アクセル・ワールド -宿望の亡霊-   作:ウィルキン

2 / 5
>修正点:2015/06/23/20時頃
・タクムは七王会議に同席していないのでその点を修正
・原作六巻で語られていた労働基準法改正絡みを加筆・修正。
・原作十八巻の戦区図を参考に微修正(新宿第三戦区)



(2)対戦【Cyan Pile】

 

黒のレギオン、ネガ・ネビュラス所属。

黛拓武ことタクム。デュエルアバターは強化外装・杭打ち機を持つシアン・パイル。

 

タクムは四日前、六月十九日の水曜日に加速世界最悪のPK集団《スーパーノヴァ・レムナント》の襲撃を受けた。

原因は未だはっきりしていない。

同じネガ・ネビュラスのメンバーにして親友であるシルバー・クロウ/有田春雪が狙われている、という話は耳にしていた。

シアン・パイルがネガ・ネビュラスの前に所属していたレギオン《レオニーズ》の一部の者達が、

シルバー・クロウを現在流通している加速世界を揺るがす禍々しい強化外装、ISSキットの製造元であると疑い、《粛清》を叫びPK集団への依頼をしようとしているという噂話だ。

その実態を掴もうとしてタクムは《レオニーズ》に居た頃の信頼できる人物に接触した。

正しくは信頼できると思っていた相手に接触した。

 

しかしタクムは裏切られ、スーパーノヴァ・レムナントの《物理攻撃》を受ける事となった。

ナイフをちらつかせる少年達にアミューズメントセンターのダイブブースに押し込まれ、一対四の圧倒的不利な戦いを余儀なくされた。

言うまでもなく、勝ち目など無いはずだった。

シアン・パイルは未だ中堅であるレベル5であり、ブレイン・バースト究極の秘技である心意技も未熟だった。それに対してスーパーノヴァ・レムナントの四人組は全員が高レベルであり、強力な負の心意技まで会得していたのだ。

一対一ですら勝ち目が有るか怪しく、四人がかりでは一片の勝機すらない。

一方的に叩きのめされてポイント全損に追い込まれるはずだった。

 

しかしシアン・パイルはレムナントの四人を返り討ちにした。

 

それはタクムが調査のために入手していた、ISSキットの力によるものだ。

ISSキットは装着した者にダークブロウとダークショットという二種類の負の心意技を与える。

更にある特性を持つデュエルアバターにはより深く結合し、本来のアバターの特性と融合増幅した強大な負の力を与えるのだ。

シアン・パイルのデュエルアバターは偶然にもその特性を備えていた。

現実世界における暴力と脅迫をも厭わない負の心意の使い手達を蹂躙したのは、

加速世界を汚染する負の心意の結晶体から引き出された破壊の力だったのだ。

 

そうしてレムナントのメンバーを叩きのめしたタクムは痛覚が通常の二倍に設定される無制限中立フィールドの戦いであった事を利用し、噴き上がる憎悪のままに痛めつけ、苦しめ、拷問に掛け、レムナントの持つPKの情報を引きずりだした。

負の心意に呑まれるままに、いや自ら流されて荒れ狂った暴虐の嵐は、他の誰かに言わせれば至極当然の正当防衛で、やられたPK達は相応の報いを受けただけということになるのだろう。

しかし紆余曲折の末に落ち着きを取り戻したタクムにとっては、誰が赦そうとも己自身が赦せない悍ましい記憶だった。

それでも、憎悪に流されながらも尋問という選択をしていたのは彼が彼である所以と言える。

そしてタクムは知ることとなる。

レムナントのリーダーのアバター名、アセニック・クロー《Arsenic Claw》を。

 

友人の有田春雪には、近くに居た通りすがりのエネミー狩りグループの前で全て自供させたと話していたが、実を言うとここには一つ話さないでいた事実があった。

憎悪に流されながらも一筋の理性で、直前に吐かせたリーダーの名を伏せさせたのだ。

レムナントのリーダーであるアセニック・クローを泳がせる危険は分かっていたが、それでも確認しておかなければならない疑問が有ったからだ。

その疑問は六月二十三日の日曜日、午後二時から行われた七王会議の話を聞いて確信に変わった。

アセニック・クローには何か秘密が残っているのだと。

 

その数時間後、千代田区の隣の新宿区でアセニック・クローを発見できたのは引きずり出した情報によるものだ。正確な日程は不明だがそこに現れるかもしれない、というだけの情報だ。

その情報を頼りに新宿区を訪れ、何度も加速して、週末の対戦のメッカである事から数十と並んだ対戦者リストを確認した。何度か野良対戦を申し込まれもした。

その末に何度目かの加速でアセニック・クローの名を見つけたのだ。

恐らく、こまめに接続を切っていたのだろう。対戦者リストに乗る相手はその瞬間に加速しているわけではない。そのエリアのグローバルネットに接続しているバーストリンカー全ての名が載る。

逆に言えば、対戦を仕掛ける時だけグローバルネットに接続するようにすれば、相手から対戦を仕掛けられる事は格段に減る事になる。

もちろん対戦相手や観戦していたギャラリーは対戦直後も加速状態に有るわけなので、接続を切る間も無く雪辱戦を申し込まれる事も有るわけだが、減る事は間違いない。

そうして安全な時間を確保しなければ、バーストリンカーは自転車等に乗れなくなってしまう。

 

しかしニューロリンカーは日常ふとした場面でもグローバルネットに接続する必要がある。

お店で買物をするだけなら店のローカルネットと繋ぐだけで良いかもしれない。

だが例えば、ニューロリンカーにチャージした電子マネーの金額が足りなくなって、口座から引き落としてチャージしようと思った時。

そんな何気ない間隙に、グローバルネットへ繋ぐ事があるのだ。

その瞬間、あるいは繋いだままのその直後、デュエルアバターの名は対戦者リストに曝される。

 

 

タクムはすぐさまその名前、アセニック・クローに対戦を申し込んだ。

そして対戦ステージに降り立つやいなや、インストメニューから追加のコマンドを打ち込んだ。

《クローズド対戦モード》。

タクムがISSキットを入手する際にも使用した、観戦プレイヤーを遮断する対戦形式だ。

相手も分かっているのだろう。すぐに承諾が返り、出現しかかっていた観客たちを遮断した。

 

