アクセル・ワールド -宿望の亡霊-   作:ウィルキン

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2章
(1)バトル・ロワイアル【RomanesqueGlass】


 

山下智彰(やましたともあき)は夜の河川敷が好きだった。

煩わしい物を置き捨てて、街の灯火を遠くに見つめて、ただ夜道を歩くのが好きだった。

そしてそれを好きで居られる事が、自分に残った僅かな縁だと自覚していた。

 

あの眩い光の中に行きたいわけではないけれど、それでもあの光にまだ憧れを持って居られる。

光に近寄りたくはないけれど、光の有る場所の温かみを忘れたわけでもない。

「………………」

言葉は無い。話す相手が居ないのだから。

智彰はその位に病的な状態にある少年だった。

 

智彰は引きこもりだった。

原因はよくあるイジメだ。学校に行きたくない。

言葉で表せばたったそれだけの理由。

原因もそれこそありきたりで、中学最初に出来る友人グループのどれにも入りそこねただけの事。

少し珍しい所が有るとすれば、加害者がやりすぎた事によりイジメが露呈して教師の叱責を受け、謝罪し、そして智彰は知る由もないが、加害者達も本当にやり過ぎたと反省している事だろう。

イジメといっても時期の短さで考えれば陰湿さは薄い、子供の悪ふざけが行き過ぎたような物だ。

中学に入ったといってもまだ無邪気で、残酷で、行為の重さを理解できない子供の悪ふざけだ。

 

子供達は愚か大人達でさえ未だに甘く見る、時には命さえ奪いかねない悪ふざけ。

僅かな期間の行き過ぎ、もう終わった事にされる陰で、少年の心身には深い爪痕が残っていた。

 

ライトを、眼に当てられたのだ。

殴る暴力よりもお手軽で、後が残らない暴力だった。だがやりすぎれば視力が低下する。

智彰の視力は低下し、それ以上に光が怖くなった。

強い光に対する恐怖症を患ってしまったのだ。

 

 

 

「………………」

視力の低下は、ニューロリンカーによる視覚補正で殆どお金も掛からず対処できた。

だけど今でも、真昼の陽の光が怖くてたまらない。

最後は太陽の光でやられたからだ。

眩い光の有る場所に行けない。行きたくない。

怖い。

 

家庭学習でもなんとか中学の勉強に付いて行けているが、せめて学年が二年に上がったら登校するように言われていた。

二年では、加害者達と同じクラスにならないようにしてはくれるらしい。

確かにあれは酷い事だったが彼らも謝った、体もどうにかなった、そろそろ立ち直って良い頃だ。

一ヶ月も経てばそう言われるようになり、二ヶ月も経てば励ましは強い言葉になり。

三ヶ月も経てばまるで智彰に問題が有るように言われるようになった。

 

(でもまだ、あいつらは学校に居るんじゃないか)

傷の痛みが全く鈍っていないわけじゃない。

だけど恐怖はまるで癒えていない。

時間は有っても智彰には立ち直るだけのキッカケが、無かった。

 

 

 

そんな中学一年、2047年の春の夜の事だ。

智彰は夜道で、声をかけられた。

 

「もしもしそこの君、ちょっと良いかな」

 

お巡りさんか、あるいは何かの見回りの人かと思った。

怖いという感情と、それよりも面倒くさいという感情が噴出した。

夜の散歩をしている内に、そういう人間に掛けられる質問への受け答えだけは学んだのだ。

昼間に話される話題はとても入れなくて何もかもが怖くなってしまったけれど、夜間、極稀に話しかけられる時、どんな用事で話しかけられるのかは大体察しが付いていた。

不審者と疑われるのか、あるいはプチ家出とでも思われ家に帰りなさいと諭されるかだろう。

「なんですか」

無言で逃げでもしたらそれこそ面倒くさい反応をされる。最悪不審人物として通報だ。

答えて振り向き、少しギョッとなった。相手が自分とそう変わらない少年だったからだ。

それも少し年上だろうか。

街灯の照らす光の中に、パーカーを着てフードを被った少年が立っていた。

智彰には大人より同年代の人間の方が怖かった。自分をイジメた輩と同じかもしれないから。

実益で動く事が多い大人の犯罪者よりも、理屈の無い不良に絡まれる方がずっとずっと怖い。

フードから覗く顔はアイドルみたいに端正な物だったけれど、そんな別世界に住んでいそうな人は特に怖いと感じる。これは偏見だと分かっているのだけど、怖いものは怖い。

 

