暗の使い魔   作:Luta

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第二十三話 『羽虫』

 

 

ぶしゅっ――!

 

「……えっ」

 

岬のニューカッスル城を照らす月夜が、曇天で覆われてまもなく。

今しがた、レコン・キスタ軍を漏らさず監視していた、見晴らし塔のそのメイジは、自分の背後から不意に聞こえた噴水のような音を妙に思い、振り返ろうとしてその場に崩れた。

首をかしげたまま、目を見開いた死体がそこに転がる。

二つも数えぬうちにその首筋から鮮血がしたたり、侵食するように石畳にしみを作る。

その光景を、目下足元にあるその出来事を、その男はにごり切った眼でぼうっと見つめていた。

「……ああ」

間を置かずに、かすれ声の気のないため息がそこに吐き出される。

感嘆とも落胆ともつかぬ、それは何に対してのものか。

実のところ、発した本人にもわかりかねるものであった。

手にした細長い得物からぴちゃりと液がしたたるが、ひゅん、と得物が振るわれ血糊がそこらに払われる。

切っ先が鈍色の刃の輝きを表すと、男は迷いなくあゆみ出た。

塔の縁に足をかけ、辺りに目をこらす。そして、周囲よりもひとしきり高く、いかにも厳重な一区画の建物に目を付ける。

王族の住まう居館だ。

そこに灯りがともったままであることを見るや否や。

「あそこか」

たった一言そう呟き、男は塔から身を投げた。

否、跳んだのだ。

ニューカッスルの数々そびえる塔より、何メイルも高い見晴らし台である。

人が落ちれば、いかなことがあっても助からないことが容易に想像できる、そんな高さだ。

小さな影がかもめのように急降下する。彼の目前にぐんぐんと、地面の石畳が迫る。

だがその激突寸前、男は頭上に腕をかかげ、懐に構えた細長い得物を、器用にも片手で旋回させる。

見る者が見れば、それは曲芸師のバトン回しのように思えただろうか。

その竹とんぼのようなその旋回が、彼の落下の速度を急激に緩めさせた。

とん、と軽い足音がニューカッスルの中庭に着地する。

降り立った彼の目前には、無防備にも開け放たれた扉が、ぽかりと口を開くようにあった。

「王党派の居城、こうも容易いとは。いや、それとも私がこの地において異質なのか……」

ぼそぼそと生気のない声が漏れる。

「私は、一体……」

そこまで喋ると、男は目をつむり押し黙る。

が即座に見開き、男は目前の戸の中へと消えていった。

まるで、初めからそこに何もいなかったかのように、静寂だけがその場に残されていた。

 

 

暗の使い魔 第二十三話『羽虫』

 

 

