暗の使い魔   作:Luta

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第十八話 『ユグドラシルの攻防』

狭く長い階段が、延々と上に続く。建物の隙間を縫うように築かれたそれを、複数の足音が駆け上がった。

僅かな月明かりに照らされながら、その六人、官兵衛一行は息を弾ませて、真っ直ぐに桟橋を目指していた。

先頭をワルドが駆ける。後をルイズ、タバサ、キュルケ、ギーシュと続き、最後尾には官兵衛が居た。

官兵衛は鉄球の鈍さもあるが、近接戦闘を得意とするために殿をつとめた。

後方に注意を傾ける官兵衛。風の流れで、周囲の動きを察知するワルドとタバサ。

気の休まらない行軍が続いた。

そして駆けること十数分、遥か上方に階段の切れ目が見えてきた。

もうすぐか、と官兵衛が息を切らして、そのさらに上を見上げた、その時だった。

「なっ!なんだコイツは……!」

彼は息を呑んだ。

そこにあったのは、月明かりに照らされた巨大な影。百メイルをゆうに超え、天まで届かんとする大樹であった。

四方八方に枝が伸び、空を掴まんとしている。そして良く見ると、その枝には果実のように、無数の帆船がぶら下がっていた。

官兵衛は思った。

「(これが『桟橋』か、驚いたな……)」

なるほど、船は船でも天駆ける船。そして発着場は高く聳える巨木ユグドラシル。

山を登らねば辿り着けないわけだ、と納得した。

長い階段を登り終え巨木が近づく。黒く影をつくる幹、その根元に僅かな明かりが灯ってるのが見えた。

どうやらあそこが入り口らしい。

一同は、周囲を見渡しながら、素早く巨木の中へ駆けて行った。

中に入ると、そこは吹き抜けの広大なホールになっていた。

見上げれば天井は見えず闇が広がる。

大樹の幹をくりぬいて作られたその空間に、再び驚く官兵衛。

「こっちだ」

不意に、ワルドが方向を指し示す。そこには、木で出来た階段があった。

隣の壁には、鉄の板に文字が書かれたものが貼られており、船の行き先を示しているらしかった。

見上げると、階段は遥か上の枝にまで続いてる。

ギシギシとしなる階段を、登り始める一同。官兵衛は、鉄球の重みで階段が崩れやしないか、と不安に思いながら後に続いた。

官兵衛達は、ただひたすら上へと上り続けた。

 

 

暗の使い魔 第十八話 『ユグドラシルの攻防』

 

 

