大学という場所は彼の周囲の環境をガラリと変えた   作:さくたろう

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どうもさくたろうです。

「大学という場所は彼の周囲の環境をガラリと変えた」シリーズ最終話となります。

今回で遂に完結。これが私の処女作なのでなんというか感慨深いです。
文化祭が個人的に甘くしすぎてこの最終話どれくらい甘くかけたかわかりませんが一生懸命書きましたんでよろしくおねがいします


先輩と二人きりの旅行

 クリスマスイブ、大学も冬休みに入った私と先輩は、小町ちゃんにもらった旅行券を使い、二人で旅行することになった。先輩と旅行っていうとGWに長野に行ったことを思い出すけど、今回はあの時とは違い、私と先輩以外は誰もいない。

 そう、二人きりである。……ふふ……。おっといけない、あまりの嬉しさで意識してないと顔がにやけてしまいそうだ。先輩ににやけた顔を見せたくはないのでしっかりと気を持ち、表情を作らないと!

 

「なあ、一色」

 

 ふと先輩から呼ばれる。なんですかね?

 

「お前、さっきからずっと顔にやけてるけどなんかあったのか?」

 

 あっれー? 自分で気づかないうちからにやけてたんですかね、私は。なんかそう考えると凄く恥ずかしいんですけど。というかずっとにやけてる私の顔を先輩は眺めていたんでしょうかね? 

 

「先輩、それは遠まわしに俺さっきからずっとお前のこと見つめてたんだけどって意味ですかね? 先輩に見られるのは嬉しいですけどそこはもうちょっと私が可愛らしい表情のときにお願いしますというかピンポイントで私がにやけてるときの顔を見られるのは恥ずかしいのでやめてください」

 

「ば、ばっか! ずっと見ていたくて見てたわけじゃねーよ。いつもならいろいろ話かけてくるお前が黙って窓の外眺めながら真面目な顔になったりニヤついたりしてるのが面白かっただけだ……それに別に恥ずかしがることないだろお前どんな顔してても可愛いしな」

 

 私のいつもの早口でなんとか誤魔化そうとするも、珍しく早口口調で返される。てか何どさくさに紛れて可愛いとか言っちゃってるんですか! そういうのは面と向かってはっきり言ってくれないと困るんですけど。いや、早口ではありましたけど、面と向かってはっきり言ってましたねこれ。あーもう、先輩、ずるいよぉ……

 

 まだ目的地に到着すらしていないのに、早くも告白したくてうずうずしてしまう。それも先輩が一々私に好意を持っていることを教えてくれているような気がするのが悪いんです! というか男なら自分から告白してくれないですかね、いやまあ、先輩が私を好きかどうかまだわからないですけど。まあもし、先輩が私のことを好きでいてくれても私の方が先輩のこと好きなんですけどね、いえ大好きなんですけど。

 

「お、着いたみたいだぞ」

 

 しばらく先輩とのお喋りを楽しんでいるとどうやら目的地に着いたらしく、バスが駐車場に停る。私たちは後ろの方の席だったので他の乗客者の人たちがほとんど降りたあとに降りる。最初の目的地であるひがし茶屋街、城下町の風情があって通行人に着物を来た人が多く見られる。

 

「先輩、先輩、着物姿の人がたくさんいますよ!」

 

「子供かお前は」

 

 珍しい光景に小学生みたいな感想を述べるとつっこみをいれられる。だって着物可愛いと思ったんだもん。

 

「お、あそこで着物のレンタルやってるみたいだぞ?」

 

「え、本当ですか? 着てみたいです!」

 

「そんじゃ、まずはあそこに行ってみるか」

 

 私たちはそのまま着物屋さんに向かい、中に入ると店員さんが優しく出迎えてくれた。お勧めの着物を選んでもらって着付けをしてもらう。その間先輩は外で今日のプランを考えておくらしい。先輩が自分からデートプラン的なものを考えてくれるなんてちょっぴり……いや、すっごい嬉しいですね。

 

「できましたよ、とってもお似合いですね」

 

 着付けが終わって鏡の前に立つ、自分で言うのもなんだけれど、わりと似合っているんじゃないかな。この格好を見たときの先輩の反応が見たいなんて思った。

 

「ふふっ、彼氏さんもきっと惚れ直しちゃいますね」

 

