暗の使い魔   作:Luta

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第七話 『魔剣とゴーレム』

「ちょっと、何してるのよ。さっさとしなさい!」

「五月蝿いな、こんな人ごみじゃ仕方ないだろう」

細い路地にいるルイズからの催促に、官兵衛が答える。

ごった返す人ごみを掻き分けながら、ずた袋を引っさげた官兵衛がようやっとルイズの元にたどり着いた。

路地に入り込んだ二人は、元来た道を見返す。と、そこには見渡す限りの人の波。

幅5メイル程の街道に所狭しと人が並んでいた。

ここは首都トリスタニアのブルドンネ街、その大通り。

虚無の曜日――魔法学院の生徒にとって休日にあたるこの日。

官兵衛とルイズはある買い物をするために、ここ首都トリスタニアまで出てきていた。

事の始まりは、昨晩の会話である。

 

「この野良犬―――っ!よりにもよってツェルプストー相手に尻尾を振るなんて!」

あの後、ルイズに部屋まで連れ戻された官兵衛は、いきなり犬呼ばわりされた。

キュルケとの現場を最悪のタイミングで押さえられたためだ。挙句、鞭で散々叩かれそうになる始末。

「落ち着けお前さん――って、犬呼ばわりか!一体何だってんだ!」

ルイズがなぜキュルケとの接触をこれほどまでに怒るのか。それは、官兵衛にとっては何も関わりの無い因縁のせいであった。

聞けば、ツェルプストー家とヴァリエール家は国境を挟んでの隣同士。

トリステインとゲルマニアの戦争の度に殺しあった因縁の仲なのだとか。

さらには、ルイズにとってはこちらが重要らしいが、先祖代々ヴァリエールはツェルプストーに、散々恋人を奪われてきたらしい。

曰く、ひいおじいさんの妻が奪われた。曰く、ひいひいおじいさんの婚約者を奪われた、等々である。

とどのつまりは、これ以上ツェルプストーには小鳥一匹だって渡すわけにはいかない。そういうことらしい。

「わかった!?とにかくツェルプストー家は、ヴァリエール家にとって不倶戴天の敵なの!」

「へいへい。要は小生が近づかなきゃいいんだろう。あのキュルケに」

官兵衛はやれやれと手をすくめた。しかし、それには一つ問題がある、それは。

「向こうから接近してきたらどうする?強行手段に出られたらさっきみたいに監禁されかねんぞ」

「そうね、それにキュルケを慕う男達も黙ってはいないでしょうね」

ルイズが顎に手を当てながら言った。官兵衛も腕に自信が無いわけではない。しかしながらこの枷である。

闇夜に不意打ちでもされたらたまったものではない。何れにせよ、なにかしら身を守る手段が必要であった、そこで。

「わかったわ。あんたに剣を買ってあげる」

「えっ?」

ルイズが意外な提案をしてきた。官兵衛が素っ頓狂な声を上げる。

「確かにキュルケに好かれたら命がいくつあっても足りないわ。降りかかる火の粉は自分で払えるようにしなさい」

ルイズがツンと上を向いて言った。

「いやしかしだな!小生のこの枷で剣なんかあっても……」

「でもあんたこの前言ってたじゃない。剣があればもっと手早く済むって」

そうであった、と官兵衛は天井を仰いだ。確かに彼は、ド・ロレーヌとの決闘の後、そんな言葉を口にしたのだ。

「まあ無いよりはマシでしょ?」

「そりゃそうだが……」

「決まりね」

 

そんなこんなで、ルイズと官兵衛は剣を買うために、はるばる首都まで出てきた訳である。

因みに官兵衛の枷と鉄球と鎖は、白い布に包まれている。

流石にあのままでは目立って歩きにくい、と考えたルイズが用意したのだ。

傍から見れば、白い大きなずた袋を担いでいるようにしか見えず、上手くカムフラージュされていた。

ブルドンネ街の大通りを抜け、狭い路地を入る。

やがて四辻に出、そして剣の形をした看板の店を見つけると、ルイズと官兵衛はその中に入っていった。

その様子を、二つの影がそっと見ているのに気付かずに。

 

