暗の使い魔   作:Luta

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繚乱!乱世より吹き荒れる風
第十三話 『異国の男』


夜空に煌々と双月が輝く頃。ルイズは自室のベッドで夢を見ていた。

それは、幼い自分が懐かしきヴァリエールの領地にいる夢。

「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの?まだお説教は終わっていませんよ!」

ルイズの母が、そんな事を言いながら彼女を探し回る。姉たちと比べて出来の悪い自分を叱る為だ。

夢の中でルイズは、そんな自分を叱る母から逃げまわっていた。

召使達が、ルイズの事をひそひそと噂しながら通り過ぎる。

「ルイズお嬢様は難儀だねぇ。上のお姉さま方はあんなに魔法がおできになるっていうのに」

庭園の中庭で茂みに隠れながら、ルイズはそんな噂話を悲しい思いで聞いていた。

だれも自分の事を分かってくれない。そう思うと居ても立ってもいられなくなって、ルイズは彼女が『秘密の場所』と呼ぶある場所へと行くのだ。

そこは、ルイズが唯一安心できる場所。人の寄り付かない、うらぶれた中庭の池。

季節の花々が咲き乱れ、池のほとりには小さな白い石で作られたあずまやが建っている。

見るものが息をつくようなのどかな風景である。そして池には小さなボートが一艘。

ルイズは何かあると、決まってそのボートの中に逃げ込むのだ。

ルイズは用意していた毛布に包まりながら、ぐすぐすと泣き出した。

と、そんな時、霧の中からマントを羽織った立派な貴族が現れるのをルイズは見た。

年の程は十六歳ほどであろう。つばの広い羽根突きの帽子をかぶり、その顔は窺えない。

しかし、ルイズにはそれが誰であるかわかった。

幼い夢の中のルイズは、その白い小さな頬を染める。

そして、身を起こしその立派な貴族を恥ずかしそうに見つめるのだ。

「ルイズ、泣いているのかい?」

「子爵さま……。いらしてたの?」

ルイズは泣き顔を見られまいとふと顔を背ける。しかし、彼女の胸の高ぶりはおさまらない。

憧れの人に、自分の恥ずかしいところを見られた。それにも関わらず、彼女の顔は熱をもったままだった。

「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」

ルイズはさらに頬を染めて俯いた。

「いけない人ですわ。子爵さまは……」

「ルイズ。僕の小さなルイズ。君は僕の事が嫌いかい?」

子爵がおどけた調子で言う。それに対してルイズは一生懸命首を横に振りながら言う。

「いえ、そんなことはありませんわ。でも……わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」

ルイズははにかんで言った。帽子の下で、優しげな顔がにっこりと微笑み。

「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」

そういって手が差し伸べられた。

「子爵さま……」

ルイズは小さく頷くと、立ち上がりその大きな手をとろうとした。しかしその時、彼女はあることに気がついた。

「あれ?何これ」

みるとそれは子爵の手ではなかった。煤に汚れた逞しい腕に、枷が嵌っている。その手が伸びる腕は筋骨隆々である。

バッと見上げるとそこにあったのは。

「さっさと行くぞお前さん」

使い魔の官兵衛の顔であった。

「な、なによあんた!」

官兵衛がぐいとルイズの腕を掴む。

「ちょ、ちょっと何するのよ!」

見ると夢の中のルイズは十六歳の彼女に戻っている。官兵衛の強引な態度にルイズは思わず声をあげる。

「何って、これから晩餐会だろう?エスコートしてやるからさっさと来い」

「な、なによその言い方。レディに対して!」

あまりの言い草にルイズは抗議した。しかしそんなルイズの態度に官兵衛は。

「ああもう、まどろっこしい!」

そういってルイズを軽々と抱き上げた。

「きゃっ!ちょ、ちょっと!」

いきなりの事にルイズは顔を赤らめた、そして。

「ルイズ。お前さんは小生のものだ。一緒に天下を取ろう」

「なっ!」

ルイズの顔から火が出そうな台詞を、官兵衛は平然と口にした。

いつになく真剣な表情の官兵衛。精悍な顔立ちが、その雰囲気をより一層際立たせる。

そんな官兵衛に、魚のように口をぱくぱくさせながらルイズは。

「い、いいいやよ……。ばっかじゃない?なんであんたなんかと」

声を震わせ、顔を俯かせながらそう呟いた。

「ルイズ」

官兵衛が今度は優しげにルイズに言う。「なによ」とルイズが顔を上げると。

息の掛かりそうな程近くに、官兵衛の顔があった。知的な瞳にルイズの表情が写る。その中のルイズの顔は――

「やや、やだそんな……」

まるで幼子のようにしおらしい表情をしていた。そのまま官兵衛の瞳が閉じられ、顔が近づいてくる。

ルイズはハッと息をのみ、固く目を閉じた。ルイズの唇に官兵衛のそれが重なろうとした、その瞬間。

「なあぁぁぁぁぁぜじゃあああああっ!!」

「きゃあ!」

ルイズは現実にたたき起こされた。夜中にも関わらず、響き渡るみっともない叫び声に。

 

暗の使い魔 第十三話 『異国の男』 

 