「ふえっ? あ、そ、そうだといいんですけどね」

 

 いきなりの店員さんの言葉に動揺してしまうとは情けない。いや、まずまだ先輩彼氏じゃないんだけどなぁ。でも上手くいけば今日彼氏に……えへへ。

 お礼を言ってお店をあとにする。入口の外に先輩の姿が見えたので駆け足で向かう。

 

「せんぱーい。あっ!」

 

 感想を聞こうとしたとき、先輩の目の前でつまづいてしまい転びそうになったところを抱きかかえられた。

 

「慌てすぎだろお前」

 

「えへへ……だって先輩に早くこの着物姿見せたかったんですもん。どうですかね? 似合ってますか?」

 

 そう言って先輩の前でくるんとターンしてみせる。

 それを見た先輩は頭を掻きながら少しだけ俯いた。これは照れてるやつですね! 可愛いいろはちゃんの着物姿に見惚れてしまったんですね、きっと! 先輩のことだから本当のことは言わないだろうけどこの仕草がその証拠っ。

 

「まあ、そのなんだ……予想以上に可愛い、というか綺麗だな。すげえ似合ってるぞ」

 

 ふぁっ!? 真っ向から褒められた……ですと……

 あまりの予想外の言葉に私は固まってしまい、先輩の感想に対しての反応ができなかった。

 

「なんで聞いてきたお前が照れてんだよ。俺まで照れちゃうんだけど?」

 

 そんなこと言われても先輩が悪い。いや、悪くないんですけど悪いんです!

 

「せ、先輩がいきなり柄にもないようなこと言うからですよ!」

 

「何それ、はあ……、まあ、とりあえずいこうぜ。この先に上手い甘味カフェがあるらしいんだよ」

 

「甘味カフェですか。いいですね、いきましょー!」

 

 そう言うと先輩が左手を差し出す。ん、この手はなんですかね?

 

「先輩、この手は?」

 

「ん、あ、いや、お前のことだから手でもつなぐもんかと……悪い、今のなしで」

 

「わー、わー! 繋ぎます、繋ぎますから!」

 

 先輩から手を繋ごうとするとか反則すぎますよ。

 先輩は普通に繋ごうとしていたようだけど、それだとなんか先輩に負けた気がしたので無理やり恋人繋ぎにしてみた。繋いだ手は少し湿っていて表情には出してないけど少し緊張しているのがわかった。いえ、私もドキドキしてるんですけどね?

 慣れない草履で歩くのも、先輩がいつもよりゆっくりと歩いてくれているおかげで安心して歩けている。こういうところがやっぱりこの人は優しいんだなと思う。

 

 少し歩くと目的の甘味カフェにたどり着いた。中に入るとショーケースの中に様々なアイスが入っていてどれも美味しそう。

 二人で注文して二階に上がりお座敷に座る。先輩と私はアイスもなかセットを頼んだ。最中とアイスが別々になっていて自分でもなかにアイスをよそってあんこ、白玉などを一緒に入れて完成。

 

「いただきますっ」

 

「いただきます」

 

 ん~~っ美味しい! もなかのパリパリとした食感に玉露の風味と適度な苦味、そこにあんこなどの甘味も加わって何とも言えない美味しさ。もう今日はこれだけでも満足した感じがする。先輩の方を見ると先輩も非常に気に入ったららしく、頬にアイスをつけながら黙々と食べている。……ふむ、これは定番ですがあれをやりますか……

 

「先輩、アイスついちゃってますよ」

 

「ん、まじか、どこ?」

 

「唇の左の方です」

 

 先輩は私からみて右の方を拭いている。

 

「あ、すいません、私からみて左でした」

 

 そう言って先輩についてるアイスをひょいっと人差し指で拭き取り、それを口に含みにっこりと微笑んでみた。

 正直恥ずかしくてアイスの味とか忘れそうなんですけど、今のは先輩の味がしたきがする、たぶん。

 

「あはは……一度やってみたかったんですよねこれ、思った以上に恥ずかしいですね……」

 

「やられた方はもっと恥ずかしいぞ……」

 

 先輩の顔が真っ赤になってるのを見てしてやったと思ったが、私も顔がめちゃくちゃ熱いのできっと同じように顔が赤くなってるよねこれ。

 それから二人とも熱くなってしまった顔を冷やすようにアイスを黙々と食べた。

 