 

暗の使い魔 第七話 『魔剣とゴーレム』

 

 

ルイズと官兵衛が入ると、そこは、狭い屋内に様々武具が並んだ、薄暗い店であった。

カウンターの奥に座った店主が、こちらに気付き、胡散臭げな目で官兵衛達を見た。

「貴族の旦那。うちは全うな商売してまさあ。お上に目をつけられる事なんかとは無縁でっせ。」

「客よ」

ドスの聞いた声でそういう店主に、ルイズが一言で返す。と、店主は驚いたようにルイズを見やった。

「こりゃあ驚いた。若奥様が剣なんぞ握られるんで?」

「使うのは私じゃないわ。こいつよ」

ルイズが官兵衛を目で指す。店主は納得いったように手を打った。

「ははあ成程。近頃は下僕に剣を持たせる貴族の方々も多いようで」

相手が客だと分かると、店主は商売っ気たっぷりに愛想を振りまきながらそういった。

「剣をお使いになるのはこの方で?はあ、これはまた逞しいお方で。鍛え上げられた肉体が岩のようでさあ」

店主が、まじまじと官兵衛を見ながら、世辞を述べる。

そんな店主の言葉を、ルイズは煩わしく思いながらも静かに先を促した。

「このような方がお使いになる剣といえば、かなり大振りなものになりやすが?」

「構わないわ。私は剣の事なんて分からないし、適当に選んで頂戴」

「へい、かしこまりました」

そういうと、店主はいそいそと店の奥へ引っ込んだ。

こりゃ鴨がネギしょってやってきたわい、と内心ほくそ笑みながら。

そんな中、官兵衛は店内に置かれた刀剣類一つ一つを手に取り眺めていた。

しかし、まともな使用に耐えるような物はこの店ではそうそう見つからないようであった。

官兵衛が短くため息をつく。その時、店の倉庫から店主が大剣を油布で拭きながら現れた。

「こいつなんかどうです」

店主がドンと大剣をカウンターに置いた。

見ればそれは、なんとも煌びやかな大剣であった。所々に宝石が散りばめられ、両刃の刀身が鏡のように輝く。

刀身も大きく、1,5メイルはあろう大きさであった。成程、貴族の従者が腰に下げるにはもってこいの逸品らしかった。

官兵衛も傍により、手にとってまじまじと見た。

「こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法だって掛かってるんで鋼鉄なんか一刀両断ですぜ」

官兵衛が熱心に見てるのをいい事に、早速売り込もうとする店主。ルイズも満足したように、その剣を眺めている。

「おいくら?」

ルイズが早速店主に値段を尋ねる。店主が淡々と値段を告げた。

「エキュー金貨で二千。新金貨で三千」

「立派な家と森つきの庭が買えるじゃないの!」

ルイズは声を荒げた。いくらなんでもこれではぼったくりではないか、と抗議するも。

「名剣は城に匹敵しやすぜ。屋敷で済めば安い方かと」

店主が笑いながらそういった。その言葉に、困ったように黙り込むルイズ。

しかし、まじまじ見ていた官兵衛がようやっと口を開くと。

「こんなナマクラで金とろうなんて、たしかにぼったくりが過ぎるな。お前さん」

店主に向かってそう言った。

「な、なんでい!いい加減な事言うなド素人が!」

今度は店主が顔を赤くして、官兵衛に怒鳴った。しかし官兵衛は冷静に言う。

「鋼鉄だって斬れる?こいつじゃあ土塊にすら劣るぞ」

そう言いながら、官兵衛は興味なさそうに大剣をカウンターに戻した。

「斬れないな。飾りだ」

そう言われると、店主は怒ったように剣を引っつかみ、店の奥へと消えていった。

官兵衛も、落ちぶれたとはいえ一介の武将である。刀剣の良し悪しを見る目は確かであった。

加えて彼は、小田原城主北条氏政より賜った名刀『日光一文字』を所有していたこともある。

名刀を見分ける目は玄人であった。

ルイズがだまされた事を悟り、わなわなと震える。

「貴族相手にナマクラを売りつけようだなんて!」

「落ち着け。向こうも商売人だ」