「よう相棒!随分と騒がしい目覚めだなっ」

壁に立てかけられたデルフリンガーが、カチャカチャと喧しく喋る。

「ハッ!ゆ、夢か……!ちくしょう刑部め!」

官兵衛は、藁のベッドから飛び起きるなり、そう呟いた。

忌々しそうに枷を振りかざしながら、官兵衛は悔しげに歯を食いしばった。

「一体全体どうしたってんだ?ニワトリだってもう少し遅起きだぜ」

「ああ、不快な夢を見た」

いつもに比べ落ち着かない様子で、官兵衛はその場に足を投げ出した。

しばしの間、沈黙していた官兵衛も、やがて落ち着くと。ゆっくり口を開いた。

「……もう大丈夫だ。気にするな」

「気にするな、じゃあないでしょうが!」

その時、ポカンと、官兵衛の頭に調度品が飛んできた。

見事にクリーンヒットしたそれがガランガランと床に転がり、官兵衛は頭を抑えた。

「毎回毎回、よくも人が気持ちよく寝ている所を起こしてくれたわね!」

見ると腰に両手を当て、ルイズが険しい形相でそこに立っていた。

ルイズ自身まだ眠いらしく、眼を時折手で擦りながらも官兵衛を睨みつける。

「いてて!何しやがる!」

ぶつけた箇所を擦りながら官兵衛が言う。それに対してルイズは。

「だって何度目かしら?こうして起こされるのは。この前は地震のオマケ付きだったわね!」

ルイズが近くにあった乗馬用の鞭を手に持った。そして官兵衛にツカツカと近づくと。

「ばかばか!ばか!」

頬を真っ赤にしながら彼を叩きだした。

「痛っ!何だ急に?」

「うるさい!いつでもどこでも!ご主人様を何だと思ってるの!」

ルイズの止まらない癇癪を身に受けながら、官兵衛はげんなりした。

起こしてしまっただけで、なぜこうも怒られにゃあならんのか。年頃の娘の扱い、というのはどうにも苦手な官兵衛だ。

まったく自分なんて久々に目覚めの悪い夢を見たというのに、この娘っ子は。

そこまで考えた時、官兵衛はピーンと閃いた。

「(ははあん。さてはこの娘っ子!)」

官兵衛は、真っ赤な顔で怒るルイズを見て何かに気がついたようだ。

「おい……」

「あによ!」

官兵衛が、嵐の如く唸るルイズの腕を、ガシッと掴む。鞭が彼の顔寸前で止まった。

そのまま壁際に押しやる官兵衛。

「はなして!はなしなさい!この大型犬!」

「もういいルイズ。安心しろ」

官兵衛が珍しく、静かな声色でルイズに語りかける。その普段ない官兵衛の様に、おもわずルイズはドキッとした。

「(な、なによコイツ……)」

先程夢で見た官兵衛の様子と、目の前の彼が不意に重なる。それを感じて、ルイズはさらに頬を赤らめた。

官兵衛は満足げに頷くと、こういった。

「見たんだろう?(怖い)夢を……」

「は、はあ!?」

ルイズは、先程自分が見た内容の夢を反芻する。

そうだ、自分は夢を見た。自分の使い魔が生意気にも私に想いを告げ、あろうことか口付けを。くくく口付けを……。

そこまで考えて、羞恥で顔が沸騰しそうになる。

「な、なによ!私がどんな夢をみようと勝手でしょう!?」

そんな様子を見て官兵衛は、ルイズが悪夢にうなされ、それを看破されて恥ずかしがっている、と踏んだ。

口調を変えず官兵衛が言う。

「小生も見たんだ、夢を……。いまだに鼓動がおさまらん(恐ろしくて)」

「はえ!?」

思わず口が開きっぱなしになるルイズ。

「(官兵衛も見ていた?同じような夢を?そそそそれに、ドキドキしている!?)」

その言葉に、甘ったるいものを感じ、脳内が麻痺する。

官兵衛の足りない言葉が誤解を生んでいるのだが、そんなことは露知らず。

「小生だってそうなる事くらいあるんだぞ?恥ずかしいが、仕方無い」

官兵衛はポリポリと頭を掻きながら、笑みを浮かべた。満更でもなさそうな表情であった。

ルイズの胸が早鐘のように鳴る。

「(ななな何ときめいてるのよ、こんな大男に!だいたいコイツは使い魔じゃない!

なによ!ご主人さまの夢見てドキドキするなんて!身の程知らず!生意気!ばかうつけ!)」

心の中で、そんな言葉を繰り返しながらも、ルイズは官兵衛と目をあわせられなかった。

官兵衛が顔を覗き込んでくる。まるでこちらの感情を窺うかのように。

「ルイズ」

夢の中と同じように、官兵衛が真剣な声色で名前を呼んだ。

その言葉に俯いていた顔を上げ、彼の瞳を見やるとそこには。

「(やだ……!)」

夢の中とまるっきり同じ、幼子のようなしおらしい表情のルイズが写りこんだ。

ぎゅうっと目を瞑る。きっとこれから夢の中と同じように……。そう思うと身構えずにはいられなかった。

「(なによ、舞踏会で踊っただけじゃない。

そりゃあ私も少し、すこ~しだけ!頼もしいとか思ったり、守られて嬉しいとか思ったりしたわ!

でもそれだけでこんな、ああこんな!どうしよう!こんな使い魔に!)」

ルイズは熱く熱せられた頭で、その瞬間をいまかいまかと待った。

時間にして数秒にも数分にも感じられた。長いのか短いのかわからない。

その時間が、沈黙が、何よりも心地よかった。ある一言でブチ壊されるまでは。

 

 

「漏らしてないな?」

 

 