 アイスを食べ終え店を出てしばらく歩くと「茶屋美人」というお店が目にとまった。

 

「入るか?」

 

 私が気になっているのを気づいたのか先輩にそう聞かれる。せっかくだから入ってみようと思い、返事をして先輩と中に入ると、店内にはアクセサリーや化粧品などが並んでいた。

 目にとまったのは化粧品。金箔いりのボディーケアとか一体どんななんだろう。あ、ハンドクリームもいいなぁ。

 

「これほしいのか」

 

 気になった商品が先輩の手に取られる。

 

「ほしいっていうか気になった感じですかね」

 

 そう言うと先輩がハンドクリームを二個とボディーケアを手にしレジに向かう。

 

「え、先輩、どうしたんですか?」

 

「ん、欲しそうな目で見てたからな。まあ、小町の土産のついでにだ」

 

 そのまま会計を済ませる先輩。先輩からこういう行動されると調子が狂うと言いますか……今のままでも、私の好感度メータはMAXまで溜まってるのにそれを突き抜けようとしてしまう。さり気なく小町ちゃんにもお土産買ってるし、小町ちゃんの代わりに言うけど、いろは的にポイント高いです。

 

 

 しばらく茶屋街を回り、いい時間になったところで私たちはレンタルしていた着物を返し、今日の宿泊場所である温泉旅館「喜翆荘」に向かった。

 

「うわー、先輩みてください! 景色がすっごい綺麗ですよ!」

 

 喜翆荘は絶景を見渡せる高台に立地していて景色がとても綺麗だった。大正浪漫あふれる建物は文化財的価値の高い歴史あるものと先輩が教えてくれた。喜翆荘は一度は旅館を閉じたらしいんだけど、先代の女将さんのお孫さんがもう一度再開させたそうだ。

 旅館の玄関に赴くとその女将さんが出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。二名でお越しの比企谷様ですね。私は女将の松前緒花と申します」

 

 優しく微笑んで出迎えてくれた女将さんは若くてとても可愛らしく、髪の色は私と同じ亜麻色。なんかちょっと親近感が湧いてしまう。

 チェックインを済ませると女将さんが部屋に案内をしてくれる。波の間という札のあるお部屋に入る。

 

「おー、いいお部屋ですね!」

 

「そうだな」

 

 本当にいいお部屋だ。窓から見える景色も綺麗で言うことない。

 

「ありがとうございます、では夕飯の時間になりましたらお料理をお持ちしますのでそれまでごゆっくり」

 

 そう言って女将さんは部屋を後にした。部屋に残ったのは当たり前だけど先輩と私の二人。

 

「え、えと、何しましょうか?」

 

 あれ? なんで私少し緊張してるんだろ。

 

「ん、とりあえず温泉にでも入るか」

 

「そ、そうですね!」

 

 二人で温泉に入る準備をして部屋をでる。温泉の場所までの通路を探していると女将さんが通りかかって話しかけてきた。

 

「あ、温泉にお入りになるんですか? でしたらそちらの通路を右に曲がってまっすぐ行った先にあります」

 

 微笑みながら教えてくれる女将さん、本当に可愛らしいな。お礼を言って女将さんが教えてくれた通路を進んでいく。途中、先輩がトイレに行ってから行くと言ってたので私は先に行くことにした。どうせ男湯と女湯は別だし先に行ってても問題ないよね。

 想像よりも小さめの脱衣所で服を脱ぎ、タオルをもって温泉へ。身体を軽く流して露天風呂に浸かる。冬の金沢ということもあって露天風呂から見える景色は雪が降った跡などが残ってそれも綺麗に見える。

 

「ふぅ……」

 

 ちょうどいいお湯加減で思わず息を漏らす。旅の疲れが癒されるといいますか、気持ちいい。温泉で気持ちよくなりぼーっとしていると、扉の開く音が聞こえた。他のお客さんが来たのかな。

 ぺちぺちという足音が近づいてきて、止まる。

 

「な、なんでお前がここにいんの?」

 

 声の主は先輩だった。いや、先輩こそなんでここにいるんですかね?

