暗の使い魔   作:Luta

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第十一話 『盗賊追討戦』

 

少々時間は遡り、モット伯邸内の書斎。

官兵衛とルイズ達が、ゴーレム相手に再び挑もうとしていた時。

モット伯は、地下の隠し金庫から音を立てないよう『サイレント』の呪文を唱えながら現れた。

その手には、なにやら妖しげな二種類の木箱を抱えている。

「フゥッ!これだけは渡すものか……!」

余程高価なものなのか、それを大事そうに抱えるモット伯。30サント四方の箱からは、なにやら芳しい香りが漂ってくる。

どうやら中身は香の類の様であった。

しかし、これだけ重厚な隠し金庫に入れている所を見ると、よほど高価な物か、或いは違法なものなのであろう。

黒い高価な布にそれらを包み込むと、モット伯はそれを魔法で浮かして運ぼうとした。その時であった。

「ククク……そこにあったのですね」

部屋の片隅から聞こえる不気味な声に、モット伯はビクリと肩を震わせた。

声の方向に、即座に杖を構える。そこには、黒いローブにフードを目深く被った男の姿があった。

ゆらりと、幽鬼のように佇むその長身の男は、不気味な笑みをこぼしながらじっとモット伯の抱えた包みを見つめていた。

包みを机の上に置くと、モット伯が油断なく構え、男から距離をとる。

「貴様!また現れおったか!」

「先程は挨拶もなしに大変失礼しました。わたくしは――」

「土くれのフーケ!一度ならず二度も私の前に現れるとは命知らずめっ」

男の声を遮り、伯爵が言う。杖の先に水が集まり、それが蛇のようにうねりながら男に伸びた。

男は、いつの間にか手にしていた大鎌で、水の鞭を弾く。

すると、ばしゃりと弾け飛んだ水が即座に凍り、無数の刃となって男に一直線に飛んできた。

咄嗟にもう片方の腕に持った大鎌で氷の刃を叩き落すが、全てを払いきれない。

ドスドスとローブの上から男の腹を刃が貫いた。

「おおぅ!」

がしゃんと鎌を落とし、男がその場に膝をつく。そんな様を見て、モット伯はにやりと口元を歪めた。

「フハハッ!この波濤のモットを舐めるでないわ!貴様のような盗賊に私が遅れを取るはずがないのだ!」

モットは伯は油断なく男に近づくと、うずくまる男の目前目掛けて杖をひょいと掲げた。

すると、男の目前に雲のようなもやが現れた。

『眠りの雲(スリープクラウド)』。水系統のスペルであり、対象を包み込んで眠らせる魔法である。

術者のレベルが低ければ、眠らせられる対象は限られる。しかしモット伯は水のトライアングルメイジである。

その魔法は強力に作用し、余程の術者でもない限り持ちこたえる手段は無い。

「よくも私の館を散々にしてくれたな。これからどうしてくれようか」

男を冷ややかに見下ろしながら、モット伯は呟いた。忌々しげに吐き捨てるような口調で続ける。

「殺すのは一瞬だ。まずは貴様を生け捕りにして拷問にかけてくれるわ!」

邪悪な笑みを浮かべ、得意げに男の処遇を語るモット伯。

「肉体的にも精神的にも散々貴様をいたぶった後、貴様は縛り首だ。この世のありとあらゆる苦痛の末に殺してやる」

まるで格好の獲物を前にはしゃぐ残酷な子供のように。モット伯は高らかに笑った。

そろそろ魔法で眠りに落ちたであろう男。その男の頭を足蹴にしようと彼が近づいた、その時であった。

「それは、御免こうむりたいですね」

突如、気絶した筈の男の手が大鎌を掴み、それを無造作に振るった。

「ぬあっ!」

咄嗟に距離をとるモット伯。その胸が薄く服ごと切り裂かれ、鮮血が滲んだ。即座に杖を持ち直し、詠唱を始めるモット伯。

スリープクラウドの量が足りなかったのであろうか?いや、この時間なら効き目は十分であったはず。

ゆらりと立ち上がる男を見て、モット伯は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

男がフードの隙間から、モット伯を見据えた。その瞬間、モット伯の背筋に得体の知れない寒気が走った。

背中を走る感覚に臆し、一歩また一歩と後ろへと後ずさる。

ええいならば、と彼は詠唱を完成させ、男へ向けて放つ。

『ウィンディ・アイシクル』。モット伯の周りの水蒸気が固まり、無数の鋭いつららが形成される。

人の腕程もあろう太さの氷の槍が、一斉に男に向かって飛ぶ。

どすどすどすと、鈍い音を立てて、槍が男の胸を、腕を、腹部を貫き絶命させる。

「クックックック」

しかし、男は倒れない。体から巨大なツララを生やし、不気味な含み笑いをしながら、後じさるモット伯に近づく。

馬鹿なと、彼は再び詠唱を開始する。またも巨大な氷が男を貫くが、その歩みは止まらない。

魚のように口をパクパクさせながら、モット伯は冷や汗をかいた。

どういうことだろう、これほどの魔法を浴びせても男はびくともしない。そして彼は気がついた。

男の体からは、先程から血の一滴も滴り落ちていない事に。

「ククク!クハァーッハッハッハッ!」

「ば、化け物――――っ!」

突如高笑いを始めた男に、壁際に追い詰められたモット伯は絶叫した。

肩を震わせながら尚のこと笑い続ける男。そんな男は、しばらくの後ようやく言葉を発した。

「クククッ!遊びは終わりにしましょう!」

そう言うと、男は目深く被ったフードをゆっくりと取り払った。瞬間。

男の体から、濃緑色の光が発せられた。禍々しく発せられる恐慌的な邪気がモット伯を包み込んだ。

ゾクゾクゾクと、先程とは比べ物にならないほどの悪寒がモット伯を襲う。

深く暗い深海に飲まれるかのような恐怖が、体中から体温が奪われるような感覚が、彼を襲った。

死ぬ、自分は確実に。そう彼の脳髄が本能的に理解した途端。

「――――――ッ!!」

モット伯は声にならない叫び声を上げ、意識を手放した。

男の体に刺さった氷が溶け落ちる。

体中に空けられたローブの穴からは、傷一つ無い肌と甲冑、それと得体の知れない緑色に輝く物体が覗いていた。

「さてと……」

男は鎌を片腕にまとめると、なにやらガサゴソとモット伯の懐を物色した。

そして、目的の物を見つけると取り出し、目を細めいとおしげにそれを撫でた。

それは、官兵衛がモット伯に送ったゲルマニアの家宝『召喚されし書物』であった。

そして、男は机の上に置かれた黒い包みを手に取ると、満足げに笑い、こう言った。

「『禁断の書』並びに『禁忌の香』。確かに領収致しました。クククッアーッハッハッハ!」

体を激しく仰け反らせながら、男はその不気味な笑い声を館中に響き渡らせた。

 

 暗の使い魔 第十一話『盗賊追討戦』

 