上り始めて約十分。まだ船は見えず、下を見れば黒一色の世界があった。

周囲にはくもの巣のように、桟橋への階段が張り巡らされている。

しかし、メイジでもないかぎり、落ちたら一巻の終わりだ。

「ハァ……」

「どうしたね?」

目前を走るギーシュが、官兵衛のため息に振り返った。

「いやなに。こういう場所じゃあ、小生が落っこちるのが容易に想像できてな」

官兵衛の言葉に、ギーシュが笑った。

「なんだい?君は高いところが苦手なのかい?」

「違うわ。小生のツキを象徴してるようで嫌なんだよ」

官兵衛が吐き捨てるように言った。なるほど、下に広がる闇は奈落を思わせ、地獄まで続くように錯覚させられる。

官兵衛の不運を考えると、彼は真っ先に引きずり込まれそうである。

そう思うと、彼は不安に駆られずにはいられなかったのだ。

それを聞いてギーシュが言う。

「まあ安心したまえよ。一見頼りないが、意外と頑丈なんだぜ?この階段」

ギーシュがニヤニヤ笑いながら、激しく足踏みした。

「おいおいよせ!」

官兵衛が上ずった声で止める。それを見て、ギーシュはますます笑みを浮かべた。

「やっぱり怖いんじゃないかね!大丈夫だとも!ゴーレムでも現れない限り壊れは――」

その時だった。先を走るタバサが別の気配を察知したのは。

「来る」

「え?」

タバサが短く呟く。ギーシュが慌てて振り向いた。

その瞬間、どおん!と桟橋の階段全体に激震が走った。

「う、うわああああっ!?」

木の階段が、激しく軋んで揺れ動く。油断していたギーシュが、慌てて柵につかまった。

突然の出来事に動揺しながら、一向は衝撃の原因を探した。目前の階段、数十メイル先を見やる。

するとそこに白黒の甲冑の男が、薙刀を携えて佇んでいた。

闇に溶け込むようにたたずむ男は、薙刀をリズミカルに振るいながら、こちらに対峙している。

「新手か」

ワルドが敵を見て呟いた。

「平民の傭兵かしら?メイジ相手にたった一人なんて……」

ルイズが警戒しながら言う。しかしタバサが、即座にその言葉を否定した。

「一人じゃない、三人」

「え?」

タバサの言葉に、ルイズが辺りを見回す。官兵衛が後ろを振り返った。

するとそこには、いつの間に現れたか、同じ甲冑に薙刀を構えた傭兵が。

「挟み撃ち!?こんな場所で!」

ギーシュが叫んだ。

だが問題はそこではない。敵の残り一人の居場所だった。

官兵衛が、鋭くその気配を察知し、叫んだ。

「ルイズ、タバサ!上だ!」

官兵衛が言うと同時に、タバサとワルドが動いた。タバサは自分のいた場所から一歩背後に飛ぶ。

ワルドはルイズを抱えた。その瞬間、二人が居た場所に白刃の一撃が降ってきた。

轟音とともに階段が揺れ、埃が舞い上がった。そのあまりの出来事に、ギーシュが悲鳴をあげた。

恐るべき力で、刃が階段を割る。

メキメキと音が鳴り、階段に激しいヒビ割れが走った。

「いけない!」

キュルケが叫んだ。

各々が即座に詠唱を完成させ、フライで飛び上がる。ワルドはルイズを抱えたままで飛び、官兵衛は即座にその場で跳躍した。

すると、数十メイルに渡って伸びていた足場が、音を立てて崩落した。奈落に吸い込まれるように、階段が落ちていく。

ギーシュは宙に浮かびながら、青ざめた表情でそれを見ていた。官兵衛が壁にしがみ付き、手近な階段に飛び乗る。

キュルケとタバサは、一番近い数メイル下の階段に着地した。

そしてワルドが、上方に張り巡らされた別の階段に移るのを見て、ギーシュもそれに従おうと浮遊した。

その時、キュルケが叫んだ。

「ギーシュ!危ない!」

「へ?」

キュルケの言葉にギーシュが側方を振り向き、そして目を見開く。

なんと彼の目前に、薙刀を構えた男が迫っていた。

「なっ!?う、うわああああああっ!!」

驚愕し、声をあらんばかりに張り上げる。

ギーシュが居る位置は、崩落した階段の中腹。つまり空中だ。

階段が崩れた今、足場は無いはずなのにそこに敵がいる。

そしてその敵は今にも、その手にした得物でギーシュを叩き斬ろうとしていたのだ。

慌てて薔薇の造花を振り、回避を試みる。しかし、敵が一瞬早かった。

キュルケやタバサが呪文を詠唱するが間に合わない。

風を切り、数サント鼻先に刃が迫った。

「まずは一人」

まるで手作業を確認するかのように、淡々と男が呟いた。

斬られる――ギーシュが思ったその時、鈍い衝撃音が、その場に響き渡った。

「斬られっ!………へ?」

なんと目前の男が、黒い塊を胴体に受け、彼方へと吹き飛んだのだ。

甲冑の傭兵が、遥か下の闇に消えていく。

鎖つきの鉄球が敵をなぎ払うのを見て、ギーシュはそれの飛んできた方向を見やった。

「き、君!」

ギーシュが叫ぶ。

そこには、やや高い足場から鉄球を振るう官兵衛の姿があった。

「た、助かった」とギーシュは安堵した。しかしキュルケらの声で現実に引き戻される。

「ギーシュ!はやくこっちに」

見ると、数メイル下方に張られた階段で、キュルケとタバサが背中を合わせて周囲を警戒していた。

素早く二人のもとに降り立つギーシュ。彼はそんな二人に向かって言った。