 

「そ、それはこっちのセリフです! 先輩こそなんでこ、こ、ここにいるんですか? はっ、もしかして久しぶりに私のあられもない姿を見たくて犯罪まがいのことしたんですかそれならそうと言ってもらえればもしかしたら今日の夜なら見せたかもしれないですけど流石にこんな人のきそうな場所でそれは恥ずかしすぎるのでごめんなさい!」

 

「い、いや、落ち着け、深呼吸しろ。これは何かの手違いだからとりあえず俺は出て女将さんにでも聞いてみる」

 

 そのまま脱衣所に向かおうとしたとき扉の向こうから女将さんの声が聞こえた。

 

「お湯加減はどうですか?」

 

「お、女将さん、あ、とってもいいです! 景色も綺麗で温泉も気持ちいですし最高です!」

 

 流石にこの状況を見られるのはまずいと思ったのか、私が答えてるあいだに先輩は温泉にダイブして潜っている。これ完全に危ない人ですけど大丈夫ですかね?

 

「そうですか、ありがとうございます。うちの家族風呂はお客様に好評なんですよ。お二人で旅の疲れを癒してくださいね」

 

「は、はい」

 

 はい? 家族風呂? 言われてみれば確かにここ入口一つしかなかったし、私もさも当然のように入ったけど女風呂とは明記されてなかったようなあったような……

 というか女将さんの気遣いが辛いっ! 

 

「ぶはぁっ、行ったか?」

 

 ようやく潜り終えたのか先輩が浮上してきた。さっきのやり取りを聞いてなかった先輩は、そのままお風呂を出ようとする。

 

「あ、先輩、ここ家族風呂らしいんです……だから先輩がここに来たのも間違いじゃないみたいです……」

 

「はぁ? 家族風呂……? ……あの女将さんか」

 

 先輩もどうやら気づいたようでそのままブツブツと文句を言いながら再びお湯に浸かり始めた。あ、普通に入るんですね?

 

「先輩」

 

「ん」

 

「気持ちいいですね」

 

「だな」

 

「景色も綺麗ですよ」

 

「おう」

 

 あれー? なんですかねこれ。いや、私もおかしいんですけどね? 先輩の答え適当すぎませんか? そう思って先輩の方を見ると何か計算式のようなものをぶつぶつと言いながら私とは逆の方向を向いていた。

 あ、これ完全に先輩が変なことを意識しておかしくなっちゃったパターンだ。

 こんなときに後ろから抱きついたら先輩はどんな反応をするのだろうか。もちろん抱きつく私も恥ずかしいけど、その反応を見たい方が勝って先輩に恐る恐る近づいていく。先輩は未だになにかブツブツと呪文のようなものを唱えていて、私が近づいていることに気づいていない。距離が近づいたところで後ろから思いっきり先輩を抱きしめる。飛びついた拍子にタオルが落ちた気がしたけど、今ここでそれを気にしたら私のほうが危険なのでこれは考えないことにした。

 

「ふぁひゃい!?」

 

 先輩から今まで聞いたことのないような悲鳴にも似た叫びが聞こえる。

 

「あ、あたってるから、一色、お前……」

 

 あ、やっぱりタオル落ちてた……一瞬タオルに気を取られてる間に抱きしめているはずの先輩の体がお湯の中に沈んでいく。あれ? 先輩? せんぱーーい?

 

「ちょ、先輩、大丈夫ですか!?」

 

 急いで沈んでしまった先輩を引き上げ外に出す、先輩は気絶してしまっていて返事がない。鼻からは血が流れている。あ、これ私がやらかしちゃったやつかな。

 気絶した先輩を脱衣所まで運び、私は浴衣に着替えて女将さんにお水をもらいに走った。

 

「あら、比企谷さん、どうかなさいましたか?」

 

「す、すいません、お水をいただけないでしょうか? せ、旦那がのぼせちゃったみたいで……」

 

 あれ、私なんで先輩のこと旦那とか言ってるんだろう? あ、そうだ、きっと私も気が動転しているんだ。ていうか家族風呂なんかに私たちを案内したこの人が悪い。いや、やっぱり私が主な原因ですね。

 

「え、大丈夫ですか? 人を呼んでお部屋まで運びましょうか?」

 

「あ、いえ、今は落ち着いているので、しばらく休んで部屋に戻ります」

 

