きっとなのはさんは、ヴィヴィオのおかげで、自分を好きになれたんだと思います。
心地のよい微睡みの中、ふわふわした意識が、しかしちょっとずつ覚醒に向かっていることを、高町 なのはは感じていた。
窓から入る光が部屋の中を照らし、まぶた越しに白い世界を感じている。
部屋の気温や、布団のぬくもりがちょうど良く、意識はなかなかハッキリしない。
ああ、起きないとなぁ、と思いつつも、重い瞼を開けるにまではいたらない。
目覚ましのアラームはまだ鳴っていないし鳴るまで待とうかな、と考えていると、なんだか頭が冴えてきた。
重いも瞼を、ゆっくり開く。
一度開ければ、そのまますぅっと最後まで開ききった。そのままその場で伸びをして、あくびをする。
気の済むまで伸びてから、体を起こして、そして、時計に目を向けた。
特に根拠もなく「5時半くらいかなぁ」と思って見たその時刻は。
AM-07:00だった。
全然違う時刻だったが、まあ気にすることでもないと、なのははベッドから立ち上がる。
確か、いつものアラームは6時に設定しているはずだったから。
「・・・・・・って、寝坊したぁ!?」
まずい。
朝ご飯の準備とか、出勤のための身支度とか、そういったもろもろをする時間が、特に朝食を準備する時間が圧倒的にない。今日は久しぶりに帰ってきたフェイトの朝ご飯も用意する分、気持ち早起きしようとしていたはずなのに、むしろ起きるのが遅すぎる。
(ていうか、レイジング・ハートは!?)
見当たらない。たまに寝坊しそうになっても、いつもならしっかりと起こしてくれる相棒が、今は部屋にいない。なぜ。どうして。
とにかく部屋を出よう。何もかもが間に合わない気がするが、だからこそ悩むよりも前に行動しなければ。
そうやってなのはは急いで寝室から出て、そのままリビングに向かって、その扉を勢いよく開ける。
バタン! っと、そこそこ大きい音に反応して、3人分の朝食を運んでいるヴィヴィオと、その周りをふわふわと浮いているレイジング・ハートと、みそ汁をお椀に注いでいるフェイトが、こちらに笑顔で振り向いた。
「おはよう! なのはママ!」
「おはよう、なのは」
《Good morning. My master.》
「・・・・・・へ? お、おは、よう?」
今年一番のまぬけな声が出た。
珍しい状況だった。2人とも朝が弱いという訳でもないが、この家の家事を概ねこなしている自分よりも2人が早く起きることは希だ。レイジングハートが魔法とは関係なくヴィヴィオの側にいるのも実は初めて見るかもしれないし、エプロン姿のフェイトがキッチンに立っているのは本当に久しぶりに見る。
「朝食はこっちでやっちゃったから、そんなに慌てなくて大丈夫だよ」
《レシピは私がデータを渡しました。栄養面の管理は問題ありません》
「わたしも手伝いました!」
そう言って優しく笑う親友と、はつらつな娘の笑顔を見て、少しずつ落ち着いてきた。
そして少しずつ、状況を把握していく。
昨日は結構疲れていたので、みんなより先に寝てしまった記憶がなんとなくある。おそらく2人と1機はそれを気遣って、なのはをギリギリまで寝かせてくれたのだろう。
いつも朝食は7時くらいから取っているので、ちょうど良いタイミングで起きたと言える。そう考えれば、確かに慌てる必要はあまりない。
テーブルを見れば、レイジングハートに保存しておいた今朝の献立が、もうみそ汁以外は出揃っていて、そのみそ汁も今、ヴィヴィオがトレイに乗せて運んでいる。
自分の席に座って、ヴィヴィオからみそ汁を受け取って、深呼吸をひとつ。
そして、その場で思いっきり脱力した。
「びっくりしたぁ……」
「えへへ。昨日はよくねれた?」
「おかげさまで。でもびっくりし過ぎて疲れたかも」
「あはは。それはちょっとごめんなさい」
フェイトの分と、最後に自分の分のみそ汁を置いて、ヴィヴィオも自分の席について、レイジングハートがなのはの側に戻る。
「もう。昨日のうちに言ってよ。ママ、今朝で寿命が縮んだかも」
気遣いはもちろん嬉しいのだが、サプライズは色々と心臓に悪い。
