魔法少女リリカルなのはIF   作:多田 竜一

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鮮烈(ヴィヴィッド)

(いたい……)

 頭がグアングアンしている気がするし、腹部からジンジンと全身を渡っていくような痛みがする。

(くるしい……)

 体中が酸素を欲しているというのに、肝心の肺に空気が全然入ってこない。息を吸うも吐くもかなり痛い。

(ちからが、はいらない……)

 入れようとすると、激痛が走る。ただでさえ全身が痛いのに、さらに痛みが走る。

 諦めるには、十分な理由がここにあった。

 立ち上がれるか否かすらも怪しいこの状況。仮にこのまま立てたとしても、戦えるような体力などもう残っていないと思ってしまう。まして、アインハルトはまだ扉の中にいる。扉から追い出されてしまった今、ヴィヴィオに勝ち目など万に1つもありはしない。

「1,2,3―――」

(かうんと……たた、なきゃ……)

 それでも、高町 ヴィヴィオは力を込める。

 扉からは追い出された。体力もない。頭は働かず、全身が痛い。けれどこれは、負けていい理由にはならない。

 なぜなら、彼女は知っている。

 立ち上がれば、必ず勝てる。

「あ、ああ……うあ」

 痛む体にムチを打って、気合だけで力を込める。

 関節が、筋肉が、内臓が、痛みという悲鳴を上げる。それでもヴィヴィオは力を込める。必ず立てることを知っているから。その体力を残すように“調整した”から。

「ああ、あああ……」

 どういう計算をして結論つけたかは覚えてない。もう1度確かめられるほどの思考力も残っていない。

 けれど。

「あああああ……」

 立てる。

「4,5,6―――」

「ぐ、うあ……」

 だから立つ

「ああああああ……!」

 それだけだ。

「ああああああ!!!!!!」

 人生を掛けて立ち上がる。

 これまでの人生に掛けて、そしてこれからの人生を掛けて力を入れる。

「7,8,9―――」

「―――やれます!!!!!!」

 カウントをかき消すように声を張る。

 構えもとった。目も死んでいない。

 アインハルトをまっすぐ睨み、まだ萎えることのない闘士がそこにはある。

 ……ように見えた。

(あはは。アインハルトさんが見えないや……)

 視界が、ぼやけている。

 今は扉の中にいた時に予想した、自分がダウンしたあとのアインハルトの行動から、そこにいる"であろう"位置を睨んでるにすぎない。

 今のヴィヴィオには、そこに本当にアインハルトがいるかどうか分からない。

 しかし、検討外れな場所を見ていれば流石に試合は止まっているだろうし、合っているのだろう。耳までいかれてしまっていたらもうどうしようもないが。

「ファイト!」

 試合再開のコールが聞こえた。どうやら耳は正常らしい。

 なら、あとは勝つだけだ。

 ヴィヴィオが立ち上がったことを、アインハルトは最後の悪あがきと捉えるはずだ。ならば試合が再開した直後に、扉の中でなければ反応できない速度で向かってくる。

 そして必ずとどめを刺すために、反応不可能なタイミングで、

「覇王───断空拳!」

 を打って来る。

 反応不可能。しかし、予測の上ならば回避可能だ。

 自分がダウンしたあと、アインハルトは一歩48,6㎝の感覚で7歩遠ざかり、結果生まれた5,01mの距離を踏み込みで詰めて来る。その速度は先程の打ち合いで得た感覚を、扉から出る時に知識だけ持ってきた。

 だからこれは避けられる。

「───っ、な!?」

 避けられたことに驚くアインハルトは、しかしすぐに次の一手を打ってくるだろう。おそらく、この回避を偶然と判断してもう一度、今度は打ち下ろしで断空拳を打ってくる。

「一閃……必中……」

 そこに、アインハルトの知らないカウンター技を、アインハルトの顔面があるであろうその場所へ向かって打つ。

「エクシード……」

 アインハルトが見えてる訳ではない。本当にそこに彼女がいるかなんて知る由がない。

 けれど、すでに答えは出している。

 あとは、拳を振るうだけだ。

「スマッシュ!!!!!!」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 拳に、感覚が走った。

 技が当たった手応えだろうか。麻痺していて、それがどういう感触か良く分からない。もしかしたら、技を放った錯覚をしているだけかもしれない。それくらい曖昧なものだったし、そんなことより全身が痛い。

 もはや振り上げた拳を下ろすことすら出来なかった。緊張した筋肉を緩めるという行為にさえ痛みが伴いそうたったからだ。

 もう、体力なんて残っていない。立っている気がしないが、感じる重力から何となく立っている気もする。緊張した足の筋肉が、動くことを拒絶して立ち続けてるのだろう。

 アインハルトは倒れただろうか。倒れてなければ詰みだ。

 そういえば、カウントが聞こえない気がする。ついに耳までイカれたのだろうか。

 いや、ヒーヒー言っている自分の息は聞こえている。耳はまだ生きている。なら、ノーヴェがカウントをしていないということになるが、何故だろうか。

 やはり拳の手応えは錯覚で、まだ試合が続いているのか。いや、それならヴィヴィオはすぐに攻撃をくらって倒れているはずだ。立っているからそれはない。いや、もしかすればヴィヴィオは今倒れているのだろうか。重力すらも正常に感じられなくなっているのなら、それも納得できてしまう。

「ヴィヴィオ。聞こえるか?」

 声がした。ノーヴェのものだ。どこからしたかは全く分からないが、とりあえず返事として首を縦に振った。はずだ。脳からの命令は出ているはずだが、実際にできているかどうかは自信がない。

