暗の使い魔   作:Luta

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第十七話 『亀裂』

ギーシュとの決闘を終え朝食を取った後の時間、官兵衛はぶらりと気ままな時を過ごしていた。

練兵場の隅っこに座り込んで、抜き身のデルフと向き合う。

時間は昼ごろになろうか、練兵場には日が差しており、石の地面を熱々に照らしていた。

そんな熱を嫌ってか、官兵衛は日陰を選んで座っている。

日差し自体は嫌いではない、むしろ秀吉に穴倉送りにされてからは望んで止まないものだ。

しかしそれでも、長年洞窟に篭っていた性か、官兵衛は暗がりを好んだのだ。

「ハァ……貴族ってのは面倒極まりないな、デルフ」

「そうだねえ」

乱雑に置かれた樽をどけ、鉄球に座り込みながら官兵衛はぼやいた。デルフが気の無い返事をする。

そんな相槌を気にする訳でもなく、官兵衛は続ける。

「ちょいと誇りが傷つきゃあ、躍起になってそれを取り戻そうとする。決闘だの何だの言ってな。

こっちの事情なんざお構いなしだ。あー嫌だ嫌だ」

「でも相棒、なんだかんだ言って付き合ってやったんだろ?おまけに密やかに助言までしてな。結構なお人よしだねぇ相棒は」

デルフがカタカタと震える。どうやら笑っているようだった。それを聞いて官兵衛が黙り込む。

と、その時だった。

「やあ、ここに居たのかい?」

よく通る声が、練兵場に響いた。黒いマントをたなびかせ、長身の男がこちらに歩み寄る。ルイズの婚約者のワルドだった。

 

 

暗の使い魔 第十七話 『亀裂』

 

 

