((勝つのは───私だぁ!))
そうして、先に踏み出したのは───どちらでもなかった。
「「……!」」
同時だ、寸分も違わない同時。
2人は驚いたが、しかし想定外ではない。このままなら正面衝突は避けられないが、対処の方法などいくらでもある。
相手がその場にいることを前提とした攻撃モーションは、止める、または変更できるようなタイミングではない。
だから2人は足を地へと伸ばし、衝突する寸前、これまた同時に左右へ避けた。
無理矢理な軌道の変更によって横転する。
アインハルトが回転動作を綺麗に終え立ち上がり構えを取った時、そこにはすでに左拳を振りかぶっているヴィヴィオがいた。
体勢を整えることもなく、一瞬だけ視界に写ったアインハルトの挙動だけで現在の位置を予測、いや把握して、迷わず突っ込んできたのだろう。
しかし、アインハルトはそれに驚く様子もなく応じる。
一拍子。
回避と攻撃を同一のテンポで繰り出す。先程防がれた時のように時間差を生まない、完璧な同時の動作で腹部に拳を入れた。だが。
「……!」
それを、先程と同じようにセイクリッド・ディフェンダーで防がれる。いや、倒れてない分先程よりも完璧に防がれている。
ふと、アインハルトは横目で自分が防いだヴィヴィオの拳を見た。
魔力が、
(ブラフ……っ!)
それに驚く暇もなく、次の拳がヴィヴィオからやってくる。
咄嗟に後ろへ下がり避けるが、それによりヴィヴィオの蹴りの間合いに入ってしまい、そのまま後ろ回しけりを放たれる。
アインハルトはそれをしゃがんで避ける。そして膝のバネを効かせて起き上がりながらヴィヴィオのアゴに拳を突き出す。今度もまた、攻撃に回した魔力を防御に回させない時間差だった。
当たった。が、またセイクリッド・ディフェンダーだ。
またしてもブラフか。そう思ったアインハルトだが、構うことなくそのまま拳を振り切った。
それにより、ヴィヴィオは1歩後ずさる。その隙に、アインハルトから拳が放たれた。
ヴィヴィオはそれを弾くことでかわすが、反撃できずに次の攻撃をアインハルトに許してしまう。
速く、そして鋭い。カウンターを当てるにも相打ちを覚悟しなければならない。
(それじゃ、ダメ!)
ヴィヴィオは次に来た拳を弾くとことをせず、腕をクロスさせて防御した。その時の勢いは受け止めず、それを利用して後方に下がり距離を置く。
攻勢の流れを止めぬべく、躊躇なくアインハルトが距離を詰めるために踏み込む。と、同時。ヴィヴィオもまた踏み出した。
その距離は一瞬でゼロになり、しかしアインハルトがヴィヴィオの攻撃をそらしたことで踏み込みの勢いのまままた開く。
攻撃をそらされたヴィヴィオは体勢を崩すが、わざとその場に転がってアインハルトの方へ向き直る。しかしそうやって起き上がった瞬間にアインハルトが襲ってきた。
やってきた拳を避けカウンターを当てる。だが咄嗟のことで力が入らずあまりダメージが入らない。
カウンターを受けたアインハルトがその勢いで、カウンターを放ったヴィヴィオがその反動で1歩下がる。そしてその隙を突くべく、お互いが同時に拳を突き出した。
自分の拳は当たらない。しかし相手の拳は避けられない。
お互いがそう確信した時、その拳は相手の拳を防ぐために寸分違わずとらえ、そして両者の拳がぶつかり合う。
少しのつばぜりあいの後に、その場で魔力の衝突による小規模の爆風が起こる。それによって彼女らの距離は強制的に放された。
しかし先程とは違い、お互いの踏み込みの間合いの中。体勢を整えることを半ば放棄し、アインハルトとヴィヴィオは再び同時に飛び出した。
◇◇◇◇◇
芸術とすら感じるほどの凄まじい格闘が、嵐のように過ぎていく。
その場にいた誰しもが、目で追いかけることすらも難しい彼女たちの拳から、しかし目を放すことが出来ないでいた。
審判をしているノーヴェも例外ではない。
(なんだありゃ。スゲーな)
審判であるために、観客よりもはるかに上回る集中力で彼女たちの一挙手一投足を目で追っているが、見れば見るほどに、彼女たちのやっていることが分からなくなってくるほどに、その光景は凄まじいものだった。
