ある日の放課後、いつもの様に静かに本を読んでいる雪ノ下の姿はなく、その隣で飼い犬の如く雪ノ下にじゃれている由比ヶ浜も居ない。
二人揃っていないということは、恐らく二人でお出かけでもしているのだろう。
なけなしの勇気と、あったかも分からないプライドとも言えない何かを振り絞ったあの一言があってから、二人は前よりも仲良くなったように見える。
人間関係をその関係の枠の外から眺め観察し、分析することをパッシブスキルとする俺にはそう見えた。
だが、間違え続けてきた自分の何を根拠に断言できようか。
最近はこんな事ばかりが頭の中を渦潮の如くぐるぐると回っている。
小町に捻くれ者と言われ続けた兄だが、そのベクトルはあくまでもポジティブに捻くれていたつもりなのだが、今は何処ぞの意識高い系男子で言うところのネイティブシンキングになりつつあることは否めない。
手にしている本の文面が全く頭に入ってこず、一度頭の中をリセットしようと視線を文字群から逸らし顔を上げると、見知った顔がそこにあった。
「あぁ一色、あいつらなら今日は休みだぞ」
「知ってますよ、先輩。結衣先輩から連絡ありましたし」
最近よくこの部室に訪れる一色いろはがそこにいた。
それよりも女子だけでグループが出来ちゃってるんですかそうですか。
ぼっちとしてはいかなる集団にも属さないのはこれ以上ないポテンシャルである。よって問題はない。
強いていうのであれば部員ですらない一色に連絡があって部員である俺に連絡が無いことがおかしいと思うぐらいか。
そうか、と小さく返事をしておき視線を本へ戻そうとすると、ていっと可愛く本を略奪された。
盗られた本は一色の胸元にひしっと抱きしめられており、年相応には成長しつつあるのであろう双丘に自然と目がいってしまう。
これは一色が悪い。あざとエロい。このエロはすめ。
しばらく視線を逸らさずにいると、さすがに声が掛かった。
「先輩、キモいですよ?普段通り普段以上に」
「いや、今のはエロは・・・いろはすが悪い」
「先輩酷いです〜」
この後輩との会話も大分慣れてきた。
俺が喋ることのできる数少ない厳選された人物の内、唯一の後輩と言える人物だろう。
何故かは分からないが、生徒会が忙しくない時などに奉仕部の部室に居座っている。
由比ヶ浜はもちろん、あの雪ノ下までもが一色には甘く、残る俺はといえば八幡式お兄ちゃんスキルという小町専用のパッシブスキルが誤作動してしまうため、言うまでもない。
甘いだけならばいいのだが、一色の場合、その立場を完全に使いこなしているためタチが悪い。
「で、どうかしたか」
彼女らが不在ということは「先輩と二人きり」イベントが発生することは分かっていたはずだ。
こちらがそう切り出すことを予め予測していたかのように反応があった。
「どうもしませんよ~あ、もしかして先輩期待しちゃったりしました?」
「うるせぇ、つい小町に話しかけるお兄ちゃんスキルが発動したんだよ。ようは小町最高」
「うへぇ、さらっとシスコンアピールしてくる所あれですよ先輩。ただでさえあれなのに」
あれってなんだあれって。私、気になります!
「大事なことだからって2回言う必要は無いんだぞ。むしろ大事なことだからこそ言わないまである」
「は、はぁ・・・あ、もしかして俺が言わなくたって俺の愛は伝わってるだろ的なプロポーズですかそうですかでもそういうのちゃんと言葉にして欲しいのでまた今度お願いしますすいません」
「言葉にしたらいいのか…」
俺の呟きは聞き止められることはなく、ガラガラと椅子を引きずってきた一色が目の前に座った。
いつもと場所が違う気がするのは気のせいですかね。あ、妖怪のせい?そうなのね!
八幡が一人なのは妖怪のせいなんだよ!(戸塚ボイス)を脳内再生する。妖怪のせいでいい気がしてきたよ!
戸塚の可愛さは妖怪級。
「先輩はなんとも思わないんですか」
「何が」
「せっかく三人で過ごす時間が出来て、一緒の部に居るのにどんどん二人だけが仲良くなってる・・・ように見えます。少なくとも私には」
「別にいいんじゃねーの。俺は二人と仲良く過ごしたいとかそういうのを求めてるわけじゃ」
「でも、出来ることならもっと関わりたい、一緒に過ごす時間が欲しいとは思ってますよね」
一色には理不尽な何かに反抗するんだ、という意気込みが見て取れた。
勢いに気圧されてか、昔の自分ならば引っくり返しても出てこなかったであろう言葉が口をついて出ていった。
「仲良くしたいのが目的ではないんだが・・・一緒に過ごしたいとは思って、る」
「素直じゃないですねー。先輩もどうせ一緒に過ごすなら楽しい方がいいじゃないですかー」
断言されてしまった。八幡シンキングはそんな簡易なものではないことを教えてやらねば。
「だから、私とお出かけしましょう!」
「は?」
「は?ってなんですかは?って。可愛い後輩からのお誘いですよ?もう二度とないイベントかも知れませんよ?きっとそうですそうに違いありません」
「自分で可愛いとか言っちゃうあたり可愛くない」
「先輩が言ったんですよ?可愛い後輩って」
そんなことを言った先輩が居るのか誰だそいつ。
選挙の時にメリットを提示する際口にした覚えがある。
ブーメランが帰ってきた。
「で、なんでお出かけとやらに俺がついていかなきゃならん。下僕か何かなの」
「先輩はすぐそうやって下手に下手に出るからダメなんですよー。個人的には先輩を下僕として連れて回るのも心が踊らないでもないですが、今回は対等な友達同士のお出かけです!」
「一色、前提が間違ってる。俺に友達はいない」
「だからその練習をするんですよ。なんでもいいから用意してくださいねー。生徒会に顔出したら校門で待ってるのでー」
流れるような動作でこちらが反対意見を出す前に去っていった。
八幡という人間の扱いに慣れた人間のやり口である。
約束をすっぽかせない純情な男の子を弄んだ挙句利用するなんて酷い!こんなのって無いよ!
特に予定も無かったし構わないか、と小町に遅くなるという旨のメールを送っておく。
人生が苦い分コーヒーぐらいは甘くていい、と思っていたがどうやら後輩に対する対応もいい加減甘くていいやと思えるようになってきたものである。
続きますよー