「ごきげんよう、使い魔くん」

つば広の帽子を片手に、ワルドは官兵衛の目の前に立って挨拶をした。座り込んだ官兵衛を鋭い目が見下ろす。

『使い魔くん』、その言い方に嫌味な何かを感じた官兵衛は、その挨拶を無視した。

そんな官兵衛の様子に、ワルドは困ったように首をかしげる。たが、すぐに気を取り直すと官兵衛に言った。

「こんな所で何をしてるんだい?日和はいいし、じっとしてるには勿体無いんじゃないかな?」

「そうかい、生憎だが小生はこの枷だ。無駄に動けるほど元気じゃないんでね……」

ワルドの言葉に、面倒臭そうに返す官兵衛。それを聞いてワルドが言う。

「ハハハ、つれないなぁ。トリステインの未来を左右する崇高なる使命、それを共にする仲間じゃないか。もう少し仲良くしてくれてもいいだろう?」

ワルドが笑う。しかし、官兵衛はそれに対して一言も言葉を発さなかった。両者の間に沈黙が流れる。

前髪に隠れていたが、官兵衛は視線を鋭くしてワルドを見据えた。

がっしりした長身の体格に、逞しい口ひげ、精悍な顔立ち。だが表情はどこか作り物感があり、視線も冷たさを感じる。

厳しい訓練と出世を勝ち抜いてきた道のりが、その様相を形作ってきたのだろう。しかし。

気に入らないな、つま先から髪の毛の一本まで。

官兵衛はそう思った。

官兵衛のそんな視線を受け止めたワルド。彼は官兵衛に対して、一瞬射るような視線を感じさせたが、すぐにニコリと笑うと、こう切り出した。

「君は伝説の使い魔、ガンダールヴなんだろう?」

その言葉に、官兵衛は首を傾げた。

「あん?何言ってる……」

ワルドの言葉への反応を隠すように、官兵衛はとぼけた。

官兵衛がガンダールヴである事を知ってるのは、今のところ学院長のオールド・オスマンただ一人の筈だ。

それを何故ワルドが知っているのか。ワルドはその理由を喋りだした。

「とぼけるのは止してくれたまえ。君については、悪いとは思ったが調べさせてもらったよ。フーケから尋問したルーンを元にね」

ワルドが得意げに語る。

「トリスタニアの王立図書館は歴史と伝説にまつわる文献が豊富なのさ。そこで君のルーンを調べる末にガンダールヴへと行き着いた。そういう訳さ」

それを聞いて、官兵衛は「そうかい、わざわざご苦労なこった」と返した。

とりあえず、話を聞く限り矛盾は無い。あの騒ぎだ、フーケにもルーンを見られていたかもしれない。

それにワルドも王宮の人間であるからして、珍しいルーンに執着して調べ上げる事に何の疑問も無かった。だが――

「それで、そんな大層な小生に何の用があるってんだ?」

官兵衛は内に秘めた猜疑心を一先ず抑え、ワルドに尋ねた。するとワルドは。

「あの『土くれ』を捕まえた君の腕を知りたいんだ。手合わせ願いたい」

真っ直ぐな視線で、官兵衛にそう言った。成程、と官兵衛は思った。

「決闘か」

「ああ、そうだね」

またもや面倒臭い事になった。官兵衛はうんざりして首を振った。

「お断りだ」

「どうしてだね?」

ワルドが不思議そうに首を傾げる。

「最初に言ったはずだがな?小生は無駄に動くほど暇でも、体力が有り余ってるわけでもない、と」

官兵衛が立ち上がってワルドに言う。ワルドと官兵衛は丁度同じ背丈であり、視線が交差する。

「それに、小生の実力ならもう見せたがな?コソコソした覗き見じゃあ満足出来なかったか?子爵」

その言葉に、ワルドは目を細めた。ギーシュとの決闘を見ていた事を看破され、若干だが動揺したのだ。

その様子を見て満足した官兵衛は、抜き身のデルフと鞘を引っつかむ。ワルドの隣を抜けようとして呼び止められた。

「逃げるのかい?」

官兵衛の歩みが止まる。

「なんだと?」と官兵衛が振り向かずに言う。

互いに背を向けたままで、会話が続いた。

「魔法衛士隊隊長であるこの僕を前にして、怖気づいたのかい?」

ワルドは口元に笑みを浮かべて続けた。

「仲間の申し出を断り、互いの実力を知ろうともしないとは。

君にとって損な事は無いはずだがね?『本物のメイジ』の実力を推し量る、又とない機会だ」

ワルドは振り向いた。そして振り向かない官兵衛の背に向けて言葉を投げかけた。

「そんな貴重な機会をみすみす棒に振るとは。『伝説』にしては見通しが利かないな、君は。そんなんでこの先の任務を乗り越えられるのかな?」

官兵衛の肩が震え始めた。ワルドは自分の言葉が官兵衛を揺さぶったと見て、益々笑みを浮かべた。

さあ僕の申し出を受けろ、そして怒りのままにかかってこい。その時は、主人の前で恥をかかせてやる。

ワルドはそう思った。しかし、その時だった。

「クックック!」

官兵衛が突如振り返り、わざとらしく笑いだした。

彼は肩を揺らし、口元を妖しく緩めながらワルドを見据えてこう言った。

「ダメだなお前さん。それで小生を誘い込んだつもりか?」

なんだと?とワルドは目の色を変えた。

「そんな安い挑発に乗るほど、小生は甘っちょろくないんだよ」

官兵衛のその目には余裕の色がありありと浮かぶ。

「それに実力を推し量るのに又とない機会だと?そいつは違うな」

官兵衛がワルドに歩み寄る。

そして、やや顔を近づけながら、こう言った。

「これから殺りあう機会なんざ、いくらでもある。違うか?」

低く、唸るような声色だった。

不意なその言葉に、ワルドは息を詰まらせた。頬に一筋の汗が流れる。

官兵衛の視線はうかがえないが、それがかえって圧力を増す。

まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、ワルドは固まった。

しばしのにらみ合いが続く。が、数秒の後、官兵衛が笑みを浮かべて遠ざかった。

「冗談だ、子爵……!」

再び忍び笑いをしながら、官兵衛は踵を返した。

ワルドは固まったまま微動だにしない。

そんなワルドを置いて練兵場を出ようとすると、扉の陰からルイズが現れた。

「ワルド?用があるって言うから来たけど。カンベエも一緒?」

ルイズがきょとんとして二人を見比べた。それに対してワルドは何も言わない。

官兵衛は現れたルイズと、彼女が発した言葉から、ワルドの意図を察した。

成程な、と聞こえるように呟く。そして。

「気に入られたきゃあ、花の一つでも摘んでくるんだな。そっちの方が似合いだぞ、子爵!」

官兵衛はそう言い放って、建物の中へ消えていった。

後に残ったのは、状況を飲み込めず疑問符を浮かべるルイズ。それと俯いたまま一言も発さないワルドだけだった。

 