 女将さんは「そうですか」と言い、水を持ってきてくれた。渡されたお水を手に持ち先輩の待つ脱衣所に向かう。脱衣所に戻ると先輩はまだ横になっていた。先輩のそばに座り、横になっている先輩の頭を自分の膝に乗せる。しばらくその格好で先輩の顔を眺めていると意識を取り戻して目をゆっくりと開けた。

 

「おはようございます、先輩」

 

「ん、一色か……あれここどこだ?」

 

「先輩、露天風呂で気絶したんですよ、覚えてないですか?」

 

「……なんかあんまり思い出せないな。ところでなんで俺は膝枕されてるわけ?」

 

 どうやら先輩はなんで気絶したのか覚えてないようだ。いやまあ、私のせいだから覚えてない方がありがたいんですけど、ちょっと覚えてて欲しかったのもあったり。

 

「優しくて可愛い後輩のいろはちゃんが先輩を看病してあげてたんですよ。はい、先輩、お水ですよ」

 

 先輩に水を渡すと喉が渇いていたのかゴクゴクと一気に飲み干す。

 

「はー、さんきゅうな。なんか生き返ったわ」

 

「いえいえ、そろそろ夕食の時間ですしお部屋に戻りますか」

 

「そうだな」

 

 まだちょっとふらふらしている先輩を抱えながら部屋に戻る。先輩に抱きつくことはあっても、先輩にこうして寄りかかられるのは初めてだ。

 部屋に戻って二人でまったりとしていると夕食が運ばれてきた。海の幸と山の幸のどちらも贅沢に使われていて見た目も綺麗で美味しそう。

 

「そういえば今日って俺ら昼食ってなかったよな」

 

 言われてみれば確かに。お昼ぐらいに食べたといえばあのもなかアイスくらいで、ご飯はたべてなかったっけ。

 

「じゃあ夕食はいっぱい食べましょうね、いただきますっ」

 

「おう、いただきます」

 

 二人ともやっぱりお腹が減っていたようで、いただきます以外に感想を言い合うこともなく、無言で食べ続ける。お刺身、天ぷら、お肉料理、どれも美味しくて自然と箸が進む。

 あっという間に二人とも食べ終えてのんびりしていると、女将さんが料理を片付けに来た。

 

「夕食の方はどうでしたか?」

 

「すっごく美味しかったです! ね、先輩」

 

「だな、天ぷらは最高でした」

 

「ふふっ、ありがとうございます。み……、板長もそう言ってもらえて喜んでいると思います。お二人はこのあとはどうなさるんですか?」

 

 このあとか~。時計を見るとまだ寝るには早い時間だし先輩とせっかく二人きりなんだから何かしたいな。

 

「もしよろしければ、散歩でもしてみるのはどうですか? このあたりの夜の冬景色はとっても綺麗なんですよ?」

 

 散歩か……景色の綺麗なところでそのまま告白。……うん、それありですね!

 

「じゃあ先輩、お散歩しましょう!」

 

「ういうい」

 

「では、お気を付けていってらっしゃい、あ、そうですね、外は寒いので上着はちゃんと来てくださいね」

 

 女将さんはそう言って部屋を後にした。私たちも上着を着て部屋を出て玄関に向かう。外に出ると冬の夜、やっぱり少し寒い。

 

「先輩、少し寒いですね」

 

「まあ冬だしな、こんなもんだろ」

 

 そこはまた手を出したりして一緒に温まろうぜ! 的なことを言って欲しかったんですけどね。

 言ってはもらえなさそうなので横を歩く先輩の腕にそのまま抱きつく。うん、やっぱり温かい。

 

「こうすると温かいですね」

 

「まあな」

 

 女将さんの言ったとおり高台からの景色は夜の街のライトの効果で昼とはまた違って綺麗だ。

 そのまま上を向くと今度は綺麗な星空が見える……と思ったけど見えなかった。あれ? おかしいな、こういうところならきっと星空がすっごく綺麗で「わぁ、先輩星が綺麗ですね」と言ってそこから先輩が「ああ、だけど星よりもいろは、お前のほうが綺麗だよ」とかいう展開を楽しみに……いや、妄想してたんですけど。

 

「雪だ」

 

「え? あ、本当ですね!」

 

 星の見えない空から、少しだけど雪が降り始めた。ホワイトクリスマスだ……。ここだ、ここしかない、この完璧なシチュエーションで告白して先輩と結ばれる。そう思って一世一代のチャンスをものにしようと先輩を呼ぶ。

 

「しぇ、しぇんぱい」

 

 あぁぁぁぁ……噛んだ……もう死にたい。なんでここにきて噛んじゃうんですかね私は!