対戦相手リストに名前を見つけた、といってもすぐ目の前に居たわけではない。

加速世界における新宿区は更に第一~第三戦域に区切られているが、アセニック・クローを見つけた《新宿第ニ戦域》は十平方km近い面積が有る。

その同じ戦域に居たのだ。対戦を開始した時点での距離は一km余りといったところだろう。

対戦相手の方向を示すガイドカーソルはゆっくりと動き、街の角から、そのアバターは現れる。

アバター名はアセニック・クロー。

加速世界最悪のPK集団スーパーノヴァ・レムナントの生き残りにして、リーダーだ。

タクムは、その銀にも似た灰色のメタルカラーとクローという名に一瞬友人のアバターを想起し、

連想してしまったというそんな些細な事にすら僅かに罪悪感を覚えた。

 

「熱烈なお誘いだね。ボクに何か用かな、ネガ・ネビュラスの参謀役」

「しらばっくれるな。僕は君の正体を知っている」

開口一番切り込んだ。

タクムは既にレムナントのメンバーから、目の前のアバターがリーダーであると聞いているのだ。

おためごかしなど通用しない。

「スーパーノヴァ・レムナント。《処刑人》を気取る加速世界最悪のPK集団。

 加速世界で忌み嫌われる《物理攻撃者(フィジカルノッカー)》達の中で唯一グループ名を

 公表し、バーストポイントではなく現実世界の日本円で依頼を請け負うのが君達レムナントだ。

 ブレイン・バーストを単に金を稼ぐ道具として使う犯罪者集団だと恐れられている。

 アセニック・クロー。

 君もレムナントのメンバーに、レギオンマスターではなくリーダーと呼ばれていた。

 君達にはバーストリンカーであろうとする意識すらないんだろう。だけどそれなら」

主導権を握ろうと続けざまに言葉を叩きつける。

断定的な言葉にも反論は無い。

そしてタクムは以前から気になっていた、最大の疑問を射出した。

 

「君たちは一体何のために存在しているんだ!?」

 

その疑問は正しく杭だった。

シアン・パイルから放たれる鉄杭の様に、アセニック・クローに向けて放たれた。

 

「金のため。その答えに疑問でも有るのかい?」

アセニック・クローからは当然とも言える答えが返ってくる。

タクムが今語った通り、スーパーノヴァ・レムナントは金儲け目的の集団だと考えられている。

日本円の振込により依頼を受けて、バーストリンカーをリアルで拘束し全損させる犯罪者集団。

しかし以前から考えていたのだ。

それは本当に、金目当てで成り立つ行為なのか。

その商売には、前提として致命的な部分が欠けてはいないか。

「僕を全損させる為に受け取った依頼料は幾らだ」

果たしてアセニック・クローは、何処か楽しげに、くすりと笑った。

「レベル4以上レベル8未満のアバターは一律一万円さ。良いお小遣いだろう?」

 

一万円。

それは大人が聞けば耳を疑う金額だっただろう。

正にお小遣いと言う程度の額でしかない。現実に法を犯す行為の依頼料としては破格と言える。

しかしバーストリンカーにとっては、違うのだ。

「その額でどの位に依頼が来るんだ」

「企業秘密……と言いたいところだけれど教えてあげるよ。平均すると一月に一回も無いね」

 

一万円が、安くないのだ。

つい数時間前の事だ。この新宿区に隣接する千代田区で、加速世界の趨勢に関わる七王会議が行われた。タクムはその場には居なかったが、レギオンマスターと親友から詳しい話は聞いている。

それはタクムの親友であるハルユキに寄生していた加速世界最悪の呪いが消滅した事を証明する場であり、また、加速世界を汚染しているISSキットの本体を破壊する為の作戦会議でもあった。

このままISSキットの拡散に手をこまねいていれば、ブレイン・バーストというゲーム自体が破綻しかねない。それは加速世界に生きる者達にとって認められない未来だ。

 

ISSキットの本体は、現実世界では《東京ミッドタウンタワー》の上層階に相当する座標に有ると

目されていた。加速世界側ではタワーにとてつもなく強力な門番が配置されており、攻略の目処が立つかもわからない段階だ。

だから現実世界でタワー内に入りそこからダイブして攻略する、という作戦も提案されたらしい。

しかしタワー上層階であるホテルへの入場料……宿泊料金が最低でも三万円いう事が語られると、皆一様に呻いたという。

バーストリンカーにとって、三万円というのは個人では用意する事さえ難しい金額なのだ。

一度目は偵察になるせいもあるが、加速世界の命運を掛けた正義の戦いの手段であっても、二の足を踏むほどに。

その会議に集まっていたのは七大レギオンの王や幹部たちであったから、カンパを募れば用意できただろうが、結局はバーストリンカーの誇りが提唱され、現金を利用した攻略法は廃案となった。

あくまで間接的なものでも、リアルマネーに頼る解決法はバーストリンカーにとって邪道である。

 

ブレイン・バーストは生まれた直後からニューロリンカーを装着していた者しかプレイできない。

ニューロリンカーが一般に販売されてからまだ十六年と二ヶ月しか経っていない。

その為バーストリンカーは小学生から中学生、年長でもせいぜい高校一年生でしかないのだ。

 

七~八年前、普通自動車免許の取得資格は十六歳に引き下げられ、労働基準法も改正されて十六歳からフルタイムの社員として雇用が可能になった。

だがそれでも多くの児童は高校へ進学するし、小学校はもちろんのこと、中学校でもアルバイトを許可している学校は多くない。

そもそも最年長のバーストリンカーが中学を卒業し始めてからまだ二ヶ月程度。半年前には高校生のバーストリンカーすら一人も居ない。

殆どの中学生にとって、現金収入なんてお年玉や親からのお小遣い程度。

交通費などは親から貰えても、自由にできる金額は極々僅か。

だから、たったの万札一枚さえも軽い気持ちでは動かせない大金となる。

 

加えて言うならバーストリンカーにとって現実世界の時間はとてもゆっくりと流れる物だ。

現実世界で一週間の間に加速世界で一月以上を過ごしていた、という事もままある。

そうなれば一月のお小遣いがもらえるのは感覚的に数ヶ月に一度、重みは何倍にもなる。

 

何よりもPKに依頼するならば、その一万円を自分一人で用立てなければならない。

加速世界内のルールに反するPK集団への依頼なのだ、誰の協力も得られない。

皆に協力を募りカンパで現金を集める事などできるわけがない。

 

それでも、分母が何万と居れば該当者は多かっただろう。

新生児にニューロリンカーを取り付けて育児に利用する親は、愛情の代替品として裕福な暮らしを与える事がある。現実世界で大金を自由にできるバーストリンカーは確かに存在する。

だがバーストリンカーの総数は東京都内の千人程度しか居ない。

その中で加速世界で忌み嫌われるPK集団に、更に忌み嫌われる現金支払で依頼しようと考える者はどのくらい居るのだろうか?

