

「……大丈夫、ですか」

「……ええ、思っていたよりかは、大丈夫です……」

 

 ……あ、本人も予想外だったんだ。

 

 なんだか、色々なものがぶっ飛んでいった気がした。

 

 




真の副題は「親方ァッ! 空から女の子が!!」
用語説明
主人公:ルーラに失敗してしまった主人公の名折れ。
サンディ:ドラクエ9に出てくるナビゲーター枠の妖精少女。いわゆるギャルっ子。原作では主人公を振り回しまくる面があるが、本作では少しだけ控えめに。原作のネタバレをすれば、実は妖精ではない。
謎の人:苦労人。
子分:真の副題の一部を叫んでくれた。

魔物達:串刺しツインズをイメージしていたが名前が出る前に死亡。不憫。

作者から一言:閲覧、お気に入りありがとうございます。
H27.12.22 一部文を追加。シナリオに変化はないです。

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