「ぐっ……が!!畜生、め……!」 

「くくっ、どうした?先ほどの威勢は」

身を焼く痛みにうめく官兵衛。

「相棒!相棒!」

やや離れたところに転がったデルフリンガーが叫ぶ。だが叫んだところで何も変わらない。

魔力により鋭利な刃と化した軍杖で、背後から貫き押さえながら襲撃者は笑みを浮かべていた。

「力が自慢か?だがそんなものは、ハルケギニアで暗躍する我らには無力」

さらにはこの状況ではな、と男は付け足す。

官兵衛は今、壁へ抑え込まれながら『ライトニング』の連撃を打ち込まれていた。

身を焼く電流は、深々と胴体に突き立てられた杖から放たれ、体中を駆け巡る。

本来常人であれば、とっくに絶命していてもおかしくはない。

にもかかわらず官兵衛がいまだ意識を保つのは、武士としての意地と、常人離れした体力によるものであろう。

「……いい気に、なりやがって!……がっ!」

官兵衛は必死で背後の男を押しのけようとあがく。

「てめぇきたねえぞ!うしろから刺しやがって!相棒を放しやがれ!」

たえず響くデルフリンガーの怒声。

しかし、主から離れた無力な一振りに興味はないと、男は詠唱を繰り返す。

男は杖を傷口よりねじ込む。

ぎりぎりぎり――と。

傷を抉られる痛みに、さすがの官兵衛も苦悶する。そして。

「---------」

詠唱とともに、杖がまばゆく発光し、空気とともに爆裂する。

ばちんばちんばちん!と、乾いた爆竹のような音が鳴り響き、いかづちが放たれる。

「がああああっ――!」

「相棒!!」

芯を焼く電熱にたまらず官兵衛は声を上げた。

廊下がときたま弾ける電光に照らされる。

「いい加減にしろこの野郎!悪趣味な真似しやがって!」

あまりに一方的な状況にとうとうデルフの刀身が震え出した。

ガチガチとけたたましく金属音が鳴り響く。

しかし、このニューカッスルの一角は、戦時中はまず使われない客室の区画。

加えて今この場はおそらく、男の策略にて一切の音を遮られた魔法がかけられている。

その場所でどれほど騒ぎが起きようとすぐさま駆け付けるものはいない。

つまりはこの場に官兵衛を助けるものは現れない。

この襲撃者は、それを十分に分かった上で、冷酷に、残虐に、彼のことを弄んでいるのだ。

仮面の男、ジャンジャック・フランシス・ド・ワルドは。

「難儀だな。殺しても死なん虫けらのような貴様らだが、こうなれば楽に死ねた方がどれほどよかったことか」

はたから見れば、なんとも凄惨ななぶり殺しである。

「……っはあ。ワ、ルド」

もはや官兵衛は腕すら上がらない。うなだれるように壁際で息を吐くのみ。

「……一応死ぬ前に聞いておいてやろうか。いつから俺の正体に気づいていた」

息も絶え絶え、その上で自分の名を言う官兵衛。ワルドは静かに問いかける。

「宿屋での襲撃も予想済みか?あの時は見事に分断を邪魔されたぞ、忌々しい」

やや怒気をはらんで言い放つ。ワルドからしてみれば、あの時が大きな計画の狂いだったのだろう。

官兵衛からの数々の侮辱も含め、かなりの煮え湯を飲まされたはずだ。

ワルドのその言葉を聞き、今度は官兵衛がうすら笑うよう口を開く。

「……はっ。あんときは、お前さんのお粗末な指揮に、うんざりしただけ、だっ」

消耗した様子だが、官兵衛は強く強く言葉をひねり出す。

それに思わずワルドが蹴りこむ。ドスン!と官兵衛の巨体に響くが、意にも介さず官兵衛は続ける。

「それに、いつからだと?最初っからだよ……」

「なんだとっ……!」

ワルドは歯ぎしるように凄む。

「最初っから、気に入らなかったからな。調子づいた隊長野郎がな。

そいで仕草から表情、何まで見てりゃあ、な……」

くくく、と今度は官兵衛が笑ってみせる。

「おまけに、襲われた初っ端からご丁寧に、敵さんの仮面の色まで教えてくれたからな」

その言葉にワルドははっとした。あの、ラ・ロシェールの入り口で、ワルドが言い放った言葉を。

 

――ひとまずその『白い』仮面の男とやらが気になるが、先を急ごう

今日はラ・ロシェールに一泊して明日の朝にアルビオンへ渡る――

 

馬鹿な、とワルドは顔色を変えた。

刺客のメイジが仮面の男だという話は、襲撃者の賊から聞き出した話だ。だが実は、あの時点でその仮面の色までは知らされていない。

白い仮面という言葉を、最初に発したのは、実はあのときのワルドだったのだ。

彼は敵しか知りえぬ情報を、冷静さを欠いてもらしたのだ。

「…………おのれ」

わなわなと、自分のささいな、しかし重大な過ちに怒り震える。

そして目の前で得意げにほくそ笑む、使い魔の男へも。

その感情が伝わるように、官兵衛に突き刺した杖が青白く光を帯びていく。ワルドの魔法力が杖に伝わり、再び、鋭利な一本の刃と化す。

『ブレイド』

魔力をまとわせ杖を一本の刃へと変化させる、近接戦闘用の魔法である。

「おのれ貴様!」

激昂し叫ぶ。

これ以上の戯れは無用。

一瞬杖を引き抜き、今度は狙いを心臓へさだめる。

あれほど呪文を、しかも全身に電撃を喰らわせもはや身動きできないはず。

即刻殺してやる。

そう思いほんの少しだけ、官兵衛を抑え込む力をワルドは緩めたのだ。

その隙を、消耗のフリをしていた官兵衛が見逃す筈もなかった。

 

ズン!

 

壁を虚しく杖が突き破る。

まるで、漁師のかいなから魚が抜け出るかの如く。そこに官兵衛はいなかった。

巨体に似合わぬすばしっこい動きで、官兵衛はわきを抜けて回り込む。

それにワルドは急ぎ振り返るがもう遅い。

ぬっ、と丸太のごとき剛腕が、頭をくぐらせワルドの頭上から降りてきた。

「そら捕まえたぞ!」

「くっ!?」

先程と一転、今度はワルドの背後から官兵衛の声がする。

見ればずっぽりと、ワルドの上体は官兵衛の二の腕で締め付けられている。

「相棒!まだ動けんのか!?」

「はっ!この、程度っ!なんとも、ないねぇ!!」

驚くデルフをしり目に官兵衛は言い放つ。

「なっ!?」

ワルドは驚愕した。そして今の状況をみやり、一筋の汗を流す。

自分が杖を構えていた両腕は拘束され、全く身動きは取れない。そして。

「喰らえよ!」

間を置かず、メキメキメキと、官兵衛の剛腕が、ワルドの腕ごとあばらを締めあげた。

「ぅぐあ……ぅ」

ワルドは短くうめいたが声が続かない。

強力な締め技によって、雑巾のように肺の空気がしぼりだされるのだ。

「どうした?魔法が自慢だろう!使ってみろ!」

いきり立つ様子で官兵衛は言う。そのまま粉々にしてやろうとばかりに強力に力を籠める。

さすがの一流の風の使い手もこれには手も足もでなかった。

ルーンを唱えようにも一節も言葉を発せない。発せるのはせいぜいかすかなうめき声程度。

「――――め……」

そのうめき声が、ワルドの喉からかすかに出かかっている。必死に何かしゃべろうとしているようでもあり、官兵衛もそれに対して言う。

「あん?どうした?辞世の句くらいは読ませてやるよ!」

ワルドの必死なさまは命乞いのようにも見えたのだろう。官兵衛は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放つ。

だが、官兵衛は気づいていなかった。否、忘れていたのだ。

先程なぜ、彼が闇の中で背後をつかれたのか。闇の中で、一度は完全に気配をとらえた相手を、なぜ一瞬にして見失ったのか。

その最も重大な謎を。

「――ま……けめ……!」

「……なんだと?」

その瞬間だった。

またしても官兵衛の背後から、別の声がささやいた。

「間抜けめ」

同時に官兵衛の拘束していたワルドの姿が霞のように消え去る。

「んなっ!」

マズイしまった。

はっとして振り返るが遅い。全身がひしゃげるような、風の大槌が、官兵衛を殴打する。

うかつに振り返ったため、牛に激突されたような衝撃をもろに顔面にくらい、のけぞった。

「ぶあっ!!?」

鼻血を噴出しながら宙をまう。

「ははははっ!」

そしてかすむ視界に、真っすぐ杖を向けた無傷のワルドが笑っているのが見えた。

ワルドは再び詠唱を完成させると、エアハンマーを連発する。

どごん、どごん、と間をおかず、次々激突する風の槌。

その連撃が、彼を廊下に開け放たれた窓へと追いやる。

(――!いやいや、まずいぞ、不味過ぎる!)