そう考えるバーストリンカーが大金を自由に出来る家の子供である可能性はどれ程だろうか?

 

その答えが依頼料一万円と、それでも多くないという依頼数なのだ。

 

「最初に話を聞いた時からおかしいと思っていたんだ。

 殆どが小学生や中学生でしかないバーストリンカー達には、日本円の支払い能力が無い。

 バーストリンカーを顧客にしてお金を稼げるはずがない。

 君達の商売は最初から破綻している!」

「言ったじゃないか、良い小遣いだって。その程度の気分なのさ。

 バーストリンカーにとって一万円は中々の大金だよ。ボクにとってもね」

尚も躱そうとするアセニック・クローに、シアン・パイルは追撃の言葉を緩めない。

「四人、君を含めれば五人のグループで? 一人当たり二千円の為にPKをしているというのか」

「そうさ、ボクはそんな奴らなんだ」

逃しはしない。

「《リアル割り》にどれだけの時間を掛け、交通費にどれだけの金額を掛けているんだ?」

 

アセニック・クローの返答が、止まる。

シアン・パイルは尚も追撃する。

 

「君達レムナントのリアルを逆に割ろうという試みは昔から有った。

 それなのに君達のリアルを突き止めた者は誰も居ない。

 レムナントが何処のエリアを根城にしているのかも分からなかったからだ」

「バーストリンカーは都内全域に分散している。

 その誰が標的になろうとも、君達はそのリアルを突き止め、PKを繰り返してきた。

 どんな技術でリアルを突き止めているのかは知らない。

 だけど最後にPKに移る時、必ず現実世界で集合する必要がある。往復の交通費が掛かるんだ」

「一人あたり二千円だって? その端金の大半も交通費で飛ぶだろう。

 君達に始末されたと噂されるデュエルアバターは都内の東にも西にも点在している。

 一月に一度、一人あたり数百円の為に、脅迫罪を犯すなんてまるで筋が通らない。

 幾ら加速でソーシャルカメラネットワークの死角が分かるからってリスクは有る」

「日本円の支払いはただの経費で、本当の目的はバーストポイントを楽に稼ぎ続ける為なのか?

 それとも単にスリルを味わうため? 色々と可能性は考えたさ。

 僕を拘束したレムナントの4人は一見するとそんな理由でも納得できる連中に見えた。

 だけど納得の行く答えは出なかった。何をどう考えてもあいつらが、君達レムナントが」

 

「高レベルプレイヤーにして強力無比な負の心意技の使い手だった事が説明できないからだっ」

 

矢継ぎ早に放たれた追求の杭が、レムナントの欺瞞を穿っていた。

 

 

 

 

 

心意技とは文字通りプレイヤーの心意、精神の力によりゲームデータを上書きする裏技である。

その性質上、習得には心意技を知るプレイヤーの指導と、精神の鍛錬によるイメージの深化……

つまりある種の修行を経なければならない。

その修業は主に《無制限中立フィールド》で行われ、習得まで一月以上掛かる事も珍しくない。

タクムは必要に迫られてそれよりもかなり短い期間で心意技を習得したが、心意技において習得は始まりでしかない。

常に一定の消費で一定の威力を発揮できるアバターの必殺技とは話が違う。

同じ心意技でも実戦を重ね鍛錬を積めば発動は早くなり、威力も上がり続けていく。

 

それがどういう意味か、シアン・パイルはレムナントの四人との戦いで身に沁みていた。

ISSキットを開封するまで、シアン・パイルは自ら会得した心意技で応戦を試みた。

未熟と自認してはいるが、かつて負の心意の使い手とまともに切り結んだ事の有る心意技だ。

その時の相手は掛け値なしに邪悪で、狡猾で、強力な使い手から心意技の手解きも受けていた。

図に乗るつもりは無かったものの、その戦いを経た自分なら少しは戦えると思っていた。

それなのにまるで刃が立たなかった。

レムナントの負の心意技の強さは、掛け値無しの本物だったのだ。

 

レムナントの四人のアバターが高レベルであるだけなら、PKにより全損に追い込んだ標的から

膨大なバーストポイントを奪い取ってきたと考えれば、理解できなくもなかった。

五人のグループで一月に一人以下というのはかなり少ない獲物だが、一定以上のレベルのバーストリンカーが貯めこんだポイントを奪い取るのだ、上手くすれば相当なポイントを奪い取れる。

そうして入手したポイントの大半をレベル上げに使ってしまえば、ポイントを《私用》に使う事も出来なくなり何のためにPKを続けるのか分からなくなってしまうが……不可能ではない。

 

しかし心意技のレベルはそんな温い環境では育たない。

負の心意は正の心意に比べて感情の暴走により急成長しやすい側面があり、正の心意の様に慎重な修行と使用を心がける必要は無いものの、誰でも強くなれるほど甘くはない。

強力な負の心意技を使いこなすには膨大な修練か、あるいは世界を塗り潰す程の激情が必要だ。

 

ナイフをちらつかせながらも本気で刺す度胸が有ったのか疑わしく見えた、まるでチンピラじみたレムナントのメンバー達。

彼らが持っていたのはそのどちらなのか。

タクムには分からなかった。

一体どんな理由でその片方でも手に入れていたのだろう。

 

レムナント達と実際に戦い、その実力を肌に感じながら生き延びた事により、

タクムは加速世界で唯一、レムナントの本質に迫る最大の疑惑を手にしていたのだ。

 

息の詰まるような、間が流れ。

 

カチ、カチ、カチ、カチ。

金属質の掌が打ち合わされて音を立てる。

アセニック・クローは、拍手をしていた。

自らに迫った敵に向けて賞賛の意思を示しているのだ。

 

「みごとだ、シアン・パイル……いや、黛拓武くん。よくそこまでボクの正体に近づいたね」

 

その声音にも素直な敬意が混ざっていた。

まるで恐れの無い声だった。

 

「それならボクの方からも君に向けて推測をさせて貰おうか。

 君が手に入れたボクのアバター名という切り札を公表していないのは、ボクが君の。いや、君達の《リアル情報》開示で対抗する事を警戒しての事だろうね」

タクムはアバターの奥で、緊張に身をこわばらせた。

バーストリンカーにとって《リアル情報》が公開されるのは致命傷になりうる。

やましい身でなかったとしても、レムナントのようなPK集団の標的にされかねないからだ。

最悪のPK集団はスーパーノヴァ・レムナントだが、レムナントだけがPK集団ではないのだ。

 