「不躾ですまないけど、二つだけ訊いて構わないかな?」

「……なんですか?」

「君、幼少時からニューロリンカーを装着して育ってはいないかい?」

 

一瞬ビクッとなった。

確かにその通りだ。だけどそんなに珍しくはないはずだ。

生まれた直後からニューロリンカーを着ける理由は幾つかある。バイタルチェック目的と早期学習の為が多い。後は育児の補助とかだ。

ただ、質問の意図が分からなかった。そんな事を訊いてどうするというのだろう?

 

「それを訊いてどうするつもりなんですか」

「ノーじゃなさそうだね。それならもう一つ」

 

――新しい世界、新しい体に興味は有るかい?

 

 

       * * *

 

 

あの時は、宗教の勧誘かと思った。

だけどその少年……いや、彼女から受け取ったBBプログラムは本当に世界を変えた。

アセニック・クロー。

彼女が何を目的としているのかは分からない。

それでも彼女に尽くそう。彼女の期待に答えよう。

彼女に導かれて訪れたこの加速世界で、智彰は幾つもの救いを得たのだから。

憧れにも似た想いを糧に、自分の物ではない自分の脚を走らせる。

地を蹴る脚は、光沢の有る半透明な深紫色をしていた。

 

アバターネームは《RomanesqueGlass(ロマネスク・グラス)》。

ロマネスクは深紫の色であると同時に、中世ヨーロッパの建築様式を示す単語でもある。

特にその時代で代表的な、ステンドグラスをモチーフとしたデュエルアバターだ。

 

 

紫はブレイン・バーストのデュエルアバターを分類するカラーサークルにおいて、中距離攻撃型の傾向を持つ。

またアセニック・クローが教授してくれた経験則によれば紫は《初見殺し》が多いのだという。

遠距離攻撃ならば不可視の衝撃波だったり、実体武器でも変幻自在な動きが可能だったり、近距離攻撃でも実際のライフではなく必殺技ゲージなど他の数値を削ったり。

あるいは攻撃力が平凡でもスキャンアビリティにより相手の能力を丸裸にしたり。

加速世界において最強攻撃力を争う赤と青の二色間に有る紫は、単純な攻撃力では若干劣るもののハマればそれ以上の強さを見せるのだと教えてくれた。

 

ロマネスク・グラスは彩度こそ低めだが正しくその通りの特性を持っていた。

このデュエルアバターが持つ特性は鮮やかな色彩のガラス塊を生み出す必殺技《ブラストグラス・ヒューズ》に集約されている。

この必殺技に生み出された有色のガラス塊は床や壁面などに設置され、砕けるまでかなり長い時間フィールドに残留し続ける。

そして強い衝撃を受けた瞬間に激しく砕け散り、周辺に無数の鋭いガラス片を飛散させるのだ。

大昔の格ゲーで言えば《設置キャラ》に当たるだろう。

 

 

加速世界に降り立った直後の智彰は、この眩いばかりのアバターに恐怖を抱いたものだ。

智彰の心の傷を濾し取ったというだけあって、ロマネスク・グラスは光を反射して強く輝く。特に太陽の光が差すフィールドでは反射光で周囲一体を照らし出し、日陰が何処にあるのか分からなくなる事さえ有った。

 

しかしそれが、光への慣れを生み出した。

 