だが頭で理解できてもどうしようもできない。激しい風圧に木の葉のように弄ばれるのを感じながら、官兵衛は思った。

そして――

 

がしゃあん!

 

窓ガラスを突き破って彼は放り出された。

「……!じょ、冗談じゃ……!」

吹き飛び、のけぞった体制のまま、下に広がる闇を目にして青ざめる。

そこは何とも運悪く、大陸端に作られたニューカッスル城のさらに端。

わずかにある、崖に面した区画の窓だったのだ。

「冗談じゃないぞ畜生ーーーーっ!!!」

咄嗟に空中で鎖を振り回し、なんでもいいととっかかりを探す。

ぐるんぐるん、と、鎖でも何でもいいからどっかに引っかかれと、あがくに足掻く。そのとき。

「足だ!足の方向に伸ばすんだよ!おれの声の方に蹴りこめ!」

唐突にデルフの甲高い声が届く。

考える時間もない状況での官兵衛の行動は早い。

瞬時に鉄球を引き寄せ、その方向へ蹴り飛ばす。すると鎖を伝わり、鉄球の衝突が腕に伝わる。

「右引け!ヒビがある!」

まってたとばかりに手綱のように鎖を操る官兵衛。

瞬間、がきん、と鈍いひっかき音がして、空中をさまよう体が引っ張られ。

「うおおおっ!」

そのままぶらりと官兵衛のからだは吊るされた。

官兵衛の鉄球の鎖は、何とも運よく、エアハンマーの破壊で生じた壁の亀裂へと引っかかったのである。

「あ、あ!危なかった!」

激しく息をきらしながら官兵衛は足元をみやった。

荒く吹きすさぶ風と、落ちたらアルビオン大陸から真っ逆さまという恐怖が彼を襲う。

一刻も早く上に上がらねば、と足をばたつかせながら鎖を手繰ろうとする官兵衛。

しかし、それは頭上から聞こえてきたワルドの声に遮られた。

「一つ、いいことを教えてやろうガンダールヴ」

「っ!?」

釣らされたままの官兵衛は、即座に上を見やった。

みれば酷薄な笑みを浮かべたワルドが彼を見下ろしている。

まずいまずい、と足掻く官兵衛を楽し気に眺めながらワルドは言う。

「この城に潜りこみ事を成そうとするのが、本当に俺だけだと思うのか?」

「何だと?」

官兵衛がそれに返す。ワルドは語調を強めた。

「貴様ら異邦人だがな、それなりに駒としては使える。忌々しいが、な!」

「なっ!なんだと!?」

いきなりワルドの口から飛び出た、異邦人という単語。その言葉に、官兵衛は動揺を隠さず言い放った。

「何のことだ?まさか――」

だが官兵衛が言い終わらぬうちにワルドは詠唱を完成させると、それを目前の官兵衛に放った。

 

どうん!

 

『ウィンドブレイク』

風の奔流が再び官兵衛を薙ぎ払う。その衝撃に耐えきれず、彼の鉄球鎖をつなぎとめていた石壁もぼごん!と崩れ去る。

「ああああっ!畜生……ッ!!」

「相棒ーー!」

デルフリンガーの叫び声も遠ざかる。

重力に従い、自分の身体が奈落へと落ちていく感覚を、官兵衛は味わった。

「なぜじゃあああぁぁぁぁぁ……ぁ……!」

アルビオン大陸から真っ逆さまに落ちていく官兵衛の姿を見届けると、ワルドは呟いた。

「落ちていけ。もう二度とここへは戻ってこれん」

いや、この世へか。そう思いながらワルドは歩み出す。

そして、いまだけたたましく音を立てるインテリジェンスソードを目前にすると、それを興味深げに見やった。

「てめぇ。よくも相棒を」

カタカタと柄らしき部分が動いて声がする。

だが怒ってもデルフリンガー自身ではワルドをどうにもできない。

所詮は剣。握るものがなければ意志など無関係であることは、彼自身が一番に解ってるのだ。

「ふむ、インテリジェンスソードなど別段めずらしくはないが」

ワルドはデルフを手に取り、まじまじ見つめる。

錆は浮いてるが剣そのものは上等。強力な固定化とおぼしき魔法もかけられている。

「気安く触るんじゃねえよ」

「まったくよく喋るな。黙っていれば解体して、調べてやっても良かったが」

「へっ!そりゃあお優しいこった!」

二、三言葉を交わすが、ワルドはやがて興味がうせたのかデルフを黙らせる。ちょうど傍に転がっていた鞘に刀身を収めた上で。

「てめ――」

それ以上話すことかなわずデルフは沈黙する。

そしてワルドは、先ほど官兵衛が吹き飛ばされた区画からデルフ外に放り投げた。

「主人に会いに行け。おれはこれから、ルイズを迎えに行こう」

 

 

さて、やや時間を遡る。

ニューカッスルの客間が並ぶある一角。そこは客人へのもてなしを意識した区画であるゆえに、他とはまた違う作りのやや広めの空間であった。

戦時で装飾は最低限だが、それでも礼節を欠かない程度のもてなしがなされてる。

広々と柔らかい、貴族用の寝具もそのひとつであろう。

ルイズは大使として与えられた客室の、その広いベッドに、崩れるように横たわっていた。

本来なら明日のトリステインへの出航に備えて身支度をして眠るはずだが、彼女はここに来てまんまの学園の服装の姿。

部屋に戻るや否や、着替えもせず、なにもかも投げだしてそこに倒れこんだのだ。

もうどれほど泣きはらしただろうか。もやは涙も枯れ果てたとばかりに、ルイズは生気のない目で虚空を見つめる。

窓から外を眺めても、曇天で月明かりもささない暗がりばかり。

ルイズはどこまでも落ち込み切っていた。

先ほどの官兵衛とのやりとりからいくらほど時間がたっていただろうか。もやのかかったような頭で彼女はぼんやりと思いふける。

思い返せばこの旅の始まりはなんとも唐突であった。

あの夜学院の一室にアンリエッタ姫殿下がやってきた。

そしてそこから、官兵衛もワルドも、あろうことかギーシュまで巻き込んでの一大任務。

旅路はまるで嵐の道中。

キュルケやタバサまでやってきて。

宿や桟橋では襲撃を潜り抜けて。王軍が扮した空賊騒動に、フーケと風変わりなあの荒くれ男。

そして、戦争。

そこまで考えルイズは目をつむった。

眠りたい。それでこのまま朝まで忘れて、船でトリステインへ帰るんだ。

姫様の手紙は手に入れたし、無事に戻って姫様にお渡ししてそれで――

(姫様に、なんて言えばいいの?)