「君達、こんな所にいないで、早く上に!桟橋に行かないと!」

しかし、その言葉をタバサが遮った。

「駄目」

「どうしてだね!?」

ギーシュが尋ねる。タバサに代わり、キュルケが答えた。

「狙い撃ちにされるわ」

キュルケの言葉に、えっ?と疑問符を浮かべるギーシュ。珍しく真剣な表情で、キュルケが続けた。

「わからない?あの妙な格好の傭兵達、闇の中からこっちを狙ってるわ。

フライで上に行こうとすればたちまち飛び掛ってくる」

「なんだって?」

ギーシュはそれを聞いて言った。

「冗談はやめたまえ!メイジじゃあるまいし、魔法無しでぼくらに飛びつこうだなんて――」

そのとき、ギーシュの言葉を遮るように、下方に無限に広がった闇の中から、影が飛び出てきた。

「なっ!」

ギーシュは驚愕に目を見開いた。

その影は、桟橋中に張り巡らされた階段を、ムササビのように渡りながら、こちらに向かってきたのだ。

階段同士の距離は数メイルから数十メイル。にもかかわらずそれを、脚の跳躍だけで飛び越える。

そして影は、彼らから三十メイル程離れた場所でバネのように身を屈めると、弾丸のような速度で一直線にこちらに飛んできた。

キュルケが即座に炎を放ち迎撃する。灯りに照らされ、ドクロの様な惚面が闇に浮かび上がった。

炎の塊と薙刀が交差する。

しかし炎は刀で受ける事は適わず、そのまま男の身体を包み込んだ。灼熱に身を焼かれ、下へと落ちていく男。

その姿は、再び闇の中へ掻き消えていった。

一連の攻防を見ていたギーシュは、震える声で言った。

「今のは、一体!?と、ととと飛んできた!魔法も無しに!」

「だから言ったでしょう?」

キュルケが油断なく杖を構えながら言う。

先程ギーシュに襲い掛かった傭兵も、このようにして空中の彼に迫ったのだ。

「フライで飛んでる隙に、あんなのに飛びかかられちゃたまったもんじゃないわ。だからうかつに上に行けない訳」

メイジは通常、フライを唱えてる最中の魔法の詠唱が難しい。飛んでる最中に狙い撃ちされれば、非常に分が悪いのだ。

敵の新たな攻め手を三人が警戒している時、上のほうから声がした。

「無事か!お前さん達!」

官兵衛の声だった。それを聞き、三人が顔を見合わせる。

キュルケが、三人とも無事である事を伝えると、官兵衛もこちらは皆無事である事を伝えてきた。

「こっちに来れるか!?」

「ちょっと取り込んでて無理ね!しつこくアプローチしてくる方々のせいよ!」

キュルケが軽口を叩きながら言う。そして、上で待ちあぐねている官兵衛らに伝えた。

「ダーリン!ルイズ!悪いけど私達、ここでお別れよ!」

「ちょっと、どういうことよキュルケ!」

ルイズの鈴のような声色が、ホール内にこだまして良く響いた。

「この面倒な方々は、ここで私達が食い止めるわ!その間に桟橋に向かって!」

キュルケが続ける。

「私達はあなた達が何しにアルビオンに行くか知らないし、これでいいのよ!

あ、言っておくけど残るのはダーリンの為よ!貴方の為じゃないからね!」

キュルケの勇ましげな言葉に、ルイズは唇を噛んだ。

キュルケは家同士の因縁もあり、普段喧嘩してばっかりで、お世辞にも仲が良いとは言えない。

タバサだって、普段無口で殆ど話した事は無い。ギーシュなんてキザで女の子に目が無い見栄っ張りだ。

それでも、これまで学院の日々を共に過ごしてきた仲間である。

任務の為とはいえ、こんな危険な場所に皆を残して行くなんて、とルイズは思った。

「ルイズ、ここは彼らに任せて先に行こう」

そんな彼女の心情を察してか、隣でワルドが囁いた。

肩にやさしい手の感触がかかる。

ルイズは意を決すると、下で奮戦しているキュルケらに対して言った。

「かならず追いつきなさいよ!あんたみたいなのでも、何かあったら後味悪いんだから!」

ルイズの言葉に、キュルケはフッと笑った。

「おい金髪の!行き先は昨日話したよな!迷子になるなよ!」

次に官兵衛が、ギーシュに向けて言い放つ。

ギーシュがわかったと返事をすると、官兵衛達は一目散に上を目指し始めた。

 

「どうするんだね?」

ギーシュが二人に問う。

「決まってるじゃない。無粋な御仁にはお帰り願うわ」

キュルケが杖に火を灯しながら、笑みを浮かべた。

「まずはこの暗闇ね。こんな場所でさっきみたいに飛び掛ってきたら困るから……」

そういうと、キュルケは杖を振るった。杖先に灯った炎が打ち上げられ、辺りを真昼のように照らす。

「姿を現していただくわ」

階下の階段に、薙刀を携えた二人の傭兵が見えた。

突然照らされたため動揺しているのか、下からこちらの様子を窺う二人。

とその時、タバサが不意に視線を持ち上げ詠唱を開始した。彼女の周りに、無数の氷の刃が形成されていく。

膨れ上がった魔力に乗り、氷の刃がある方向へ吸い込まれるように飛んだ。

そこには、階段を伝い上へと向かおうとする一人の影があった。手には薙刀ではなく太刀を手にしている。

先程頭上から奇襲し、階段を崩落させた男だ。

男は向かってくる氷刃に気づくと、一直線に太刀を振るった。

ぶおんっ!

