今のわたし達の事を―――ちゃんと見てほしいから。
どうして―――そこまでして、私に勝ちたい理由がありますか?
ありますよ―――両手いっぱい、胸いっぱいに。
だからぶつけるんです。今のわたしを―――わたし達の今を。
私が止めます―――その上で、お話を聞かせていただきます。
勝利のために、少女たちは王を超える
「「ヴィヴィオ!!」」
何か、聞こえた。でも、良くわからない。
目の前も真っ暗で何も見えないし、何故か浮遊感も感じる。
そういえば、ここはどこだろうか。
(わたし、今まで何してたんだっけ)
全然回らない頭を回して、おぼろげな記憶を探ってみる。
だが、思い出せなかった。
具体的なことなど、何一つ覚えてなかった。
ただ、気持ちだけが残っていた。
たった1つ。けれど、何もかもがなくなった自分に、唯一残った最も強いもの。
ふと真っ暗闇の世界の中に、人の姿が見えた。
女の人だった。キレイな女性。
―――誰?
分からない。けれど。
自分は、この人のことを知ってる。
女性のことは何も分からないのに、でも知っていることは確信できた。
女性は、優しく微笑みながらこちらを見つめている。全てを受け入れるような、笑顔。
「いらっしゃい」
女性は笑顔で、自分のことを歓迎していた。しかしその笑顔は、何かを諦めてしまった時のそれにも見えた。
「あなたは、どうしてここに?」
女性が尋ねる。
しかし、自分の意志で来たわけではない。その問いには答えられず、沈黙を返した。
「……質問を変えましょう。あなたは何を望んでるのですか?」
それには、すぐに答えられた。
それは、自分に唯一残ったものだったから。
「……かち、たい」
口にした途端、浮遊感が消えた。見えない床に足がつく。
「アインハルトさんに、勝ちたい……!」
直後、女性の背後、暗闇から光が漏れ始める。
縦一直線に溢れてきた光が、女性の後ろに巨大な扉があって、それが徐々に開かれていることを伝えてくる。
その扉に、無意識で近づいていく。
「ようこそ、向こう側の世界へ」
女性の言葉には反応しない。
そして、高町 ヴィヴィオはその扉を潜った。
バシン!
右手が痺れるかと思うほどの強い手応えと、耳を劈くような衝撃音がした。
そして気づけば、目の前でアインハルトが倒れている。
いや、気づけば、ではない。自分がやったのだ。その一部始終を、彼女は知っている。他でもない「高町 ヴィヴィオ」が、アインハルトを倒したのだから。
防御に回すべき魔力を全て攻撃に極振りしたこちらの攻撃に、しかしその一瞬の隙を突いたアインハルトの攻撃が決まった。
倒れそうに、気を失いそうになったのを必死にこらえて踏みとどまったが、それが決定的な隙となり、アインハルトの振り下ろしが襲ってきた。
そしてヴィヴィオは、それに完璧なタイミングでカウンターを決めたのだ。
それによって今、アインハルトが倒れている。
キレイな、カウンターだった。
ノーヴェが示し、ヴィヴィオが目指して、けれどたった1度として実現したことがなかった、理想のカウンター。
それを今、彼女は放った。
偶然ではない。狙って、しかも苦も無くやってのけた。
今ならば、出来ることを完璧にこなせる。そういう自信が彼女にはあった。いや、自信などではない。これは事実だ。前提条件。今のヴィヴィオは、やること全てが完璧にこなせるようにできている。
振り切った拳を引いて、ゆっくりと構えを取った。
彼女の中の最高の構え。隙はない。だから相手に攻めさせない。
自分に残ってる体力、気力、ダメージ、身体の各部位の動きの精度。その全てを把握できる。
その上で出来ること、出来ないこと、出来ることの精度、体力の持続時間。それの判断も瞬時にできた。
(もう長くはもたない。なら……)
いくつかのプランを頭の中で立てていく。
今の自分なら、可能なことなら完璧にこなせる。だが、残りの体力的にその可能なことがそもそも限られてる。
とれる戦術は多くない。
しかし、いやだからこそ、この心に従って戦うだけだ。
ただ1つ、勝ちたいという心に。
◇◇◇◇◇
勝った。
その確信が、その腕を振るうアインハルトの中にあったのだ。
ヴィヴィオに向かう自身の拳を、満身創痍の彼女が避けるのは不可能だっただろう。
そもそも、ヴィヴィオの瞳が、既にアインハルトを見ていなかった。見ていない攻撃は、避けられない。
だから、もう終わる。
何故、彼女が怒っていたのか、戦いの中で彼女が伝えたかったことは何だったのか、結局はわからなかった。
けれどそれは二の次。今はこの試合を終わらせることが最優先だ。危険な戦い方をする彼女に、これ以上戦わせてはいけない。
そう、思っていた。
けれど、直後に感じたのは拳への手応えではなく、腹部への衝撃だった。
不意に感じた痛みが生んだ僅かな怯みのうちに、さらにアゴから襲ってきた衝撃が彼女を打ち上げた。そして足が地から離れ、踏ん張りが利かなくなった直後にさらにもう1度アゴに衝撃が襲う。
「っ!? ガッ、グァ!」
これは、先ほどヴィヴィオが使っていた、一発で二撃与えるあの技なのだろうか。
そんなことを考えられるようになった時には、アインハルトはその場に倒れていた。
(いったい、なにが……)
現象に、理解が追いつかない。
(わたしは、たおれてる……? なんで……? わたしの、こぶしは……?)