押しつぶされそうな罪悪感が胸に広がる。

ルイズはとても眠りにつける状態ではなかった。

ウェールズ皇太子殿下のことは、いわばアンリエッタと二人の問題。自分が不用意に介入すべきでないことも分かっている。

姫様からの言葉と思いを、文《ふみ》で届けられただけでも十分ではないか。

ルイズはそう考えようとした。

だが、そうやって何度も自分を納得させようとしても、ルイズにはそれが出来ない。

あのとき自分の部屋で手紙をしたためた姫の姿が、そして今日その文を呼んでいたウェールズの表情が、脳裏に浮かぶのだ。

(無理だわ、忘れるなんて。だって私は――)

そう思いむくりと身を起こす。

「カンベエ……」

彼は今はどうしているだろうか。

戦争の最中だから部屋に戻れと言っていた。ならば彼も部屋に戻っているのだろうか。

渡すはずだった薬を、思い切り投げつけ、そのまま逃げ去ったことを思い出す。

なぜだろう、この旅に出てからこんなことばかりな気がする。

これまでの出来事をひとつひとつ、ルイズは反芻した。

ラ・ロシェールの宿でのこともそうだ。

ワルドとの結婚について相談するも、結果として彼の言葉に納得できず怒ってしまった。

あの時のことだって未だきちんと向かい合って謝っていない。

さっきだって、彼は間違ったことを言ったわけでも、してもいないのに自分は――。

そう思えば思うほど、胸の奥がしめつけられるような感覚に陥っていく。

わかっている、自分がどれほど身勝手であったか。

どれほど理不尽に、彼に強く当たってきたか。

感情をいたずらにぶつけてきたか。

「感情を――」

そう呟いて、ルイズははっとした。

感情、いや気持ちをぶつける。その様な事がこれまでどれ程あっただろう。

キュルケをはじめ級友に魔法を馬鹿にされ、その度喧嘩になることはいくらでもあった。

単純に怒りをあらわにすることは日常茶飯事。

だが、ここまで激しい感情を、家族でなく他人に露にする事があったであろうか。

思いをそのままぶつけるような、そんな出来事が。

「……どうして?」

知らずのうちにつぶやく。

胸の内の締め付けるような悲しみが、なにか別のものに変わりつつあるのを彼女は感じていた。

揺さぶられるような、落ち着きのない、しかしどこか心地の良いそれに変わりつつある。

そんな感覚を、ルイズは胸の内に覚えていた。

「……カンベエ」

その時だった。

「えっ!?えっなにこれ!?」

突如、ルイズの視界がぼやけて目がかすみだした。

目が、いや片方の眼だけが唐突に何かの像を結んで映し出す。

今ルイズがいる自室とは明らかに違う光景が、その片側だけに映されている。

「……これって」

彼女は知っている。

使い魔とメイジは一心同体。ならばその基本的能力について、勉強家の彼女が知らぬはずもない。

本来、メイジと使い魔が共有できるその光景を。

そこは暗い暗い長廊下。うっすらとした燭台が壁にともり、いくつもの扉が連なる。

ついさっき自分が官兵衛といた、あの場所だ。

ということはこの光景は間違いない。

「これって、カンベエの視界?でもどうして……」

これまで全く起こらなかった使い魔との感覚の共有。

それがなぜ今、唐突に可能になったのか。なぜ急に、このタイミングでそれが現れるのか。

そうこうしてるうちに、官兵衛の視界が突然、黒一色の闇に染まる。

「えっ!?」

ルイズも驚き声をあげる。

視覚共有が切れたのだろうか。だが、片目の視界はくらいままだ。

つまり官兵衛は今、この暗がりの中にいるということだろうか。

そこまで考えルイズは気づいた。

何故か暗闇に包まれた官兵衛。そして急に使い魔の視覚共有ができるようになった理由。

(まさかカンベエ……)

ルイズは飛び起きると、傍らにある自分の杖と、懐のウェールズの手紙を確認する。

最低限の物を確認して外へと飛び出そうとする、とその時だった。

 

どんどんどん!

 

ビクリとして歩みを止めるルイズ。

彼女がまさに今出ようと、ドアノブに手をかけた矢先のこと。

突如として、目前の扉が、何者かによって激しくノックされ始めたのだ。

不意なことの驚きと、尋常でない様子を感じ取り、ルイズは無意識に杖に手をかけながら言った。

「だ、誰!」

なるべく取り乱さぬよう、大きめの声で叫ぶ。扉から距離をとり、震える手で杖をむける。

「誰なの!」

より語調を強め、ルイズは声を張る。

片目の視界はまだ暗いままだ。その状況がより一層彼女の不安をかきたてる。

このままでは――

だが次の瞬間。

「僕だ!ヴァリエール嬢!」

「え?」

その声に、彼女は首を傾げた。

扉の向こうから聞こえてきた声は、何とも意外な人物のものであった。

 

 

「何者だ貴様。そこで止まれっ」

王軍のメイジが声を張り上げる。

王軍本拠の居館に続く通路。そこに佇む見慣れぬ甲冑を着た人間。

突然の侵入者に、その場を哨戒をしていたメイジはおののいた。

(――間違いない、レコンキスタの尖兵。

だが、まさかこのタイミングで、どうやってこの堅牢な城に?