「そっか。……まあ、言いたいことは山ほどあるけどさ」

 最初は少し聞きづらかったノーヴェの声が、ちょっとずつ鮮明になっていくのがわかる。気づけば、視界もなんとなくはっきりしていっている気がする。少なくとも先ほどまでの、どこに何があるかもわからないくらいに何もかもがぼやけていた時よりは、まともになってきていた。

 目線は、前方を向いていた。

 そこにアインハルトの姿はない。

「それでもお前は、よくやった。まさかこんな試合を見せられるとも思わなかったしな。だから、今は誇りに思えよ」

 どこにいるのだろうかと、目だけで辺りを見渡すが、彼女は見当たらない。

 白い布が、目の前に振ってきた。

 タオルだ。前をゆっくりと落下している白いタオルを、目で追う。

 それが下に落ちたとき、そこに。

 

「お前の勝ちだ。ヴィヴィオ」

 

 アインハルトが、倒れていた。

(や……った……)

 瞬間、ヴィヴィオの緊張が全て解ける。

 緊張を解すことで一瞬の痛みが走ったが、それに構わず腕を下ろし、足から力を抜き、ひざを折る。

「ちょっ!」

 慌てて、ノーヴェがヴィヴィオを受け止める。

「おいおい。平気か?」

「あはは……ちょっと、もう立てないかも……」

「はあ。まったく、お前ってやつは」

「ごめんね……ノーヴェ……」

「そういうのは後だ。今はとりあえず、その物騒なもんを解いてアインハルトと話しとけ」

 そこでヴィヴィオは、自分のバリアジャケットを黒くしていることを思い出した。

 そういえばそんなことをしてたなぁと思いながらジャケットを解いた。ノーヴェに肩を借りてアインハルトのそばに向かう。

 うつ伏せに倒れているアインハルトは、そばにヴィヴィオが来たことに気付くと、ゆっくりと目を開けヴィヴィオのほうを見た。

「……私の負けです。ヴィヴィオさん」

「その割には、全然悔しそうじゃないですね」

「悔しいですよ。それはもう、今までに感じたことがないくらいに」

 そういうアインハルトは、笑っていた。

 負けて地に伏しているはずの彼女は、しかし今までの戦いの中でもっとも満たせているように見えた。

 というより、自分の幸せに気付いたと言うべきか。憑き物がとれたような自然な笑みだ。

 きっと、これが彼女の素顔なんだろう。

 いままで、覇王の記憶に隠されてしまっていた、アインハルト・ストラトスの姿だ。

「私の戦う理由は、これからもきっと変わりません」

 ふと、アインハルトがゆっくりと話し出す。

「覇王流の強さを、証明する。それが、私が格闘技を始めた理由で、私が戦う理由です。それは、これからもきっと、変わらないと思います」

 ゆっくり紡がれる言葉を、ヴィヴィオはただ聞いていた。

「始めた理由は、確かにクラウスの悲願を、叶えるためです。けれど、それは最初の一歩の、切欠でしかありません」

 覇王の悲しみは、まだ胸に焼き付いている。この無念が晴らせるのなら晴らしてやりたいのは、今でも変わらない。けれど。

「私は、覇王流の道を歩んだ、"私の強さ"を、認めて欲しいんです」

 アインハルトが歩んだこの十数年の道のりは、他の誰でもない彼女のもの。自分の努力を証明したいのは、当たり前なことのはずだ。

「だから───」

 アインハルトは、まっすぐヴィヴィオを見据える。

 もう他人の記憶に、戦う理由を用意してもらうのはやめだ。それで強くなれる時期など、とうに過ぎていたのだから。

 これからは、自分の拳を振るおう。

 クラウスの拳ではない、アインハルト・ストラトスの拳を。

「───次に勝つのは、私の(・・)覇王流です!」

 これは、決してアインハルトが間違えていた訳ではない。

 彼女はまだ子供であり、子供の行動理由なんて、他人から与えられて当たり前なのだ。

 だからこれは、間違いが改まったのではなく、「成長」と呼ぶべきだろう。

 一種の親離れのような、与えられた道ではなく、自分で選んだ道を行くこと。

 そのついでに、覇王の無念でも晴らせたのなら、一石二鳥だろう。

「いいえ! 次も勝つのは、私です!」

 もしかしたら、クラウスの本当の悲願は───取り戻したかったものは、これなのかもしれない。

 それはオリヴィエも、エレミアも、そしてクロゼルクも思っていたこと。

 みんなでもう一度、笑いたい。

 向き合う2人は、笑っていた。

 笑いながら、泣いていた。

 この幸せを噛み締めるように。そして、これから先の幸せを喜ぶように。

 プロローグは終わった。

 さあ紡ごう。

 これからが、彼女達の鮮烈(ヴィヴィッド)な物語の始まりだ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「そういえば、私に言いたいことって何だったんですか?」

「へ? ……ああ、ええっと、なんでしたっけ?」

「ええ。そこ忘れちゃうんですか。あそこまで必死なられていたのに」

「あはは。なんだか試合が楽しくなっちゃって、ぶっちゃけそれどころではなかったと言いますか」

「そ、それどころって。あんな心臓に悪い戦い方しながら言わないでください」

「まあでも、多分大丈夫ですよ」

「?」

「だって、アインハルトさんが笑って、私も笑って、みんなも笑ってる! だから、大丈夫です!」




 これで終わりです。
 なんかネタを思い付いたらまた短いのを書こうと思います。
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