これは、ヴィヴィオの仕業なのか? そう考えるのが自然だが、しかしあの状態の彼女がここまで的確なカウンターを放てるだろうか。
いやそもそも、あの時のアインハルトの拳は、たとえヴィヴィオが万全だったとしても躱しきれたとは思えない。良くて相打ち。自分の知っているヴィヴィオの技量を考えれば、あの拳が当たっていないことがあり得ないのだ。
この痛みは、本当にヴィヴィオがもたらしたというのか。立っているだけでやっとだった、あの子が。
「……6、7、8」
「───っ!」
ジャッジをしているノーヴェのカウントが耳に入って、反射的に体を起こした。
構えをとって「やれるか?」と尋ねたノーヴェに首を縦に振って答える。
そして気付く。
(っ!? ……お、重い!?)
想像以上のダメージが、アインハルトに強くのしかかる。
全身に走ったあまりの痛みに、思わず片目を閉じてしまう。
視界も霞んでいる。体重を支えている両足は少し震えていて、拳に思い通りの力が入らない。
霞む視界の中、目を細めてヴィヴィオをとらえる。
その瞳からは、感情を読み取ることができなかった。
先ほどまでの怒りどころか、喜怒哀楽の一片すらも感じられない。
しかし、決して無感情というわけではない。ただ1つだけ、強い"何か"がそこにあるのはわかる。それが何かは全くわからないが───。
───その瞳には見覚えはあった。
あの瞳だけは、見間違えることはない。彼女にどれだけ偏見が混ざっているかはわからないが。
その瞳は完全に───あの日の聖王「オリヴィエ・ゼーゲブレヒト」のそれだった。
覇王の、嫌な記憶が蘇る。
あの日、オリヴィエとの最後の日、本気の彼女にまるで歯が立たなかった。その時の彼女も、今のヴィヴィオと全く同じ瞳をしていた。
感情が読めない、しかし強い"何か"を感じる瞳。
そして直感する。格闘家としての経験が、そして何より、覇王の魂が。
(このままでは、負ける―――!?)
「───ファイト!」
頭の中がまとまらないまま、試合が再開する。
◇◇◇◇◇
なんだ、これは?
アインハルトがダウンから起きてからの試合を見て、そのジャッジをしているノーヴェは、目の前の光景が信じられなかった。
アインハルトは、ヴィヴィオよりも強い。
これはおそらく自分だけではなく、リオやコロナ、当人であるアインハルトやヴィヴィオですら分かっているであろう事実だった。
格闘技へと捧げた時間、強さへの執念、そして何より「覇王の記憶」という圧倒的な経験値の差から、そう判断するのは当たり前のことだ。
だからこの試合、主導権はアインハルトにあり、それを如何にしてヴィヴィオが崩すか、という展開になるはずだ。はずだった。
(なのに。……なんだこれは?)