その夜。官兵衛達は、アルビオンに渡る前の最後の夜だと、一階の酒場で酒盛りを行っていた。

酒の席には全員が揃っている。高級な貴族の食卓だけあって、その様相は上品で静かだった。

ある二人を除いては。

「ご馳走じゃあっ!食いまくってるか?青いの!」

「……美味」

石で出来たテーブルの一角に陣取る、大と小の二つの背中。

ソースがたっぷり塗られた肉にかぶりつきながら、官兵衛はワインをあおる。

ほどほどに租借し飲み込み、こんがり焼きあがった黄金色のパイに手を伸ばす。

それらを平らげると、官兵衛はふう、と腹を押さえながらのけぞった。

官兵衛の隣ではタバサが、なにやら熱心に妖しい香りのするサラダをほお張っている。

ものの十数分で、テーブルの上の食事は大半が消えていた。

そんな二人の食べっぷりを見て、二人の向かいに座ったギーシュがげんなりしたように喋りだした。

「き、君達……よく食べるね」

タバサは答えずサラダをほおばり続ける。官兵衛が代わりに答えるように言った。

「そういうお前さんは随分食が細いな?」

見ると、ギーシュの目前の皿の料理はほぼ手付かず。珍しくあまりワインも飲んではいなかった。

「いらないならもらうぞ?」

「あっ!ちょっと……」

ギーシュの前の食事をひょいと手で取る官兵衛。がつがつと音が出そうな程の勢いでそれを平らげた。

「食べるのに一生懸命なダーリンも可愛いわぁ」

すると、彼の隣に寄り添うキュルケが、がっつく官兵衛を見て頬を染めながらそんな感想を述べた。

「か、かわいい?」

突然の言われ慣れない言葉に戸惑う官兵衛。キュルケがうっとりしながら見るので、官兵衛は思わず食事の手を止めた。

「そうよ?ダーリンったら身体は大きいのに、仕草や態度が子供っぽくてすごいカワイイの」

「こ、子供っぽい!?」

上ずった声が思わず出る。続けざまに自分にふさわしくない言葉が出てくるので、官兵衛は戸惑うばかり。

そのうち、キュルケが官兵衛の顔にそっと手を伸ばしてきた。そして頬についたご飯粒をそっと取ると、フフッと笑った。

「おべんとつけてるわよ?ダーリン♪」

色っぽい仕草で粒を口に運ぶキュルケを見て、官兵衛は僅かながら頬を染めた。

気恥ずかしさを紛らわすように、官兵衛は続きを口の中へとかっ込んだ。

そんな官兵衛の様を見て、ルイズはため息をついた。その後、恨めしげに官兵衛を見やる。

「(なんだ?)」

食事をリスのように頬張りながら、官兵衛はそんなルイズの視線をいぶかしんだ。

「なんだ、ご主人様よ」

官兵衛が耐え切れなくなって話しかける。しかしルイズは。

「……別に」

口を尖らせながら、ぶっきらぼうに一言で済ました。明らかに不機嫌な色をその目に宿しながら。

おかしい、自分が何かしただろうか。キュルケに色目は送られたが。

ルイズの無性に何か言いたげな視線は、とてもではないが居心地の良いものではない。

その時、そういえば、と官兵衛は思い出したのだった。

思えば官兵衛は、トリステイン魔法学院を出てからルイズとほぼ口を利いていない。

それは、学院を出る前の喧嘩のせいもあった。

しかし、ルイズは道中ワルドのグリフォンに跨り、会話に花をさかせていたように見えたし。

それに、宿についても即部屋に泊まり、その間も婚約者と二人きりだ。

婚約を交わした以上、それが普通だろうと思っていたし、そこは官兵衛も気にもとめていなかった。

会話を交わす機会が無いのは仕方なかっただろう。しかし。

「(それで妙に不機嫌なのか?)」

官兵衛は、やれやれとため息をついた。

大方、自分を従者として傍に置いておけないゆえのフラストレーションがたまっているのだろう。

ルイズが食事を済ませ、さっさと上に上がっていく。そんな様子を見て、官兵衛はめんどくさそうに肩をすくませた。

「(まあ、ご機嫌とっておくか。)」

そう胸中で思いながら、官兵衛は階段を上がっていった。

 

「おい、ご主人」

乱暴にルイズの部屋の扉をノックする官兵衛。

純白に塗りつぶされた扉が、いかにも高貴な貴族の部屋を思わせる。

そんな扉の向こうから、ルイズの返事が返ってくるのに、それほど時間は掛からなかった。

「……カンベエ?ちょっと待って」

官兵衛の声に、意外そうに返答するルイズ。ギイと扉が開き、中から普段の制服姿のルイズが現れる。

ワルドは現在、一階の酒場に居るため、部屋にはルイズ一人だ。

「カンベエ、何か用?」

「何か用があるのはお前さんじゃないのか?」

いつもどうりの気だるげな様子で、官兵衛がルイズに尋ねた。

それを聞くと、ルイズはやや俯いた様子で、部屋から出てきた。

普段と違ったしおらしい様子で、ルイズが言う。ここではまずいから、とルイズは官兵衛の部屋へ行く事を提案した。

 

官兵衛の部屋で二人は、窓辺に置かれた座椅子に寄りかかりながら話を始めた。

言うか言うまいか悩んでいたルイズだが、やがて意を決したように話し出す。

「昼間、ワルドと何を話していたの?」

ルイズが言うのは、あの練兵場での事だろう。

正直、離れ離れになっていた事を責められると思って身構えていた官兵衛は、肩透かしを食らった。

ルイズが不安そうに尋ねるので、官兵衛は渋々口を開いた。

「何って、ただの世間話だよ。他愛もない話だ」

官兵衛は平静を装う。そしていつも通りのぶっきらぼうな態度で返した。しかしルイズは。

「嘘。あんた、何かいつもと違う雰囲気だったわ」

いぶかしんだ表情で官兵衛を追求した。

「じゃあいつもと違う雰囲気の会話だったんだろうさ」

官兵衛はルイズの指摘にめんどくさそうに、適当に返す。ルイズはますます表情を険しくした。

「じゃあって何よ!どんな会話してたのよ!あんたまさか、ワルドと喧嘩してたんじゃないでしょうね!」

「お前さんにゃ関係ないだろう」

「あるわよっ!!」

ルイズがバンッと机を叩いて立ち上がった。

「あのね!これは姫様から賜った重大な任務なのッ。仲間同士で争ってる場合じゃないの!」

ルイズがまくし立てるように言う。

「ねえカンベエ。あんた私の使い魔でしょう?喧嘩より先にやる事があるんじゃないの?主人の私を気にかけたり――」

「お前さんの大事な婚約者様のご機嫌を伺ったり、か?」

ルイズの言葉を割って、官兵衛が喋りだした。

なっ!とルイズの言葉が一瞬止まる。官兵衛の言葉に、ルイズが顔を逸らして喋りだす。

「ワ、ワルドは関係ないじゃない……」

呟くようにルイズがそう言った。

「だ、大体なによ!彼の何が気に入らないのよ!ワルドは昔からの幼馴染よ!