どこかに内通者が――)

そう様々思考をめぐらせながら、彼は目前の不審者に杖をむける。

油断なく構えながら、アルビオンの風の使い手である彼は、薄暗闇で相手の動きを読むべく風を探る。

やや細身の男で、たたずまいからして年若い男に思える。

鎧の作りはハルケギニアのそれとは違う。

玉虫色に煌めくそれは、どちらかというと東方の宝鎧で見たそれに近い。

なにより手にした長物は、両端に刃の付いた薙刀のような得物。

少なくとも我が王軍に与する人間ではあるまい。

「動くな。この距離では私の風が貴様を薙ぎ払うのが先だ」

静かにさとすように言う。

だが、侵入者は黙して一切をかたらず、棒立ちのままこちらを見据える。

「平民か。貴様のみでどうやってここへ侵入できる?手引きをしたものがいるはずだ」

彼が続けて言うも、やはり答えず。

そして侵入者はこれ以上は無駄、とばかりに得物を構える。

それを見るや否や、メイジの杖先から殺傷力十分の風圧が弾けた。

どうん!と大砲のような空気の膨張音が響きわたり、壁を震わす。

膨れた魔力が逃げ場なくそこに吹き荒れる。

生身の人ならば全身の骨が粉々になるようなその威力。

だが――

「……がっ!」

短い悲鳴が彼の口からもれた。

向けられた杖の切っ先よりも、はるか手前に男の影がある。

のどぼとけを貫く白刃が、瞬時に彼の命を絶ち切っていた。

放たれた魔法は虚しく空をゆらしたのみで、侵入者にはかすりもしていない。

(馬鹿な……速すぎる)

死の瞬間、彼は短くそう思考し意識を手放した。

付きたてられた刃が、勢いよく引き抜かれ、支えを失った死体がどうと倒れ伏す。

「今の魔法で城の者は感づいたはずだ。急がねば」

ふたたび、か細いこえが呟く。

倒れ伏した男を踏み越え、甲冑の男は駆けていく。

皇太子らの居館はそう遠くなかった。

 

 

「ルイズ!無事か!?」

居室のドアをノックし、ワルドは勢いよく扉をあけ放つ。そこは、客室の一区画でにある、ルイズとワルドにあてられた部屋である。

大使など特別待遇を要する客人の部屋であるからして、他のどの客間よりも広々としている。

四、五人はゆうに入るような、豪奢な部屋である。

「ルイズ!僕だ!いるんだろう!?」

愛しい婚約者の無事を願うかのように、大声でワルドは叫ぶ。

しかし、一向に何の返答もない状況に、ワルドは違和感を覚えた。

「ルイズ?……いや」

実に妙であった。

深夜であるがゆえ、彼女もすでに眠っていてもおかしくはない。

部屋の明かりがすっかり落ちているのも、そのせいだと思っていた。

だが違う。

ワルドは即座に風の流れを読み、室内のみならず、周囲の気配を探る。

やはり、妙だ。

この部屋どころか、周囲の区画すべてに、誰一人とて気配が無い。

(何故だ?先ほどの状況からして、彼女がこの部屋に戻っていることは明白。

いや、それ以前になぜこれほど人が……?)

客間はまだしも、それ以外の室内に人が居なすぎる。非戦闘員である侍女もいくらか控えている筈だ。

だからこそ、先ほどの襲撃時もサイレントで入念に音を遮断していたのだ。

そこまで考え、ワルドははっとした。

(もしや……)

即座に感覚を巡らせ風を読む。区画よりさらに範囲を広げ、城内を探る。

そしてついに、目的の気配を察知する。

(いたぞ、ここは……礼拝堂か?)

やはりおかしい。こんな夜更けにこんな場所へ居るなど。

即座に身をひるがえし、ワルドは駆ける。

入り組んだ場内を、まるで勝手知るかのように進み、目的の気配へと迫り続ける。

(どういうことだ?ルイズ)

無意識に拳を握りしめ、ワルドは階段を駆け下りる。

やがて角を曲がるとそこに礼拝堂の扉が見えた。中に確かな気配を感じる。

瞬時に気配を消し、扉の付近に身をひそめる。

そっと中をうかがうように戸を開き、中を伺う。

居た。

無数の長椅子が並びぶ礼拝堂の最前列。

最も奥の座席に桃色の頭髪が見える。ルイズだ。

微かに笑みを浮かべながら、そっと、音もなく、ワルドは歩み出す。

なぜこの場に彼女がいるかはともかく、これで何も問題はない。

あとは目的を達成し、帰還するだけである。

自分の『本来』の居場所へと。

 

「やあルイズ、ここにいたのかい?」

その呼びかけに驚いたように振り返る。

「ワルド?」

不安に怯えるような表情のルイズがそこにいた。

始祖への祈りをささげていた真っ最中なのか、彼女はそこに静かに腰かけたままだ。

ワルドの姿を見るや否や彼女は立ち上がる。

ワルドもゆっくり歩み寄る。

「良かった、無事だったんだねルイズ」

「……無事?」

ルイズ不安そうな表情を変えずに言う。

「いや、すっかり夜も遅いのに部屋に君の姿がなかった。

どこにいるのか心配で探していたんだよ」

「……ごめんなさい。私――」

ワルドの言葉に、申し訳なさそうにルイズが俯く。

「いいさ、それより」

ワルドはやや深刻そうな口調になるとルイズに言った。

「ルイズ、ここを出よう」

「え?」

不意なことにルイズが見上げて言う。

「出るって?」

「アルビオンを発つ。今すぐにだ」

ワルドはルイズを見つめながらそう続けた。

急な言葉にルイズは驚き顔で返す。

「待ってワルド、今すぐ発つって、なぜ急に?」

予定では明日の朝に出航する難民船に乗り、トリステインへ帰る予定である。

だが今は夜更け。

船は出るはずもなく、急に出立など無理だ。しかしワルドは。

「ここは危険だ。戦場の真っただ中でいつ襲撃があるかもわからない」

口調を変えず続ける。

「手段なら僕のグリフォンがある。滑空する分には長距離でも飛行は問題ない」

その声にルイズも顔色を変えて言う。

「どういうこと?今、何かここで起きているの?」

ルイズの問いかけに、ワルドは応えない。ただ黙ってルイズの瞳を見つめると。

「たのむよルイズ。一刻を争う」

強い語調でそう言った。

 