官兵衛がルイズを宥める。といっても今回のは流石に度が過ぎるとは官兵衛も思ったが。

「とりあえず出るか」

先程から店主も戻って来ないし、このままでは埒が明かない。と、店の外に出ようとしたその時であった。

「よう兄ちゃん!おめえ結構いい目してるじゃあねえか!」

唐突に狭い店内に声が響いた。

官兵衛とルイズが見回すも、辺りには誰もいない。

「どこ見てんだよ。こっちだこっち」

とりあえず声のする方向へ目を向けるも、積み上げられた剣があるのみ。人影らしい人影はどこにも無かった。

「おめえ!やっぱり目は節穴か!」

その時、官兵衛は驚き目を見開いた。なんと声の主は、一本の剣であった。

乱雑に積みあがった剣の束の中の一本の剣。正確に言えばその柄の部分から声が発せられていたのだ。

ガサゴソと乱暴にその剣を引っつかむ。

「おいおい!慌てんなって。もう少し優しく扱いな」

口と思わしき柄の部分がカタカタと震えた。

「それって、インテリジェンスソード?」

ルイズが戸惑いながら、その剣を見やった。

「いんてりじぇんす?」

「海を隔てた南蛮の――じゃない、魔法によって意志を与えられた剣の事よ。珍しいわねこんな所で」

ルイズが妙な電波を受信しながら、官兵衛に説明する。

「何でも有りか、魔法ってのは」

剣が喋るという事実にも驚きである。しかし何よりも、物に意志を与えるというデタラメな魔法の力に官兵衛は舌を巻いた。

「やいデル公!またおめぇは!」

いつの間にかカウンターに戻ってきていた店主が、手に持った剣をみるやいなや怒鳴った。

「デル公っていうのか?お前さん」

「ちがわ!デルフリンガー様だ!」

「へぇ、名前だけは立派ね」

ルイズがデルフリンガーをじろじろ見ながら言った。確かに名前は立派だが、当の剣はさび付いていてボロボロである。

長さは先程の大剣と大して変わらないが、それでも先程のものから比べると大分見劣りした。

それでも官兵衛は興味深げに、デルフリンガーを見回す。

「おいお前さん。喋れるってことは色々知ってるのか?」

「剣に尋ねる時はテメエから名乗りやがれ」

「それもそうだな、小生は官兵衛。黒田官兵衛だ」

「そうかいカンベエ、俺の事はデルフでいいぜ。」

なにやら嬉しそうに剣に話しかける官兵衛を、ルイズは怪訝な顔で見つめていた。

「なによあんた、その剣気に入ったの?もっと綺麗なのにしなさいよ」

彼女がそう言うも、官兵衛はデルフとのおしゃべりに夢中で取り付く島もない。

仕方無しにとルイズは店主に向き合う。

「あれはいくらなの?」

「あれなら100で結構でさ」

「あら安いじゃない」

「こちらからしたら厄介払いみたいなもんでして。何しろそのデル公と来たら、客にケチ付けるは罵るわ、ともう散々で」

「え~」

ルイズは再び嫌そうな顔をする。しかし官兵衛はあの調子だ。

「カンベエ!どうするのよ!」

「ん?ああ、買うぞ」

ルイズは肩を落とした。官兵衛が懐から袋を取り出し、カウンターの上に中身をぶちまける。

店主が、慎重に金貨を数え終わると、頷いた。

「毎度」

ルイズは深く深くため息をついた。

「よろしく頼むぞデルフ」

「こちらこそな、いやしかしおでれーた!こんな所で『使い手』に拾われるたぁな!」

「使い手?」

なにやらまだ官兵衛と剣はおしゃべりしているようだが、ルイズはさっさとこの店を出たかった。

さっさと出るわよ、と官兵衛を無理やり店の外に押し出すと、ルイズもそれと同時に出て行った。

薄暗い店内が再びしんと静まり返る。

「やっと厄介払い出来たか」

店主がカウンターに頬杖をつきながら、短くそう呟いた。やれやれ、と言いながらパイプを吹かす。

パイプの煙が天井に届くのをぼぅっと見る。

「まあせいぜい元気でやれよ。デル公」

店主は何とも言い知れぬ静けさに、そんな言葉をつぶやいた。

 