そして時間は今に至る。モット伯は歯をガチガチ鳴らしながら、首に突きつけられた鎌を見つめていた。

「金吾に取り憑いていた謎の高僧様が、こんな所にお出ましとはな。」

官兵衛が、凄みながら言う。ちなみに金吾とは、備前岡山を治める戦国武将・小早川秀秋の通称である。

天海はかつて、小早川の元に家臣として身を寄せていたのだ。

「こんな所で何をコソコソしてるんだ?」

「いえなに、少しこの方に用がありましてね。このような物を頂きました」

そういうと天海は、床に置かれた黒い包みと、手にした本を掲げて見せた。

「ちょっとアレ!私がダーリンにあげた本じゃない!」

キュルケが目をまん丸にして声を上げた。

「ああすまん。ちょいと訳あってモット伯に渡しちまったんだ。お前さんには悪いと思ったんだが、時間が無くてな」

官兵衛がなにやら申し訳無さそうにキュルケに言った。だがそれに対してキュルケは官兵衛に笑いかけた。

「いいのよ、元々私がダーリンにあげたものだし、ダーリンが気にすることじゃないわ。それよりもあの本……」

「ああ、何なんだアレが」

急に真顔になったキュルケの様子に、官兵衛も真剣になる。

「アレは別名『禁断の書』って言われてるのよ。持ち主は絶大な力を得るけど、その倍以上の災いをその身に受ける。

そう伝えられてるわ」

「お、お前さん!そんな危なっかしい物を小生に渡したのか……」

よりにもよって不運な小生に、と官兵衛はよろめいた。

それを聞くと、天海は満足げに笑った。

「ククク!そうですか、やはり!」

不気味に身を捩じらせ、天海は高笑いを浮かべた。

「これはなんとも幸運ですね、私はこちらの包みの中身を頂ければそれで良かったのですが。

まさかこの書がここにあるとは」

「何だと?そいつが何だって」

ルイズ達も一様に首を傾げた。

「褒美に教えて差し上げましょう。これは『愚者の法』という名の書物。

そう!貴方や私と同じように戦国の日本より流れ着いた品!」

「ニホン?カンベエと、同じように?」

ルイズが呆気に取られたように呟いた。キュルケも何が何だか判らない、といった顔をしている。

「お前さん!そいつを手に入れてどうするつもりだ?」

「ククク、それはここでは口にできかねます」

そのときタバサが進み出て、無表情で天海に尋ねた。

「あなたに質問がある。破壊の杖を盗んだのはあなた?」

「いいえ。破壊の杖を盗んだ方は、あなた方のすぐ後ろに、ほら」

その時、四人は後ろから迫る気配に初めて気がついた。即座に後ろを振り向くとそこには。

「ミス・ロングビル!」

長い青みがかった髪をフードから覗かせ、その女性はそこに立っていた。そしてその腕には。

「シエスタ!」

「カ、カンベエさん……」

学院のメイド、シエスタが後ろ手に押さえられて、ミス・ロングビル、いやフーケに杖を突きつけられていた。

官兵衛が、フーケを睨みつけながら、声を荒げる。

「やはりお前さんだったか!」

「おや?気付いていたのかい」

フーケが意外そうに答えた。

「ああ、情報を持ってくるタイミングが良すぎたからな。なにかしらあると踏んでたよ」

「そうかい、あんたなりに泳がせていたって訳かい。だがそれは間違えだったようだねえ。」

フーケは薄く笑うと、シエスタの腕を締め上げた。

あうっ!と苦しそうな声を上げながら、シエスタは表情を歪める。

「やめろ。その娘っ子は関係ないだろう」

「そうかい、じゃあここからが本題だ」

そういうとフーケは天海を見やる。天海がゆっくりと官兵衛達に向かって喋り出した。

「この二人を解放して欲しくば、その破壊の杖を彼女に渡しなさい」

