やはり捻くれボッチにはまともな青春ラブコメが存在しない。 作:武田ひんげん
文化祭二日目
「みんな、今日で文化祭も文実も最後の日。張り切って大成功させよう!」
雪ノ下の朝の挨拶も今日で最後。ここまでみんなで頑張ってきた文実の皆もなにか感慨深い物があるような表情で雪ノ下の話を聞いていた。
昨日の一日目は生徒のみの文化祭だったが、二日目は一般客もはいっての文化祭である。校内には昨日以上に人が溢れている。
今日は開会式はなく、午後の閉会式で締めくくるというスケジュールだ。
なので、閉会式までは昨日と同じように交代で警備をしながら空き時間で校内を回れる。
しかし、今日の俺は警備のシフトが入っていない。つまりは一日中暇という事になる。
暇というなら小町でも連れてこようとしたが、小町はなんだか急用ができたとかで文化祭に行こうとしなかった。…まさかな。
時計を確認すると9時半をまわっていたので、とりあえず俺はボッチスポットのうちの一つ、屋上に逃げ込もうとしたが、
「あーれー?比企谷くん、どこに行こうとしてるのかなー?」
はい見つかりました!作戦失敗!
雪ノ下はニコニコしながらゆっくりと近づいてくる。その様はまるで魔王のように。
「昨日約束したじゃーん、明日も一緒に回ろうって。なのになんで逃げようとしてたのかなー?」
「あ、いやえーとあれだ。一人で回る文化祭もまた文化祭の醍醐味っていうだろ?あれだよ、あれ」
「まーたそんな言い訳して」
「てことで、俺は一人で回ってきて――――――」
「だめ」
即答かよ。俺には人権はないんですかね?
「じゃ、いこうか比企谷くん。今日は時間があるから沢山回れるねー!」
そういいながらさりげなく腕を絡ませるのやめてくれませんかね?俺の心臓も爆発するし、まわりの視線も爆発するので。
――――――――――――
俺達二人は校内をブラブラと回っていた。その間に降り注ぐ周囲からの目は尋常ではなかったが…
これからのことを想像するとキリがないので、できるだけ気にしないようにすることにした。
「あ、劇があるんだー。体育館でもうすぐあるんだってー!ねえねえ、見に行こうよー!」
「へいへい」
俺達は通りかかった時に見つけたクラスの劇を見ることにした。
劇の題材はロミオとジュリエットを自分達流にアレンジしたものらしい。
とりあえず体育館の中に入って席に座ることにした。
体育館の中は一般生徒や一般人も入っていて席は結構埋まっていた。
俺達は空いていた後ろのほうの席に座った。
周りにはカップルもいたし、友達同士で見に来たと思われる生徒もいた。
そいつらはこっちを見ると、驚いたような目をしていたが、カップルなどはすぐに自分たちの世界に入っていった。…さすがリア充、砕け散ればいいのに。
「こら比企谷くん、その腐った目でリア充砕け散ればいいのにとか思わないの」
…あなたはエスパーですか?俺の心の中をのぞきこまないでください。こえーよ、超こえーよ。
「ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」
「ジュリエット、どうして君はジュリエットなんだ…」
スイスイと進んでいって最後の感動の場面まできた。どうやってジャンプしたんだよ、って思ってる奴はひねくれてるなー。まあ俺もだけど。
と、となりにいた雪ノ下の方をちらりとみると、怖いくらい真顔だった。いつもとは想像できないほど感情のない顔をしている雪ノ下をみて、俺は言葉を失っていた。
と、雪ノ下はこっちに気づいたのかにっこり笑って、
「どうしたの?私の方を見て」
「あ、いやなんでもない」
「…私の方をじっと見つめているように見えたけど」
「あ、その、雪ノ下の顔がすごい真顔だったから、驚いただけだ」
「…ふーん」
というと再び劇に視線を戻した。俺も視線をもどしたが、もう劇はフィナーレに差し掛かっていた。
――――――――――――
「うーん、なかなか面白かったねー」
「まあまあな」
俺達は体育館を出て再びブラブラしていた。ほんとに何もせずとにかくブラブラと。
「あ、あそこでやってるお化け屋敷面白そう!いくよ比企谷くん!」
というと、俺の意見なんか聞かないで俺の腕を引っ張ってお化け屋敷をしているクラスの所に行った。
お化け屋敷は小体育館に作られていた。さすがに教室だけじゃ大きさが足りないからな。文実で許可だしたんだよなー。
中に入ると、本格的な雰囲気で作られていた。無人の一軒家をモチーフにして作られているようで、中に入ると薄暗い奇妙な雰囲気だった。
コツコツ
と、俺達2人の靴の音しか聞こえない。…おいおい、これ結構こえーな。
雪ノ下は顔は笑っていて楽しそうにしているが、俺の腕を掴む力はいつもより強かった。…ちょ、そこまで強くされると柔らかい物が…
と、
「うがぁぁぁぁぁぁあ!」
前から老人が襲ってきた。おいおい、このオバケ生きている人間だよな?本格的すぎないか?