「………………は?」

ピキーンと空気が固まる。

甘ったるかったルイズの桃色の空気が、風に吹かれてすっ飛んだ。

場違いな、肌寒い風に。

「……なんですって?」

「だから漏らしてないか聞いたんだ。怖い夢を見たんだろう?」

その言葉が耳から入り、神経に伝わり、大脳に入って情報に変換され、理解に至るのに、ルイズは果てしなく長い時間を費やした。

理解した途端、彼女の幸せな想像が、繊細なガラス細工の様な心情が、無造作に打ち砕かれたのだ。

ルイズの全身が小刻みに震えだす。

そんな様子を気にもとめず、官兵衛は続けた。

「小生もな。ガキの頃は悪夢でよく漏らしたもんだ。その度に父上に呆れられたもんだが――」

得意げに言いながら、官兵衛はルイズの震える肩をポンポンと叩いた。ルイズの拳が固く握られる。

そして官兵衛は、まずは深呼吸!気を落ち着けるのが一番だ!などとのたまいながら胸を張ったのだった。

それを聞いてか聞かずか、ルイズは深呼吸を始める。すうはあと、目を瞑り呼吸を整えた。

そして次の瞬間であった。ルイズの怒りのオーラを纏った鋼の拳が、官兵衛の鼻っ面に叩き込まれたのは。

「ぶべらっ!!」

圧倒的運動量を秘めた物体が、顔面に激突する。

情けない声とともに、官兵衛の巨体が部屋の端から端まで吹き飛んだ。

そのまま、反対の壁際に置かれた高価なアンティークの机に頭を叩きつける。

衝撃で机上に飾られた花瓶が落ちてきて、官兵衛の頭にヒットしかち割れた。

三連コンボを喰らった官兵衛は、鼻から一筋の血を垂らし、ふらつく頭を押さえながら目前を見やった。

見るとそこにいたのは、桃色の頭髪を逆立たせながら屹立する一匹のオーク鬼。

それが、手にした杖先から赤黒いオーラをたぎらせ、徐々にこちらに近づいてくる。

「……ゲホッ!ちょ、ちょっと、待て、お前さん。」

そのあまりの圧力に咳き込みながら、官兵衛は口を開いた。

近づいたルイズがこちらを見下ろす。

「ねえ?デカ犬?」

「デ、刑事?」

官兵衛は、花瓶から降りかかった水を払うように首を振る。視界が良好になり彼女の表情が窺える。

その顔は無表情だったが、目は伝説のオロチのように血走り、爛々と輝いていた。マグマのような怒りをたたえて。

「な、なんでそんなに怒るんだ?一応、いちおう、小生は心配して――」

「黙れい」

ルイズが低い声色でうなる。

「今度と言う今度は許さないわ。ご主人さまを前にして、始祖ブリミルをも恐れぬ不敬の数々……」

ルイズが杖を掲げる。

その先端に光が収束していく。

その失敗爆発の前兆に顔を照らされ、ルイズは言い放った。

「死をもって償うがいいわ……!」

杖が振り下ろされた。

目前に集中するエネルギーを感じながら、官兵衛は思った。また眠れない日々がやってきた、と。

 