「ああ勿論渡さない場合は、二人とも命は無いよ」

「なんですって?」

ルイズが思わず食って掛かる。しかし、官兵衛がそれを制した。

「人命が優先」

タバサも短く呟く。それを聞いて、ルイズは悔しそうに唇を噛んだ。

官兵衛が、手にした破壊の杖をゆっくりと地面に置いた。そして脚でフーケの元へと蹴りやる。

ガランガランと音を立て、地面を転がる破壊の杖。フーケは唇の端を持ち上げ、足元に転がってきたそれを手に取った。

途端、シエスタが解放される。腕を放され、ドンと官兵衛達の元へ突き飛ばされる。

「カンベエさんっ!」

シエスタが官兵衛に抱きついた。恐ろしげに肩を震わせ、目には怯えの表情が見て取れた。

「もう大丈夫だ」

官兵衛が落ち着かせようと、肩を叩く。

それを見てルイズは、なにやらモヤモヤした気分になったが状況を見て黙りこくってしまった。

「すべて計算どおりって訳か?天海様」

官兵衛の言葉に天海が笑いながら口を開く。

「ククク、策とは予想外の事態で躓くもの。正直、あなた方がうまく『それ』を使ってくれてホッとしました。」

「成程な。しかし随分と行き当たりばったりじゃないか。小生らが破壊の杖を持ち帰りでもしたらどうするつもりだったんだ?」

「その時は、そうならないよう、この私が冥府へと送って差し上げるつもりでした。」

天海が鎌を光らせ、低い声で不気味に呟く。

それを聞いていたシエスタは、自分が杖を持っていた事を思い出し、震え上がった。

「わざわざ小生に使わせたのは何でだ?こんな回りくどい方法を取らんでも、お前さんなら使い方を知ってる筈だ。」

官兵衛が尚の事問いかける。彼の問いに、天海はやや考える素振りをした後、ゆっくりと喋りだした。

「それは、今は語る気にはなりませんね。ただ一つ言うのなら、貴方がどう足掻くか見物にしたかった。それだけです」

天海の思わせぶりな発言に、官兵衛は疑いの眼差しを強めた。

しかし、これ以上天海から有益な情報は得られそうにない事を考え、官兵衛は天海に促す。

「満足しただろう?そいつを放せ」

官兵衛がモット伯を顎でしゃくりながら、ぶっきらぼうにそう言う。

しかし、天海は答えない。相も変わらず鎌をモット伯の首筋に押し付けたまま微動だにしなかった。

「ヒッ!助けて!はやく離してくれっ!」

「おい!約束が違うんじゃあないか?そいつを解放しろ」

「ええ、ですが解放はもう少し先です。私とそこの方が逃げ切るまで、人質とさせてもらいますよ」

天海はニコリと目を妖しく細めると、地面に倒れ伏したモット伯を立ち上がらせた。

そしてその体を持ち上げると、なんと館の二階からさっと飛び降りた。そのままストンと着地し、目前のフーケと合流する。

「じゃあね。短い間だったけど楽しかったわ。」

そういうとフーケは、破壊の杖を抱えたまま天海と共に門の方角へ駆け出す。

俊足で駆け抜け、門を潜ると、二人は森の奥へと姿を消した。

後に残ったのは、官兵衛ら5人と、見るも無残に壊されたモット伯の館だけであった。

しばし唖然と森の方向を見ていたルイズであったが、ハッと我に帰る。

「モット伯を!あの二人を追わないと!」

焦った様子でルイズが声を上げる。急ぎ追いかけようとシルフィードを指して言う。

タバサが頷いた。キュルケがやれやれと手を振ってそれに同意した。だが官兵衛は。

「大丈夫だ、問題ない」

平然とそう言い放った。どういう事?とルイズらが官兵衛に尋ねる。

「何、ちょっとした細工をあの杖にしておいた。あちらさんからすぐに居場所を教えてくれるさ」

そういうと官兵衛はニンマリと四人に笑いかけた。

 