店を出てから、ルイズはずっと機嫌が悪かった。官兵衛が理由を問えば。

「本当にそんなので良かったの?」

と、剣についての文句しか言わなかった。

町に繰り出したは良いものの、さび付いた剣一本しか手にはいらなかった事が余程腹に据えかねたのだろう。

「思ったより丈夫そうだ。剣として使う分には問題ないだろう」

「同じ剣でも喋らないのが沢山有るじゃない、なんでわざわざそれにしたのよ。」

加えて、インテリジェンスソードなどという迷惑な代物であった事も一因していた。

「喋るからいいんだろうが。こいつなら色々情報を持ってるかも知れんしな」

「ふ~んそう」

官兵衛の言葉に、ルイズは心底つまらなそうであった。

二人がそんな会話をしながらブルドンネ街を練り歩いていた、その時であった。

「あれ、なんの人だかりかしら?」

ルイズが通りの正面を指差した。官兵衛もそちらを見る。

すると、そこにはおびただしい数の人々が何かを囲んでいるのが見えた。

このまま行くと間違いなくあの群衆にぶつかるだろう。しかし通りの人の流れは激しく、回り道をしている余裕などない。

ルイズ達は仕方なく、前へ前へと進んでいった。

「ええい、見世物ではない!散った散った」

ざわめきに混じって衛士が怒号を飛ばしているのが聞こえる。

そして人ごみの隙間から、衛士達が木でできた担架で、布に包まれた何かを運んでいくのが見えた。

一体何なのかと、一番後ろに並んだ男性に話を聞く。すると、驚くべき答えが返ってきた。

「ああ、メイジの死体が出たんだとさ」

男性はルイズに答える。その言葉にルイズは息をのんだ。

「死体って、殺されたの?」

「どうやらそうらしいな。今月に入って二件目だとさ、ひでぇ話だ」

あまりに物騒な話に、ルイズは顔色を変えた。

「なんだってメイジが殺されるんだ?この世界じゃ貴族を手にかけるなんざ重罪じゃないのか?」

官兵衛がルイズに問う。

もちろん貴族でなくとも殺人は重罪である。

しかし官兵衛は、この世界の頂点に君臨する貴族がなぜ殺されたのか疑問に思ったのだった。

「わからないわ。今回殺されたのは貴族なの?」

ルイズが再び男に話を聴いた。

「いいや、貴族じゃない。身元知れずのメイジさ」

成程、確かに殺されたのが貴族であったのなら、このような騒ぎでは済まない筈だ。

しかし、官兵衛は男の答えに疑問符を浮かべた。

「メイジが全員貴族なわけじゃないのか」

「そうね。メイジにも色々あって傭兵に身をやつしたり、泥棒になったりするケースがあるわ。

貴族は全員がメイジだけど、メイジ全員が貴族じゃあないのよ。それにしても――」

官兵衛の問いに答えた後、ルイズは考え込んだ。

「メイジが立て続けに二人も殺害されるなんて、いったいどうしてかしら?」

メイジ同士のいざこざであろうか。

身元不明のメイジであれば大方盗人の類であろう。つまりは、裏社会の事情によるものかも知れない。

もしそうであれば、自分たちには関わりの無い事だ。ルイズはそう思った。しかし、彼女は何かが引っ掛かっていた。

現場処理が終わり、人の群れがまばらになってきた所で、官兵衛とルイズはようやく歩き出した。

「はぁ、大分遅くなっちゃったわね。帰りましょう」

「おう」

二人は馬を預けている駅へと向かった。

 