「ボクは少なくとも君をPKの標的に出来るだけのリアル情報を掴んでいた。

 《サドンデスルール》で対戦中のあの子達なら、何を叫び出そうと止めを刺せばいいだけだ。

 だけど君は、別行動中のボクが何かしでかす前に仕留められるか分からなかった。

 正体を公表されてもカウンターを仕掛けてくるのではないかと警戒していた。

 ボクがそう容易い相手では無いと気づいたからだ」

 

PKに対しては《リアル情報》でなくとも、PKであるという正体を公表するだけで強力な攻撃となりうる。PKとはバーストリンカー達にとって許されざるルール違反だからだ。

もし誰がPKであるかが判明すれば、無数のバーストリンカー達が一斉に対戦を申し込み、

猛烈な対戦の嵐で、瞬く間にバーストポイントを削りきってしまうだろう。

 

しかしそれを逃れる方法も皆無ではなかった。

例えばシアン・パイルの所属するネガ・ネビュラスのレギオンマスター、黒の王は加速世界最大の賞金首なのだ。

最近では自らのレギオンを再興し、その領土によって身を守っているが、

それまでの二年間、賞金首になってからの雌伏の期間は身を隠す事によって生き延びてきた。

ニューロリンカーからグローバルネットワークへの接続を遮断し対戦をシャットアウトしたのだ。

グローバルネットワークへの接続はブレイン・バースト以外の日用アプリにも欠かせない物だが、

ブレイン・バーストがインストールされたニューロリンカー以外の端末、例えばタブレット端末等であれば普通に利用できるから、多少手間は掛かっても生活に不自由をきたすほどでは無い。

 

またニューロリンカーを使うにしても断続的な接続であれば、猛烈な対戦の嵐を生き延びる事も考えられた。レムナントのメンバーは皆高レベルかつ強力な心意技の使い手だった。そのリーダーはどれほどの使い手だろうか。

もちろん加速世界最強のプレイヤーであるレベル9、王達であれば必ず勝利するに違いない。

だが同じ相手に対戦を申し込めるのは一日に一回限りという制限が存在する。

例え一部の者が確実にポイントを奪えても、その一部の者が百回連戦を仕掛ける事はできない。

同レベル百人に狙われたところで、その半数に勝利し続ければポイントは減らないのだ。

 

もちろんそんな日々が続けば、レムナントのリーダーがどれだけ屈強であろうと何時かは果てる。

仕掛ける百人にとっては一日一回の対戦でも仕掛けられる一人にとっては一日百回の対戦だ、体力と集中力が磨り減っていくだろう。

だが、すぐには倒れないかもしれない。

心を読んだかのように、アセニック・クローは言葉を紡ぐ。

「その推測は正しいよ。ボクは心意技についてなかなか自信が有ってね。

 心意技を持たない大半のプレイヤーは対した疲労も無く打ち倒せるし、逆に疲れない《自殺》のテクニックも持っている。

 当然、貯めこんだバーストポイントも莫大だ。毎日百人からの対戦でも凌いで見せるよ」

「そんなもの」

有り得るかもしれないとは思っていた。

それでも幾らなんでもハッタリだ、そう言おうとした。

だけどタクムは言葉を噤む。本当に、嘘偽り無く、有り得るかもしれない。

何せアセニック・クローは、レベルを4から上げていない。対戦を仕掛ける際にレベルを見た時は思わず目を剥いた程だ。レムナントの他のメンバーはおろか、シアン・パイルよりも低い。

これでは高レベルのバーストリンカーが勝利しても大したポイントを奪えない。

 

ブレイン・バーストにおける獲得ポイントにはレベル差の補正が有り、自分より低レベルの相手に勝利しても獲得ポイントは少なく、高レベル相手に勝利すれば多くのポイントを奪えるのだ。

 

心意技は裏技のようなもので、通常の対戦では使用を禁じられている。普通のバーストリンカーは心意技を知り、習得しても、レベル上げを止めたりはしない。

だが、こいつは違うのだ。

恐らく、通常の対戦でこっそり心意技を使う事に何の躊躇いも無いのだろう。

強力な心意技を会得している高レベルのバーストリンカー達との対戦では《自殺》して楽に負け、そうでない相手に心意技を駆使して勝利できるならば、対戦の嵐さえもポイントに変えかねない。

 

(間違いない。こいつは、危険な奴だ)

タクムは確信を抱く。アセニック・クローはただのチンピラ等ではない。

ブレイン・バーストの仕様を知り尽くし、その上で悪用している大敵だ。

現実の肉体なら背筋を冷や汗が伝っていただろう。それほどの怖気を感じていた。

 

 

 

「そしてもちろん、君以外のネガ・ネビュラスのリアル情報も大方割っているよ。

 ブラック・ロータスも、スカイ・レイカーも、シルバー・クロウも、ライム・ベルだってね。」

「それはデマカセだ。だったら何故」

「何故シルバー・クロウでなく君が狙われたのか、かい?」

言葉を先回りされた。

 

タクムが事前に聞いていた噂は『レムナントにシルバー・クロウ抹殺が依頼される』という物だ。

だから襲われた時はそのリアル情報を手に入れる為の踏み台に使われたのだと思った。

レムナントに痛めつけられている最中に尋問が無いの違和感は感じたものの、例えば全損してブレイン・バーストをアンインストールされ、記憶の欠落に混乱する隙に《バックドアプログラム》を仕込まれれば、為す術もなくタクムに事情を聞こうとするネガ・ネビュラス全員のリアルが割られていただろう。タクムはそういう手口を知っていた。

 

しかしアセニック・クローはからかうように言った。

「まさか君は、自分がどれだけ青のレギオンの者に憎まれているのか分かっていないのかい?」

辛辣な糾弾の言葉。だけど答える事はできた。

「そんな事、おまえに言われるまでもないさ。分かっているよ。僕は《レオニーズ》の誇りを傷つけた恥知らずだ」

 

これはかつてタクム/シアン・パイルが青のレギオン、《レオニーズ》に所属していた頃の話だ。

タクムは《バックドアプログラム》に手を出した。

誰か別のニューロリンカーに仕込む事により、そのニューロリンカーを踏み台にしてネットワークにアクセスでき、それにより対戦申し込みリストに名前を載せる事無く、リスク無く一方的に相性の良い相手だけを選んで対戦を申し込む事ができる物だ。

それだけでもバーストリンカー達の間ではマナー違反も甚だしい。

その上バックドアを仕込んだニューロリンカー着用者の視覚情報を四六時中覗く事だってできる、現実の社会でも極めて違法性の高いプログラムだった。

その頃のタクムは加速世界では対戦の戦果が芳しくなく全損の恐怖に怯えていたし、現実世界でもかつての友人たちの間に溝を作りつつあり、何か自らの自信となる力や成果を求めていた。