所変わり、ここはモット伯邸近くの森の中。そこでは、ある二つの人影が対峙していた。

「ハンッ!どうせそんな事だろうと思ったわよ!」

「申し訳ありませんが、貴方にはここで消えていただきます」

天海が破壊の杖をフーケ目掛けて構える。一方のフーケは地面に膝をつき息を切らしていた。

手首はパックリと鋭利な刃物で切り裂かれ、鮮血がとめどなく流れ落ちている。

数分もすれば、失血で倒れるであろう出血の量であった。

フーケは数メイルはなれた地面を見やる。そこには真っ二つにされた自分の杖が転がっている。

天海に不意をつかれ、杖と手を切り裂かれたフーケは、破壊の杖を奪われたのだ。

「どのような気分ですか?自分が求め続けた秘宝でトドメを刺される気分というのは?」

「さあねぇ……!」

フーケは荒い息をつきながらも、キッと天海を睨んだ。

「さて、残念ですが貴方とのおしゃべりに興じる暇はありません」

天海は破壊の杖を構えた。フーケは観念して目を瞑った。

彼女の脳裏に浮かぶのは、遠く離れた空の大陸。そのある村に住まう一人の少女の事。

「(すまないねテファ……)」

心の中で、侘びを入れながら彼女は死の瞬間を待った。破壊の杖の引き金が引かれる。

ボシュウッ!と何かが発射される音が聞こえた。その時であった。

「何?」

パァン!と発射された弾がフーケの目前で弾け飛んだ。中から紅い粉塵が、周囲に膨大に広がったではないか。

その粉塵は風に流され、空へと舞い上がる。その赤い目印を、タバサの操る風竜が見逃すはずは無かった。

「これは……煙幕弾?」

天海が目を覆いながら、その粉塵の正体を口にした。そう、それは雑賀衆が支援連絡の際に使用する紅い煙幕弾。

『援弾ヤタガラス』の弾であった。

官兵衛は破壊の杖を渡す寸前、こっそり弾を、付属していた煙幕弾にすり代えておいたのだ。

知らず知らずの内に発砲すれば、位置が把握できるように、と。

「どうやら、あの方の仕業のようですね」

天海は表情を変えずにそう呟いた。まんまと出し抜かれた、と。見るとフーケは、意識を失いその場に倒れていた。

彼は空を仰いだ。そこには、上空を旋回する一匹の風竜の姿。

そして、青い髪の少女が魔法を詠唱すると、一人の男がゆっくりと降下してくるのが見えた。

ズドン!と地面に着地したのは、官兵衛であった。

「観念しろ!天海様よ!」

官兵衛が、鉄球を振りかぶり、天海に向かって駆け出した。

天海は視線を戻すと、官兵衛の鉄球をその細い鎌で受け止める。

ガキン!と金属同士の火花が散り、破壊の杖が地面に転がり落ちた。

どこにそんな力があるのか、鉄球をその細腕で受け止めながら、天海は呟く。

「仕方ありません、目的の物は手に入れました。今回はこれで退きましょう」

「逃げるのか!」

官兵衛が凄むが、それを意に介した様子も無く、天海は後ずさった。

天海は『愚者の法』と『禁忌の香』が入った包みを持つと、背を向けた。

「待て!」

天海は森の奥へと駆けて行く。と、その行く先を遮る三人の影が空から現れた。

「おおっと」

天海が驚きの声を上げる。

見ると、ルイズ、キュルケ、タバサの三人が一斉に杖を天海へと向けた。

「もう逃げ場はなくてよ?」

キュルケが、詠唱を終えた杖を突きつけながら、冷静に言い放った。

三人とも、もういつでも魔法を放てるとばかりである。

「弱りましたね」

天海が包みをドサリと床に置いた。そして、周りの全員に向かってゆっくりと口を開いた。

「見逃してはいただけませんか?私はあまり無益な殺生は好みません」

まるで子供に言い聞かせるかのように、丁寧で穏やかな口調であった。

「何言ってるのよ!この状況で!」