ブレイン・バーストのデュエルアバターはバーストリンカーの心の傷を濾し取って形作られるが、それがどういう風に表現されるかは様々だ。

自らが最も恐れる存在を体現される事もあれば、自らが望んでも手の届かない憧憬を形作られる事もある。例外も多々有るが、後者は自らのアバターを肯定しやすいだろう。

智彰にとってロマネスク・グラスはその両方の側面を持っていた。智彰はその事に助けられ、苦しみながらも、徐々に光を克服する方向に向かっていけたのだ。

 

だから。

智彰は、アセニック・クローに対して返しきれない恩を感じずにはいられないのだ。

 

その恩義を力にして走る。

走る。

走る。

 

原始林ステージに形成された洞穴の物陰に、無数のガラス塊を設置して、走る。

ロマネスク・グラスの特性は設置技で、先に場所を確保して戦う事で圧倒的優位を得られる。特に狭い場所に仕掛ける事が重要だ。

設置タイプのキャラクターは格闘ゲームのジャンルが2Dの狭い空間から3Dの広大なフィールドに移行した時に一気に廃れた。狙ったポイントに誘導する事が困難になったからだ。

ましてブレイン・バーストは通常対戦フィールドですら数平方km、今ダイブしている無制限中立フィールドに至っては文字通り無限の広がりを持っている。

 

(重要な事は三つだ。設置した範囲外から遠距離射撃されない見通しの効かない閉所であること。移動経路の限られた場所であること。遮蔽物ごと破壊する事が困難な場所であること)

 

見通しが効かないだけなら原始林ステージは屋外の密林でも良い。視界の悪さはかなりの物だ。

しかし移動経路の限られた場所となると一気に絞られる。

現実世界に有った道路沿いの建造物を模造した岩山や大樹は除外した。確かに岩山の登りやすい道は限られるし、大樹も同じだが、岩山は空が開けていて赤系の遠距離爆撃を防ぎきれないし、大樹に至っては十分な火力さえあれば切り倒せる。

特に高い火力と射程を合わせ持つ赤系を相手にするとこの両方をやってくる危険がある。

この、現実世界のアーケードを元に形成され、アレンジを加えられ曲がりくねった形状に変化した洞穴こそ最適ポイントだ。ここなら丘を壊す程の超火力でもなければ外から破壊されない。

洞穴の中に生成された鍾乳石を砕き必殺技ゲージをチャージし、それを即座に設置ガラスに変えていく。

そうして洞穴を走り抜けた時、彼は戦うべき敵を視認した。

 

ロマネスク・グラスはひたすら勝ちに行くつもりだった。

アセニック・クローからの期待に答える為に。

 

 

        * * *

 

 

「バトル・ロワイアルだ」

 

アセニック・クローは、目の前に居る何人ものアバターの前で演説をしていた。

いや、解説、と言うべきか。

 

「君達にはこれからバトル・ロワイアルをしてもらう。

 といっても最後の一人になるまでとは言わないよ。

 四人だ。君達は四人になるまで戦い、削り合い、生き残ってもらう」

 

その前に立つアバターの数は、十人。

色とりどりのデュエルアバターが、彼女の話を聞かされていた。

 

 

「先ほど君達のポイントはサドンデス用のカードに充填して貰ったから、無視してフィールドから脱出してもポイント全損の判定がされ、ブレイン・バーストはアンインストールされる。

 最も君達が無制限中立フィールドにダイブするのは初めてなのだから、ボクが見張るここ以外のポータルは見つけられないと思うけれどね。

 それにエリア外に出るのはお勧めできないよ。さっき解説した通り、この無制限中立フィールドにはエネミーが居る。一番弱い《小獣(レッサー)》級でも成り立てのレベル7並の奴らさ。