と剣筋が風を呼び、無数の氷の矢を逸らす。

先頭の氷矢がクルクルと回り、あらぬ方向へと弾け飛んだ。

しかし、防いだ氷の矢はブラフ。後ろに隠れるように放たれた氷の矢が男をとらえ、正確に鎧の隙間を貫いた。

「ぬ……っ!」

太刀の男がうめく。

装甲の間から血を噴出しながら、彼はぐらりと体勢を崩した。

タバサの研ぎ澄まされた技量を窺わせる、実に緻密な攻撃であった。

「やった!」

ギーシュが声をあげる。強力なトライアングルスペルは喰らったら致命傷である。ひとまずこれで一人が片付いた。

彼はそう思った、しかし。

「……まだ」

タバサが感情なく呟く。

「なんだって?」

ギーシュは首を傾げた。

ある程度の手傷は負わせたはずである。常人が動ける負傷ではない筈だ、しかし。

「……」

負傷した影が、ゆっくりとこちらを向いた。チャキリと刀を反す音が鳴る。

そしてその刹那、男は跳躍すると瞬時に、タバサたちが陣取る足場に降り立った。

彼女らの目前、数十メイルの場所に、男の姿が灯りによって鮮明に映し出された。

両者の間に緊張が走る。

「あら、ようやくご対面ね」

キュルケが、これまで散々姿を見せなかった男を、小ばかにしたように言った。

しかし、そんな言葉を気にした風もなく、甲冑の男はゆっくりと佇んでいた。

タバサはそんな男を注意深く観察する。

見ると鎧兜の隙間から、黒髪の長髪が伸びている。手にした太刀は三日月のように光を反射し、中々の業物を思わせた。

そして負傷の具合を探る。先程の魔法の矢は致命傷には程遠く、わずかに甲冑を血で染めただけのようだ。

さらには魔法をその身に受けても怯まない、強靭な精神力。

どうやらこの男が、この三人のリーダー格であるようだった。

「中々やるな、予定が狂う」

歳若い男の声が、惚面の奥から発せられた。

「お生憎様、あなた方のご予定にお付き合いするほど暇ではございませんの」

キュルケが杖を突きつけて言い放つ。しかし、それを意に介した様子も無く、男は口を開く。

「だが、これまでだ」

すると、階下から猛烈な勢いで飛び上がる影が一つ。下で様子を見ていた二人の薙刀の男の一人だ。

そしてもう一人、階段を素早く駆け上がってくる男。

二人は、男の言葉に呼応するように背後に降り立った。

「命を請え」

背後の一人が、呟きながら得物を鳴らす。

「泣き喚け」

もう一人も同じように喋りだす。

三者は、長髪の男を先頭に並ぶ。そして舞うように身を翻し、横一列に並んだ。

「「「我らは死神、三好三人衆。主の命により、お前達を闇に葬らん」」」

一定の調子で奏でられる鍔鳴り音が、不気味に響き渡った。

「ミヨシ三人衆……」

キュルケ達に緊張が走る。バラバラだった男たちが揃い、目の前に現れたのだ。

普通のメイジなら、たかが平民の傭兵ごとき束になってもメイジの前には適わない、と思うだろう。

しかしこの三人が醸し出す雰囲気は、平民のそれとは比べ物にならない危険を感じさせた。

加えてメイジ殺しを遥かに上回る、人間離れした身体能力を見せ付けてくる三者。

彼女たちは、各々杖を構えた。

「タバサ、作戦は?」

「各個撃破」

「そ、それだけかね?」

タバサのあまりに簡潔な一言に、ギーシュはよろめいた。しかし、気を取り直すと杖を振るった。

二つの花びらが散り、ワルキューレを形成する。

手には柄の長い戦斧を携えた戦乙女が、凛々しく立ち上がった。

ギーシュは高らかに言い放つ。

「無礼な賊共!先程は遅れを取ったが……この青銅の戦乙女、ワルキューレが揃ったからには、好きにはさせないぞ!」

勇ましく口上を述べる。しかしポーズを決めようとして、階段に片足を乗せるも、その足は震えていた。