ルイズと官兵衛は、馬で約三時間の道のりを走り、学園へ戻ってきた。

その頃にはすでに日が落ち、辺りには夜の帳が降りていた。

官兵衛はまずルイズの部屋に戻るなり、デルフリンガーを鞘から出して会話を始めた。

彼がデルフを選んだ理由は主に二つ。一つは勿論武器としての役割。もう一つは情報収集であった。

こちらに来てからまだ一週間。官兵衛は、この世界の世情について疎い部分が多くあった。

勿論シエスタ達との会話や、日ごろの授業から情報を得ている。

しかしながら、それらの情報源だけでは得られるものに限りがあった。

図書館の利用も考えたが、そこは貴族専用で自分のような平民は入る事すら許されない。

そんな時、彼はデルフリンガーを見つけたのである。

トリステイン中心部の武器屋に眠っていた、意志を持った魔剣。何かしらの情報が得られると官兵衛は踏んでいた。

彼は日本に帰る為にも、一つでも多くの情報を欲したのであった。しかし――

「なぜじゃあああああああっ!」

「まあまあそう騒ぐなって相棒」

「誰が相棒じゃ!」

またしても切ない叫び声が夜空に響いた。頭を抱え、その場にうずくまる官兵衛。

「おいおいどうしたってんだよ相棒。そりゃたしかに俺様は忘れっぽい。長い間眠ってたからな、うん。

でもそれがどうした?それを差し引いても俺様はそこらの名剣に劣らないぜ。後悔させねえ、絶対」

「後悔だらけだこの錆び錆び!何聞いても忘れた、知らねぇだの、お前さんを買った意味が半分無いじゃないか!」

「よくわかんねぇが、半分あるならいいじゃねぇか。仲良くやろうぜ」

官兵衛はガックリと肩を落とした。官兵衛は肝心の情報を、デルフリンガーから全く得られなかったのだ。

忘れっぽいと言うことは思い出す可能性も無きにしも非ず。だが、今のところそれには期待できそうになかった。

「だから言ったじゃない。もっと普通の剣にしときなさいって。」

ベッドに腰掛けたルイズが頬を膨らませてそう言う。

と、その時であった。

「はーい!ダーリン!」

キュルケが突如、ルイズの部屋のドアをこじ開けて現れた。官兵衛を見るや否や抱きつく。

そして後から、青い髪の少女が本を読みながら入ってきて、ちょこんと官兵衛の隣に座った。

「ちょっとツェルプストー!何勝手に人の部屋に入ってきてるのよ!」

ルイズが立ち上がり、がなり立てる。それに対して、ルイズに今やっと気がついたかのようにキュルケはニッコリ笑う。

「あらルイズこんばんは。生憎だけど今日は貴方に用は無いの。私はダーリンに用があって来たのよ。ねっ、ダーリン」

「だ、だありん?よく分からんが小生に何の用だ?」

官兵衛がおずおずとキュルケに尋ねる。

しかし、昨日の今日で随分なアプローチの仕方だ。恋のためならどこへだろうと現れる。他人の部屋だろうとこじ開ける。

これがツェルプストー流の恋の方法だとしたら、本当にとんでもない家系だ。

官兵衛は、二の腕に押し付けられる胸の感触に苛まれながら、そう考えた。

キュルケがシャツをめくり上げ、スカートの中から何かを取り出した。それは一冊の本であった。

頑丈そうなカバーに包まれ、丁寧に鍵まで掛けられている。随分と重要そうな書物だった。

「これをね、ダーリンに・あ・げ・る」

キュルケが色気たっぷりに、その本を手の中に包ませた。

「な、なんだコイツは?」

「フフ、これはね、『召喚されし書物』って言う代物なの。我がツェルプストー家に伝わる家宝よ」

「何!召喚された書物!?」

官兵衛が驚愕し、手の中の本を見やる。

「そうよ。もしかしたらダーリンの助けになればいいなって。私からのささやかな贈り物よ」

バッと頭上に書物を掲げる官兵衛。目を輝かせ、彼は肩を震わせた。

もしこの書物が日本から、いや官兵衛の世界から召喚された物なら、大きな手がかりであった。

彼が元の世界に帰るための、これ以上ない程の。

「どういうつもりよキュルケ」