 原始林ステージには通常対戦フィールドでも恐竜が居るけど、縄張り内に近寄るだけで攻撃してくるほど攻撃性が高まっているし、同列には考えない方が良い。

 この周辺からは掃除してあるけれど、エリアの外には幾つか群生地も存在する。

 無理に逃げようとして無慈悲なエネミーにやられて無様に退場、なんて事は避けて欲しいな。

 残り四人になればカードは設定通り、充填したポイントを勝者達に配分する。商品としてボクが充填しておいたポイントも配分される。要するに生き残れば良いんだよ。

 そうすれば君達にはこの世界に居続ける手段を与えてあげる。ボクが使っている、君達の攻撃を完全に無効化する技の習得方法も教えてあげよう。

 代わりに少々協力してもらう事は有るけれど、その後は自由を約束しようじゃないか」

 

それは酷く残酷で、身勝手な言い分だった。

それでもアバター達は黙って、真剣に彼女の話を聞いていた。

 

 

「さあ、質問は有るかな。無ければ戦場に散って、戦いを始めてもらおう」

 

 

山下智彰/ロマネスク・グラスは何も聞かなかった。

 

何も聞く勇気が持てなかった。

 

 

       * * *

 

 

(僕は期待されているはずなんだ!)

 

「《ブレイクナイフ》!!」

 

必殺技発声と共に両手の甲から有色ガラスの刃が三本伸びる。

刃は鋭く、十分な重さも持っており、強化ガラス製なのか見た目よりは耐える。

だがそれでも折れたナイフという名の通り、全力で斬りつければあっという間に折れる。

そこを補ってくれるのが両手に三本ずつ合計六本という刃の数、そして。

 

「シュート!」

 

手を振ると共に発した掛け声に応じて、右手の刃が一つ弾けた。

ガラスの刃は鋭く飛んで相手のアバターへと襲いかかる。

銃声が響いた。

 

ダダダダダダッという強烈な騒音が、ガラスの砕け散る音さえも完全に呑み込んだ。

投げたガラスの刃は正確無比な銃撃に粉砕され、寸前に身を守る様にかざしたナイフまでもが尽く砕け散っていた。破片が体を掠め普段の二倍の痛みが走る。

細胞が凍りつく様な緊張感に襲われながら、はっきりと敵の姿を視認した。

鮮やかな朱色。がっしりとした体格と、背中に付いた背丈ほどもあるコンテナが印象的だ。そしてその手には装甲色と同色のアサルトライフル(突撃銃)が握られている。

直接対戦するのは初めてだったがその対戦は何度も観戦し、轟く噂を耳にしていた。

「ヴァーミリオン……!」

このバトルロワイアルに参加している二人の赤は、両方とも凄腕だと。

 

たった一本だけ残ったナイフを発射しながら、踵を返す。

再び銃声が鳴り響く。一発、びしりと左肩に命中した。

「ぐあっ」

無様な悲鳴を上げながら体力を確認。もう二割ほども削れていた。

ロマネスク・グラスのデュエルアバターは、斬撃や電撃を除く殆どの攻撃に弱い。

攻撃力に定評の有る色濃い赤の攻撃に晒されたらあっという間にゲージが尽きる。

急いで暗闇の洞穴の中に走りこんだ。

 

騒音が追いかけてくる。

騒音が。

凄まじい不協和音が。

洞窟の狭い空間を詰め込む程に満たしてくる……!

 

(くそっ、やかましすぎるだろ!!)

足音が聞こえない。背後から追ってくる筈の相手の足音は愚か、自分の足音さえも。

こんな怖ろしい騒音耳にした事がなかった。工事現場のすぐ横だってこれに比べれば静かだ。

まるで爆発系の攻撃を受け続けているみたいだ。

猛烈な銃声しか耳に入らない。今本当に走っているのかさえわからなくなる。

「うあっ」

一度走った道の足元を見失い躓いた。慌てて立ち上がる。

撃たれていない。まだ距離があるのだ。

それなのに、他の何も聞こえないほどに喧しい! 音圧で耳が痛くなるほどだ。

 

さっきの被弾で必殺技ゲージが少し溜まっているのを確認して、背後に指を向けて叫ぶ。

「《レゾナンスブラスター》!」

ロマネスク・グラスの必殺技はどれもその性質の為か消費ゲージ量が少ないが、この技は特にそうだ。単体では殆どダメージを発生させないせいだろう。

伸ばした指先をカチンと合わせると、その先に向けてキィンと小さな音が響いた。

轟々と鳴り響く銃声すらも掻き分けて、小さな音が空間を突き進んだ。

 

次の瞬間。続けざまに破裂音が鳴り響いた。

 

何千ものガラスコップが並ぶ売り場を大地震が襲ったらこんな音になるだろうか。

その騒音の中で悲鳴のような、悪態のような声が混じって聞こえた。

(やったか……?)

