毒を盛る方法を考えてたら毒を盛られたでござる。
「ど、どうかな……?」
「……破滅」
「でしょうね」
部室に戻ったら家庭科室に来るように記されたメモがあるだけ、しかも家庭科室に移動したら人の食べる食物とは思えないものを渡された。しかもまずい、死にたくなる位まずい。
『う、うわー。大丈夫?霊体になってない?』
いっそ霊体になりたいです。凄いこれを食べただけで悟れる、死より生が怖いってな。お前が生きてたら食わせてやるところなんだがな……。いつか陽乃とやらに会ったらプレゼントしてやろう。
「紅茶を淹れるわ、クッキーは舌に触れないように気を付けなさい」
「え、これクッキーなの?」
『この木炭みたいなのクッキー……?』
嘘だ。俺の知っているクッキーはほんのりと甘くついつい食べ過ぎちゃうやつだ、一度食うどころか見ただけで拒否反応出るコレがクッキー?有り得ない。ちなみにクッキーは歯ごたえが軽いやつが好きだ。
「失礼なっ!」
「いや無茶言うな、誰がわかんだか」
「次は私がやるわ、よく見てて」
「はいっ!」
二人が作業に戻る様なので俺は邪魔にならない場所、つまり教室の隅に移動する。ここならハルと話していてもばれる確率が低いしな。
「はぁー、二度と食いたくねぇ」
『まぁまぁ、初めての女子の手作りお菓子じゃない?』
「……そうか、あれが俺の初めてか。……はぁ」
『流石に失礼過ぎるよ』
お前は食ってないからそんなことが言えるんだ、幽霊に味覚があればな……、まず幽霊が食べたものはどこにいくんだろうな、それより飲み込めるのか?一年共に暮らしているが幽霊というモノはよくわからん。
「……あいつら、大丈夫かね?」
『期待はできそうにない、とだけ』
ここから見えるだけでも由比ヶ浜が何かしら失敗し雪ノ下の表情が曇る。それを見て由比ヶ浜の表情も曇ると言う悪循環が生まれていた。こりゃ、休ませた方がいいかもな……。
「あたし、やっぱり才能ないのかな……」
ポツリと由比ヶ浜の口から零れ落ちた言葉。ここで止めるのも一つの手だろう、奉仕部の依頼としては失敗だろうがそれも『青春』の一ページに過ぎない。彼女は努力をした、失敗をした、青春とみなし自分を納得させるには十分だろう。
「由比ヶ浜さん、その言葉こそ情けないものは無いわ」
その声は決して大きくないのだが家庭科室の隅にいる俺にまで届いてきた。改めて聞くと綺麗な声をしているんだな、こいつ。
「で、でも。みんなこういう事やらないし、やっぱり無理だよ……」
反対に由比ヶ浜の声はやっとのことで俺のところまで届いてきた。部室や今までの話し方とは大きく違い、何処か幼さを感じる声だった。
「そういうの、やめてくれないかしら。『才能』『皆』『無理』全て自身が付けた枷よ。私、自分で限界を作る人が嫌いなの。滑稽で無様で醜いし、恥ずかしくないの?」
思わず俺もハルも『うわぁ……』と言ってしまう。隅っこで傍観者に努めているからこそこんな余裕があるが、由比ヶ浜の精神的負担は半端ないだろう。俺なら間違いなく皿を投げつけて帰る。
「か、かっこいい……!」
「……は?」
由比ヶ浜の突然の告白で雪ノ下がフリーズした。完全に予想の範囲外だったのだろう、俺も驚いた。こんなに追い詰められたしてっきり皿を投げつけて帰っていくかと思っていた。
「建前とか言わないんだ……。凄い、かっこいい……」
「え、ちょ、……え?」
世にも珍しい雪ノ下雪乃の狼狽えるシーンだ。さっきまでの凍り付くような空気はすっかり四散し、穏やかな日常ドラマが戻ってきたような感覚を受ける。
「随分と毒舌な妹になっちまったな、ハル」
『うぅ、暴言一つ知らない良い子だったのに……』
恐らくこれは陽乃が妹を守る過程で生まれたのだろう、攻撃が最高の防御と言わんばかりの防衛システムだ。……気の毒だな、ハル。
『でも、陽乃ちゃんが頑張った結果だもんね。……うぅ』
未練たらたらだな、仕方ないだろうけど。それに雪ノ下が毒舌なのは部室でわかっていただろう今日みたいのは流石に無かったが、十分毒舌って呼ばれるレベルだっただろ。
「…………」
「…………」
しばらく会話に気を取られていたせいであの二人の事をすっかり忘れていた。どうなったんだが、……空気で察することが出来るけど自分の目で確認したいからね。
「……どうだ?」
「どうして……、どうして伝わらないのかしら……」
雪ノ下はすっかり疲れ果て調理台に突っ伏してしまった。まあ調理台の上に散らばった砂糖や小麦粉、謎の桃缶詰。雪ノ下の苦労が容易に想像できる。さて俺も働くとしますかね。
「雪ノ下、バトンタッチだ」
「…………」
「そんな目すんな。俺が本当の手作りクッキーを見せてやるよ」
だから散歩にでも行って来いと外に追いやる。まあ俺がする事は単純な盛り付けだけだし帰ってくるまで読書でもしますかね。