優しかったしそれに、魔法の才能だって私とは比べ物にならないくらいで――」

そうだ、ワルドは幼い頃からの自分の憧れだった。中庭の小船で泣いている私を、いつも迎えにきてくれた。

そしてワルドと自分の両親の間で交わされた約束。

婚約、それは大好きな人とずっと一緒にいられる、そんな甘い想像だった。

だが月日が経って、とうに婚約など解消されたと思っていた矢先、彼は帰ってきた。そして――

『ルイズ、この旅が無事終わったら、僕と結婚して欲しい』

昨晩の事だ、ルイズはワルドにプロポーズされたのだ。

嬉しかった。でも、彼女は心に何かが引っかかるのを感じた。

どうしてだろうか、あんなに幼い頃から憧れていた子爵が、自分を求めてくれたのに。

結局ルイズは返事を先延ばしにした。ワルドは優しく、急がないよ、と言ってくれた。

そしてその笑顔が、チクリと胸に刺さった。

彼女は、引っかかって前に進めない自分の心を、整理したかった。

なぜワルドを受け入れる気にならないのか、知りたかった。

誰かに思いを打ち明けることで。そう、ある誰かに――

「おいご主人?」

官兵衛の言葉が耳に届いて、ルイズははっとした。

目の前を見るとそこに、不思議そうな表情の官兵衛が居た。

「どうした?急に黙り込んで」

ワルドの話をしている途中で急に黙り込んだルイズを、官兵衛は怪しんで顔を覗き込む。ルイズは頭を振った。

「な、なんでもないわよ!」

官兵衛に覗き込まれ、自分の顔が赤くなるのを感じる。頬に手を当て、そっぽを向く。

何故だろう、今の表情を官兵衛に見られたくはない。

そんな思いが彼女の頭いっぱいに広がっていった。

官兵衛は、そんなルイズの様子を見てハァと息をついた。ゆっくりとルイズに問いかける。

「そんなにあの子爵が恋しいか?」

「なっ!違うわ!」

官兵衛の言葉に慌てて顔を上げる。ルイズは困ったような顔をして、官兵衛を見やった。

しかしそんなルイズの態度を肯定ととったのか、官兵衛は続ける。

「ま、そうなるのも当然だろう。子爵は魔法なんちゃら隊の頭だ。

式典の時の声援や装いからも、その人気っぷりが窺える。それに加えて顔も実力も揃い踏みときたもんだ。

お前さんが必死になるのにも頷けるよ」

官兵衛が喋り続けるのを聞いて、ルイズは一言も口が利けない。

「まあ白状するよ。あの子爵とひと悶着起こして悪かったとは思ってる。だが心配いらん、あの子爵はお前さん一筋だよ」

違う、とルイズは思った。

そんな言葉が聞きたいんじゃない、官兵衛の口からはもっと――

「やめて……」

ルイズが呟く。しかし聞こえなかったのか、構わず官兵衛は喋り続ける。

「安心しろ。小生とどう険悪になろうと、お前さんとの結婚に支障はない」

やめて欲しい、人の気も知らないで、とルイズの肩が震えた。

自分はこの結婚をして良いかどうか悩んでいるのに。

ワルドの気持ちを何故か受け入れられなくて悩んでいるのに。

官兵衛が何かを喋り続ける。

「まあ、小生もお前さんが結婚するまでにはおさらばしてやる。その辺は気に――」

その言葉に、ルイズは弾けたように叫んだ。

「やめてっ!!」

「ッ!?」

ルイズの剣幕に、官兵衛はビクリと肩を震わせた。

ルイズが顔を真っ赤にして、息を切らす。小さな肩が激しく上下する。彼女は立ち上がり、思いのまま叫んだ。

「なによっ!人の気も知らないで!あんたなんかに私の結婚のなにが分かるっていうのよっ!

こっちの気も知らないで!適当な事ばっかり言って!」

叫び続けるルイズに圧され、官兵衛は押し黙る。

「そうよ!あんたのせいよ!あんたが私の使い魔だからよ!あんたみたいなのが居るせいで私は結婚に踏み切れないんだわっ!

あんたのせい!あんたのせいなんだから!!」

そこまでまくし立て、ルイズはハッとした。自分は何を言っているのだろう。

今、目の前で話をしている官兵衛に何を喚いているのだろう。叫びの所為か、喉の奥がジンジンする。

官兵衛は口を半開きにしたまま、ルイズを見上げていた。彼女の胸中に後悔がよぎる、そして。

「ッ……!!」

叫んだあまり歯止めの効かなくなった感情が、波のように押し寄せてきた。

ルイズはくしゃりと顔を歪めると、わき目も振らず駆け出した。

扉を開け放ち、外へと飛び出す。背後で自分の名を呼ばれたような気がしたが、ルイズは振り向かなかった。

廊下を滅茶苦茶に走る。幾度そうしたか、彼女は自分とワルドが泊まる部屋に辿り着く。

ワルドは戻っておらず、部屋は真っ暗だ。

ルイズは飛び込むように大きなベッドに倒れみ、うつぶせになる。

拳を振り上げ、何度も毛布を叩いた。

叩いて叩いて、耐え切れなくなって、彼女は真っ白いシーツに顔を埋めた。

自分は、あんな事を官兵衛に言うために彼を呼んだんじゃない。

そして、ワルドとの昼間の騒ぎを問い詰めるために官兵衛を呼んだわけでもなかった。

そうだ、自分は相談したかったのだ。官兵衛に結婚の事を、プロポーズの事を。

自分はどうしたらいいか、自分の引っかかってる心は何なのか。官兵衛なら答えをくれるような気がしたから。

それを自分はフイにした。そしてあろうことか、官兵衛の思いやりの言葉を跳ね除けて――

にじむ涙をベッドに押し付けながら、彼女は声を押し殺して泣いた。

時間にして十数分、だが彼女にとっては無限のような後悔の時間が、そっと流れていった。

 