「あら、貴方こそ。ダーリンに剣なんかプレゼントしちゃって」

「何よ、使い魔に最低限必要なものを買い与えるのは、主人である私の務めよ」

「必要なものねぇ」

キュルケがチラリと官兵衛の横に置かれた、錆び付いた剣を見やった。ぷっと吹き出しながらルイズに向き直り。

「大方お金が足りなくてあんなものしか買ってあげられなかったんじゃあないの?」

「違うわ!カンベエがあれでいいって言ったのよ!必要なら私がもっと立派な剣を買ってあげたわよ」

「あら、それはダーリンが気を使ったのでなくて?お金の無い貴方に。

まったく使い魔にお金の心配をされるなんて、主人として情けないわね?」

ルイズの眉が釣りあがった。握り締めた拳がわなわなと震え出す。

と、突如ルイズは官兵衛の持つ本をバッと取り上げた。

オイ!と官兵衛が抗議する間もなく、ルイズは本をキュルケに突っ返した。

「いらないわよこんなもん!」

「それは私がダーリンにあげたの。貴方にあげたんじゃないわ」

「使い魔の物は私の物。私の物は私の物よ!あんたからは砂粒ひとつだって恵んで欲しくないんだから」

官兵衛が横でふざけんな!と抗議するが聞く耳持たずである。

「全く、こんなんじゃダーリンが可哀想よ。

彼は貴方の使い魔かもしれないけど、意志だってあるのよ?そこを尊重してあげなさいな」

そうだぞ!と官兵衛が繰り返す。キュルケが再び官兵衛に寄り添った。

「ねぇダーリン、こんな自分勝手なルイズより私のほうがいいわよね?私なら貴方に何だって望むものを与えられるわ。

勿論、貴方を送り帰す方法だって」

キュルケの言葉に官兵衛はハッとして、彼女を見やった。

何故それを知ってるんだ、と言葉が出かかったが、フレイムとの感覚共有のことを思い返し口を閉ざした。

「何よ余計なお世話よ!それにこいつを送り帰すのは主人である私の勤めよ!ゲルマニアで相手にされなくなったからって、

トリステインに越してきた色ボケは引っ込んでなさい!」

「言ってくれるじゃない……」

キュルケの目が据わった。ルイズが勝ち誇ったように言う。

「何よ、本当の事じゃない」

二人の視線がバチバチと火花を散らした。二人が同時に杖に手を掛けた。

すると、それまでじっと本を読んでいた青髪の少女が、すっと杖を振るった。つむじ風が舞い上がり、二人の手から杖を吹き飛ばした。

「室内」

表情を変えず、少女が淡々といった。おそらくはここで杖を抜くのが危険だと言いたいのだろう。

「なにこの子、さっきからいるけど」

「あたしの友達よ。タバサっていうの」

タバサは再び座り込むと、官兵衛のとなりで相も変わらず本のページをめくり始めた。

官兵衛はタバサを見やる。年の程は13~4程だろうか。赤い縁の眼鏡を掛けた、幼そうな顔立ちの少女であった。

官兵衛の視線を気にも留めず、彼女は淡々と読書をしている。

「(随分無口な娘っ子だ、だが――)」

官兵衛はこの少女の立ち振舞いに違和感を感じていた。そう、何者をも寄せ付けない雰囲気。

彼が日ノ本で幾度と無く感じた、あの冷たい気配。例えるなら、豊臣秀吉の左腕として活躍していた男、石田三成。

それを思い出させた。

ふと、タバサがこちらを向いた。それに対して慌てて目を逸らす官兵衛。

「(気のせいか……)」

見ればまだ表情あどけない少女である。自分の感じた違和感は気のせいだろう。そう思うことにした。

「止めなくていいの?」

「えっ?」

タバサがすっと前を指した。見るとそこには、怒りをむき出しにして睨み合う二人の少女がいた。

「「決闘よ!」」

二人が同時に叫んだ。

「おいおい何言い出すんだお前さん達――」

「「カンベエ(ダーリン)は黙ってて!」」

二人の少女、いや鬼女に凄まれて官兵衛はすごすごと引き下がった。

「いいこと?勝ったほうがダーリンにプレゼントを贈るのよ!」

「上等よ!絶対負けないんだから!」

女同士の決戦の火蓋が切って落とされた。

 