今ここにきて、ルイズの不安は大きく膨れ上がっていた。

(なぜ?一刻を争うって。それに……)

「そんな……でも待って、じゃあカンベエを呼びに行かないと!」

彼女もたまらず声を大きくする。

「ワルド!カンベエはどこにいるか知らない?発つならすぐに見つけないと!」

「使い魔君か。生憎どこにいるかはわからない。僕もここに来る前に探したんだが……」

ワルドは困った様にルイズに言う。

広いニューカッスルをこれから探すのには骨が折れる、今すぐ探しに行きたいが、とワルドは続ける。

「大丈夫彼は心配ないよ。すぐに見つけて合流させる、君は……」

だが、その瞬間ルイズはワルドの言葉に違和感を覚えた。

官兵衛の居場所を知らない。すぐに見つけてくる、という彼の言葉に。

「待ってワルド。カンベエは、あなたと一緒にいなかったの?」

「……なんだって?」

ふと言葉の続きを止め、ワルドがルイズを見つめる。

「ルイズ、どういうことだい?」

意外そうにワルドが言う。

その時、ルイズがワルドの眼を見た瞬間、彼女は不意にぞくりとした寒気のようなものを感じ取った。

(なに?この、嫌な感じ)

ルイズは小さく身震いした。

まるで、触れてはならぬ部分に自分が触れてしまったような、ある種の感覚。

「……ワルド?」

恐る恐る、ルイズは聞き返す。

だが、ワルドは応えず、視線をそらして顎に手をやり、考えるそぶりをする。

「ふうむ、そうか?」

「えっ?」

短く聞き返すがそれにもワルドは応えない。短く自問自答するようなことを、一人呟く。

だが不意に彼はルイズに向き合うとこう言った。

「ルイズ、使い魔君なら明日出航するイーグル号に乗船するはずだ。トリステインで落ち合う手筈さ」

ワルドはいつもの優しい口調になるとそういった。

「えっ!?」

今度はルイズが驚きの声をあげる。

「実は、先に発てというのは彼の提案さ。任務を預かるぼくらだけ可能な限り先に発て。自分は後から追いかける、とね」

先程とは打って変わって話し出すワルド。唐突な内容にルイズは耳を疑った。

「すまない、彼には伝えるなと言われてたんだが、こうなってはもう仕方がない」

ワルドは手を広げて言う。

「おそらく彼には何か考えがあるんだろう。いこうルイズ」

ルイズに手を差し伸べる、しかし。

「……だめよ」

その言葉にワルドの眼がピクリと動いた。

「私はカンベエを探すわ。あいつが勝手なことをしないようにしないと!」

ルイズは語調を強めた。

「お願い、カンベエを探させてワルド!」

「だめだルイズ」

ワルドも強い口調で否定する。

「使い魔くんの願いを裏切るわけにはいかない。それに僕の花嫁をこれ以上危険な目にさらされるかい?」

僕の花嫁。その言葉にルイズは嫌な感覚を覚えた。

「……ルイズ?」

間をおかれ、ワルドは不安げに彼女を呼ぶ。

ルイズは答えず、彼を見る。

なぜだろう、なぜ彼はこうも執拗に――

「……ワルド」

言わなければ、ルイズはそう思った。ここは礼拝堂。本来なら永遠の愛を誓うはずのこの場所で、これを伝えるのはなんとも皮肉めいてる。

それでも彼女は意を決して口を開く。

「私、あなたと結婚することはできないわ」

「……なんだって?」

表情が固まり、ワルドはその一言だけを発した。

やや数秒か数十秒。

両者の間に沈黙がはしる。

「私、あなたとは結婚できないの」

繰り返される言葉をようやく理解したのか、ワルドの瞳が大きく見開かれる。

おそるおそる胸の前で手を組むルイズ。

そのルイズの手を、ワルドは咄嗟に、乱暴にとるとこう言った。

「嘘だろう?ルイズ。君が僕との結婚を断るなんて」

ルイズはビクリと肩をふるわせる。

「ワルド、ごめんなさい。私憧れていたかもしれない、あなたに。

恋だったかもしれない。それでも、その気持ちは今は変わってるのよ」

ワルドの顔にさっと赤みが走る。しかしそれは見る見るうちに顔をゆがませていく。

「そんなことはない!この旅が終われば僕たちは……!世界を手に入れられるんだ!」

「きゃっ!」

掴まれていたルイズの手が力強く握られる。その痛みに思わず悲鳴をあげる。

「わ、ワルドなにを……世界っていったい何のこと?」

「君にはそれだけの才能があるという話さ!いっただろう、君は歴史に名を残すメイジになるんだと!」

口調が怒鳴り声に変わり、ワルドはぐいとルイズの手を引く。

「い!痛い!やめてワルド!どうしてこんなことを!」

手首をひねられるような痛みが走った。

ワルドは強引にルイズの腕を引くと、すぐさま礼拝堂の出口へと向かおうとする。

「離してっ!!」

悲鳴をあげるが、屈強な男の力には叶わない。あまりの勢いにずるずると引きずられそうになる。その時だった

「ヴァリエール嬢から離れろ!」

突如の怒鳴り声とともに、バンッと勢いよく、礼拝堂の扉が開け放たれた。間を置かず、外から数名の王軍のメイジが現れワルドを取り囲む。

ずいっ、と軍杖が彼に向けられ、メイジらは動くなとばかりに睨みを効かせる。

「……ふん!」

一通りその状況を見回すとワルドは不機嫌そうに鼻をならした。