 

「ん、どうした?」

 

「あ、あのですね、えーっと……私、先輩に言いたいことがありまして……」

 

 いざ告白となるとやっぱり少し躊躇してしまう。昔一度だけ告白したときは意外とあっさり言えたはずなのに……。もし先輩に振られたらと考えてしまうとこの先が中々言葉にできない。

 

「……一色、ちょっと待ってくれ」

 

「え?」

 

 待つって何を……?

 

「あのな、俺が先に一色に言いたいことあるんだわ。聞いてもらっていいか?」

 

「い、いいですけど……」

 

 先輩の真剣な眼差しに断ることはできなかった。なんだろ、真剣な目をしている先輩は今まで何回か見たことはあるかもしれないけど、この目は真剣だけど何かを怖がっているような……。

 もしかしたらと、先輩も私と同じ気持ちでそれを伝えようとしてくれているなんて考える。

 

「……」

 

 先輩は何かを言おうとしてるけど、まだそれは言葉にされてなくて二人のあいだに沈黙が続いた。

 

「あの……先輩?」

 

「あーもう、すまん、やっぱ一緒に同時に言いたいこと言い合わないか?」

 

 先輩、それは先輩らしいですけどなんというか本当に先輩なんですね。

 

「わかりました……それじゃあいっせーのーでで言い合いましょう」

 

「オーケー、わかった」

 

「それでは……いっせーのーで」

 

「好きだ! っておい! お前言ってねえじゃねえか!」

 

 ……先輩が何か怒ってるけど耳に入ってこない。もしかしたらと思って出来心で私は言わずに先輩の言葉だけ聞いたけどなんて言ったっけ……「好きだ」そう言ってくれたんだよね?

 あまりの嬉しさと今までの思いが叶い、涙が溢れ出てきて止まらない。先輩はそんな私を見ておどおどとしている。そんなに困ったような顔しないでくださいよ、先輩。

 

「せ、先輩……私も好きです、大好きです!」

 

 涙が少し収まってきたところで先輩に対する返事をすると同時に先輩の胸に思いっきり抱きついた。先輩が私の頭を優しく撫でてくれるととても嬉しくて、そんな先輩の顔が見たいと上を向くと先輩の唇が数センチのところに。

 

「先輩、キス……しませんか?」

 

 そう言って少し上を向き、瞳を閉じる。先輩の吐息が少しずつ近づいてきて、唇に柔らかい感触を得た――

 

 

 

 こうしてクリスマスイブの夜、私たちは結ばれた。二人で恋人繋ぎをしながら旅館に戻ると「おかえりなさい」と女将さんが笑顔で迎えてくれる。それがなんだか暖かくて、さっきのことを思い出して涙がこみ上げてくる。

 やっと、やっと先輩と結ばれた……こんなに嬉しいことはないから……

 急に泣き出した私を先輩と女将さんは心配していた。先輩は女将さんから「大事な子を泣かせちゃダメですよ?」と怒られてた。

 部屋に戻ると布団が引かれていていつでも寝れるようになっていた。

 

「今日はもう寝るか」

 

 そう言って布団に入ろうとする先輩。でも今日は先輩と一緒に寝たいと思って「先輩と一緒に寝てもいいですか?」と訪ねた。

 

 私の言葉のあと先輩は黙って何かを考えているようでそこから一言も喋っていない。

 

「せ、先輩? どうしたん「わかった」

 

 何かを決意したように布団の方に向かっていき照明を薄暗くする。

 いそいそと浴衣を脱ぎ始めた先輩の身体はお風呂の時もみたけれど運動部じゃない割には筋肉もあって、ちょっぴりたくましい。浴衣を脱ぎ捨てた先輩は下半身の布切れ一枚だけの姿となった。あれ? なんでこの人脱いでるんですか? いろはわからない。

 

「あんまじろじろ見んなよ……流石にはずいんだが」

 

 恥ずかしそうにそう呟く先輩。いや、じゃあなんで急に脱ぎだしたんですか!