それを聞き、ルイズは思わず声を荒げた。

「あんたはフーケの片棒を担いだはおろか、王宮勅使の館を襲撃して宝を奪い取った。だれが見逃すものですか!」

「そうですか、では仕方ありませんね」

やれやれ、と肩をすくめる天海。その瞳が、諦めを宿したものから一変し、好戦的な光を宿す。

と、突如天海は手にした鎌を振りかぶった。

「ッ!危ない!」

すかさず、三人の杖から魔法が弾けた。

風の刃、炎の弾、そして爆発。その全てが天海に叩きつけられる。

一応の手加減はあるとはいえ、くらった人間は無事では済まないだろう。そう思える怒涛の猛攻。

あたりに爆風で粉塵が舞い上がり、四人の視界を覆った。

ルイズは呆然と土埃をみやった。なぜ抵抗したのか?なぜ自分に魔法など撃たせたのか?と。

彼女が自分の意志で人に危害を加えたのは、これが初めてである。

これまで授業で失敗し、迷惑をかける事はあれども、無闇に人を傷つけることのないよう努力はしてきた。

貴族として、道を誤ることがないように。そんな自分が今初めて、魔法で人を攻撃したのだ。

杖を固く握り締め、彼女は後悔の念にかられた。

人を魔法で攻撃した。それも、杖を持たない人間を。

「わ、わたし……」

「ルイズ!」

その時、キュルケが不意にルイズを突き飛ばした。ルイズがいきなりの出来事に地面に倒れ伏す。

すると、彼女が立っていた位置をスパンと一閃が通り抜けた。ルイズの背後の大木が、ずん!と音を立てて倒れる。

土埃の中から声がした。

「私一人撃ったことに耐えられませんか?お優しいですね……」

次の瞬間、ぶおんと鎌が振るわれ、土埃が払われる。その中から、傷一つ無い天海の姿が現れた。

ルイズ達は驚愕した。あれだけの呪文を受けて平然としている男の姿に。

「そんな!確かに命中したはず!」

キュルケが驚きの声を上げ、呪文を詠唱する。しかし。

「ヒャアオッ!」

天海が奇声を上げながら、詠唱中のキュルケに踊りかかった。頭上から二本の鎌が、まっすぐに振り下ろされる。

あぶないっ!とルイズが声を上げ、それと同時にいち早く呪文を完成させたタバサが魔法を放つ。

杖先から巨大な空気の槌が放たれ、天海をとらえて吹き飛ばした。

天海は横殴りに風圧を喰らい吹っ飛ぶ。しかし、空中で体を捻り猫のように回転させると、背後の木にすとんと足をつけた。

そして、そのまま横向きに跳躍した。着地していた木にキュルケのファイヤーボールが着弾するが、彼には掠りもしない。

そして、跳躍した天海は今度は倒れたままのルイズに向かってその凶刃を向けた。

弾丸の如き速度で飛んでくる天海に、ルイズは目を瞑った。その時だった。

「させるかっ!」

がしん!と鈍い音が響き、天海の鎌が受け止められた。

見ると、ルイズと天海の間に転がり込んだ官兵衛が、抜き身のデルフで二本の鎌を受け止めている。

「いや~やっとまともに振るってくれる日が来たかい!相棒!」

「無駄口は後だデルフ!今はこいつを片付ける!」

「はいよ、はいよっと」

天海の一撃を弾き返すと、そのままデルフを横薙ぎに振るう。

天海は、すかさず地を蹴り上に跳躍すると、官兵衛に対して一直線に上から鎌を振るった。

その一撃が、同時に繰り出された官兵衛の一撃と激突する。武器同士の衝突で辺りに土塊が舞い上がった。

そのまま幾度かの衝突が起こると、両者は己の得物を激しくぶつけ合い出した。

激しい剣劇の応酬。その周囲には何人たりとも立ち入る事は出来ない。

キュルケとタバサが魔法を放つが、中心から発生する衝撃は激しく、両者に届く直前で尽く消滅した。

「カンベエ!」

「手を出すな!」

官兵衛が怒鳴り声を上げた。