パッと掴んでいた彼女の手を放し、腕を組んであたりをみまわす。

「これはこれは、一体どういうことですかな殿下?」

ワルドは取り囲まれながら、メイジらの背後に控えた彼に向って言い放った。

解放されたルイズは取り囲んだメイジらの脇を抜けて駆け寄る。

そこには、怒気をはらんだ眼差しでワルドを見据える、ウェールズ皇太子がいた。

かれはゆっくり口を開く。

「貴様、レコンキスタだな?」

その言葉にハッとしてルイズは見やる。ワルドはルイズの驚きの視線を気にも留めず悠々と言葉を紡ぐ。

「ふっ、さすがに今のやり取りで気取れぬほど無能ではなかったか。王党派」

あえての組織派閥の名でウェールズを挑発するワルド。それでもウェールズは怒りの表情を変えない。

「私もまさかトリステインからの大使の中に間者が紛れているとは思わなかったさ。彼の機転がなければ、この首を狩られる瞬間まで気づけなかっただろう」

歯を食いしばりながら悔し気に返す。

「彼?ああそうか使い魔か。どこまでも賢しい」

ワルドはややも苦々しい顔をして言う。

この礼拝堂に誘い込まれたのは初めからそういう計画だったということか。

ルイズを部屋から連れ出したのはウェールズだろう。ここであえてやり取りを探ることで化けの皮をはぐことが狙いだったのだ。

すべてはいつの間にか、使い魔の官兵衛が仕組んだ計画だったということか。

そこまで考えると、ワルドは大声で笑い出した。

「フフッ!フハハハハッ どこまでも落ちぶれた連中よ。

まさかトリステインの貴族で、魔法衛士隊隊長であるこの俺を疑うとは!あのみすぼらしい使い魔の男の弁を真に受けるとはな!」

はははは!ともはや人目もはばからず笑い声をあげてみせるワルド。自分らに向けられた嘲笑に、ウェールズは静かに返す。

「もちろん最初から貴公を疑っていたわけではないさ。いまこの場に現れた、間者の正体は私も予想外だった」

「なに?」

その言葉にワルドははっとしてウェールズを見やる

「彼の酒の席での言葉はこうさ。」

ウェールズが静かに語る。

「攻撃開始時刻をまたず今夜中に襲撃がある可能性がある。おそらくどこかに間者が潜んでいる。

貴君が信頼できるものとともに、秘密裏に客室からルイズを連れ出してほしい。

場所と頃合いは小生にもワルド子爵にも伝えるな。

移動先のルイズのもとに、まっさきに現れた奴が間者だ。

城から連れ出そうとしたら捕縛してくれ。たとえそれが小生であっても」

ワルドの表情がみるみる怒りでゆがむ。

「彼の忠告を参考にはしたが、レコンキスタの一員であることを我々に確信させたのは君自身さ」

「黙れ貴様!」

ワルドが怒号を発する。

わなわなと震える手で杖を抜き、ウェールズに向ける。

咄嗟にメイジらが魔法の詠唱を完成させワルドに向ける。

「動くな、少しでも魔法を使うそぶりをみせたら、我々の風が貴公を切り刻む」

取り囲んだメイジが言う。ウェールズも落ち着いてワルドをなだめる。

「諦めたまえ。幾ら君がスクウェアの手練れだとしてもこの状況ではどうにもなるまい。おとなしく捕縛されよ」

それを聞き、ワルドはフゥーッと強く息を吐いて俯く。向けていた軍杖を懐にしまい込む。

「……やれやれ」

その様子を見るや否や、メイジらが駆け寄りワルドを縛り上げる。

「丁重に扱いたまえ。これでも貴族だ」

「どうかな?貴公はひとまずこのままトリステインへと送り返させてもらう。

爵位のはく奪で済めばいいがね」

それを聞くとワルドは不機嫌に鼻を鳴らした。

一部始終の捕り物劇。それを唖然として見ていたルイズは、やがて力なくワルドの名を呼ぶ。

「ワルド……?一体どうして、何でレコンキスタに」

「ヴァリエール嬢……」

ルイズの問いかけに一瞥もしないワルド。それを見かねてウェールズは彼女に優しく言う。

「ひとまずカンベエ殿を探そう。見つけ次第すぐにイーグル号へ乗りトリステインへ帰還されよ」

「イーグル号へ?」

ルイズが聞き返す。

「そうだ、もうすでに非戦闘員の乗船と出港準備は進んでいる。君たちが一刻も早く逃げられるように――」

「ハハハハッ!」

その時突如、ワルドが声を上げて笑い出した。

その場にいた誰もが驚いてそちらを見る。

「何だ貴様!何を笑っている!」

捕縛してたメイジがうろたえつつも怒鳴りつける。

「これが笑わずにいられようか!フフフ所詮は敗者どもの集まりよ王党派」

「どういう意味だ!」

ウェールズも声を荒げる。その瞬間だった。

突如、ワルドを中心に空気が破裂した。

ごおう!と風のうねりが生じ、周囲の彼らを放射状に吹き飛ばす。

長椅子がけたたましい音を立てて宙を舞い、屋内の風圧に耐えきれず砕けたステンドグラスが辺りに降り注いだ。

「きゃあっ!!」

「危ない!」

幸いにもルイズ、ウェールズは風圧の発生個所から距離があった。攻撃の被害に直接あわなかったのは幸いだったが、それでも居場所が悪かった。

咄嗟にウェールズが、降り注ぐガラスからルイズをかばう。

鋭利な破片が、彼の背中や肩を容赦なく裂く。

「殿下!」

「じっとしてるんだ!」

ルイズは叫ぶが、対して普段の穏やかな声色とは打って変わった怒声が発せられる。