ギーシュの斜め後ろで、キュルケがため息をつく。

三好三人衆は、淡々と言葉を発した。

「人形遊びか」

「児戯だな」

「手早く終わらせよう」

それを見て、三人衆は跳躍した。

「一体何のマネだねあれは?」

それは、実に不可解な行動であった。三人衆は、長髪の男を頂上に肩車をして見せた。

縦に連なる三者は、少しも乱れず、見事な感覚で肩に足をのせ直立する。

「なんだね?まるで平民がやるような大道芸だ」

ギーシュは首を傾げた。三人衆は、手にした得物を縦に連なるように合わせる。

そしてその穂先と柄尻をカシリと繋げて見せた。

するとどうであろう。

二本の薙刀と、一本の太刀が合わさり、9メイルにも及ぶ一本の大薙刀が出来上がったではないか。

連なった三者に大薙刀。それが堂々と屹立する。

そんな一連の動作を気にも留めず、ギーシュはワルキューレに突撃を命じた。

「合体してみせたつもりかい?よくわからないが、いけっワルキューレ!あの三人を突き崩せ!」

突撃するワルキューレを見て、男達の目が殺気に満ちた。

いけない!――キュルケは叫んだ。

「危ない!下がってギーシュ!」

彼女が叫ぶと同時に、それは起きた。

「「「ゆくぞ」」」

三つの声が重なり響く。

肩車をした三人衆がその場で、車輪のごとく旋回した。

周囲の空気がゆっくり、しかし徐々に速くかき回される。

ぎゃるぎゃるぎゃる!と、刃と地面が擦れる。

乱雑な摩擦音が響き、煙が舞い起こった。

ワルキューレの目前で完成した『それ』。それは、長さ9メイルに及ぶ、白刃のかまいたちであった。

輝く刃が風車のごとく旋回し、迫りそして――。

 

ずぎんっ!ずぎぎぎぎん!

 

ミキサーのように目前の全てを切り刻んだ。

壁も、足場も、ゴーレムも、そしてゴーレムを操る者自身も。

「え?」

粉微塵になった青銅の塊を蹴散らして、呆気に取られたギーシュに刃が襲い掛かる。

タバサが咄嗟に、威力を抑えたエア・ハンマーをギーシュに向けて放った。

「うわあっ!」

間一髪、ギーシュは横殴りに風を受け、階段から空中へと投げ出される。

そして吹き飛ぶギーシュの横スレスレを、刃となった三人衆が通り過ぎた。

タバサとキュルケも階段から空中へ身を投げ出して、それを回避する。

その時だった。三好三人衆が即座に合体を解除し、空中に身を躍らせた三人に狙いを定めたのは。

「しまったわ」

キュルケは舌打ちした。あの三人の狙いは自分達を空中へおびき出すことだったのだ。

空中で呪文を使えない自分達を、狙い撃つ為に。

それを証明するかのように、三人衆の一人が跳んだ。狙いは、僅かな精神力で宙を舞う彼、ギーシュだった。

「くっ!」

「弱者より消え行くのが戦の常。悪く思うな」

淡々と語る三好。このまま援護しようにも、空中では思うように魔法が撃てない。キュルケは歯噛みした。

男の刃が、静かに吸い込まれるように、ギーシュを貫いた。

「うわあああああっ!!」

ギーシュの叫び声が、ホールに響き渡った。その時だった。

「何?」

ギーシュに一撃を加えた男は、目を疑った。己の武器を持った腕に、巨大な氷の槍が突き刺さっていたのだから。

「これ、は?」

どくり、と血が滴り落ちる。氷の槍がずぶりと、肉を抉った。その感覚に、負傷した腕が武器から離れた。

そして男は、背後に冷気を感じて振り返った。そこには。

「ッ!?」

風に唸る杖の先端が、目前に広がっていた。

ドゴン!と鈍い音がして兜がひしゃげる。

兜の隙間から血を噴出しながら、その男は意識を手放した。

意識がなくなる直前、鮮やかな青色の髪が視界の端に映った。

 