ルイズがそんな時間を過ごしてから一刻が過ぎた頃だった。

キュルケとタバサ、そしてワルドは、一階の酒場で異様な気配に身構えていた。

月が一つになった闇夜、宿の外はやけに静かだ。

この時間、人通りはまちまちの筈だが、それらが全て払われたかのような静寂。

闇に何かが潜んで、息を殺しているようであった。

どうしたね?とギーシュが三人に尋ねる。

しかし皆は答えず、そっと手で杖の位置を確認する。

互いに目配せし、頷く。その時だった。

入り口の闇から狂うように、無数の矢が飛び込んできたのだ。

「ッ!?」

ギーシュが目を見開いた。タバサが素早くルーンを唱え、風のシールドを作り出す。

弾かれた矢が酒場の天井や床に突き刺さるのを見て、他の客が声を上げた。

「なんだ!?」

「襲撃だああああああっ!」

無数の叫び声が室内に響き渡った。

ワルドが瞬時にルーンを唱える。杖が風の刃と化し、床と一体となったテーブルを切り倒し、盾とした。

削り出しの大理石机に、矢が当たって跳ね返るのを見て、ギーシュは身震いした。

「やっぱり来たわね!」

キュルケがファイヤーボールを唱え、外に向かって放つ。炎弾が闇の一部を照らすと、そこに無数の武装集団が映し出される。

夕べ官兵衛達を襲った、貴族派の刺客。それを思わせる軍団が、ざっと100人以上、そこに構えていた。

「あらまあ、随分沢山のお客さんだこと」

あまりの歓迎ぶりに、キュルケがおどけた調子で言った。

ワルドが矢を逸らしながら喋る。

「貴族派も手が早いな、昨日の今日でもうこれほど兵を集めるとは。何が何でもアルビオンに行かせない気だな」

テーブルの影に身を潜めながら、四人は顔を見合わせた。

「どうするの?敵は多勢、いくらこっちがメイジでも、魔法が切れたら終わり。即突入してくるわ」

「そ、そうなったら僕の新生ワルキューレで!」

ギーシュが薔薇をくわえながら勇む。それを手を広げながらキュルケが言う。

「あなた精神力は?」

ギーシュがうっ、と言葉に詰まった。そして何故知っているんだ、とキュルケに問う。

「だって朝あれだけドンパチしてれば、ねぇ?」

キュルケの言葉に、タバサも頷いた。彼と官兵衛の戦いは、どうやら見られていたらしい。

「ダーリンとの戦いで四体使ったでしょ?あと出せるのは三体。それじゃあ一個小隊も相手になんないわよ?」

ましてや相手はメイジ相手に手馴れた集団だ。先程から魔法の射程外から矢を放ってくる事から、それが窺える。

それを聞いて、ギーシュは静かになった。

「とりあえず、ルイズと使い魔君が気になるな」

ワルドが階上を見上げながら言う。

「ルイズはともかく、ダーリンは大丈夫よ」

キュルケがそんな事を喋ると、ややあって扉の外から轟音がした。

それと同時に、傭兵達の悲鳴が上がり、激しい剣戟の音が響き渡る。

剣戟の音に混じって、聞きなれた怒声が聞こえてきた。

先程から雨あられのように飛んできた矢が、ピタリと止んだ。

「ほらね?」

キュルケがニコッ、と笑いながら言った。

次にととと、と階段を降りてくる軽い足音を聞き、ギーシュがテーブルから顔を出した。

足音の主を見て、一同は声をあげた。

「ルイズ!」

二階に続く階段から、ルイズが汗を流しながら駆けて来た。やんだ矢を見計らって、ルイズがテーブルの陰に合流した。

ワルドがすぐさま彼女の傍に寄る。

「ルイズ、良く無事で」

「ワルド……」

即座に彼女の手を取り、安堵の表情を浮かべるワルド。

そんな最中、ギーシュがルイズに、彼は?と短く尋ねた。

ルイズが外を見ながら言った。

「私は三階から、傭兵が押し寄せるのを見つけて。それで後から駆けつけたカンベエがそのまま飛び降りて傭兵の群れに……」

「飛び降りた?三階から!?」

ルイズの言葉にギーシュが驚き声を上げた。

フライも使えない平民が三階もの高さから跳ぶなど、自殺行為もいいところだ。

それを平然とやってのけ、傭兵の集団に突っ込むなど常軌を逸し過ぎている。

と言う事は、先程外から聞こえた騒ぎは――。

そこまで考え、彼は傭兵集団の方向に目を向けた。

なにやら先程と同じ、聞きなれた叫び声が響いてくる。

だんだんと大きくなり、こちらに近づいてくる音源。

やがて、扉の向こうから大きな人影が転がり込んできた。

「うおおおおっ!」

手枷に鉄球、汚れた羽織。黒田官兵衛が、入口の段差にずっこけそうになりながら現れた。

「カンベエ!」

「ルイズ!無事降りたか!っととと!」

官兵衛がルイズに声を掛けると同時に、再び矢が飛んでくる。

それを転がって避けながら、官兵衛もテーブルに逃げ込んだ。

「ちくしょう!少しは休ませろってんだ!」

間一髪で矢の雨から逃げ切った官兵衛は、小さくごちた。

ワルドが、メンバーが揃った事を目で確認しながら口を開く。

「全員揃ったな、それでは作戦だ」

ワルドの言葉に、全員が顔を寄せ合った。

ワルドの提案はこうだった。

まず数人がこの場に残り、集団を、派手に足止めする。傭兵をひきつけている間に残りが裏口から桟橋に向かう。

船の出港時刻ではないが、ワルドは風のスクウェアメイジなので、船の航行を助ける事が出来る。

それにより船を予定より早く出航させ、敵を振り切ってしまおう。そういう作戦だった。

ワルドの作戦を聞き終えた一同は顔を見合わせた。

タバサが本を閉じ、自分とキュルケとギーシュを指して囮、と言った。

次にワルドとルイズ、官兵衛に桟橋へ、と告げた。

ワルドとタバサの合図で、全員が腰を上げようとした、その時だった。

「駄目だ」

短く鋭い一言が、場の空気を破った。

驚いて全員が振り返る、そこには。

「カンベエ?」

ルイズの使い魔、黒田官兵衛が静かに鎮座していた。

「どうしたの?ダーリン」

キュルケが目を見開いて尋ねる。それに対して速やかに官兵衛が答えた。

「この行軍、危険だ。この場でやり過ごす」

突然の提案に、皆が固まった。しばしの沈黙、我にかえったギーシュがあわてて喋りだす。

「なにを言うかね!こんな時に!」

矢が降りしきる中、彼は焦りながら言った。

「子爵も言っただろう!僕らは囮で、君らは目的地へ!分かれて速やかに作戦遂行しなければいけない時に君は――」

「分断は敵の思う壺だ」

ギーシュの言葉を打ち消して、低いうなるような声色が通る。ビクリと肩を震わせたギーシュが押し黙った。

続けるように官兵衛が言う。

「いいか、敵は大群で奇襲、にもかかわらず裏口の包囲は薄い。明らかに罠を仕掛けてる」

官兵衛の言葉に皆が静まり返った。

「逃げ道を作り、分断させ、出たところを仕掛けて一気に切り崩す。戦の常套手段だ」

ギーシュやルイズ、キュルケさえもその気迫に押し黙った。

「このまま出るのは危険すぎる。明るくなるまで待って桟橋へ向かう」

官兵衛が無表情で言い放った。有無を言わさぬ態度。

それを見ていて、ルイズは驚きを隠せなかった。

今の官兵衛からはいつもの暢気な様子も、気だるげな態度も感じ取れない。

前髪で隠れた表情から、鬼気迫るものを感じる。目の前の人物は本当に官兵衛なのだろうか?