そんな頃、トリステイン城下町の一角に聳え立つ、チェルノボーグの監獄内。

その人物は静かに、鉄格子入りの窓から覗く双月を眺めていた。

「全く、とんだ災難だったよ」

土くれのフーケは杖を取り上げられ、ここチェルノボーグの狭い独房内に身柄を拘束されていた。

逃亡の際、天海からつけられた傷は、水のメイジの手によって綺麗に元通りになっている。

しかし傷はなくなったが、フーケはあの長髪の男を未だ苦々しく思っていた。

自分が杖を持たない人間に遅れを取った事、容易く裏切られ捕まってしまった事。

彼女のプライドを傷つけるには十分であった。

だがそれに加えて、自分を捕まえたあの黒田官兵衛という男。

「大したもんじゃないの!あいつらは!」

彼女は、彼らには素直に賞賛の意を示していた。

あの時彼らが破壊の杖に細工をしていなかったら。あそこに駆けつけていなかったら。

自分はあの天海に始末されていただろう。

結果として捕まってしまったが、自分の命を救ってくれた彼らには感謝していた。

「クロダカンベエ……。妙な名前だけど中々面白い奴だったね」

フーケは独房の天井を見上げながら、向かいの独房の男に向かってそんな話をしていた。

「そうかい……」

男は少し考える素振りを見せた後、静かにそう呟いた。歳若い男の声だった。

「と、こんな所かね。私を捕まえた連中の話は」

「おお、ありがとうよ。」

語り終えたフーケに静かに礼を述べる男。そしてしばらくの後に、そっと呟いた。

「こっちに来てる奴が、俺以外にもいやがるとはな」

男の言葉にフーケは首を傾げた。フーケが思わず聞き返す。

「……?どういうことだい」

「いいや、こっちの話だ」

フーケは男の答えに興味を惹かれた。「へぇ」と短く呟きながら、彼女は男に言った。

「じゃあさ、あんたのことを教えておくれよ」

「何?」

今度は男が怪訝な様子でフーケに聞き返す。フーケは構わずに続けた。

「いいだろう?私はあんたの聞きたいことを話したんだ。あんたも色々と教えてくれても罰は当たらないんじゃない?」

「そりゃそうか?まあいいぜ、ここで会ったのも何かの縁だしな」

男の答えに表情を明るくしながら、フーケは鉄格子越しに身を乗り出した。と、その時であった。

「待ちな。だれか来る」

男が低い声でフーケを制した。聞けば、拍車の音の混じった足音が、コツコツと階段を下りてくるのが聞こえた。

看守ではない。看守であれば足音に拍車の音が混じろう筈はなかった。

「気いつけな」

「ああ」

男の言葉にフーケが身構える。すると、鉄格子の向こうに白い仮面をつけたマントの男が姿を現した。

マントの影から長い杖が覗いている。どうやらメイジであるらしかった。

「おや!こんな夜更けにお客さんなんて珍しいわね」

フーケはおどけた調子で目の前の男に言う。仮面の男は答えず、さっと杖を引き抜いた。フーケは思わず後ずさる。

しかし、仮面の男はくるりと反対側の独房に杖を向けると、杖を中の男に向けた。そして短く呪文を呟き杖を振るった、瞬間。

ばちんと周囲の空気が弾けて、仮面の周囲から、電流が牢の男に一直線に伸びた。

「ぐあっ!」

電流が胴体に命中し、男は力なく床に崩れ落ちる。バチバチと男の体中を強力な電気がほとばしった。

「野郎ッ……!」

男は力を振り絞り立ち上がろうとしたが、ガクリと倒れ伏す。

ぴくりとも動かなくなる男を、フーケは青ざめた顔でじっと見ていた。

牢の男を邪魔そうに見やった仮面の男は、くるりとフーケに向き直り、口を開いた。