恐怖と迷いに駆られた末、禁断の果実に手を出してしまったのだ。

しかしどれだけ苦悩していたとしても、この罪は重いものだった。

 

嫉妬と蔑視をぶつけてすらいたかつての友人に打ち破られ、正面から説き伏せられた事によって、タクムは悔い改めた。

そして、その親友である有田春雪/シルバー・クロウと、バックドアを仕掛けていた幼馴染の倉嶋千百合に償いをする為に、シルバー・クロウの属するネガ・ネビュラスへの移籍を決めたのだ。

青のレギオンのレギオンマスター、ブルー・ナイトは一つの試練を与え、シアン・パイルが必死の思いでそれを潜り抜けた事により晴れて移籍は認められた。

 

「それなら分かっているはずさ。バックドアプログラムに手を出しておいて、贖罪を言い訳に処罰を免れた。しかもよりによって加速世界最大の裏切り者である黒の王の下に付いた君がレオニーズの者達にどう思われているか、なんてね」

 

タクムにバックドアプログラムをもたらした彼の親は青の王の側近だった。

青の王はその事に激怒し、その者に裁きを与え、加速世界から退場させている。側近がバックドアプログラムを配っていた何人かのバーストリンカーにも、幾らかのペナルティは課されていた。

しかしシアン・パイルのペナルティは、彼自身が求めた直接被害者への贖罪と、その為の移籍だ。

青の王がそれを認めてくれたのは、シアン・パイルの自供が事態を明るみに晒す鍵であった事と、

直接に迷惑を掛けた者達に償いたいというタクムの言葉を青の王が認めてくれたからだ。

タクムはそれを青の王の容赦、忍耐や寛大さから来る物だと思っていた。

 

「青の王の裁定には敬意を表するよ。

 彼は自らのレギオンの者にとって何が未来へ繋がるかを考えていた。だから君が償う事を許したし、ケジメとして多少の試練を与えた上でネガ・ネビュラスへの移籍も認めた。

 側近である君の親が処罰を受けた事だって罰や他の者に対する見せしめという意味だけでなく、そいつにとってブレイン・バーストが呪いになっているという判断が有ったからに違いないね」

「………………!!」

 

だから、その言葉には打ちのめされてしまった。

タクムはそこまで考えが及んでいなかった。

青の王が、レオニーズにおいて末端の一構成員でしかない自分の事を気遣ってくれていたなんて。

レオニーズの側近の子として育てられていた時は、自らを親衛隊の候補生などと意気がってはいたけれど、本心ではレオニーズの誰も、シアン・パイルに価値を感じていないと思いこんでいた。

レベルが上がり見識が広がれば、《親》の教えが杜撰な内容だった事に気がついた。

やり直しの効かないデュエルアバターのビルドには多大なエラーを含んでしまっていた。

親が自らを含む何人かにバックドアプログラムを試させた理由も期待などであるわけがなく、ただの実験体でしかないと知っていた。

加速世界において一番に絆を繋ぐ《親》がそうだったのだ。

他の誰が自分を想ってくれると信じられるだろう?

友に手を握られるまで、タクム/シアン・パイルはずっとそんな有り様だったのだ。

 

「もっとも、過保護すぎるとも思うけれどね。

 青の王はネガ・ネビュラスへの領土戦においても、経験を積ませるように抑え目のレベルの少数だけで編成させて、古参のプレイヤーや、君に対し憎しみを抱いている者の参加を認めていない。

 もちろんハイランカーを使わないのは勢力バランスを意識するせいもあるだろうね。

 だけど何より、その憎しみの爆発が、必ずしも良い結果には繋がらないと考えているんだ。

 もちろん君の事だけじゃあないさ。彼は黒の王への怒りさえも押し殺している。

 黒の王への怒りが激しすぎる者達も領土戦に出てこれない。

 黒の王が赤の王を騙し討にした日、最も荒れ狂ったのは青の王だったと言われているのにさ。

 あまりにも大きな喪失に打ちのめされた紫の王でも、何を考えているか分からない泰然自若たる緑の王でも、自分の舞台を用意してこそ本領を発揮する黄の王でも。

 もちろんあの日その場には居なかった白の王でもなく。

 青の王こそが黒の王の裏切りに最も早く反撃し、激烈な戦いを繰り広げたと言われている。

 だけど青の王はその怒りを押し殺し、会談の場では笑顔さえ見せると言うじゃないか。

 彼の王が《痛覚遮断(ペインキラー)》アビリティを持つのは必然とさえ言えるだろうね」

 

その情報に、タクムはある可能性に気づいた。

もしかしたら彼の《親》も、黒の王への怒りが激しすぎる一人だったのかもしれない。

タクムがバックドアプログラムによる踏み台で梅郷中学校内ローカルネットワークに接続していた黒の王を発見できたのは単なる偶然ではなく、それこそ彼の親がバックドアプログラムを配布した狙いだったのかもしれない。

グローバルネットワークへの接続を遮断し息を潜めていた黒の王が、仮に何処かのローカルネットワークには気を緩めて接続していたとすれば、バックドアプログラムによるローカルネットワークへの無差別潜入はそれを発見する一つの手段となり得るからだ。

 

他校のローカルネットワークへの潜入は、現実世界ではただの学生でしかないバーストリンカーには荷が重い。校内のローカルネットワークに接続できるのは言うまでもなく学校関係者だけだ。

片っ端から転校でもしなければその権利は得られないし、現実世界で子供であるバーストリンカーにはおいそれと出来る事ではない。

タクムは自らの時間全てを贖罪の為に費やす覚悟で梅郷中学への転校を行ったが、これは例外だ。

むしろそれだけの覚悟があってこそ行える事だと言っても良い。

しかしバックドアプログラムを他校の生徒に仕掛けられれば、その校内のローカルネットワークに繋ぐバーストリンカー全てを把握する事ができるのだ。

 

だがそれは先述の通り、現実世界での犯罪にも繋がる行為だ。

もしも加速世界内の恨みを晴らす為に現実世界の犯罪に手を染めていたとすれば、それは呪い以外の何物でもない。

そしてそれを呪いだと言うならば。

 

 

 

「それをおまえが言うのか。君達レムナントが何を目的にしているかはまだ分からない。

 だけどブレイン・バーストがバーストリンカーを憎しみに染める事が呪いだと言うならば、

 君達レムナントはその呪いを食い物にする外道の所業じゃないか!」

「……そうだね。好きに言えば良いさ」

 