『いやいやいや、八幡も作ってみてよ』
「えー、何で?」
『小町ちゃんも喜ぶと思うなぁ~?』
「む……」
成程。ここでお兄ちゃんポイントを貯めておくのも得策かもしれない。よくわからんポイント制度だが可愛い妹の戯言だから深く気にしない。
「じゃ、適当にやりますか」
『私も手伝う、今は二人っきりだしいいでしょ?』
「ああ」
専業主夫希望、ヒモを超えた超ヒモを志す俺にとってクッキーなど相手にもならん。ちゃっちゃと準備をしちゃっちゃと作り始める。ハルも家で料理に励むことがあるので手際が良い。あっという間に生地が出来、オーブンに突っ込む。さて後は結果を御覧じろ、か。
* * *
「……由比ヶ浜さんはあれでよかったのかしら」
由比ヶ浜が依頼を撤回した次の日の放課後、身も蓋もなく言えば「容姿の良い女子だからクッキー自体は重要じゃ無い」と言う結果になった。あのクッキーを食べる奴はお気の毒だ、しかし由比ヶ浜の様な女子から貰えるんだから大人しく食っとけ。そして死ね。
「いいんだろ、本人が納得してたんだから」
「妥協なんて、私は認められないわ」
『雪乃ちゃん……』
雪ノ下の言葉に思う事があったのかハルはジッと俺達を見つめる。俺が返せる言葉に彼女を納得させるのは無いだろう、それでも唯一の友人に求められたら裏切るわけにはいかないな。
「それでもいいんだろ。まぁそれを他人に求めるのは良くないがな」
「…………」
「俺は妥協も怠惰も嘘も吐く。それでも妥協してはいけないことは弁えているつもりだ」
『…………』
「それを変える気も無いし、同意を求めてもいない」
それ以上は自分で考えろ、と偉そうな事を言って読書に戻る。こういうのは結局自分で答えを出すしかないのだ、他人に出来るのは精々サンプルの提示だけ。
「おいそれと肯定は出来ないけれど、覚えておくわ」
「そうしてくれ」
きっと雪ノ下が俺の考えを同意肯定する日はこない、同様に俺が雪ノ下の考えを理解する日もこないだろう。俺達が出来るのは知ろうとする行動と努力のみ、それで十分。
「こっんにっちわー!」
『およ、ガハマちゃん? あっ、そっか忘れてた』
「何をだよ」
『ひ・み・つ』
何なんだよ、女子同士でしか伝わらない秘密はいい思い出がないので出来ればやめてもらいたい。残念ながらこういう時のハルは中々強情で聞き出すことは叶わないだろう。悪意関係だったら泣き寝入りする自信がある。
「で、何の用かしら」
「いやー、あの後超頑張ってね。これお礼!」
「あ、ありがとう……」
いびつな形のクッキーを受け取って戸惑っている雪ノ下、いや戸惑っているのは由比ヶ浜の感情か。おぉ抱き付いてる、実に百合百合しい……。さて俺は邪魔者だな、帰るか。
『あれ、帰るの?』
「お呼びじゃないだろ」
『……ふぅん、じゃ帰ろうか』
ハルは何か言いたげだったが先を言うつもりはないらしい、なら俺からも言えることなどなく部室を後にする。比企谷八幡はクールに去るぜ。
「ヒッキー!」
「……今度は何だよ」
「これ、お礼! じゃ!」
由比ヶ浜からのお礼とやらは綺麗な弧を描いて俺の手元に収まる。可愛らしく包まれたこれはクッキーか?クッキーだな、この真っ黒な物体はクッキーなんだろうな、クッキーなんだな、……クッキーかよ。
『クス、良かったね』
「お前は俺に恨みでもあんのか」
『違う違う、クラスで人気の女子からのプレゼントだよ?嬉しくないの?』
このクッキーの出来が普通か下手程度だったらな、だからこれは当て嵌まらない。しかも嬉しく無い訳でもなく凄く複雑な気分になってくる。これは家でMAXコーヒーと共に食べよう、最悪の事態も家なら対応できますし?
『ダ~メ!』
「え」
『今ここで食べちゃいなよ、小町ちゃんに見つかったらうるさいぞ~!』
俺の行動を理解してくれているようで大変嬉しいでぇす、しかも行動原理まで理解してくれているようで頭が上がらない。……でも小町に見つかったらうるさいだろうなぁ、脳内が少女漫画染みているところがある。
「よし、じゃあ、食うぞ、……食うぞ!」
『うんうん、どうぞ!』
……予想通りに不味い、無駄にデカく作ったせいで焼き加減に斑があるし焦げている部分火が通っていない部分があって、味とビジュアルの観点で行くと0点だ。……だが由比ヶ浜からクッキー貰える奴は十分幸せだろ。甘んじて食え。
『じゃあ今度こそ帰ろうか?』
「ああ、……マッカンが恋しい」
『れっつらごー!』
俺のつぶやきを完全に無視し駐輪場へとふわふわと移動するハルは、鼻歌どころかブレイクダンスを始めそうなほど上機嫌だ。
ああ、今日はあれだ、帰ったらマシンガンの様に喋り始めそうだな、どうせ雪ノ下の事由比ヶ浜の事雪ノ下の事依頼の事雪ノ下の事雪ノ下の事だろう。面倒だが楽しい部分もある、飽きるまで付き合ってやるとしますか。