そう疑うような変わり様だった。

これまで沈黙を守っていたワルドが口を開く。

「待ちたまえ、使い魔君」

ずいと前へ進み出て、官兵衛と向かい合うワルド。

「君の言う事は推測に過ぎない。危険があるという確証がどこにある?」

静かに落ち着いた様子で、官兵衛を見据える。

その表情は僅かに笑みを浮かべているように見えるが、目元が鋭い。

いつもよりややトーンの低い調子で、彼は喋った。

「いいかね、これは急ぎの任務だ。朝まで待つ?馬鹿げている。そうしている内に目的はすり抜けていくだろう」

王党派は明日をも知れぬ身だ。官兵衛らの到着が遅れれば軍は崩れ、手紙の回収などままならぬ。

さらに言えば、急いで出航して敵を欺かないと、この状況すら切り抜けられないかもしれなかった。

ワルドは語調を強くして言った。

「なあ使い魔君。平民の君にはわからないかもしれないが、こうした状況では半数が目的地に達すれば成功なのだよ。

罠の確証が無い以上、これが最善だ」

諭すような口ぶりである。

「それとも危険が待ち構えているという証拠でもあるのかね?」

尚の事ワルドは問いかける。その鋭い眼光が官兵衛を捕らえる。ギーシュがオロオロしながら、二人を見比べた。

ややあって、官兵衛はゆっくりと言葉を紡いだ。

「証拠は、無い」

否定の言葉がその口から出る。

それを聞くとワルドは、ふぅと肩を下ろした。やはりな、といった表情であった。

「では決まりだ。諸君――」

「だが、確信はある」

ワルドの言葉を遮る官兵衛。それを聞き、ワルドが言う。

「君の確信など当てにならない。何を根拠にそんな事を」

「ここまで襲ってきたのは平民だ。必ず裏にメイジが居て隙をうかがってる」

ワルドの言葉に即座に反論する。ワルドが忌々しそうに口元をゆがめた。

「だからそれも君の推論だろう。その白仮面が待ち構えているとなぜ言えるッ」

ワルドが語調を強める。官兵衛が目を光らせ、冷静に言い放った。

「読みだよ。賭けるに値する読みだ」

二人のそのさまに、ルイズは不安な気持ちを大きくした。

どちらも普段の調子からは予想がつかないほど恐ろしい。

普段暢気な官兵衛は、これ以上なく真剣だし。優しいワルドは、苛立ちを隠せずに居る。

自分の使い魔と、婚約者がいがみ合っている。ルイズにはその状況が嫌でたまらなかった。

「や、やめて」

か細い声でルイズが言う。しかし二人の耳には届かない。

「賭けだと?僕らの使命は博打じゃないッ」

「戦は博打だ。草履か木履か選ぶように動くのが戦だ」

二人の熱は高まる一方だ。

「なにを言うか!平民風情が知った風な口を利くな!」

「平民だろうが貴族だろうが、読み間違えたら一巻の終わりだろうが」

そして、官兵衛の言葉にワルドが勝ち誇ったように言う。

「成程、さては恐ろしいんだな?」

何?と官兵衛が顔を上げた。

「君のそのザマ、その手枷。それではとてもルイズを守り通す事は出来ない」

何を言っている、とばかりに官兵衛が首を傾げる。

「もっともらしい事を言っているが、君はただ恐れているだけだ!万にひとつでも主人を守れない可能性に!」

ワルドが突如手を広げた。

「だから危ない橋を渡らずに無難な選択で乗り切ろうとしている!ふふ、成程ね」

口元に手をやり、短く笑ってみせるワルド。その様子に官兵衛もカチンと来た。

「心配はいらないよ、使い魔君。ルイズは僕が守る。君はせいぜい危なくないよう、こっそり着いてくるがいい」

そんなワルドの言葉に、官兵衛が悪態をついた。

「はん……誇りまみれの箱庭育ちが。お国さんは丸裸だな、こんなヘナチョコが護衛隊長なんだからな」

「何?」

ワルドの顔から表情が消える。そしてゆらりと杖を引き抜いた。

「いま何と言った?」

ワルドに杖を向けられながら、官兵衛が立ち上がる。彼は矢が飛び交う室内で、堂々と屹立すると。

「オラッ!」

その場で豪快にも鉄球を振り回した。暴風を巻き起こし、大量の矢の雨を元の方向へと跳ね返す。

跳ね返って来た矢に、恐れおののいた傭兵達は、射撃を一時中断した。