長髪の男は、その瞬間を逃さず目撃していた。

三好の三男があの金髪の貴族を貫こうと、飛び迫った瞬間。

視界の遥か上から、人の脚ほどある氷の槍が降り注いだのを。

それが三男の腕を貫き、攻撃の狙いを逸らせたのを。

そして、ツバメのごとき速度で降下した青髪の少女が、勢いのまま杖を頭部に叩き込み、弟を葬り去ったのを。

隣に控えた次男はあまりの速さに、何が起こったのかすらわからず、ただ闇の底に落ちていく三男を見つめていた。

長髪の男――三好の長男は、落ちていった三男を見た後、宙に浮かぶキュルケらに目をやった。

「潰えたか?」

「わからぬ」

キュルケらを見つめながら、次男は長男に語りかける。三男は頭を砕かれ落下していったが、死んだかは分からない。

分かるのは、この場でこちらが一人が欠けた。そんな状況だった。

キュルケが足場に降り立ち、二人の男に対峙する。そしてゆっくりと力強く、呪文を唱え始めた。

階下では、ギーシュを抱えたタバサが彼の傷を見ている。

「あらあら?少々おいたが過ぎるんじゃあありませんこと?」

キュルケが冷ややかな笑みを浮かべながら、三好の二人を見据えた。

しかし彼女は笑ってはいるが、内心は溶岩のような怒りが支配していた。

自分のクラスメイトに傷を負わせた傭兵風情、このゲルマニアの炎で骨の髄まで焼き尽くしてやる。

そんな感情が渦巻いていた。

そんな彼女の怒りを察してか、次男が武器を構えたまま後退する。

すると、キュルケの杖先から炎が伸び、三好の背後に炎の壁を作った。

「どこへ行かれるのかしら?このわたくし主演の歌劇はこれからでしてよ?」

キュルケの底冷えするような笑みが、次男に恐怖の感情を芽生えさせた。

「おのれ……!」

次男が奥歯を噛み締めながら、キュルケに踊りかかった。

頭上から一直線に薙刀を振るう。

かなりの大振りだが、しかしその速さは達人のそれに近い。

初撃で仕留めるべく、渾身の力が籠められた一撃だった。

その華奢な杖ごと頭を裂いて葬ってやる。そう次男は思った、しかし。

がしん!とその一撃はあっけなく受け止められた。キュルケは涼しい顔で、横にした杖で薙刀を受け止め、次男を見据えた。

「何だと……!?」

「あらあら?か弱い女一人手篭めに出来ませんの?随分と期待はずれな御仁ね」

この女のどこにこんな力が。次男はそう思いながら歯噛みした。

キュルケが男の薙刀を弾き返し、その無防備な身体を炎であぶる。

即座に熱せられた鎧が次男の全身を焼いた。

「ぐおおおおっ……!」

あまりの熱にその場に倒れ伏す次男。そして歩み寄る足音に見上げれば、そこには赤毛を逆立たせたメイジの女が見下ろす。

その目に、目前の獲物を品定めする獣のそれを感じ取り、次男は声を上げた。

「ひっ!」

キュルケの杖先に再び炎が宿る。小さな火種は徐々に膨張し、直径一メイルはあろう大きさにまで膨れ上がった。

次男は恐怖に震え、とうとう命乞いを始めた。

「ヒッ!命は、命だけはっ!」

「あら、死神と名乗っておいていまさら命乞い?

オホホホ、どこの生まれか存じませんけど、随分とつまらない冗談を口になさるのね?ミヨシ?」

「ち、違う!俺はミヨシなんとかとは関係ない!そいつに、そこの黒髪に雇われただけだ!」

離れた場所の黒髪の甲冑を指差しながら、男は喚いた。

「俺はただのハルケギニアの人間だ!メイジ殺しなんて呼ばれちゃあいたが、ニホンの人間なんかじゃない!」

「ニホン?」

その言葉に、キュルケの眉が釣りあがった。ニホン、間違いでなければ官兵衛のやってきた国の名だ。

そこの人間ではない、とはどういう事だろう?

「何をおっしゃってるのかさっぱりだわ?そのニホンがどうかしたのかしら?」

それに対して、男は震えながら喋り続けた。

「知らねえのか?バカみたいに強いやつだよ!