そう考え、すぐにその楽観的思考を否定する。

相手の足音も分からない状況で放ったのだ、とても決定打になったとは思えない。

最悪、驚いただけで無傷だった可能性もある。

 

《レゾナンスブラスター》はオブジェクト破壊性能の高い指向性の超音波を放つ必殺技だ。

相手が壊れやすい建造物の中に居る時でもなければダメージを与えられないが、真価は言うまでもなく《ブラストグラス・ヒューズ》の起爆にある。

発動時の音の鳴らし方によってその広がり方や方向を細かく制御することもできる。

これにより曲がりくねった道の先に居るヴァーミリオンの周囲に設置してある《ブラストグラス・ヒューズ》を起爆して攻撃したのだ。

 

(どうする?)

普段の通常対戦フィールドなら対戦相手の体力ゲージが表示されるからそれを見て考えられる。

だけどこの無制限中立フィールドでは相手の名前も何も表示されない。相手のカラーネームだって事前に知っていたから思い出せたのだ、情報が少なすぎる。

(せめてガイドカーソルが表示されれば位置が予測できるのに)

通常対戦フィールドでは心強い情報源だったガイドカーソルの消滅が恨めしい。

一定のダメージを負ったと信じて追いかけて攻撃するか。いや、そんなリスクは冒せない。

ロマネスク・グラスは再び立ち上がり、甲高い足音を立てて逃げ出した。

予想通り足音が追ってくる。

つまり追いかけてくる気になれる程度のダメージしか受けていないのだ。

 

「ここで決着をつけてやるっ」

聞こえても良い。自らを勇気づける為の叫びを上げて洞穴の中間にある大空洞に転がり込んだ。

すぐさま物陰の一つに隠れて相手を待つ。

この大空洞は壁に生えている苔が緑色に発光しており、明るさには支障ない。光苔の明かりをあちらこちらに設置したブラストグラスが反射して、幻想的な光景を作り出していた。

この中での戦いになればどう動こうと逃げ場なんて無い。ロマネスク・グラスが隠れている物陰に辿り着くルートは全て無数の罠が潜んでいる。

怖気づいて引き返されなければ、四方八方から起爆して撃破する。そしてもし引き下がったなら、それはそれで構わない。

残り四人までの潰し合いだ、追い払うだけでも勝ったような物だ。最後の四人に残れれば良い。

 

やがてカツ、カツとデュエルアバターの堅い足音と共に、敵が姿を見せた。

ヴァーミリオン……とにかくやたら長いアバター名だった事は覚えている。

その手には、先ほどとは違う銃火器が握られていた。

サブマシンガンと、ショットガンだ。

(そうだ、確かこいつは背中のコンテナに様々な銃が格納されているんだ)

状況に応じてそれを使い分けられるのがこいつの強みだと理解していた。

 

ロマネスク・グラスに敗因が有るとすれば、最大の要因はその理解だった。使い分ける応用性ではなく、強力な一点突破を警戒しなければならなかった。

何より智彰はこの瞬間、自らのアバターが何故赤を警戒すべきなのかを失念していた。

 

「《バレットカルテット》」

 

大空洞を見回したヴァーミリオンは、入口から踏み入らずに必殺技名をコールした。

 