「でだ……何で小生がこうなるんだあぁぁぁぁっ!」

官兵衛は気がつくと、学園内の本塔の上からロープで吊るされていた

先程部屋で急に眠くなり、意識が無くなり、気がついたらこのザマであった。恐らくは魔法で眠らされたのだろう。

自分の遥か下に地面が見える。そこは学院の中庭であり、キュルケとルイズが官兵衛を見据えて立っていた。

そして上空には巨大な竜が舞っているのが見えた。タバサの使い魔のシルフィードであった。

彼女は、シルフィードに乗りながら吊るされた官兵衛の真上を旋回していた。官兵衛の落下に備えてである。

「いいこと?先にロープを切ってカンベエを落とした方が勝ちよ」

「わかったわ」

キュルケとルイズが杖を構えた。

「いやいやお前さん達。決闘したい理由は分かった、譲れない訳がある事も。でもな、こんな形で小生を巻き込むなっ!」

官兵衛が精一杯叫ぶも、皆どこ吹く風であった。

「降ろせ!降ろしやがれ!」

「ハァーイ!待っててダーリン。今私が降ろしてあげるわ!」

キュルケが官兵衛に目配せする。

「ちょっとキュルケ!先攻は私よ!」

ルイズが杖を構えながら言う。

「わかってるわよ、ヴァリエール」

ルイズは官兵衛が吊るされたロープを慎重に見やった。

風によって左右にゆらゆら揺られるロープを切るには、最適な魔法は何であろうか。

いや、最適な魔法以前に自分が魔法を成功させられるのだろうか?