その声に含まれていたのは僅かな躊躇いや落胆だった。

その言葉を聞いただけでは何も分からなかっただろう。

だけどこれまでの会話と合わせて一つの推測を組み上げていたタクムは、確信した。

 

「やっぱりそうか。君達が《処刑人》を自称するのは、君達が確信犯だからなんだ」

「!!」

 

逆だ。

スーパーノヴァ・レムナントは自らの欲望を満たす為に手段としてPKを行っているのではなく、

PK自体に目的を見出している、確信犯の集団なのだ。

 

ゲーム内通貨であるバーストポイントではなく、現実の通貨である現金で依頼を受けて、

加速世界ではなく現実世界で、集団で拘束し圧倒的有利な状況で対戦に持ち込み。

そのままポイントを全て奪い取りブレイン・バーストをアンインストールに持ち込む。

 

この一連の悪逆な行為に、何らかの正しさを確信して行っているのだ。

 

 

 

「本当に驚いたな。そこまでボクを見抜くなんて」

その言葉には賞賛にとどまらない感嘆の響きが有った。

「別に絶対に隠しておきたかったわけじゃないけど、自力でそこに辿り着くとも思わなかった。

 どうやら君と言葉を交わし続けるのは思った以上に危険な行為らしい。

 もっとスッパリと行かせてもらおう。騎士と騎士が決闘するみたいにね」

黛拓武/シアン・パイルはハッと身構えた。

言葉を交わしてはいたが、ゲームシステム上では今も対戦中だ。

お互いの距離は十mほど、少し駆ければ肉弾戦にも持ち込めるだろう。

もちろんそれで勝敗が決したところで幾らかのバーストポイントを奪い合うだけにすぎない。

だが、アセニック・クローはそれに条件を付け足した。

 

「この対戦に賭けをしないか」

「賭けだって?」

「そうさ。ボクが勝てば、ボクの情報をこのまま隠蔽してもらいたい。

 君が勝ったら、例え君がボクの情報を公開してもネガ・ネビュラスの《リアル情報》公開で対抗するのはやめておこう。

 それとどちらが勝っても君を標的とした依頼は取り下げるとしよう。

 なにせあの子達は君に返り討ちにされてしまったんだ、依頼主への義理は立つというものさ」

その条件は載せられたチップで言えばタクムの方が有利に見える。しかし。

「僕が勝っておまえの情報を公開した時、おまえが対抗処置を取らない保証がどこに有るんだ」

「信じてもらうしかないね」

人を騙し物理的な攻撃を仕掛けるPK集団の首魁を信じられるわけがない。

結果として、勝った場合に得られる見返りが存在しない条件だった。

「じゃあこうしよう。

 君が負けても、君は自らのマスター、黒の王にだけはボクの事を話して良い」

「なにを……!?」

「もちろん黒の王がその情報を更に身内に公開するかどうかはチップに含まれない。どうかな?」

付け加えられた条件は更なる謎だ。

それでは事実上レギオン内での情報共有を認めたも同然だ、何の縛りにもならない。

もちろん、アセニック・クローがネガ・ネビュラスの《リアル情報》を握り、ネガ・ネビュラスがアセニック・クローの情報を握り、お互いを牽制しあう構図になるのは変わらないはずだが。

 

(僕以外に秘密を話させず、僕を始末する事で口封じするつもりじゃないのか?)

 

秘密がネガ・ネビュラス全体に共有された時点で、アセニック・クローに情報を口封じする手段は無くなる。誰か一人がPKで潰されれば残り全員がアセニック・クローの正体を外に流すだろう。

例えアセニック・クローがネガ・ネビュラスを《リアル割り》させるとしてもだ。

 

シアン・パイルが敗北してもアセニック・クローはネガ・ネビュラスに手出しできなくなる。

だが勝利しても、何も変わらない。アセニック・クローを信用出来ないネガ・ネビュラスにとって、アセニック・クローの《リアル割り》という脅し札は生きている。

 

タクムは本当に自分以外のメンバーのリアル情報まで割れているのか疑わしいと思っているが……

PKの対象がタクムだったからといってタクム以外のリアル情報も割られている証拠にはならない。

むしろさっきは話を逸らされたと言っても良い。

しかしリアル情報を掴まれていないという根拠にもならない。

万が一の事を考えると、やはりアセニック・クローの正体を公開する手段は危険過ぎる。

別の手段を考える必要が有るだろう。

 

 

結局のところ、勝っても負けても何も変わらない条件なのだ。

タクムとアセニック・クローの間に一切の信頼が存在しない以上、殆どの約束は意味を成さない。

 

 

ただ、勝負を受ける条件の方はそうでもない。

アセニック・クローは勝負を受ければシアン・パイルを狙った依頼を取り下げると言っている。

例えば裏サイトにそういう発表がされれば、その後でシアン・パイルを仕留めても意味が薄い。

もちろんこれも信用できるか分からない話だが、絶対に狙ってくるよりはマシだった。

 

なにより、対戦なのだ。

ネガ・ネビュラスのレギオンマスター、黒の王ブラック・ロータスは言う。

一度対戦の場に降り立ったならば全力でぶつかるべしと。

バーストリンカーにとって、対戦によって物事に決着をつけるのは潔い在り方だった。

 

全てのもやもやした感情を収斂させ、決定に辿り着く。

 

「いいだろう。だけど僕からも条件が有る。僕が勝ったら君達の存在理由を教えてもらう」

「そうこなくては。そして流石だ、これだけ話を逸らしても最初の理由を見失わないか。

 良いよ、でも始める前に言っておこう」

身構えるシアン・パイルに対し、アセニック・クローは構えもせずに棒立ちのまま告げた。

「この対戦、ボクは心意技を使う。君も遠慮なく使うと良い」

(やっぱりか)

タクムにとっても覚悟していた返答だ。

本来、《心意は、心意で攻撃された時以外には使ってはいけない》という掟が存在するが、

負の心意の使い手にはこの掟が存在しない。必要とあらば遠慮無く使用してくる。

むしろ予告無しに平然と使ってこなかったのは意外ですらある。

「もちろん、ISSキットも使ってかまわないよ。

 あの子達を返り討ちにした負の心意の結晶、見せて欲しいな」

「……僕はもうあの力に縋るつもりはない。僕は負の心意から訣別する」

「おや?」

アセニック・クローの首が傾げられた。。

「負の心意だからといって、レムナントのリーダーであるボクに対して使わないだって?