目をむき、気迫迫る様子の官兵衛。そんな彼は、普段とは全く違う戦場の将の顔をしていた。

それでも尚のこと魔法を放とうとするルイズを、タバサが制した。

「入り込んでは駄目」

短く、しかし悔しげな表情を僅かに浮かべながら、彼女はそう呟いた。

二人の剣劇は、より激しさを増す。まるで嵐の中にあるように。周囲の木々がギシギシと仰け反った。

「ま、負けられん!」

「ククッ、それでこそ」

状況は官兵衛が有利に思えた。力も勢いも官兵衛が勝っている。しかし。

「相棒!?どうした?」

「クソッ!」

デルフが違和感を感じながら話しかける。官兵衛がいくら激しく武器を打ち振るおうと、消耗しているのは官兵衛のみであった。

当の天海は、全く疲れを感じさせず、涼しい顔で鎌を振るっているのだ。

「おかしいぜ相棒。なんで奴は疲れない?」

「知るかっ!うおおおおっ!」

激しく息を切らせながら、官兵衛はデルフを振るう。そして官兵衛の勢いが衰え、剣劇に隙が生じた瞬間。

「いただきます」

天海の双鎌が、官兵衛の懐を深々と切り裂いた。

「ぐあっ!」

そのまま吹き飛ばされ、背後の木に激突した官兵衛。

頭を打ちつけたか、立ち上がろうにも意識が朦朧とする。

「相棒!しっかりしろ!」

「ぐっ……畜生」

そんな官兵衛にさっと近づくと、天海はおもむろにその鎌の柄についた穂先を、官兵衛の傷口に突き刺した。

「ぐあああっ!」

「カンベエ!!」

ルイズが即座に天海に向けて呪文を放つ。だが狙いが逸れ、背後の枝が小さく破裂しただけで、ダメージはない。

「ダーリンを離しなさい!」

キュルケが再び火球を放つ。しかし、天海がもう片手で鎌を振るうと、その炎は斬撃に弾かれた。

「うそっ!?」

狙いを180度変えた火球が三人に迫る。タバサの風の槌がそれを打ち消した。

彼女らは目を疑った。仮にもトライアングルクラスの放った火球である。それを無造作に、鎌一本で打ち返すとは。

「どうなってるのよ一体!」

キュルケは悔しげに唇を噛んだ。

その攻防の間に、ドクンドクンと鎌を伝い、官兵衛の体から天海に緑色のオーラが吸収される。

そして、鎌を引き抜くと、官兵衛はどう!と地面に倒れ伏した。

「カンベエ!」

三人が駆け寄ろうとするが、天海に阻まれ身動きがとれない。

「さて、もういいでしょう」

ルイズの失敗爆発を次々と避けながら、天海は三人に近づいた。

タバサが風の魔法を放つ。しかし天海は背後に大きく仰け反ると、身体をそのまま捻らせ弧を描くように斬撃を放った。

すると、彼の目前に発生した真空の刃が、タバサのエアハンマーを相殺する。

馬鹿な、と次の詠唱を完成させるがもう遅い。

瞬間、天海の周囲で何かがはじけるのが見えた。地面を伝い、玉虫色の邪気が辺りを包み込む。

「うっ!」

得体の知れない瘴気が、ルイズ達を襲った。思わずその場に膝を突き、三人は息を切らした。

「はぁっ……はぁっ……何なの、一体」

キュルケが目の前に立つ長身の男を睨みつけた。

天海はそんな彼女らの様子を満足そうに眺め、次に立ち上がれない官兵衛を見やると。

「これくらいにしておきましょうか。」

クックックと不気味な笑みを浮かべた。

「ここで貴方達を亡き者にするのは簡単です。しかし、それでは面白くありません。

貴方達とはいずれ、盛大なる宴の場であいま見えることでしょう。私もそれが愉しみです。

それまで、どうか健やかにいてくださいね」

そういって、地面に放置されたままの包みを抱える天海。

彼は鬱蒼とした森の奥へと歩き出すと、そのまま闇に溶け込むようにスッと姿を消した。

そこには、寂しげに地面に転がった、破壊の杖が残るのみであった。

 