背中のコンテナから巨大な第三腕が出現する。その腕に握られていたのは、ガトリング砲。

そしてヴァーミリオン本人も、右手左手を背後のコンテナに突っ込み、やはり同じくガトリング砲を取り出していた。生身ではとても持ち続けられない長大なガトリング砲を、がっしりとした腕が重たげに、しかししっかりと片腕で保持している。合計三つのガトリング砲。

その三つが、耳をつんざく轟音を爆発させた。

 

騒音。轟音。不協和音。

そう、不協和音。

(ヴァーミリオン・ディスハーモナイザー)

それが目の前の敵のフルネームだとようやく思い出した。アバターネームがやたらと長い事で目を引き、次にその喧しさで耳を引くアバターだった。

大空洞中を弾丸が跳ねまわる。岩壁に跳弾し、物陰のブラストヒューズを次々と起爆していく。

物陰が見えるほど近づけば射程内だった。だが赤の遠距離攻撃はその範囲外から飛来する。

次々にブラストグラスが砕け散りガラスの刃がそこら中に発射される。

それはこの空洞を攻略する最善手であり、同時に恐ろしく度胸の居る戦法だった。

鋭く尖ったガラス刃が、乱反射する弾幕が、互いにぶつかり合う程の密度で空間を埋め尽くす。

 

視界が白くなるほどの音の爆発。

ガラスと金属の乱気流。

思わず頭を抑えて縮こまる。背後の壁を見つめて。

その目の前の壁にまで、無数のヒビが走っていた。

 

「あっ」

 

その事に気づいた時には、もう手遅れだった。

岩壁に食い込む銃弾とガラス片が大空洞中に無数のヒビを走らせていた。

上を仰ぎ見たロマネスク・グラスが見たのは、破砕された天井が無数の岩となって降り注いでくる光景だったのだ。

 

       * * *

 

「コピーインストール権?」

「そうさ。レベル2以上になれば一度だけ、他の誰かにブレイン・バーストをコピーインストールする事ができるんだ。万が一失敗しない為の適正チェッカーも付いているだろう?」

「でも一回きりなんですね。一人しか増やせない。なんて貴重なんだろう」

「その分、有り難みも増すというものじゃないか。だからブレイン・バーストを与えた者と与えられた者の関係は《親》と《子》と呼ばれ、この世界最初の絆になるんだよ」

 

その話を聞いた時、自分は特別な存在なのだと確信した。

一回きりの《子》として自分を選んでくれたのだ。なんて光栄な事だろう。

それから少し、好奇心が湧いた。

 

「アセニック・クローさんの《親》はどういう人なんですか?」

「……いや、ボクの《親》は、ちょっと事情が有ってね」

 

やがて彼女が言葉を濁した理由を知った時、ロマネスク・グラスは心の軸を失った。

 

(そうだ、あの人はずっとずっと遠くに居たんだ。僕が辿りつけないほど遥か遠くに。

 あの人は僕に何も期待なんてしていなかったんだ。

 誰にも期待なんてしていなかったんだ。

 だってそうでもないと……)

 

「そうそう、これから加速世界で何かを掴むかもしれない君にボクから一つ忠告を贈ろう。

 何時か現実に帰る時が来たら、《この世界からは何一つ持ち帰れない》。

 あまり多くの支えを求め過ぎないことだ」

 

こんな、残酷な忠告をする筈が無いのだから。

 

       * * *

 

智彰は、アミューズメントセンターのダイブブースに居る自分に気づいた。

何故こんなところに居るのか分からず、首を傾げながらブースから外にでる。

一つ一つが狭い個室になっているから誰が入っているのかは分からないが、並ぶどの部屋も誰かが入っているらしい。こんな盛況は珍しい。

10人以上も用意されている部屋は何かイベントでも無いと埋まりきらない。皆でグローバルネットに接続する……オフ会でオンで出会ってでもいるのだろうか?