「そう怯えるな土くれ。話をしに来ただけだ」

「話?」

牢の奥でフーケは油断無く身構えながら、仮面を睨みつけた。

「随分と物騒な挨拶だけど、私にどんな話があるっていうんだい?」

「まあ聞け土くれ。それともこちらで呼んだほうがいいか?マチルダ・オブ・サウスゴータ」

フーケの顔が強張る。それは自分が捨てる事を強いられた過去の名前だった。なぜそれをこの男は知っているのか。

ますます警戒を強めるフーケ。

「あんた、一体何者?」

震える声を隠す事もできずに、フーケは男に問うた。しかしそれに答える素振りも見せず、男は笑いながら言う。

「単刀直入に言おう。我々と一緒に来い。マチルダ」

「何だって?」

「我々は一人でも優秀なメイジが必要だ。聖地奪還の為にな。」

男の言葉にフーケは、フンと鼻を鳴らした。男は静かな口調で続ける。

「まずはアルビオンだ。アルビオンの王朝は近いうちに倒れる。我々貴族派の手によってな。

そして無能な王族に代わり我々が政を行った暁には、ハルケギニア全土を統一する。

我らの手で聖地を奪還するのだ。」

「ちょっと待ちな、聖地を取り戻すだって?あの屈強なエルフ共から?夢幻もいいところだよ」

フーケが呆れたように男の言葉を遮った。かつてハルケギニア中の王達が幾度と無く兵を送り、失敗してきた聖地奪還。

強力な先住魔法を扱うエルフの恐ろしさは彼らも良く知っているはずだ。それをあろう事か目的の一つとして掲げているのだ。

馬鹿馬鹿しい。フーケは心底そう思った。

「生憎だけど、そんな絵空事に付き合うつもりはさらさら無いね。」

「ほう、たとえ死んでもか?」

杖の切っ先が静かに、しかし無駄の無い動きでフーケを捉える。

それを見て、フーケは観念したかのように構えていた腕を下ろした。仮面の男が続ける。

「お前は選択する事が出来る。我々『レコン・キスタ』の同志となるか、或いは――」

「ここで死ぬか。でしょ?」

「そういう事だ。先程の男のようになりたくなければな」

男は満足げに頷いた。と、その時であった。仮面の男のマントが突如としてごう!と燃え上がった。

「何!?」

フーケも仮面も目を疑った。見ると仮面の足元に、赤々と燃え盛る一本のナイフが突き立てられているではないか。

咄嗟にマントを脱ぎさる仮面の男。そして目を向けた先には。

「あ、あんた!」

フーケは向かいの独房をみて叫んだ。

「やってくれるじゃねぇか」

燃え盛る炎に照らされ、その男は何事も無かったかのようにそこに佇んでいた。

男の鍛え上げられた上半身が、赤々と輝く。仮面の男が短く舌打ちし、再び杖を構えた。

「仕損じたか」

再び呪文を唱えようとする仮面。しかしその詠唱は、檻の中から投下された一本のナイフで遮られた。

まるで矢のような速度で迫る飛来物を、サーベルのような杖で叩き落す仮面。

しかしどこに仕込んでいたのか、無数のナイフが檻の中から次々と飛んでくる。

そして次の瞬間、何とそれら全ての物が赤熱し炎を発したではないか。

「ぐおおっ!」

その内の一本を捌ききれずに、再び仮面の衣服に火が燃え移った。

狭い通路内で逃げ場も無く、仮面の男は炎に包まれる。そして次の瞬間、男は燃え盛るマントを残して霞のように姿を消した。

チャリンと、金属音が廊下に響き渡る。みるとそれは独房の鍵の束であった。

仮面が消え去るのを見ると、独房の男はフゥと息を吐いた。

そして向かいの独房で唖然と一部始終を見ていたフーケを見ると。