深い深い森の上を、双月をバックに一匹の風竜が飛んでいた。官兵衛達を乗せたシルフィードである。

官兵衛達は無事破壊の杖を取り戻した。傷つき、意識の無いフーケを連れ、一向は急ぎ学園への帰路についていた。

ちなみにフーケは、適切な応急手当をされ出血は止まっている。

結局、あの後一向は天海の足取りを追うことが出来なかった。

ルイズ達はタバサのシルフィードの上で、疲れ切った様子で座り込む。

シルフィードの背中の上では、タバサは相も変わらず読書に浸っていた。

シエスタなどは満身創痍の官兵衛を心配し、傍から離れないで居る。

だが官兵衛は、天海から受けた傷が見た目より深くなく意識も明瞭であった。

「カンベエ、本当に大丈夫なの?」

「ああ、思ったより傷は深くない。まあ死にゃせんだろう」

「でもちゃんと学院で水のメイジに見てもらったほうがいいわ。ダーリンに何かあってからじゃ遅いんだし」

ルイズとキュルケから、それぞれそんな心配の言葉がかけられる。

しかし、あくびをしながら話を聞き流す官兵衛を見て、やがてそんな心配は吹き飛んだようだった。

「無駄にタフ」

タバサがそんな官兵衛を見て、短く呟いた。

「それにしても」

キュルケが不意に呟く。

「あの男、テンカイ。一体何者?」

「分からない。でも恐ろしく強い」

タバサが本を手放さずに呟く。しかし、その進みはいつもに比べかなり遅い。

「ありゃあ手ごわい使い手だねぇ。相当な修羅場を潜り抜けてらあ。それにしても引っかかるが……」

官兵衛の背に背負われたデルフが呟く。そしてそれにつられるように、官兵衛はゆっくりと喋りだした。

「あいつは、あの男は、小生と同じだ。」

「ダーリンと同じ?」

キュルケが瞬きしながら聞き返す。

「ああ、小生と同じく日本という国からやってきた。」

官兵衛の言葉に皆が聞き入る。それまで本から目を離さなかったタバサが、ゆっくりと顔を上げた。

「ニホン……」

「あいつは、かつては小早川って武将の家臣でな。話じゃあある日突如現れ、一介の僧として身を寄せたらしい。

素性も目的も不明。ただし腕は誰よりも立つ。そんな謎の男だった」

もっとも官兵衛はその正体にすでにアタリをつけてはいたが。

「まさかこんな所で会うことになるとはな。奴さんが何を企んでるのかはわからん。だが気をつけろ。

天海はあの端正な表情の内に何かを隠している。」

一同は、そんな官兵衛の話を聞き終わると、ほうとため息をついた。

ルイズが杖を握り締めながら、口を開く。

「あのまま、あの男が逃げなかったら私達……」

その場の雰囲気が一様に暗くなる。そんな雰囲気を察して、シエスタが明るく振舞う。

「で、でも結果として皆さん無事で良かったです!」

「そうだそうだ。生きてるんだからつべこべ言わず今を受け入れればいい」

官兵衛がそれに同調する。

「そうね、二人の言うとおりかもね」

キュルケもその言葉で多少前向きになったようだった。しかし、彼女は内心悔しがっていた。

普段から炎の扱いで自分の右に出るものはいない。クラスメイトも、教師でさえも。

そんな自分が、杖を持たない人間に遅れを取ったのだ。

いやそれだけではない、彼女は、相手が平民だと踏んで油断していたのだ。

その油断が、結果として自分の親友を含めた皆を危険に晒してしまった。彼女は、それが許せなかった。

タバサも同じ気持ちであった。何より、自分の目指すものの為にもこのままではならない。そう思った。

得体の知れない術を用いる、あの天海という男。そしてその男と渡り合う官兵衛。彼らは一体何者なのか。

それらを知らねばならない。彼女は、密かに官兵衛に興味を持ち始めていた。

そしてルイズは。

「ハァ……」

深く深くため息をつきながら、己の手にした杖を眺めていた。

『お前さんの名誉を守ってやる』

ルイズは官兵衛の言葉を思い出していた。

今回は主に官兵衛の活躍で、こうして破壊の杖を取り返し、無事フーケを捕らえることも出来た。

天海という男は逃がしてしまったが、皆こうして無事学園に戻る事も出来た。

だがこれで自分の名誉が守られたのだろうか。ルイズはとてもそうは思えなかった。

先の戦いでも、自分は殆ど役に立っていない。天海相手にただ守られているだけであった。

そんな自分がどう自信を持てというのだろうか。そんな様子で落ち込んでいたルイズに声が掛けられる。

「ルイズ」

見ると官兵衛が、破壊の杖を抱えながらこちらを見据えていた。

「お前さん、やるじゃないか」

「何のことよ」

官兵衛のいきなりの言葉に、ルイズは戸惑った。若干上から目線な感じが気に障ったが。

「あの時、お前さんがゴーレムを足止めしてくれなかったら。今頃小生らは無事にこうしていられなかった」