俺みたいなメイジ殺しなんか、いやメイジなんか及びもつかねえ程な!俺みたいな裏の人間ならよく知ってる!」

まくしたてる男に、キュルケはさらに質問した。

「へぇ、そう。その人間が他にも居るって訳ね?」

「そうさ!そこの黒髪や、噂じゃあ今アルビオンで内戦中の――」

その時、ドス!と鈍く貫く音が聞こえた。ぶしゅう、と液体が噴出した音が響く。

ごぽごぽっ、と男の口から赤黒い液が漏れた。

男は続きを話すことが出来なかった。その喉から生えた刀の切っ先が、男のそれ以上の生存を許さなかったから。

キュルケの目の前で、鮮血を撒き散らしながら男は事切れた。ビクンビクンと痙攣した死体が、血の海を泳いだ。

その死体を冷ややかに見つめながら、男を殺した張本人、三好の長男はこう呟いた。

「我らは死を恐れない、我らは過去を忘れた、そう誓約した筈だ。それを忘れるとは……」

呟きながら、長男はもう興味なさげに、死体を蹴り飛ばす。

「メイジ殺しなど当てにはならぬ……」

ずるり、と血の跡を残し、次男だったモノは冥底を思わせる奈落へと落ちていった。

キュルケは、息を吸うように人を殺してみせた目の前の男の様に、ごくりと唾を呑んだ。

ゆらり、と長男がこちらに向き直る。白い仮面の奥の瞳が、じっとキュルケを見た。

一切の感情を宿さない、淀んだ瞳だった。たった今人を殺したにも関わらず、まるで意に介した様子も無い。

男が、キュルケを見て呟く。

「お前は我らを怖れるか……?」

淡々と、感情を込めずに口ずさむ。

「我らはお前を怖れない……」

まるで歌うように。

「怖れるとすればただ一つ……いや、言うまい」

言い終わるや否や、三好は刀を振りかぶった。

その荒れ狂う振り下ろしを、キュルケは即座に杖で受け止める。がしん!と鈍い音が鳴った。しかし。

「こいつ……!」

速く、重い一撃。先程の次男とは比べ物にならなかった。

キュルケは一筋の汗を浮かべ、渾身の力を込めて刀を弾き返す。

そのまま即座に距離をとり、ファイヤーボールを唱える。

燃え盛る一メイルもの炎が、長男を飲み込んだ。焼けるなんてものじゃない、炭になる程の火力だ。

そのまま燃え尽きなさい、とキュルケはそう思った。

それ程までに、目の前の男は得体が知れなかった。このまま終わってくれと、願うほどに。

上半身を炎に包まれた長男はしばらく微動だにしなかった。

しかしその次の瞬間、長男は太刀を無造作に振るった。

疾風が巻き起こり、上体を包んでいたキュルケの炎をかき消した。

「ッ!?」

キュルケが驚愕に目を見開く中、三好の長男は埃を払うように、残った火の粉をよけた。

彼女の奥歯が噛み締められる。ならばさらに強力な炎の二乗、フレイムボールで。

彼女がそう思って杖を振るった、その時だった。

三好の太刀が唸り、地面を捲り上げるように太刀が振り上げられた。

ミシミシと階段が軋んだかと思いきや、その一撃はなんと、地面を巻き上げながら進む衝撃波へと変貌。

キュルケに襲い掛かった。

「(速い!フライを――ッ!?)」

恐るべき速度で地面を這う一撃。彼女は咄嗟に杖を振るった、しかし。

「(痛――ッ!?)」

なんと巻き上がった木屑が一瞬速く、彼女の杖持つ腕を裂いていた。三好が太刀を振り上げる際、同時にこちらに飛ばしたのだろうか。

痛みで詠唱が中断される。そして。

「あうっ!」

彼女は不意をつかれ、押し寄せる衝撃波に吹き飛ばされてしまった。

数メイル程高く宙を舞い、地面に激突するキュルケ。

「ぐうっ!ん……!」

階段に身を打ち付け、思わずうめき声を上げる。

三好がそれを見て、刀を翻しながら一歩一歩と近づいてきた。

まずい、殺られる。

急いで身を起こそうとしたが、打ち所が悪かったか呼吸が出来ない。

「うっ……!」

「これ以上足掻くな。そのまま潰えるがいい」

「だっ……れがっ!」

息を切らしながら、よろりと立ち上がる。

「まさか、これで……勝った、おつもりっ、かしら?」

その手に固く杖を握り締め、キュルケは誠意一杯の抵抗を見せる。

三好は淡々と呟いた。

「終わりだ」

甲冑が軋み、男が駆け出す。振りかぶられた太刀が光を反射し、迫った。

脇腹に鋭い痛みが走る、がその痛みをごまかしながら、キュルケは身構えた。

その時であった。

ヒュンヒュヒュヒュと、自分の背後から、冷たい空気とともに無数の風切り音が聞こえた。

ハッとしてそちらを見やる。

そこに立つ小さな人影を見て、キュルケは安堵した。

「タバサ……」

タバサが、キュルケを庇うように三好と対峙していた。

無数のウィンディ・アイシクルを刀で捌きながら、三好は一歩、二歩と後退する。

十数メイルの距離を開けて対峙する両者。

タバサは無表情だが、見るものには分かる威圧の光を目に宿し、三好を見据えた。

そのまま、時間にして数分が経過する。

と、突如三好が空を見上げ、呟いた。

「頃合か……」

その言葉に、キュルケらも空を見上げる。するとそこには帆を広げて風を受け、アルビオンへ飛び立つ船が浮かんでいた。

速度を上げ、雲の彼方に小さく消える帆船。どうやらルイズ達は、無事出航したらしい。

標的を逃してしまった事を確認すると、三好は対峙するタバサとキュルケを見据え、静かに呟いた。

「やはり、中々やる。あの男が警戒するだけはあったな」

未だ自分に杖を向けるタバサを尻目に、三好は階段の縁に立つと、その深い闇の底へ身を躍らせた。

そして静かに、底へ底へと降下していった。

脅威が過ぎ去ったのを見て、タバサは静かに杖を下ろした。

 