とはいえ、どうやらフェイトとレイジングハートも協力しているようだし、娘の良心を咎めるのは筋違いだ。
感謝はしないと、と言葉に出そうとしたところで。
《マスター? 覚えてないのですか?》
「へ? 何が?」
不意なレイジングハートの言葉に昨日のことを思い出す。
そういえば、昨日の夜の記憶がハッキリしない。フェイトの帰りをヴィヴィオと出迎えたのは覚えているが、その後、特に何時に寝たのかが全く思い出せない。確かヴィヴィオとテレビを見ていたような気はする。
と、そこまで考えて、キッチンからエプロンを取ったフェイトがやってきた。
「なのは、昨日はテレビを見ながら、ソファーで寝ちゃってたんだよ」
「え!? うそ!?」
「ホントだよ」
フェイトは席につくと、そのまま自分の箸を取る。ヴィヴィオもすでに箸を握っていて、慌ててなのはも箸を取る。
「「「いただきます」」」
最初に口にしたみそ汁は、いつも自分が作るのとは少し違った、親友の味がした。
「結構ガッツリ寝ちゃってたから、そのまま私が寝室まで運んだんだ」
「で! 私がフェイトママに『明日の朝はなのはママにギリギリまでねかせてあげよう』って提案したの!」
《必要最低限の家事の引き継ぎは私が行いました》
「なるほど。じゃあごめんね、なんか慌ただしく起きちゃった」
「ううん! 大丈夫! むしろなのはママのびっくりする顔が楽しみだねって、フェイトママと話してたんだよ!」
「ええ!? なんかそれは酷い!」
「ドッキリ成功だね。ヴィヴィオ」
「うん! 大成功!」
久しぶりの3人での食卓で、会話が弾む。
フェイトが忙しく中々この家に帰ってくることがないので、特に朝食を共にするのが本当に久しぶりで、朝からテンションが上がってくる。
いつもより長く寝ていたことも相まって、今日はなんだかすごく元気が出てくた。
「「「ごちそうさま」」」
朝食を食べ終えて、3人で食器を流し台へ運ぶ。
食器を洗おうと蛇口に手を伸ばしたところで、フェイトに止められた。
「良いよ。私がやるから、なのはは出勤の仕度しちゃって」
「ええ、悪いよ。そこまでしなくても」
「なのは、まだ鏡見てないから気付いてないかもだけど、今日は寝癖すごいよ」
「え!? うそ!?」
「ホントだよ」
反射で左手で髪を触る。確かに酷かった。
「いつもより時間かかるだろうし、洗い物はやっとくよ。私、今日はオフだし」
「うう……。はーい」
渋々、フェイトの提案を受け入れてキッチンを出る。
そのまま洗面所に向かおうと思ったところで、今度は「なのはママ!」とヴィヴィオに呼び止められた。
「どうしたのヴィヴィオ?」
「今日は私が、ママのかみの毛を結います!」
「ふぇ!?」
うわ。ふぇ、なんて声久しぶりに出た。
「良いよそこまでは……流石に髪くらい自分で」
「今日のママにきょひけんはありません!」
「ええ!? な、なんで!?」
《マスター。大人しく従いましょう》
「レイジングハート!?」
「ほら。早くしないと遅刻しちゃうよ、なのは」
「フェイトちゃんまで!?」
味方がいない! と心の中で叫びながら、ヴィヴィオに腕を引っ張られる。
「なのはママ! はやく!」
「ちょ、ちょっと! 分かったから引っ張らないでぇ!」
なんだか、今日のヴィヴィオは押しが強い。
いや、今日の自分が押しに弱いのだろうか。
なされるがままに洗面所まで引っ張られれ、鏡の前に立たされて、ヴィヴィオに櫛と寝癖直しのスプレーを構えられる。
「はい! じゃあママはじっとしててください!」
「は、はい」
「レイジングハート! ふゆうのせいぎょ、手伝って!」
《All right.》
虹色の風を感じてからしばらく、自分の視線まで飛行魔法で浮いたヴィヴィオが、鏡越しに移る。
「それじゃあ、しつれいしまーす!」
「はーい」
ブシュっと、寝癖のついた髪にスプレーをかけて、それを櫛で馴染ませていく。
流石ミッド産と言うべきか、寝癖はあっという間に直っていく。ただ、それでも髪のボリュームは大きいので、一筋縄ではいかない。
よいしょ、よいしょと櫛を通すヴィヴィオを見ながら、手持ちぶさたになってしまった状況で、なんとなくヴィヴィオと出会った頃のことを思い出していた。