 たった数日の間に、君に何が起きたというんだい?」

「………………」

タクムは、シアン・パイルの全身にぞわりとした怖気を感じた。

生温い風が吹きつけたような怖気だ。

恐らくアセニック・クローはまだ知らないのだ。

シアン・パイルへ寄生したISSキットが、既に浄化されている事に。

「……負の心意の気配が感じられないのはおかしいとは思っていたけれど。

 もしかして君、既にISSキットから解放されているのかい?」

「っ!」

しかし気取られたてはいた。

「さては四元素が一人、劫火の巫女の仕業かな。彼女ならISSキットとて浄化できるだろう」

(そこまで知っているのか!?)

 

アセニック・クローの発言は半分正しく、半分間違っていた。

タクムからISSキットが除去されたのはタクムの親友、ハルユキとチユリの尽力による物だ。

だが劫火の巫女、アーダー・メイデンが負の心意を浄化可能なのもまた、事実だった。

つい二日前も負の心意の名残である寄生型オブジェクトを綺麗に浄化してみせたところだ。

 

アーダー・メイデンは第一期ネガ・ネビュラスにおいてレギオン幹部《四元素》の一人として

名を馳せたバーストリンカーだ。彼女が帰還した後、昨日の土曜日には領土戦も一度有った。

彼女が新生ネガ・ネビュラスに帰還した話は既に広がりつつあるだろう。

しかし彼女の扱う、負の心意までも浄化する儀式は、当然ながら心意の奥義だ。

幾ら名の知れた古参のバーストリンカーだとはいえ、通常対戦では知られない心意技に関する情報まで知っているのは異常と言っていい。

少なくとも七王会議に出席する七大レギオン幹部クラスとのパイプか、あるいは……

 

「いいさ。それならハンデを上げよう。

 ボクは心意技を一種類しか使わない、見事に打ち破ってみるがいい」

流石にこれ以上に考える暇は無かった。

アセニック・クローが、シアン・パイルに向けて歩き出してきたのだ。

薄ぼんやりと輝く中性的な人型のデュエルアバターが近づいてくる。

その歩みはゆっくりとした物だが、十数秒もあれば斬り合いが始まるだろう。

今度こそ対戦の始まりの時だ。

シアン・パイルの左手が、その名の由来である右腕の強化外装から伸びる、鉄杭を掴んだ。

そして決意の叫びを上げた。

「《蒼刃剣(シアンブレード)》!!」

ガシュン、と音を立てて右腕の杭打ち機から鉄杭が発射された瞬間、それを受け止めた左手でなく右腕の杭打ち機が砕け散る。

粉々に砕け散る杭打ち機の残滓を、青白い刃が切り裂いた。

《蒼刃剣》。

シアンという極めて濃い近接の青に属するデュエルアバターでありながら、自らのトラウマと杜撰な指導に引きずられ必殺技にレベルアップボーナスを注ぎ込み続けた結果、遠隔の赤に近い特性を持つに至ったシアン・パイルの方向性を近接に定め直す心意技。

強化外装を蒼い片刃の直刀に変える、《攻撃威力拡張》に属する基本の心意技だった。

タクムが身につけている心意技はこれ一つだけだ。

心意技において未熟な自分が不利な事は承知している。

既に捨て去ったISSキットならばもっと強大な力を振るえただろう。

 

それでもシアン・パイルの進む道を定めたこの心意こそ、タクムが信じるべき心意に他ならない!

 

 

 

「なんだい、それは?」

アセニック・クローの声は戸惑いが滲むものだった。

シアン・パイルは答えず、一息に距離を詰めて刃を振り下ろした。

「チェイアアアアァッ!!」

気合は裂帛、迷いは無し。

何故か分からないが相手が迷っているならば今こそ好機だ。

心意を解放した対戦は既に始まっているのだ、正の心意の使い手とて既に掟の外に居る。

振り放たれた剣戟は雷の如き鋭さだった。

今のシアン・パイルは《完全一致(パーフェクトマッチ)》の状態にある。

現実世界で格闘技の修練を積んでいたとしても、アバターがそれに適応するとは限らない。

タクムもシアン・パイルの杭打ち機では現実で修めた剣道の技を活かす事が出来なかった。

シアン・パイルの《蒼刃剣》はそのズレを補正する。

シアン・パイルが《蒼刃剣》で振るう軌跡は、タクムが剣道家として培った軌跡の延長線だ。

幾年にも渡る修練の結晶だ。

果たしてその剣戟は狙い過たずアセニック・クローの肩口に吸い込まれた。

 

一対一の差し合いでは一瞬の迷いとて致命傷だ。

何故アセニック・クローが躊躇い動きを止めたのかは分からないが、これで勝負は決まった。

タクムは、そう確信していた。

 

「……まさか、それが心意戦で君が頼りにする心意技だっていうのかい?」

「!!」

否応なしに思い出す。

タクムの、シアン・パイルの《蒼刃剣》は、レムナントのメンバーに通じなかったのだ。

しかしあの時は剣の間合いに入る事すら出来ず圧倒的負の心意に制圧されていた。

今は完全に斬撃が入ったはずだ。

この間合で、完璧な斬撃を叩き込んで、それでも通じないなんて事があるものか。

大体アセニック・クローは心意技の発声すらしていなかったではないか。

確かに高度な心意の使い手は発声無く心意技を扱えるというが、大技には発声を伴うはずだ。

だが。

アセニック・クローの体表はぼんやりと、本当に淡く、薄く輝いていた。

それがあまりにも自然で、淡い輝きだったから、デュエルアバターの性質だと思い込んでいた。

タクムは今になってその正体に気づく。

(まさか最初からずっと、心意技を維持していたのか!?)

アセニック・クローの体には傷一つ付いていなかった。

クローの名に違わぬ鋭い鉤爪の伸びる右手の指がゆっくりと揃えられた。貫手の形だ。

「くっ!!」

咄嗟に飛び退るが、左の脇腹から激痛が走った。

見れば左の脇腹にぽっかりと穴が開いていた。

まるで痛覚二倍の《無制限中立フィールド》で戦う時のような激痛が迸る。

蹲りそうになる体を叱咤して、再び《蒼刃剣》を構え直した。

 

しかし最早戦力差は歴然と言う他にない。

頼みの《蒼刃剣》を直撃させても傷一つ与えられない。

圧倒的な力の差だ。

アセニック・クローもまるで警戒する様子の無い棒立ちのままだ。

 

「もう一度、訊くよ。本当にそれが心意戦で君が頼りにする心意技だっていうのかい?」

「ああ、そうさ。未熟なのは分かってる。それでもこの《蒼刃剣》こそ……」

レベルが下でも相手が遥かに格上である事なんて対戦前から分かっていた。

不利も未熟も承知の上だ。

勝負を投げるわけにはいかない。何処か弱い部分を探して斬り込み万に一つの勝機を探そう。

「でもそれは、戦闘用の心意じゃないじゃないか」

「……え?」

思わず、困惑の声が出てしまった。

 