首筋を丸めて頭部をかばう。小柄なルイズを包むように抱きかかえながら、ウェールズは奥歯を噛みしめた。

ひときわ大きいグラス片がザクリと肩を貫く。

「うあああッ!!」

たまらず叫ぶと、それを聞きつけたメイジが血相を変えて怒号を飛ばす。

「守れ!殿下を守れ!!」

「何をしているか!!」

身をかばうことができた数人のメイジらは、散り散りになりつつも態勢を立て直す。

一同、今の魔法は一体どこから、と発生源を探る。

すると。

「ようやく、見つけた」

その場の混乱に沿わぬ、恐ろしく抑揚のない声が場に届いた。

ウェールズは痛みをこらえて、そちらに顔をあげる。

立ち上がったメイジらは、今しがた取り押さえたワルドの姿が消え去っていることにも気づいた。

だがそれよりも、彼らは別の者に注視した。そのあまりに静かな声色の主。

礼拝堂の扉の向こうに現れた、細身の甲冑の男に。

「居館に忍び込んだものの、幽鬼のようにひとけが失せていた。

居所を掴むのに、手間取った……」

カツン、と甲冑の足音がこちらに向かってくる。カチリ、と聞きなれない金属音とともに。

未だ地に身を伏せたままのルイズ。

その耳には、やけによく響いて聞こえる音であった。

 

「――!――!」

聞き取れないほどの怒声、ついで魔法の詠唱が聞こえてくる。

逆巻く風の轟音。

大聖堂の石床を蹴る、無数の靴音。

ブレイドによる剣戟だろうか。金属音、そして。

「がっ……!」

「うアッ!」

絞り出すようなうめき声。ドサリ、と床を伝わる重々しい衝撃。

「……おのれッ!」

続けざまに誰かが発した、わななくような震えた言葉。

 

「……なにが起こったの?」

目まぐるしく変わる状況に、精いっぱいの言葉を紡ぎ、ルイズは身を起こした。

地面にへたり込んだままの自分を、未だかばうウェールズ。

「……っ!無事かね?」

「ウェールズ殿下!傷が……」

見れば彼の肩口は、滲んだ血が黒くシミを作っている。無数のガラスをその身に受けたのだ。

素人目にみても、尋常な負傷ではない。

そんな惨たらしい背をルイズに見せないよう、彼女に向き合いつつも、彼は横目でその光景を見ていた。

 

その甲冑の男は、風の猛攻を身をよじりかわし、術者の喉元を一閃。

別の近衛はブレイドで応じるも、薙刀のような得物で杖を巻き上げられ、肩口から脇腹にかけてをナナメに裂かれる。

瞬く間に二名の部下が絶命した。

そして、それを見ていた次のメイジは、おののきつつも奮戦。

杖で相手の刃をいなしつつ距離を取り、詠唱を完成させる。

男の周囲に空気の槍が顕現し、前方を幕のように覆った。

「風の術……鎌鼬かなにかだろうか」

だが、甲冑の男は臆する様子もなく、何事かを呟きながら、武器を目前にかざす。

水平に構えたそれに、もう一方の手を静かに添える。

右へ、左へ、ゆったり八の字を描くような薙刀のよじり。

加えて指先でひゅるん、ひゅるん、と器用に大ぶりの薙刀を旋回させてみせる。

道化師のステッキ回しか、劇団員の槍の演武か、まるで芝居がかったそれのよう。

 

ルイズはいつしかトリスタニアの街中で、長い棒の両端に炎を灯した、東方風の大道芸人を見たことがある。

輪を描くような、見る目を奪う炎の舞。

彼女の目には、そんな似ても似つかぬ光景が重なって見えた。

 

甲冑の男の目前、身の丈ほどの距離に魔法が迫る。

男は身をかばうそぶりも見せない。

馬鹿な、と相対するメイジは思った。

その場の誰しもが、襲撃者の絶命を予想した。

だが、熟練の風の使い手ならば読み取っていたかもしれない。

徐々に、徐々に速度を増す旋回とともに、男の得物に疾風が巻き起こりつつあることを。

 

「因果の渦に引き込まれろ……」

 

ソレは、先ほど生じたものの比ではなかった。

 

 

無数に放たれたエアスピアーが、一つ残さず霞のように掻き消える。

にもかかわらず、術者の近衛のメイジは、目の前で生じた『それ』に思わず見惚れた。

なんとも鮮やかな、うす透明の緑色の渦。

万華鏡のように姿を変え続ける、美しき格子状の模様。

それらを内にはらみ、轟轟と広がり続ける真球の塊。

足元に転がる銀の燭台がサイの目状に刻まれるのを見て、彼は悟った。

これが、己の見る最期の光景であることを。

 

 

「どいつもこいつも、よってたかって俺の任務を邪魔するか。忌々しい……!」

ごうごうと音を立てる礼拝堂を遠目に見ながら、ワルドは呟いた。

戦闘の形跡を思わせない小奇麗な恰好のままで、杖を手にして佇む。

「何であっても利用してやるつもりだが、あの男はよくよく警戒する必要があるな」

上空に浮かぶレキシントン号を見上げながら歯ぎしりをするワルド。

握る杖にも力が籠る。

「どういうつもりで、あの『羽虫』を忍び込ませたのか。よくよく吐かせてやろうではないか異邦人!」

吐き捨てるようにつぶやくと、ワルドは礼拝堂の扉へとゆっくりと歩み出した。

その口元を薄く歪めるように笑みを浮かべながら。

 

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