「あいででででっ!痛い!痛いじゃないか!もう少し優しくだねっ!」

「あんた、男なんだから少しは我慢なさいな。全く!」

キュルケは呆れながら、目の前の出来事を見やっていた。

ギーシュは今タバサの手によって、負傷した傷の応急的な処置をほどこされていた。

見るとギーシュの肩には、薙刀で切りつけられた裂傷があった。

骨には達しておらず、パックリと切り裂かれたその傷からは血が滲んでいたが、軽症だった。

あの時タバサがジャベリンを放ち、攻撃を逸らしてくれていなかったら。彼はもっと重傷を負っていたに違いない。

「はあ全く、死ぬかと思ったよ……」

「なあにが死ぬかと、よ。こんなかすり傷程度であんな大声上げて。情けないわねぇ」

「だって考えても見たまえ!あんなおっそろしい連中に、精神力ギリギリで追い詰められて!殺されそうになって!

叫ばないほうがおかしいじゃないか!」

ギーシュはキュルケの言葉に、ひたすら異を唱え続けた。

タバサがギーシュの手当てを終える。

二人のやり取りを聞いて、タバサは役目は終わったとばかりに本を読み始めた。

そんな彼女を見て、キュルケが言う。

「それにしてもタバサ、ナイスだったわよ!ギーシュのときも私のときも。」

タバサは気にしないで、といった視線をキュルケに送った。ギーシュも続ける。

「いや!本当にあの時は助かったね!しかし、君はあの状況でどうやって魔法を?」

あの状況とは、ギーシュが空中で狙われたときの事だ。

フライで浮いていたにも関わらず、どうやって魔法を唱えたのかという事だろう。

あの時タバサは、フライで上へ上へと飛んだのだ。

そして程よい高さに来たところでフライを解除、ギーシュに向かって急降下した。

降下しながら恐るべきスピードで詠唱を終えたタバサは、ギーシュに殺到する刺客に向けてジャベリンを放った。

つまり彼女は、落下の時間を利用して魔法を唱えたのだ。

そしてあとは、そのままの勢いで敵を殴打して倒す。

それがあの攻防の一連の流れだった。

タバサの咄嗟の判断力が、ギーシュを救ったのだった。

そんなキュルケの解説を聞いて、ギーシュは空いた口が塞がらないでいた。

「全く、感心してないで少しは自分を恥じたら?貴方、守られてばっかりじゃない」

キュルケが指を立てて言う。そう言われたギーシュは一瞬、表情をこわばらせた。

軽く唇を噛み締め、うつむく。

「ちょっとギーシュ?」

キュルケが返事が返ってこないのをいぶかしんで呼びかける。

しかしギーシュは、すぐに薔薇を振りかざすと、口調を強くして言った。

「わかってるとも!今回は遅れを取ったが次こそは!グラモンの名に懸けて獅子奮迅の活躍を……って、いだだだだっ!」

大げさなポーズをとろうとして傷が痛んだのか、ギーシュはその場でうずくまった。

彼のキザったらしい仕草。それにいつものキレが無い事を、二人はうすうす感じていた。

キュルケとタバサはそんなギーシュを一先ず置いて、空を見上げた。

出航したアルビオンへの連絡船は影も形も無い。

追いかけるのは骨が折れそうね、と思うキュルケとタバサ。

その時、三人は桟橋の外から聞こえてくる羽音に気付いた。

幹の穴から外を見る。するとそこに、重なった月を背に、大きな翼を持った風竜が現れた。

タバサの使い魔シルフィードだった。口に何かをくわえているようだが、暗がりで良く見えない。

ともかく三人はホッと息をつく。そしてキュルケは声を大きくして言った。

「さあダーリン達を追うわよ!なんの任務か知れないけれど、置いてけぼりなんて冗談じゃないわ」

彼女の勇ましい言葉に、二人も頷く。三人は幹の外へ出るべく、階段を駆け上がった。

 

「(それにしても……あの男といい、テンカイといい。ニホンから来た連中。一体なんなのかしら?)」

キュルケは密かに考えを巡らせる。

殺された男が直前に言っていた言葉。内戦中のアルビオンに行けば、官兵衛と同じ日本の人間に会うのだろうか?

そしてその時はまた、戦いになるのだろうか?

「(このままいいようにされてたまるもんですか)」

未だ鋭い痛みを発する脇腹を、密かに庇いながら、キュルケはシルフィードに跨るのだった。

 

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