雪ノ下の腕の力がさらに強くなった気がする。…え?もしかししてこいつ…
と、またも前から、
「うひゃぁぁぁぁぁぁあ!」
今度は老婆が襲ってきた。すると雪ノ下から、
「きゃあっ!」
と悲鳴を上げると同時に腕の力が尋常じゃないほどに強くなった。ちょ、そこまで強いと腕折れるって。
雪ノ下のほうを見ると、涙目になっていた。まるで子猫のように。
…え、こんな雪ノ下見たことないんだけど。いつもの態度と行動からは全く想像できないほどの姿になってるんだけど。…やばい、こっちまで変な気分になってきた。
でも、この状態の雪ノ下をほっとくわけには行かず、
「雪ノ下、大丈夫か?」
なるべく平静を装って聞いてみた。すると雪ノ下は涙目で、
「え?比企谷くんは怖くないの?」
「あぁ、大丈夫だよ。こいつらはなんだかんだで人間なんだ。それに、こいつらよりも怖い人間を見てきたんだ」
「それってどんな人間?」
「あ?そりゃ決まってるだろ。まあ今からする話は友達の友達の話なんだが、そいつがある日気になった子に告白したら振られて、その次の日に黒板にでかでかと告白されたこととか、告白するときに言ったくさいセリフとかを暴露されてたりとかな…」
こ、この話はあくまで友達の友達の話だからな?俺の話じゃないからな!
すると雪ノ下はクスクスと笑って、
「ふふふっ、比企谷くん、それって自分の話じゃないの?」
「ちがう、友達の友達の話だ」
「ふふっ。でもありがとう。おかげで気持ちが少し晴れたわ」
そのセリフを言ったあとの雪ノ下の表情は、今まで見た中で一番美しいものだった。
俺の心の中でなにか変な気持ちが渦巻いていく。…まさか、この気持ちって…
――――――――――――
なんとか俺たちはお化け屋敷を抜け出して再び廊下を歩いていた。時計を見るともう13時だった。閉会式まで後一時間だった。
雪ノ下も時計を見ながら、
「あ、もうこんな時間だ。ごめんね、私そろそろ準備しなくちゃ」
「おう、わかった。じゃ」
「あ、まって比企谷くん」
「なんだ?」
「今日の後夜祭、また回ろうよ」
「…わかった。いいぞ」
「うん、じゃまたあとで、…比企谷君」
そういうとニッコリとしながら立ち去っていった。
…ふと俺はさっきのお化け屋敷のことを思い出した。
あの時見た雪ノ下の表情は今まで見たことがなかった。あんな表情もするんだなと思うのと同時に、なにか別の気持ちも生まれていた。
――――――――――――
「みなさん、文化祭は楽しめたでしょうか?今年の文化祭は大成功です!これもみんなのおかげです!ありがとうございます!それから――――――」
閉会式で雪ノ下委員長が最後の締めの挨拶をしていた。
俺達文実メンバーはその様子を舞台裏で見守っていた。その時、平塚先生が俺の肩を叩いてきた。
「どうしました?平塚先生」
「…比企谷、ちょっとこい」
え?俺なにかしたっけ?先生もなんか神妙な雰囲気出して、なんか怖いんだけど…
俺たちは人目につかない所まで来た。平塚先生は神妙な雰囲気で話し始めた。
「なあ比企谷、お前陽乃になにかしたか?」
「はい?え、いやなにもしてないですけど」
「ほんとにか?」
「はい」
雪ノ下関連の話?え、なんでそれを平塚先生から?
「…なあ、比企谷、この頃陽乃が変わったとは思わないか?」
「え?どういうことですか?」
「言った通りだ。最近の陽乃はであった頃と比べて変わったとは思わないのか?」
雪ノ下が変わった?雪ノ下は変わることなんてあるのか?
…いや、ちがう。最初に比べたら雪ノ下の表情とかは変わったと言えるのか?よく思い返したらあの夏祭りの時も、今日の文化祭の時も――――――
「…かわった…んですかね?あいつは」
「外野から見ていた私も最近になって気づいたんだ。あいつは変わっているんだよ。いい方向にな」
「…」
「なあ、比企谷、君もそろそろ変わったらどうだ?陽乃も変わってきているんだ。君も変わることができるはずだ」
「変わることはできるんですかね?俺は」
「当たり前だ。人間誰でも変わることはできる。それは君も同じだ比企谷。まあ、どう変わるかは君次第だ」
というと、平塚先生は立ち去っていった。
…俺は平塚先生の言葉を心の中で反復させていた。
「人間誰でも変わることができる。それは君も同じだ比企谷――――――」
…おれは変われるのか?
今心に抱いている様々なことを思い返しながらおれは体育館に戻った。
続く
次回投稿は7月2日です。