アインハルトの拳がヴィヴィオを襲う。
真っ直ぐ顔面に向かってくる拳を、ヴィヴィオは顔を横にそらして
「ガッ―――!」
アインハルトが痛みにそんな声を漏らす。ヴィヴィオはそれを気にもせずにそのまま前方へ腕を振り切って、アインハルトを押し返した。
アインハルトは殴られた部位を左手で抑えながら3歩―――いや4歩下がった。痛みに片目を閉じてしまったが、視界からヴィヴィオを外すことはなく、右手もまだ構えられている。
腕を振り切ったヴィヴィオは、素早く構えを取り直し、しかしアインハルトに迫ろうとはしなかった。それは体力の温存するためか、慎重になって攻めあぐねているのか、それともアインハルトに対する挑発か。
「こ、んの……!」
アインハルトは、挑発と受け取ったらしい。痛みに悲鳴を上げてるであろう身体にムチを打ち、ヴィヴィオの傍へ踏み込む。そしてその腕を振り上げた。
しかしその腕が振り下ろされるよりも速く、ヴィヴィオがアインハルトに膝蹴りをかます。
「―――ガアッ!」
自らの勢いも加算されて、痛みがアインハルトの意識を奪いにかかる。それに、アインハルトは寸でのところで踏みとどまる。前かがみになり両手で身体を抱えるように抑えているが、それでもアインハルトは立つ。
しかし、その後頭部へ、ヴィヴィオの無慈悲な肘落としが決まる。今度こそ、アインハルトは地に伏した。
「……え? あ、だ、ダウン!」
あまりにキレイな、流れるような一連の攻防に、宣言が少し遅れてしまった。
「1、2、3―――」
カウントを始めて、そしてやはり思う。
なんだ、これは?
ヴィヴィオは、こんなにも強かったのか?
(そんなはずは……)
そんなはずは、ない。それは、今まで彼女に格闘技を教えてきたノーヴェ自身が良く知っている。少なくとも、ここまで強くなるほど育てた覚えはない。
自分の知る限りなら―――アインハルトの攻撃を
(いや、それは言いすぎか?)
確かに考えてみれば、理論上は可能かもしれない。そもそもこの動きは、戦い方は、ノーヴェがヴィヴィオに教えたヴィヴィオのカウンターヒッターとしての理想の動きなのだ。いくつもの条件が重なれば、この光景ができあがるのは不可能な話ではないのかもしれない。
しかしそれは、まだヴィヴィオの意思などが介入できるような領域じゃない。あくまで運が良ければできるかもしれない。そういうレベルの話だ。今のヴィヴィオが狙ってできることの範疇を超えている。
(でも、ヴィヴィオは明らかにそれを
「4、5、6―――」
偶然でここまでできるとは思えない。ましてや、先程まで満身創痍だったヴィヴィオに、ここまで連続して偶然が起こるとは到底思えない。
瞳からは感情が読み取れず、やることなすことを完璧にこなす。そんなヴィヴィオを見ていると、何故だかチャンピオン―――ジークリンデ・エレミアの「エレミアの神髄」というのを思い出す。なんだか、雰囲気が似ているような気がするのだ。
いや、まさか―――。
(ヴィヴィオにも―――聖王にもそういうのがあるっているのか?)
そこまで考えて、しかしそんなことは信じられなかった。
だって、もしそうなのだとしたら、それは、アインハルトの二の舞ではないか。
もし本当にそんなものがヴィヴィオの中にあって、それにヴィヴィオが頼ってしまっているのなら、この試合に、いったいどんな意味があるというのか。ヴィヴィオが危険を冒してまでアインハルトに勝とうとしていたことが、その上で伝えたかったことが、全て無駄になるんじゃないのか。
(本当に、勘弁してくれよ……)
「7、8―――」
「やれ、ます……!」
アインハルトが立ち上がり、構えを取る。
カウントは止めたがしかし、その姿は正直見てられなかった。
(アインハルト……。お前もなんでそこまでして戦うんだよ)
立っていられるのがやっとななことは一目で分かる。気力だけで立っているような状態だ。そんな状態では今のヴィヴィオの攻撃は止められない。1撃食らって今度こそ終わりだ。
本当に、このまま続けていいのだろうか。
ジャッジである自分が止めれば、この試合はすぐに終わらせられる。そう、終わらせられるのだ。この2人の意思を捻じ曲げて、終わらせられる。
(あーあ。……格闘技してることに始めて後悔しそうだわ)
でも、やはりノーヴェも格闘家の端くれだった。
1度始めた勝負を、止めるわけにはいかない。
この決着が、どうしても見たいのだ。
「……―――ファイト!」
だから、試合を再開する。
直後、先ほどまで自分から仕掛けることはなかったヴィヴィオが瞬時にアインハルトの目の前まで踏み込んだ。その右腕はすでに振られ始めていて、次の瞬間にはアインハルトを襲うだろう。
これで、終わりだ。
ヴィヴィオが、その右腕を振り抜いた。
◇◇◇◇◇
もうアインハルトには、意識らしいものは残っていなかった。
彼女を立たせいるのは、もう何かも分からないたった1つの何かでしかない。目の焦点は合っていないいし、膝は笑っている。構えも形だけだ。
その何かがなくなれば、もう立てはしない。
けれど、その何かはいつまでたっても無くなる様子がなかった。
ヴィヴィオがいくら必殺の1撃を決めようと、その「何か」は折れる気配がしない。
(わたしは、なにをしているのでしょうか……)
浮遊感すら感じる朦朧とした意識の中、いつの間にか、彼女は扉の前に立っていた。
その扉は開いている。
(これは、ただの練習試合……)
かすかに残った意識が、彼女自身に問う。
(練習試合でこんなにボロボロになって、わたしは―――)
―――私は、何が欲しいのだろうか。
彼女を立たせ、戦わせている「何か」をアインハルトは自分で分かっていない。
けれど何故だろうか。
目の前の、この扉の先に、その答えがある気がした。
完全な直感だったが、しかし確信があった。
ならば扉を潜ろうと、そこから踏み出そうとして。
(っ!)