なにもこんなキラキラとした場所……で……。

「あ……」

 

明るい。眩いほどに。

見ればフロアの端にある窓からも初夏の日差しが差し込んでいる。

 

明るい、という事を脳が認識した瞬間、ゾッと言葉に出来ない恐怖が背筋を襲った。

「あ、あ……うあああああっ」

蛙が潰れたみたいな情けない悲鳴を上げて、逃げ出した。

 

何故こんな場所に居るのか分からない。一体何故こんなに怖いのかも。

いや、どうしてこれまで怖くなかったのかが分からない。

どうして。どうして?

(わからない、わからない、わからないっ)

 

どうやってかこの恐怖を一度は克服していたような気がする。

だけどきっと気のせいだったのだ。

何故そんな風に思えていたのか今ではもうわからない。

 

 

 

かつて幸せな夢を見ていた事さえ、今はもうわからない。

 

 

 

 

 

何処をどう走ったのかもわからない。

 

玄関を開けて家に飛び込み、自室の中に引きこもる。

 

かつて光を克服した精神は、山下智彰の中から失われていた。

 

 

 

 

 

 

 





・ワンポイント

>かつて光を克服した精神は、山下智彰の中から失われていた。

原作九巻におけるアッシュ・ローラーとの会話では、加速世界の記憶が自分の脳以外の場所に保存されている事が示唆されています。これがブレイン・バーストをアンインストールされた者の記憶が消える原因なのは間違いありません。
正確には消去ではなく、保存されている記憶にアクセス出来なくなると見るべきでしょう。

しかしその記憶とはただのデータバンクでしょうか。
そうではない事は、アッシュ・ローラーになっている時のあの人の人格が豹変している事からも、また更に後の巻で《赤の王》や《みーくん》の人格が出現した事からも伺えます。
既に強化外装しか残っていないあの災禍の鎧の二人の人格が残っていた事も注目すべきでしょう。
記憶というよりも人格、擬似的な魂といっても過言ではない情報です。なにせ生身の人間を失っても人格として成立する程の情報量なのですから。

時間制限が無いのを良いことに無制限中立フィールドに長期間ダイブすれば人が変わってしまう、という話もあります。
長い長い時間を加速世界で過ごした者の人格は、最早元の人格ではありません。
普段は一体化していて認識されていませんが、バーストリンカーは加速世界で過ごす内にもう一人の自分を育てているのです(※)。
バーストリンカーにとってデュエルアバターは文字通り半身と化しているのです。

※:一体化しているのにもう一人とは語弊が有りそうですが、この表現が近いと考えました。
  余談ですが、幼児期からニューロリンカーを装着していたという条件はこの辺りと関係しているのではないかと考えています。蓄積されたキャッシュデータとかそういうの。

これほど大きな部分を引き剥がされて失ってしまえば多大な影響が残るのは明白でしょう。
初めて記憶喪失が描かれたあの元悪逆な能美征二が、まるっきり人が変わっていたように。

あの少年についてはもう一つ、興味深い逸話があります。
といっても筆者はプレイした事がなく、原作者の監修もどの程度入っていたのか知らない作品なのですが……ゲーム版アクセル・ワールド、銀翼の覚醒において。
あるエンディングで、加速を失った能美征二が剣道の腕も素人に戻っている描写が有るそうです。
お話としてはそこからタクムが再び今度は清く正しい剣道に導く流れで終わっているそうですが、これは更に怖ろしい可能性を示唆しています。
原作でハルユキが覗き見た練習の場面では、能美征二は加速無しでも抜きん出た実力を見せているのです。
それは彼が現実世界でも相応の修練を積んで手にした実力だったはずです。

加速世界で養った勝負勘や呼吸を失った時、現実世界の技術を維持できるでしょうか。
加速世界で得た知識が抜け落ちれば、現実世界の知識も歯抜けてしまうのではないでしょうか。
そして言うまでもなく、加速世界の体験により成長した精神は、どうなってしまうのでしょうか。
それらを土台に構築されていた物はどうなるのでしょうか。

ここで原作五巻より、あの敵役の憎悪に塗れた言葉を振り返っておきます。

「認識しろ。ブレイン・バーストは、ただの薄汚れたライフハック・ツールだ」

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