矢が止んだ室内で、官兵衛はゆっくりとワルドを見下ろす。

そのとてつもない迫力に、口を挟む物は誰も居ない。

官兵衛が言い放った。

「何度でも言ってやる、お前さんはヘナチョコだ。状況も読めず、無謀と勇猛の区別もつかず、挙句の果て女を奪おうと躍起になる」

無表情のワルドの頬が、ピクリと動いた。

「腕っ節と誇りに溺れて、部下や味方は一目散に死に向かわせられる。隊の頭が聞いて呆れる」

官兵衛に突きつけられた杖の切っ先が、わずかに震える。

それを見て、官兵衛は薄く笑った。

「お前さんはなにも掴めんさ。ツキも、勝ちも、惚れた女もな」

息を目一杯吸い込む。そして、大声でワルド目掛けて言い放った。

「そんなんで使命なんざ百年早い!帰って母親の顔でも拝むこったな!」

「貴様ッ!!」

官兵衛の言葉にワルドが激高した。

杖から魔法が飛び出す。昂ぶったワルドの精神力が膨れ上がり、スクウェア以上の風圧が生み出される。

台風と見紛う巨大なウィンドブレイク、それが発動した。

「!!」

暴風が吹き荒れ、壁が根こそぎ持っていかれる。

人が塵あくたのように舞い、どこかへと消えていく。

バーにあった酒瓶や椅子は紙切れのように飛び上がる。

恐るべき光景であった。

数分か数秒か、長いか短いかわからない時間が過ぎる。

ガクガクと震えながら地面に突っ伏していたギーシュが、ちらりと目を開ける。

キュルケも、おもわず伏せていた顔を上げ、それを見やる。

タバサは、飛ばないよう本を押さえていた手をどけた。

風が止み、静寂が訪れる。

彼らの視線のその先には、見るも無残に破壊された宿の入り口。

扉ごと根こそぎ持っていかれた壁は、部屋の三分の一を占めていて、ぽっかりと外の闇を覗かせていた。

入り口に溢れん程にいた傭兵達は、かけらも姿が見えない。ワルドの魔法で、跡形もなく吹き飛んだのだろう。

脅威の威力だった。ワルドが水平に杖を構えたまま息を切らす。

ゼェゼェとその切っ先を虚空に向けている。

そして、その切っ先のすぐ隣に、官兵衛は立っていた。

顔の真横のスレスレを、ワルドの杖が指す。

暴風で乱れた髪を気にするでもなく、官兵衛はその人物を見ていた。

その視線の先には、杖を持ったワルドの腕にすがりつく、桃色の髪の少女。

ルイズが、必死の表情で杖の切っ先を官兵衛から遠ざけていた。

「……ルイズ」

ワルドが無表情でその名を呼ぶ。

肩で息をし、顔面を蒼白にしながらルイズは静かに言った。

「やめて、二人とも……!」

ふるふると小刻みに震えるルイズ。彼女は怯えた表情で、ワルドの行動を押し留めていた。

嫌だった、もうたくさんだった。

憧れの人が、命の恩人が、醜く言い争い、傷つけあう姿が。

ワルドが呼吸を静め、ゆっくりと杖をしまう。吹き飛んだ羽帽子を拾ってかぶり直し、服についた埃を払った。

一方で官兵衛はコキコキと首を鳴らし、周囲を見回す。

女神の杵亭の壁ごといなくなった傭兵集団を確認すると、深くため息をついた。

睨みあう官兵衛とワルド。

ルイズがその間に入り込むと、両手を広げて二人を制した。

ワルドのほうを向きながら、ルイズは強い眼差しで訴えかける。

その美しい鳶色の瞳に見据えられたワルドは、息を吸って、官兵衛に向けてこう言った。

「この僕を侮辱した事。ここは僕の婚約者、ルイズに免じて受け流そう」

それを聞くと官兵衛は、つまらなそうに鼻をならした。

そんな官兵衛をルイズが睨みつける。主人の視線を受けて、頭をぽりぽり掻きながら、官兵衛は歩き出した。

「ルイズ」

官兵衛を見つめるルイズの背中に、唐突に声がかけられる。

見ると先程から一変、やわらかい優しげな表情に戻ったワルドが、彼女の後ろに立っていた。

そして真剣な眼差しで、こう言った。

「これからどう行動するか、君が決めてくれ」

えっ、と呆気に取られるルイズ。彼女の肩にやさしく手がかかる。

「君はこの任務の第一人者だ。僕よりも、彼よりも、行く道を決める権利がある」

ルイズは困り果てた。先程言い争っていた行動を、自分が決めるのだ。