ルイズは考えた、しかし考えるだけでは埒があかない。

ルイズは意を決すると、慎重に詠唱を始めた。呪文が完成し、杖をロープ目掛けて振るう。

「(あたって!)」

ルイズは祈った。だがしかし、どおんと爆発の音が響き渡った。

見るとルイズの狙いは外れ、本塔の壁に大きな亀裂が走っただけであった。

キュルケが壁を指差しながら笑う。

「あっはっは!ルイズ!貴方ってば本当に爆発しか起こせないんだから」

ルイズが悔しさに唇を噛み締めた。

「じゃあ次はあたしの番ね」

そう言うと、キュルケが余裕たっぷりに前へ進み出た。

そのまま手馴れた様子で詠唱を始める。すると、杖の先に徐々に炎が集まり、30サント程の炎の塊となった。

膨れ上がった炎をロープ目掛けて放つ。そして、ボッという一瞬の音と共にロープに命中した。

「やったわ!」

キュルケが喜びの声を上げる。ルイズはそれを歯噛みしながら見ていた。

炎が命中した部分のロープが一瞬で炭化する。そのまま重力に従い、官兵衛は真っ逆さまに地面へと落下していった。

「うおぉぉぉぉっ!」

風竜に乗ったままタバサが急降下し、即座に官兵衛に『レビテーション』の魔法を唱える。

と、官兵衛の身体は空中で一瞬止まり、徐々に地面に降りていった。

「くそっ!お前ら、あとで覚えてろよ!」

地面に無事着地した官兵衛は、忌まわしげにそう言った。

と、その時であった。

「ちょっと!何あれ!」

キュルケが官兵衛とは反対側の方角を指差した。即座にルイズが振り向く。タバサの視線が鋭く捕らえる。

官兵衛が驚愕に目を見開いた。

彼らが見る方向、そこには見るも巨大な影が、地鳴りとともに形成されていく光景が映っていた。

見る見るうちに隆起し、巨大な人型を形作る。やがて影は、30メイルはあろうかという高さにまで成長した。

それは非常に巨大な、土で形作られたゴーレムであった。

「ゴーレム!」

ルイズが叫んだ。それと同時に、ずしん!と辺りに振動が走る。巨大な人型がゆっくりと、その歩みを始めた。

そしてその歩みは、着実に本塔の壁に入った亀裂へと進んでいた。

「おいおい!冗談じゃないぞ」

未だ縛られて動けない官兵衛の元に、巨大な塊がゆっくりと迫ってきていた。

「おい誰か!こいつを解いてくれっ!」

官兵衛が叫ぶも、その声を誰も聞いてはいない。

キュルケは足早に逃げて行ってしまった。タバサは空に見当たらない。しかし、ルイズは。

「ちょっと!何で縛られたままなのよ!」

いち早く官兵衛の元へと駆けつけた。

「お前さんらのせいだよ!」

相も変わらず理不尽な主人に抗議しながら、官兵衛は迫ってくる巨大な塊を見やった。

「こいつはまさか、メイジが動かしてるのか?」

「そうよ!あの大きさ、少なく見積もってもトライアングルクラスのメイジの仕業ね。

ってそんな事より何で解けないのよっ!」

ルイズが焦りながら言う。ずしいん!とより近くで振動が走った。ゴーレムはもう目と鼻の先に接近してきていた。

そして、とうとうルイズと官兵衛の上に影がかかった。ゴーレムがゆっくりと片足を上げた。

「お前さん!逃げろ!小生なら大丈夫だ!」

「いやよ!使い魔を見捨てるメイジなんてメイジじゃないわ!」

ゴーレムの足が上から迫る。天が落ちてくるようなその迫力に、官兵衛とルイズは成すすべなく頭を伏せた。

と、突如二人の間に風が吹きぬけた。体が持ち上がり、上昇する感覚に二人は頭を上げた。

「タバサ!」

気付くと、二人はタバサの操る風竜の背中に居た。間一髪でタバサが使い魔を降下させ、二人を救い出したのだ。

「ありがとう!助かったわ」

ルイズが礼を言う。タバサは短く頷くと、ゴーレムに目をやった。

ゴーレムは亀裂が入った本塔の壁の前に立っていた。

ゴーレムはゆっくりと拳を構えると、その拳を目一杯強く本塔の亀裂に叩き付けた。拳が衝突の瞬間、鋼鉄に変化する。

どおん!と凄まじい衝撃が、本塔全体に広がった。亀裂の入った壁は耐えられず、ガラガラと無残に崩れ落ちた。

「いったい何なのあのゴーレム!本塔の壁が粉々じゃない!確かあの場所って――」

ルイズが動揺しながら言おうとした言葉を、タバサが短く引き取った。

「宝物庫」

と、突如壊れた壁の中から、黒いローブにフードを被った人影が現れた。

腕に何か筒状の物を抱えており、それを持ったままゴーレムの肩に飛び乗った。

「あの人影!あれがゴーレムを操っているメイジね」

ルイズが言うと、それを証明するかのように人影が杖を振るった。

すると、ゴーレムは足早にその場から逃げるように移動し出した。そのまま城壁を跨ぎ、森の方へと歩き出す。

「逃がしちゃダメ!あいつ、今何かを抱えてた。きっと宝物庫から盗み出したのよ」

そのまま風竜で追跡を始めるルイズ達。しかし――

「あれ?」

突如、森に入る手前でゴーレムがぐしゃりと崩れたではないか。

「一体どうしたのかしら?メイジは?」

ゴーレムだった土山の上を、風竜で旋回する。しかし、あたりに人影らしい人影は無い。

「どうなってるの?」

「消えた」

タバサが短く呟く。

ルイズが目を凝らしながら辺りを見回すも、無駄であった。

「まんまと出し抜かれたな」

官兵衛が未だ縛られたままで言った。ルイズが悔しそうに口元を歪ませた。

 

翌朝、大騒ぎする教師達は、宝物庫に空けられた巨穴をあんぐりとしながら眺めていた。

そして次に、宝物庫の壁に書かれたメッセージに憤慨していた。

壁に書かれたメッセージはこうであった。

 

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

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