あの頃は、歩いているだけで転んでしまうくらいに、本当に危なっかしくて、目が離せなくて、ここまでちゃんとこの子の母親になるとは思っていなくて。
まさか、髪を結ってもらう日が来るとは、夢にも思わなかった。
「よし! ねぐせはオッケー! ということで、高町ヴィヴィオ! 結います!」
「よ、よろしくお願いします!」
私もママたちと飛びたいと、最近練習を始めた飛行魔法も、見る限り順調そうだし、勉強も遅れは無さそう……というか、むしろ優秀だし。
フェイトからすでに聞いていた話ではあるが、元が人造魔導師の素体ということもあり、ヴィヴィオは成長が早い。
嬉しい反面、親心としては少し寂しい。
元々教えるのが好きな分、何かを言うまでもなく勝手に育っていくというのは、より複雑な気分になる。
この間まで、何もかもを手伝わなければならなかった娘に今、髪を結われているというのも思うところがある。
なんというか。
(親離れ……私が思ってる以上に早く来ちゃうのかな)
「はい! できました!」
そう言われて、現実に戻る。
達成感で満たされている娘の顔を鏡越しにチラっと見てから、結ってくれたサイドポニーを確認する。
普段、自分がするよりも多少つたないところはあるが、公の場で見せられないという程でもない。
まあつまり。
「うん! 完璧! ありがとうヴィヴィオ!」
「えへへ。どういたしまして!」
照れながらゆっくりと降りる娘は、なんだかいつも以上に可愛く見えた。
ヴィヴィオは降りて、レイジングハートはなのはの元に帰ってきて。
「では、ヴィヴィオはヴィヴィオの仕度をしてきます!」
「はい。いってらっしゃい」
洗面所からとてとてと出ていったヴィヴィオを見送ってから。
「私もさっさと仕度しちゃわないと」
なのはもヴィヴィオを追うように、洗面所を後にした。
◇◇◇◇◇
「はい、お弁当。こっちがヴィヴィオで、こっちがなのは」
フェイトからお弁当箱を受け取って、ヴィヴィオと一緒にカバンにしまう。
「なんだか、何から何までごめんね、フェイトちゃん」
「良いの良いの。私も久しぶりにママらしい事ができて楽しかったし」
最後にそれだけ言葉をかわして、ヴィヴィオと一緒に廊下に出る。
振り向いて「じゃあ、いってきます」と口にしようとしたところで、フェイトの「そういえば」という言葉に遮られた。
「夕飯も私が作っちゃうから、買い物とかはしないで、直接帰ってきて大丈夫だよ」
「え、いや、ホントそこまでしなくても」
「大丈夫。レイジングハートから今日の分のレシピはもらってるから」
「そ、そうじゃなくて、なんというか、私の仕事が……」
「今日のなのはママにきょひけんはありません!」
「またそれ!? な、なんで!?」
「ソファーでねおちした人には、1日ママ休業のバツなのです!」
「うっ!」
「まあ、私とヴィヴィオからのささやかな恩返しってことで、受け取ってくれると嬉しいな」
「……はい。素直に受けとります」
なんかもう、今日は2人に勝てる気がしない。
まあ、寝落ちしてしまったのは事実だし、覚えてる限りだと結構早くから寝てしまったのだろう。それで今朝は7時まで寝ていたわけだし、疲れがたまっていたことは今さら隠せない。
レイジングハートまで巻き込んでるところを見るに、相当心配をかけてしまったのかもしれない。
「じゃあフェイトママ! いってきます!」
「いってらっしゃい。ヴィヴィオ」
もしかすれば、今日は押しに弱いのは、疲れがまだ抜けてないからなのか。
だとすれば、確かに今日1日くらいは。
(ヴィヴィオに拒否権も取られちゃったし、仕方ない)
ママを、おやすみしよう。
「いってきます、フェイトちゃん」
「うん。いってらっしゃい。なのは」
◇◇◇◇◇
「あ。レイジングハート、ちょっと良いかな。セットアップの時のジャケットの設定、少し変えたいんだけど」
《構いませんが、何を変えるんですか?》
「いやまあ、大したことじゃないんだけどさ。ヘアスタイルのツインテール、オフにしたいなぁって」
《……なるほど。では、私が変えておきましょう》
「うん。ありがとう、レイジングハート」