それは、どちらかを選んで、どちらかを選ばない。そういう事だ。

ちらりと横目で官兵衛を見やるルイズ。

偶然にも官兵衛と目が合うと、その目は好きにしろ、と物語っているように思えた。

自分が決めるしかない。彼女は意を決して、口を開いた。

「桟橋へ、ただし行軍は皆で行くわ。何が待ち構えているかわからないから慎重に!」

強い口調で言い放つ。それは、官兵衛とワルドの案を考慮した、譲歩案だった。

どっちつかずとも取れる決定だったが、キュルケをはじめ、ギーシュ、タバサも納得したように頷いた。

全員が、壊れた壁を通り抜けて外へ出る。ガレキの山を踏み越えながら、一同は桟橋を目指した。

 

「はあ……まったく一時はどうなる事かと」

ギーシュが顔を蒼白にしながら、ようやく口を開いた。

隣を悠々と歩く、キュルケとタバサ。二人は先程の事など何も無かったかのように振舞いながら、目的地を目指していた。

「なあ、君達?」

ギーシュの声かけに、無言の二人。

「なあって!」

そんな二人にしつこく話しかけ続けるギーシュ。

「なぁによ、うるさいわね」

面倒くさそうにキュルケが口を開いた。しかし気にした素振りもなく、ギーシュは喋りだす。

「彼らさ、カンベエと子爵。一体どっちが正しかったのかな?」

歩きながら、ギーシュはそんな事を口にする。それを聞くとキュルケは、下らなそうに手を振った。

「知らな~い。ああいった言い争いに興味はないわ」

「でも、もしかしたら僕らの生死を左右するかも!考えておいて損はないだろう!?」

しつこく食い下がるギーシュ。しかしキュルケは、やれやれと肩をすくめるとこう言った。

「あのねえ、あの二択はもう終了したの。今はあの子の計らいでこうして歩みを進めている訳だし、ほじくり返す必要ないの。おわかり?」

「うっ!まあ確かに、そう、だけど……」

しょんぼりするギーシュに、さらにキュルケが言う。

「下手にほじくり返して、またあの二人が決闘!なんて事になったら困るでしょ?」

本当、男って子供なんだから、と付け足すと、彼女は足早に歩き続ける。

ギーシュはやきもきした気持ちのまま、彼女の後を着いて行ったのだった。

「(でもまあ、ダーリンの策だったら別に何でもいいかも)」

彼女の内心思ってる事は露知らずに。

 

闇夜の中、桟橋である大樹ユグドラシルを見渡す家屋の屋上に、四人の影があった。

一人は長身で杖を下げ、白い仮面をつけた男。そして残り三人。

「ようやくか」

「待たせるな」

「全くだ」

それぞれが思い思いの言葉を発する。

三人は重い甲冑を一様に着込んでおり、動くたびにガチャガチャと音が鳴り響く。

その甲冑は白と黒で彩られた風変わりな物であった。

そして顔には、ドクロを思わせる白色の惚面をつけており、三者とも目元のみしか判らない。

さらには武器である。

一人はその手に、東方から伝わる剣、太刀を。

二人は身の丈以上ある薙刀を、それぞれ携えていた。

そんな奇妙な出で立ちの三人は、かちゃりかちゃりと、不気味なまでにリズミカルに得物を鳴り響かせる。

鋭い眼光を隠そうともせずに、仮面の貴族と向き合っていた。

「よいな。予定は狂ったが、手筈どおり邪魔者を消せ。俺は土くれを探す。はっ!」

仮面が合図のように跳躍する。すると、重い甲冑を纏ってるにも関わらず、三人も高々と跳躍した。

重なりし月をバックに、四のシルエットが浮かび上がる。

そして音無く着地した四つの質量は、屋根づたいに駆け出した。

背後を一糸乱れず着いてくる三人を見て、仮面の貴族はほくそ笑んだ。

仮面は三人を一瞥すると、激を飛ばした。

「行け、死神共!その刃に血を存分に吸わせ、事を成せ!さあ行け!」

そういうと、三人は恐るべき速度で地を駆け、まっすぐにユグドラシルに向かって行った。

「行け、ミヨシ……三人衆」

仮面がその背中を見て、静かに呟いた。

 

必殺非業

    三好三人衆

          暗躍

 

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