足が、動かなかった。
足が重く、全く動かすことができなかった。いや、重いのは足だけではない。身体中にかなりの重量を感じた。
この重りに、心当たりはあった。
それは、あの日に始まった強さへの執着であり、あの日に感じた無力感であり、あの日に残した未練である。
彼女に負けたあの日よりも強くなる。そんな使命感だ。
これは重りであると同時に、強さを求め続ける理由でもあった。
そう、強くなること。それを強く望んでここまできた。
それこそが、僕の願いだ。
(……え?)
「―――っ!」
直後、その重りは形となって彼女に覆いかぶさった。
―――そうだ! 僕は強くならないといけないんだ!
―――覇王の強さを示さなければならないんだ!
―――この拳は、大切なものを守れることを、証明しなければならないんだ!
背後から聞こえる叫びに、彼女は振るえが止まらなかった。
覆いかぶさるそれは、彼の姿をしていて、彼女の肩にその重みを乗せた両腕がある。
恐怖が、声に出せなかった。その場から逃げようともしたが、重くて足が動かない。
後ろは見れなかった。もっと恐ろしい何かがある気がして。そう考えたら首から上が動かなかった。
恐い。とにかくこれが恐かった。
彼が、ではない。
こんなものを、自分の重りだと思って背負っていた自分が、何よりも恐かった。
―――強くなるんだ!
―――弱いままでは、何も守れない!
―――負けたくないんだ!
(そう、ですか……)
そこで彼女は、ようやく気付く。
この重りは、決してアインハルトの願いなどではないことに。
しかし、この重りが強さの源だったのは事実だ。それはきっと、これからも変わらないだろう。少なくとも、これから先も彼女が強くなる理由であり続けるはずだ。
けれど。
(こんな、ものだったのですね……)
これは、どこまでいっても他人のわがままであって、自分の意思ではない。
アインハルトは、自身を重くしているそのわがままに、肩にのしかかっている彼の手に、そっと自分の手を乗せた。
―――やめろ!
彼の気持ちは、十分理解している。その記憶を持っているのだから、当たり前だ。
―――やめてくれ!
だからきっと、自分はこの重りを、一生捨てることはしないだろう。
―――僕は! ……僕は!!
「けれど今は―――邪魔です!」
彼の手を、握りつぶす。
するとどうしてだろう。先ほどまで全く動けなかったほどに重たかった身体が、いきなり軽くなった。途端に、彼の声も聞こえなくなった。
試しに1歩踏み出してみる。
(……軽い)
もう1歩、2歩、と次々に歩みを進める。
本当に、これは自分の足なのだろうか。そう疑いたくなるくらいに軽かった。
いや、違う。
これが本来あるべき彼女の重さだ。これが、アインハルト・ストラトスなのだ。
そのまま、開いたままの扉に向かって歩いていく。
ずっと目の前にあって、しかし1度として通ることができていなかった扉だ。その理由はずっと、自分がまだ未熟だからだと思っていた。
しかし、それは違った。
それはすでに開いていて、通るために必要なものはすでに持っていたのだ。
ただ、不要なものを持ちすぎていただけ。
そうだ。この扉を通るのに、強さへの執着も、あの日に感じた無力感も、あの日に残した未練も必要ない。
今の彼女に残っているものは、ただ1つ。
それは、彼女を立たせている何がであり、それこそがこの扉を通るのに必要なもので、それ以外は必要なかった。
―――私は、何が欲しいのだろうか。
もう1度、自分に問うてみた。
今度は、あっさりと答えが出た。
「私は、勝ちたい」
これは、私のわがままだろうか?