「あの時?」

恐らくは、官兵衛が破壊の杖でゴーレムを狙い打った時の事であろう。

官兵衛に言われ、ゴーレムの足を爆発させ、転倒させて時間を稼いだ。それが何だというのか。

「この『破壊の杖』はな。『狙弾カワセミ』といって小生の生まれた国の兵器だ」

「カンベエの国の兵器?」

全員が興味深げに官兵衛の話に耳を傾ける。

「そうだ。こいつは強力な威力だが欠点もあってな。それは発射までにやたら時間がかかる事だ。」

成程、確かにあの時官兵衛がカワセミを構えてから発射までにかなりタイムラグがあった。

あの隙では、ゴーレムに攻撃を許してもおかしくはない。そこまで考え、ルイズははっとした。

「そう。こいつを無事にぶっ放せたのは、お前さんが時間を稼いでくれたからだよ。ご主人様」

官兵衛がルイズを見て微かに笑った。ルイズは信じられない、といった風に官兵衛を見つめていた。

「私が……」

「あら、たまにはやるじゃない。ルイズ」

キュルケが笑いながら、ルイズにそう言う。見るとその笑みにはいつものバカにした表情はない。

純粋に賞賛の含まれた表情が見て取れた。

タバサもそんな様子を見ながら短くお手柄、と呟いた。

「キュルケ、タバサ……」

ルイズの胸の内に温かいものが広がっていった。

「ミス・ヴァリエール……」

シエスタも笑みを浮かべながら、そんなルイズを見守っていた。

 

「そういえば聞き忘れてたけど、どうして貴方はモット伯の館に?学院のメイドなのに」

ルイズが今思い出したかのようにシエスタに訪ねた。シエスタが気まずそうに答える。

「私は、今朝伯爵様のメイドとして引き抜かれてお屋敷にやってきたんです。それを官兵衛さんが――」

「ああそうだ、小生が無理言って学院に戻すよう頼み込んだんだよ」

それを聞いてルイズはようやく納得した様だった。

「なあんだ。それであんた急いでモット伯の所に行った訳ね。まったくご主人様に相談もなしに」

「仕方無いだろう。どうしても時間が無かったんだからな」

シエスタはモット伯に妾として迎え入れられたのだ。

その日の内に取り返さなければどんな仕打ちを受けていたかも分からない。

「ふ~ん」

ルイズがなにやらつまらなそうな表情で官兵衛を見ていた。

「でも良かったわね。モット伯っていえば好色で結構有名だし」

「そうなんですか?」

シエスタは今になって顔を青くした。そんな彼女を見てキュルケが付け加える。

「でも大丈夫よ。ダーリンが交渉してくれたなら。それにしても……」

「ん?どうした?」

「モット伯爵、今頃悔しがってるでしょうねぇ、大事なお宝とメイド。両方とも奪われて」

うんうんと頷く一同。

「そうだな今頃……あ――――っ!」

その時、官兵衛は重大な何かに気がついたように声を上げた。

「どうしたのカンベエ、あっ!」

ルイズもしまった、と言う顔で官兵衛と同じリアクションをする。

「どうしたのよ二人とも。鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

キュルケが二人の間抜け面をみて、疑問符を浮かべた。タバサがぽつりと呟く。

「モット伯はどこ?」

「あ」

 

薄暗い鬱蒼と茂る森の中。辺りに何も照らすもののない黒一色の闇が広がる。

そんな場所に、ロープでグルグル巻きにされ、身動きの取れない男が一人。

「お、おい!私の事!忘れてないか!?」

横たわりながら、芋虫の如く体をグネグネさせ、モット伯は声を張り上げて助けを呼んでいた。

「おぉ――――い!私はここに居るぞ!誰か助けにきてくれえ!」

叫び声を上げるも、返事は無い。

「くそう。な、なんで私がこんな目に。誰か!」

一際大きく声を張り上げる。するとギャアギャアと一斉に鳥が飛び立つ音が森に響いた。

ヒィ!と短く悲鳴をあげるモット伯。ガサゴソと暗闇に何かの生き物の目が光った。

「うっ!うわあ――――っ!」

一つ、また一つと、暗闇に光る目の数が増えていく。

「うぅうう……私が悪かった。もういたずらに平民のメイドを雇ったりしません。妖しげな物品の収集も止めます。

だから誰か助けてくれ。もう一人はいやだぁ……」

必死で許しをこうが、誰にも届かない。光る目の数々がモット伯に近づいてきた。

モット伯のおびえが頂点に達し。

「ヒィエ――――――――――――!!」

情けない叫び声が、モット伯邸すぐ傍の森に響き渡った。

 

好色波濤

    ジュール・ド・モット

               放置

 

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