「先輩って友人と呼べる友人って居るんですか?」
校門から歩き始めた途端、横並びに歩く後輩は分かりきった質問をぶつけてきた。
友人、と言われてすぐに頭に浮かぶのは今日部室に居なかった彼女達の顔だが、なにせぼっちを極めた身である俺としてはあの関係が友人と呼べるものなのかは判断しかねる。
では、他に誰か居るだろうか。
材木座?いや違う。あれは知り合いの枠に辛うじて滑り込めているか込めていないかの境界だ。
本人に境界線上の人物等と言えば気持ち悪い反応が返ってくるのは目に見えて想像できる。
戸塚は天使だ。
人という枠組みを超えているあたり友人と呼べるものでは無いだろう。ちなみにこれは普段から至って大真面目に考えていることである。
考えるまでもなく、友人と呼べる人は居なかった。
「いねぇな」
「じゃあ友人一号を立候補してもいいですかね?」
「は?」
唐突な質問に即答出来ない。
あまり質問の意図を理解していない段階で答えを口にした。
「勝手にしてくれ」
「うわぁやる気ないなーこの先輩。なんでもいいですけど、先輩、今から行きたいところありますか?」
「家」
今度は即答である。
「せ、先輩もしかして誘ってますか・・・付き合ってもいないのにそういうことはダメなので付き合い始めてからお願いしますごめんなさい」
早口でまくし立てるようにいつもの反応が返ってきた。
表情からは心の底から引いているという意志が見て取れる。
「いや、誘ってないから。ていうか付き合うのはいいのか」
「先輩はチキン?ですねー」
「分からない言葉をわざわざ使うなよ・・・つーか俺はチキンじゃない、損得勘定が上手いだけだ」
誘って欲しいのか欲しくないのかはっきりしない奴だ。
誘って欲しくないことは言わずともはっきりしているのだろうが。
「で、話戻りますけど、このまま歩いていくと駅付近に着くじゃ無いですか。何処か行きたいところ無いんですか?」
「別に・・・俺に選択権があるのが意外なんだが」
「だから言ったじゃ無いですか先輩。今日は先輩に友人と過ごす練習をしてもらうんですよ!」
「友人ね・・・この間二人で出かけた時はリードしろーって感じじゃ無かったか。てっきりまたそうなるのかと思ってたわ」
「友人同士なのに片方ばかりがリードするのはなんか違う気がするじゃないですか」
「よくわからんがそうなんだろうな」
友人同士に置けるという前提は想像もつかない。
結局こちらが提案する辺り前回と変わらないのではないか。
「じゃあ、一色は何処に行きたいんだ?」
友人同士という前提があるのであれば、これは許されるはずだ。
すると一色は、らしくもない少し照れくさそうな表情を浮かべて駅の方向に視線をやりながら答えた。
「今行きたい所、ありますけど・・・先輩と行くのはなんというか・・・」
「俺が居るとまずいとこなら入らずに一人で待ってるぞ」
「いや、いいです!ついてきて下さい!」
「お、おう」
友人同士という変な前提があるせいか、お互いに何処か距離感を測りつつある、そんな空気が二人を包んでいる。
一色との会話でここまでやりづらいのは初めてだ。
俺が距離感に悩んでいるのは言うまでもないが、彼女もまた、いつもの少し先輩の優位に立っている後輩という立場からの喋り方が出来ず困っている様子だ。
一色の言う通り駅付近に到着すると、こっちですよーとショッピングモールに入っていった。
普段から何を考えているのか分からないこの後輩だが、今日は普段にもまして分からない。
自然な流れでいけば、買い物をする事になるのだろう。
「こ、ここですよ!先輩!」
「おう、やっとついたか・・・」
一色が立ち止まった店には大人びた雰囲気のある黒や白を基調とした衣服が並んでいる。
ふわふわピンクないろはすからは想像のつかないようなファッションである。
「いつも友達と買い物する時にはなかなか近寄れなくて・・・前々から興味はあったんですけど」
「まぁ確かにこういうのは一色らしくはないな」
「他人から言われるとなんだかいらっと来るものがありますね」
「らしくなくても似合いはするだろ」
「なっ・・・」
おっと失言。余計な一言とは正にこのことである。
いつもの何故か振られる台詞が飛んでくると思いきや、反応は意外なものだった。
「お、お世辞でもありがとうございます・・・」
「そ、そうか」
一色は頬をほんのり染めて居心地が悪そうにしている。
こっちまで居心地が悪くなってくる。
この後輩のやろうとしている俺の友人練習という目標には背く形になるが、提案せざる終えなかった。
「友人同士振る舞いってのも練習はした方がいいのかも知れないが、今日は振る舞いじゃなくて行動を目的にしないか」
「どうゆうことですか?」
「だから、俺もお前も普段通りで、友人同士がやりそうな行動だけを練習するってことだよ」
正直、今の状態はとてもじゃないが耐え難い。
このままの状態が続くとライフポイントが0になってしまう。
やめて!八幡のライフはもうゼロよ!
ぼっちのメンタルはある種鋼を超越してダメージを受けないメンタルなので大抵のことには動じないと自画自賛していたのだが。
「良く分からないですけど、だいたいわかったと思います。素の自分を出来る限り振舞ってたんですけどやっぱり慣れないことはするべきじゃないですねー」
素の自分を、ということは先程までの反応は全部素なのか。頬を染めながらありがとうございますとかあざとすぎじゃないですかね。恐ろしい娘!
「そうだな。慣れないことはするべきじゃない。人間そういった点では家から出るという行為は間違っているまである」
「はあ、これだからごみぃちゃんはって言われるんですよ」
「なんで一色が小町の口癖を知ってる・・・つーか小町以外に言われたら違和感が半端ないからやめてくれ」
自分自身の表情を上手く操れる一色のジト目とごみぃちゃん発言に何かが目覚めてしまう気がした。
「どこまでもシスコンですね・・・ていうか口癖なんですかこれ」
「ああ、最近はその台詞に愛を感じてる」
「シスコンも行くとこまでいけばむしろ凄いと思えるようになるんですね」
一色は呆れた表情のまま、店先に視線を移した。
こちらに振り向いて一言添えていく。
「試着するので感想をお願いしますね!」
楽しみだったのだろう、店に入っていった一色は様々な衣服を手に取っては吟味し、良さげなものはどんどんこちらに預けてくる。
渡された服を眺めていると、また二、三着ほど手に持つ一色が駆け寄ってきた。
「試着室に持っていってください!」
試着室というのが何処にあるのか分からないのだが、一色についていくとカーテンのかかっている個室の目の前に着いた。