一瞬そう思ったが、そもそもさっきまでの重りも彼のわがままだったのだ。ならたまには、自分のわがままに付き合うのも悪くないだろう。
「私は、ヴィヴィオさんに負けたくない。負けるのは、嫌だ」
そういえば、ここまで子供みたいな望みを抱いたのは、いつ以来だろうか。
―――ずっとだ。彼の重りに隠れて、心の奥底でずっと抱いていたものだった。
ならばきっと、やることは変わらない。
ただ強さを、いや違う。ただ“勝利”を目指して、この拳を振るうだけだ。
そうして、アインハルトは、あまりにもあっさりとその扉を通り抜ける。
扉を抜けたその先には、拳があった。
ヴィヴィオのものだ。当たれば確実に倒されるだろう、必殺の一撃。満身創痍
しかし今なら、その軌道がはっきりと見える。良くも悪くも真っ直ぐな攻撃は、今の自分ならば避けるのは容易だった。
アインハルトは、向かってきたヴィヴィオの右手を左手で弾いて軌道をそらす。
「なっ!」
「―――!」
そして同時に、ヴィヴィオの腹部へ、自らの拳を打ち込んだ。
「ッガ―――!」
息を漏らして、ヴィヴィオがよろめいて数歩下がった。
攻防を同時に行う「一拍子」がキレイに決まった。が、直撃は避けられた。ヴィヴィオの拳を左手で弾いてから右手で打ち込む僅かな間(アインハルトは同時のつもりでいたほどの一瞬の間)に少しだけセイクリッド・ディフェンダーを起動され、しかも重心をずらして急所を避けられた。
さらに、絶妙な距離に―――わずかに腕のリーチの範囲外に逃げられた。距離をつめたいところだが、1歩踏み込む間にカウンターの準備を終わらせて、そして決めてくるだろう。
完全な不意打ちを決めたはずなのにしっかりと対処されている。流石といったところか。
ならば、と。打ち出した拳を引っ込めて身体をひねる。
先ほどまで好き勝手やってくれた意趣返しに、そして「これからが本番だ」という挨拶代わりに、覇王の奥義「断空」を放ってやった。
―――“蹴り”で。
「っ!? ―――グハッ!」
拳が届かなかったから足を出した。
ただそれだけのことなのだが、どうやら思ってた以上に不意を突けたらしい。アインハルトの蹴りを受けたヴィヴィオは後方へ吹っ飛んでそのまま地面へ倒れこんだ。
「はぁ!? あ、だ、ダウン!」
ノーヴェがまた、遅れた反応を示す。
カウントが始まったが、大して興味もわかなかった。
必ず彼女は立ち上がるからだ。
(うわぁ。ビックリした~)
当のヴィヴィオは、割と暢気に驚いていた。
断空が蹴りで放たれたという、そんなことにではない。
それがどうでも良くなるくらいに、それが放たれる前のアインハルトの表情に驚いた。
それは言葉にすれば、無表情という表現になるだろう。だが、いつものアインハルトの無表情とは明らかに違う。
あの感じは、自分と同じように扉を開けている。
扉を開けて、最強になっている。
なんてことだ。なんて―――最高に面白いんだ!
今から始まるのは、扉を越えたもの同士による極限の死闘。今までに経験したことがないような、1つのミスがそのまま負けにつながるようなギリギリの戦いだ。
(さいっこう!)
考えただけで、アドレナリンで身体が沸騰しそうだった。
望むところだ。もとより今の状態ならばミスなどしない。ならばこそ、単純な強さで決着がつくだろう。
「1、2、3―――」
「あ、やれます!」
カウントが耳に入って、急いで立ち上がる。
カウントの間はじっくり時間を使って心身の回復に努めるべきなのだろう。けれど、10秒も待ってなんかいられない。
立ち上がり、構えを取って、アインハルトを見据える。
その瞳からは、感情は感じ取れない。しかし、強固に彼女を支えるただ1つの意思を感じた。
―――勝ちたい、という意思を。
間違いなく、目の前の敵は今までの中で最強だ。出し惜しみをしていては勿論、リスクを負わなければ到底勝てる相手ではない。
だからこそ、勝った時のことを考えると笑みが止まらない。
次はどうしてくるだろうか。攻めか? 待ちか? 攻めてきたらどうするべきか。防御か? 回避か? カウンターか?
さあ始めよう。これからが本当の試合だ。
「ファイト!」
正直、書きたいことはもう書ききっちゃったんですけど、一応決着がつくまで頑張ります。