「それはどう贔屓目に見ても修行用の心意技だ。性質そのものが戦闘に向かない。

 もし違うと言うならば……試してみるといい」

アセニック・クローは両の手を横に伸ばした。

まるで十字架のように、誰かを抱擁するかのように。

「君の剣が、ボクの体の何処か一箇所でも傷付けられるかどうかを」

「な……舐めるなっ!!」

 

乗るしか無い挑発だった。

シアン・パイルの振るう《蒼刃剣》の斬撃がアセニック・クローの全身に襲いかかる。

その度に強固な物に刃を振り下ろしたかのような耳障りな摩擦音が響き渡る。

「分からないなら教えてあげよう。君の《蒼刃剣》は戦闘用心意としては失敗作だ」

面、胴、篭手。

袈裟斬り、逆袈裟、左薙、袈裟懸け、唐竹割り。

裂帛の声が延々と響き渡り、棒立ちのアバターに幾度も幾度も斬撃が襲い掛かる。

金属に金属が削られる耳障りな音が絶え間なく響き渡る。

「何故ならそれがシアン・パイルそのものであるパイルを破壊して生まれる刃だからだ。

 それは自らのデュエルアバターの否定に他ならない」

ピシリ、と微かな音がした。

シアン・パイルは更なる気勢を上げて嵐のごとく刃を叩き込む。

「確かに正の心意の第二段階たる《応用心意技》に至るには《心の傷の反転》を要する。

 救済の為に心意技を学ぶならそれもいいだろう。

 だけどそんな心意が戦闘に向く事は稀だ。その心意は戦いを見ていない」

「ゼアアアアアアアアアァッ!!」

呑まれてはならない。

惑わされてはならない。

タクムの声は最早獣の咆哮と化していた。

「同じ心意の強さならば、デュエルアバターの特性を活かした心意技の方が強いに決まっている。

 君は自らが望む近接の青に染まる為にその心意を求めたのかもしれない。

 だけど一度リソースを割り振って遠隔の赤に傾いておきながら青に染まり直す。

 それがどんなに遠回りか考えた事はあるかい? 最初から青だった者に追いつけるとでも?

 最初に逆走してからコースに戻ったランナーが一位になれるとしたら、

 それは《同レベル同ポテンシャルの原則》を完全に無視して超越できる存在だけさ」

それでもどれだけ叫ぼうともアセニック・クローの声が耳へと入ってくる。

ピシ、ピシという音が繋がっていく。

タクムにはもう分かっていた。

この音の発生源が、斬撃に襲われているアセニック・クローではないということに。

「それに正の心意使いは通常対戦で心意技を使わない。

 君はその心意をどれだけ加速世界で鍛え上げた?

 現実世界で黛拓武がどれだけ剣道を修めていても、今の君はシアン・パイルだ。

 現実世界とは体格も筋力も違うだろうその重量級のアバターでどれだけ剣を振るったんだい?

 数えるほどしかない。そうだろう?」

《蒼刃剣》が、崩れていく。

圧倒的硬度の防御心意を打ち破れず、逆にその強固さに押し負けた刃が欠け落ちていく。

鋭利な刃は見る陰もなくボロボロだ。

もう、斬撃では、無理だ。

「シアン・パイルとして対戦経験を積むほどに乖離していく技術。

 そんなものに拘り続けて、君に何が残ったというんだい?

 身の程知らずが物語のナイトに憧れたところで、風車に突撃する事しかできはしない」

シアン・パイルは正中に剣を構え、体を落とした。

視線をはっしとアセニック・クローの胴に向け、全身のバネに力を蓄える。

「シイイイイイイイイィッ!!」

全身を、発射した。

「そして最後には突き技を頼るならば」

その刃の先端が、ピタリと止まっていた。

淡く発光する、アセニック・クローの掌の中央を貫けずに静止していた。

シアン・パイルは尚も絶叫し全体重全筋力を注ぎ込む。

諦めない全力はタクムの掌に僅かに沈み込む手応えを返し、更なる咆哮を上げ。

「キエエエエエエエエエエェッ!!」

「それはもう、最初からパイルを使えばいい。剣にした意味の否定じゃないか」

「っ!!」

ヒビ割れが、蜘蛛の巣のように刀身全体を覆い尽くし。

 

次の瞬間、《蒼刃剣》はガラスのように脆く砕け散っていた。

 

 

 

白く染まる思考の果てをアセニック・クローの呟き声が早送りのように通り過ぎて行く。

 

「しかし君に心意を教えたのは誰だ?

 ブラック・ロータス? 違う、彼女はもっと苛烈に戦いを見つめている。

 スカイ・レイカー? 違う、彼女に教わったならばもっと悪に対して容赦が無い。

 アクア・カレント? 違う、彼女ならデュエルアバターを否定しない。

 アーダー・メイデン? それともレオニーズの誰か? 違う、時期が合わない。

 誰だ、君に道標を与えたのは誰だ、遠すぎる星を示したのは誰だ、一体、誰が君を」

 

その呟きは最早誰かに聞かせる為の言葉ではなくなっていた。

疑念、迷い……そういった感情が溢れただけ。

そんな不純物を垂れ流しながらも心意の鎧は鋼鉄のごとく揺らぐことなく、

ずぶりという音を立て、アセニック・クローの貫手がシアン・パイルの胴体を貫いた。

タクムは、痛みすら感じないまま呆然と、自らのHPバーが見る見るうちに減っていき、あっさりと尽きるのを見た。

 

完敗だった。

確かに現実世界の黛拓武は、アセニック・クローの正体に大きく迫る事に成功した。

しかしデュエルアバターのシアン・パイルは、その根底を打ち砕く完全な敗北を喫したのだ。

 

 

 




・ワンポイント

>「最初に話を聞いた時からおかしいと思っていたんだ。
 小学生や中学生でしかないバーストリンカー達には、日本円の支払い能力が無い。
 バーストリンカーを顧客にしてお金を稼げるはずがない。
 君達の商売は最初から破綻している!」

この物語を思いついた発端。
スーパーノヴァ・レムナントの話が出てきたのは七巻。
七王会議でバーストリンカーの財布の紐の厳しさが触れられたのは十一巻。
意図された設定ではないかと思うのですが、原作で描かれる様子は有りません。
この部分にオリジナル設定を付け足した物がこの物語となります。

謎の資金力、違法性、高レベル、強力な負の心意、一人も正体を割れない秘匿性。
原作裏設定を深読みするなら本来関連付けるべきはアレなのかもしれません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。