「大丈夫かよ?」

そういって歯を覗かせ笑った。フーケがハッと我に帰り、手を伸ばし鍵を拾う。

そしてガチャリと独房の扉を開け外にでると、鉄格子越しに男に近寄った。

「あんた、なんで生きてるんだい?」

「あぁ?随分じゃあねぇか」

男が眉をひそめながら言う。

「さっき喰らったやつならよ、この通りだ」

男が自分の胸を指差す。そこには先程の電撃で出来たであろう火傷の跡が出来ていた。しかし程度は見た目程に酷くはない。

あれほどの魔法を受けておいて、軽い火傷で済むとはどんな身体だろう。フーケは呆れてため息をついた。

「全く、でもありがとう。助かったよ」

フーケは廊下に残されたマントの燃えカスを見ながら、男に言った。

「いいってことよ。俺もいきなり訳分からんもん喰らって、頭にきた所だしよ。それよりも――」

「ああ」

フーケは男の独房に鍵を差し込んだ。ガチャリと鍵が開き、重い音と共に鍵が開かれる。

中から長身の男が、背負った上着をたなびかせながら悠々と歩き出てきた。

「いいのかい?そんな簡単に逃がしちまって。俺が極悪人だったらどうするつもりだい」

「極悪人は見ず知らずの私を助けたりしないだろう?それに――」

フーケはニヤリと笑い、男の目を見据えた。

「目を見ればあんたがどんな人間かわかるよ。長年盗賊やってないからね」

フーケの言葉に一瞬戸惑いの表情を見せた男だったが、すぐに口を空けると。

「ハハッ!アンタおもしれえな!気に入ったぜ」

そういって、声をあげて笑い出した。

トリスタニアで最も堅牢な筈のチェルノボーグの最下層に、豪快な笑い声が響き渡る。

そして、騒がしく牢獄を駆け抜けるのは二人の賊。

一人は、貴族の金銀財宝を根こそぎ奪い、トリステイン中を掻き乱した世紀の大盗賊、土くれのフーケ。

そしてもう一人――

「あったぜ!やっぱりこいつがなきゃあ締まらねえ!」

囚人の持ち物を保管する倉庫から出てきた男は、手にした得物を得意げに振り回した。

風を払い、地面に突き立て、鋼の音を響かせる。その豪快な様におお、とフーケは感嘆の声を漏らす。

それは長さ三メイル以上はあろう豪槍。荒々しく鎖が巻かれたそれの穂先には、さらに巨大な白銀の碇。

それを男は、軽々と片手で取り回して見せた。

「いくぜぇ!こんなしみったれた場所からはおさらばだぜ!ハッハ!」

瞬間、男の手にした豪槍が赤熱して炎を吹き出した。

炎の槍が、男の頭上で旋回する。

振りかぶられた槍が男の手を離れ、吸い込まれるように塀に激突した。

どおん!と地響きが鳴り響く。

その瞬間、生じたのは閃光と爆音。

厚さ数メイルにも及ぶ石壁が弾け飛び、さらに業火に焼き尽くされて消滅した。

それを見て、彼女は声ひとつ出なかった。あらゆる砲撃もかなわぬ堅牢の防壁を、いとも容易く砕いた目の前の男に。

フーケは目を見張って、男を見つめた。

そこに立つのは異国の男。

逆立つ銀髪、紫色(しいろ)の眼帯。

同じ紫色(しいろ)の衣を纏い、大海制すは七の海。

男がいた乱世では、彼を指してこう呼ぶ。

四国の主。

海賊の長。

西海の鬼神。その名は――

 

天衣無縫

    長曾我部元親

           進撃

 

暗の使い魔 第二章 『繚乱!乱世より吹き荒れる風』

 

 




官兵衛さんが原作以上に空気読めてないって?
キニシナイ!(えー
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