 先輩はもじもじとしながら私の方を向いている。あれ? なんかちょっとかわいいんですけどこの人。

 

「お、お前も早く脱げよ」

 

 へ? あ……。

 先輩のその言葉でようやく理解した。先輩はたぶんさっきの私の一緒に寝たいというのをそういうことだと認識したんだ。それでたぶんこうなってる……うん、間違いないですね。てか先輩わりと大胆ですね……

 

「えっと……私はただ、先輩と一緒に添い寝とかの感じで……寝たいなと……思ったわけでして……」

 

「へ……?」

 

 私の言葉に先輩は完全に機能停止してしまい布団の上に体育座りし始めた。

 ふるふると震えながら何か言いたそうにしている。

 

「し……し……」

 

 薄暗い部屋でも先輩の目がいつもより光を失っているのがわかってしまう。

 

「死にたい死にたい死にたい」

 

 ちょっと! 死ぬのは待ってくださいよ! 先輩に死なれたら私泣き崩れるんですけど。

 

「わ、わあー! ちょっと待ってください! 今のはなしで! 私がいけませんでした、誤解を生むような発言をしてしまって」

 

 このままだと先輩に新しいトラウマを与えてしまいそうでどうしたらいいのか考える。というか先輩も私の言葉で準備するってことはやっぱりしたい気持ちはあったって事なんですかね?

 

「せ、先輩はしたいんですか?」

 

「したいかしたくないかで言えばしたいに決まってるだろ。男だぞ」

 

「はぁ……そういうものですか」

 

 まあ、もう付き合ってるわけだし、私も先輩とやっと結ばれて嬉しい気持ちでいっぱいで、今日が初めてになるならきっとそれはいい思い出になるよね……

 

「わかりました、先輩……その、よろしく、お願い……します。言っときますけど、私初めてなので、もし何かあったときは……責任、とってくださいね?」

 

「善処します……」

 

 それから私たちは初めての夜を過ごした――

 

 

 

 

 窓から朝日が入り込み目が覚める、先輩の腕枕のおかげでぐっすり眠れたみたいだ。先輩はまだ寝ているようでスースーと寝息をたてている。先輩の肌に触れたいと思い背中のあたりをそっと撫でると「んっ……」と声がして先輩のまぶたががゆっくりと開いた。

 

「おはようございます、起こしちゃいましたか?」

 

「いや、おはよう……」

 

 意識が覚醒して昨日のことを思い出したのか少し照れながら挨拶をしてくれる先輩。この人かっこいいし、優しいけど本当はそれ以上に可愛いんじゃないかと今更ながら思ってしまった。

 

 帰りの仕度をしてロビーに向かうと女将さんが立っていた。

 

「お帰りですか?」

 

「はい、今回はいろいろとありがとうございました」

 

「いえ、よかったらまた来てくださいね」

 

 女将さんの言葉に二人で同時に「はい」と答えると女将さんは嬉しそうな顔をして私たちを見送ってくれた。

 

「また来ましょうね、先輩」

 

「そうだな、はいって言っちまったしな」

 

 今度はいつになるかわからないけどこの旅館にはまた来たいと思った。それこそ新婚旅行とかでもいいかもしれない。無論、相手は私の横で一緒に歩いてくれている先輩と。

 




「大学という場所は彼の周囲の環境をガラリと変えた」シリーズ最後まで読んでいただきありがとうございます。

一応これでこのシリーズは完結となります。最初は軽い気持ちで書いてみようと思ったのが始まりでしたが気づけば3ヶ月もこのシリーズやってたんですね。やっと結ばれた八幡といろは。というか本当になんでこいつら今まで付き合ってなかったのっていうね。


第一話のブクマが400を達成したのはとても嬉しかったです。読んでくれた方、ブクマをつけてくれた方本当にありがとうございます。
一応なんですがアフター、番外編のお話を少し考えてはいるのでいつになるかわかりませんがそれも書けたらなと思っております。

「八幡、雪乃、由比ヶ浜のお話」「八幡が大学4年の話」「二人が結婚してからのお話」 このあたりはいずれ書きたいですかね。


それでは最後に感想や評価などの方よろしくお願いします

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