(……聞いたことはある。心身がともにベストコンディションの時に、集中力が跳ね上がるって話。アスリートの中で「向こう側」って呼ばれているやつだ)
チャンピオンの「エレミアの神髄」も、それの一種だという考えがある。
おそらく、ヴィヴィオとアインハルトはこの「向こう側」というやつにたどり着いたのだろう。先ほどヴィヴィオから「エレミアの神髄」と近いものを感じたことも、それなら納得できる。
けれど。
(まあ、あれをチャンピオンの神髄と同じだっていうのは、ちょっと違うよな)
交錯する拳と拳。風圧がここまで届くほどの勢いがあるそれらが無数に飛び交う空間。その中で戦う2人の教え子を見て、ノーヴェは思う。そしてそれは、ノーヴェだけが思っていることではないだろう。
極限に集中し、表情筋を動かすカロリーすらも惜しんで、無表情ともとれる顔で戦う2人は、しかし。
(ったく。なんて楽しそうに戦ってやがるんだよ)
チャンピオンの、本当に無感情になる神髄とは違う。楽しいと、そしてなによりも「勝ちたい」という思いがいやというほど伝わってくる。
ここまで楽しそうに戦う2人を、ノーヴェは見たことがない。
すさまじい試合だった。
誰しもが、戦っている本人たちですら永遠に続いて欲しいと思ったこの攻防は、しかし、唐突に終わりをとげた。
ドン! と、明らかに直撃したといった音が、ヴィヴィオの腹部から響き渡った。
「───がっ!」
アインハルトの拳が、ヴィヴィオに入った。
鳩尾を、意識を奪う威力で撃ち抜かれた。
しかし。
(まだ!)
アインハルトは止まらない。
放った右手を素早く引っ込めて再び振るう。次はあごへ、下から上へ突き上げる。
速く、鋭く、正確に振られた拳が、ヴィヴィオの体を仰け反らせる。その威力で、地と足が離れる。
(もう、ひとつ!)
最後にダメ押しのように、1歩踏み込み、仰け反って無防備になっているヴィヴィオの腹部へ狙いを定める。
そこに、ひじを落とした。
衝撃が、ヴィヴィオの腹部を貫通して真下の砂を巻き上げる。それに遅れて、ヴィヴィオのからだがその地面に衝突する。
「―――っ!!」
音になっていない悲鳴がした。
「……っ、ダウン!」
少しの間があって、ノーヴェが試合を止めた。その声で、アインハルトは下がる。
その顔は、相変わらず無表情。しかし、やはりそこには確かな感情があった。
不満―――それを胸に、アインハルトはヴィヴィオに背を向ける。
(なぜ……何故ですか、ヴィヴィオさん)
おそらくヴィヴィオは、まだ立ち上がれるだろう。
確かに拳は入った。けれど、若干だがセイクリッド・ディフェンダーに防がれていた。
ヴィヴィオの中にいるクリスが、セイクリッド・ディフェンダーで彼女を守っていたのだ。ヴィヴィオ自身はアインハルトの攻撃に反応できてはいなかったが、しかしギリギリのラインで彼女はまだ立てるくらいの体力を残している。
けれど、それも立てるだけのはずだ。それだけの攻撃をくらわせた。
それに―――。
ヴィヴィオはもう、
スタミナ切れだ。
扉の中にいることは、とにかくスタミナの消費が激しすぎる。そうやって限界に達したヴィヴィオはもう、扉の中にいる者の攻撃に反応することはできない。
事実上の決着だ。もっとも避けたかった、終わり方だ。
納得できない。こんな決着、お互いに望んでいなかったはずだ。
なのに、何故。
(どうしてあなたが“時間稼ぎ”をするんですか!)
本当に、納得できない。
この戦闘、ヴィヴィオからはこれといった攻めっ気を感じることがまったくなかったのだ。出てくる攻撃は牽制以上の役割がなく、放たれたカウンターは致命傷にはならないものばかり。防御や回避に専念して、ただ時間が過ぎるのを待つような、そんな戦いをしてきたのだ。
そんなことをすれば、ヴィヴィオが先に力尽きることくらい、彼女はわかっていたはずだ。扉から追い出されれば勝ち目がなくなることぐらい、わかっていたはずなのに。
「1、2、3―――」
カウントが始まる。立っても立てなくても結果の変わらない、無駄なカウントが。