「ブラックと・・・一色、どうする」
「えっと私はですねー、んん・・・」
「わざわざブラックにしなくても普通に飲みたいものにしたらいいと思うぞ。甘いの好きなんだろ?」
「それはそうなんですが、こういう時ぐらいブラックに挑戦してみたいなぁとか、先輩と同じもの飲みたいなぁとか」
そのセリフはどう言う意味なのだろうか。
あざといセリフだが、それだけ惹きつけられる魅力があった。
「言ってみれば先輩のポイント上がるかなぁと思ったんですが」
「上がらないから。俺ほどの人生経験をもってすればそれぐらい、冗談なのはすぐ見抜ける」
「一年も変わらないのに何先輩ぶってるんですかキモいですよ」
そこでごほんという声が聞こえた。
見ると呼んでおいて未だに注文しない男女にイライラしている店員の姿があった。
俺が同じ立場だったら同じようにイライラするだろう。
店員を早く帰してやるため、一色の許可も得ずに注文する。
「ブラックとチョコレートクランチフラペチーノで」
かしこまりましたと店員は早々去っていった。
目の前には驚いた様な顔をしている一色がいる。
目が合うと、途端にジト目に変わった。
「なんで勝手に注文しちゃうんですか先輩は親か何かですかしかもブラックじゃないですしどういうつもりなんですか」
「いや、お前さっきからちらちら見てただろチョコレートクランチなんとか。頼みたかったんじゃないの」
「そ、そんな私は子供みたいなことしないですし!だいたいなんでフラペチーノなんですか先輩もしかして私の事子供とか思ってますか酷いですよ!」
「説明書きに大人のって書いてあるから・・・甘いの好きなんだろ?いらないならブラックと交換してやるから」
「ま、まぁいいですけど・・・じゃあこうしましょう!お互いの飲み物を飲み比べするってことで!」
「フラペチーノとブラックじゃ飲み比べじゃないだろ…一色がそうしたいなら構わないが」
勝手に注文しちゃったのは何を隠そう俺だからね。
責任感強い人間なので責任を感じるわけで。
八幡パワーが人に与えるネガティブなオーラにも責任を感じているので普段家に篭っている訳ですよ。
責任感のある人間ってかっこいいよね!
数分すると、二つのドリンクが運ばれてきた。
勝手に頼みやがってこの先輩というオーラは何処へやらキラキラ輝いた目でフラペチーノを見ている一色を見て少し笑えてきた。
どうやら笑っている事が気づかれた様で恥ずかしいのか頬を染めながら睨んできている。
「先輩性格悪いですよ。あと目も」
「良く言われる。主に小町に」
「妹に罵倒されてる事を自慢げに言う兄って・・・」
軽く言葉を交わしつつもそれぞれの飲み物に口をつける。
一色のフラペチーノはクリームやクッキーが乗っていて飲み物というよりは食べ物に近い。
クリームを口に含んだ一色は幸せそうな顔をしている。
すると、こちらを見て引いています!と顔に出しながら口を開いた。
「女の子の食べたい物が当たったからってドヤ顔しないでください、もしかして口説こうとしてますか食べ物で釣られるほど私は甘くないので現実は甘くない事を理解してからもう一度お願いしますごめんなさい」
「流石にそこまで現実を甘いとは思ってねぇよ…実際現実は俺に厳しすぎるまである」
「それは先輩の見方が悪いだけですよ」
「味方?味方ならいないけど」
「色々突っ込みたい所ですがややこしいのでもういいです。それより先輩、私にもそれくださいよー」
と言いながら可愛く略奪された。
両手で持って少し間を置いてから恐る恐る口をつける。
口から離してからしばらくコーヒーを眺めていた一色は、ぽつりと言った。
「苦いのも意外といけますね」
「たまにはな。日頃はまっ缶じゃないと落ち着かないが」
はい先輩とコーヒーが返ってきた。反射的に手にして特に何も思わず一口飲む。
口をつけた瞬間、一色と目が合った。
「関接キスですね、先輩」
「っ!?」
初めて飲み物を吹くという経験をしかけた。
あざとい。いろはすあざとい。
「お、おまー」
開いた口にスプーンがねじ込まれた。
口に広がるのはチョコ特有の甘みのある苦みとそれを柔らかく包むクリームの甘さだ。
ブラックを口に含んだ後だとその甘さ達がより強く舌を撫でまわす。
スプーンをねじ込んだ本人である一色はニヤニヤしながら言う。
「わたしの、フラペチーノは美味しいですか?」
やけに強調されたわたしのという言葉に先ほどの関接キスという単語が頭をよぎる。
この後輩男心を弄ぶのがうますぎじゃないですかね…
弄ばれているが特に嫌な気分にはならないから不思議である。
耐性が無さすぎてロールプレイングゲームの初期装備どころかこれではまるで裸装備である。
どのゲームも全部外したのに下着が残るのはなんでなんですかね。
口からスプーンが抜かれて、ようやく口が動き出す。
「あざとい」
「後輩からこんなことしてもらって第一声がそれですかひどいですよ!」
こんな事をされたら反応に困るのが近頃の男子高校生である。むしろこの状況に平然と対応できる奴がいたらたぶんそいつは葉山レベルの聖人か、ただのアホかだろう。
少なくともそのどちらでもない俺には対応できるスキルが無いのであざといの一言しか言えなかった。
「なんつーか、あれだよ。好きな人いるのにそんなことほかの男にしてもいいのかよ」
冷たいトーンの言葉が自然と放たれていた。
何故だろうか。俺には関係ない筈なのに。
あざと可愛く振舞う一色いろはという人物は、葉山に対しては一途で、他の生徒には可愛く振舞う以上の事は決してしない、そうであって欲しいという感情からかもしれない。
そんなものは単なる押しつけで、身勝手な妄想かもしれないのだが。
一色はしばらく唖然として固まると、何故か笑顔というよりは微笑みを浮かべてじっとこちらの目を見つめると、優しく呟いた。
「先輩がそんな風に心配してくれるのは嬉しいですが、女の子というのはただ一途なだけじゃないんですよ」
心に引っかかるその言葉の真意を探ろうとすると、その前に一言付け足された。
「それに、先輩は先輩ですし、こんな事ぐらいした所でその辺の犬に餌を上げたのと変わらないですよー」
「まぁそれは分からないでもない」
「せめてそれぐらいは否定しましょうよ」
一瞬流れた冷たい空気など無かったかのように明るい雰囲気が戻ってきた。
彼女のせい、否、お陰で真意を探る事はなく。