やはり捻くれボッチにはまともな青春ラブコメが存在しない。   作:武田ひんげん

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彼らはついにボスの元へ乗り込む。

ひとしきりイチャイチャした俺達は、今はそんな甘い雰囲気はまったくない。緊張感が漂っていた。

というか、陽乃の両親のことは話でしか聞いてないけど相当手ごわそうだから気合を入れないといけない。

朝からあんなことしてる場合じゃなかったけど、まああのおかげで変な緊張が解けたと思えばいいだろう…。

 

陽乃の家の最寄駅は二駅ほど進んだところだったのですぐ付いた。

電車から降りると肌寒かったけど、心の中は気合十分だった。こんなに心が燃えるのは生まれて初めてだよ。

そして、陽乃が手をつないできた。ふぅ…もうすぐだな。

二人共無言で陽乃ハウスへと向かう。

と、目の前にお屋敷が見えてきた。まさか、あれか?

俺たちはどんどんその大きい屋敷に近づいていって、そしてその家の門をくぐっていった。まじか、こんな家住んでるのかよ。

門をくぐって玄関までたどり着いた。

ごくっ、いよいよか。と、陽乃がつないでいる手をさらに強く握り直してきた。ふぅ、大丈夫だ。しっかり伝えることが出来ればいいんだ。

陽乃は無言で、家の玄関を開けた。

 

「ただいま」

 

少し小さめの声でただいまというと、俺との手を離した。ふう、ほんとにいよいよなんだな。

俺は陽乃の後ろをついていく。やばいな、近づいてるのか。ここはあれだ、落ちつかないと。あくまで冷静に行かないと。

 

しばらく歩くとある部屋の前にたどり着いた。

 

「ここで待ってるわ、お母さんとお父さんが 」

「そうか…」

 

 

そして陽乃がノックをした。

 

「お母さん、お父さんいる?」

「どうぞ」

 

そして、ガチャりとなんだか重そうに見える扉を開いた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

中ではお父さんが立ち上がって迎えてくれた。

 

「やあ、待っていたよ陽乃。それから初めまして、比企谷八幡君。私は陽乃の父だ。よろしく」

「はい、あの、初めまして。よろしくおねがいします」

 

お父さんは人が良さそうな雰囲気を出していた。これがカリスマ性があるというのだろうか。

そして、その客間の真ん中にあるテーブルについているソファーに、お母さんがいた。これまた座っているだけなのにオーラがあるというか、まるでラスボスのような佇まいで、コーヒーを優雅に飲んでいた。そのお母さんはこちらをちらりと、いや、陽乃の方だけをちらりと見ると再びコーヒーを飲み始めた。

 

「話は陽乃から聞いているよ。さあ、二人共どうぞ」

「失礼します」

 

冷静に、冷静に。

俺と陽乃は奥に陽乃、ドア側に俺が二人で並んでソファーにすわった。そして陽乃の正面にお父さん。そしてお母さんは最も奥の頂点の席に座っている。

 

…。

 

少しの沈黙。

今まで俺はこの居づらい空間から逃げたいなんて思っていたけど、今はとにかく事を伝えなければ、慎重に。

この中で一番最初に口を開いたのはお父さんだった。

 

「それで、君たちの話というのはなにかな?」

 

よし、来たか。ここからだ。ここからが本番だ。

さて、俺たちは作戦通りにまず陽乃から話し始める。

 

「あのね、正直に言うと、私の進路のことで話があるの」

「ふむ、どういうことだ?」

「イギリスの留学の話なんだけどね、たしかに向こうに長期休暇の間に行ってみて、凄くいいところだったわ。でもね、私はやっぱり日本にいたいの。たしかに海外に出て勉強するというのも良いと思うわ。それでもね私はやっぱり日本に居たいの。それに…八幡と一緒にいるとすごく安心するの。たったの一年だけど、すごく楽しい一年を過ごすことができたわ。だから…私はこの生活を捨てたくはないの」

 

これは陽乃にしては随分と正直な意見だと思う。普段の陽乃ならばいろいろとけむに巻きながら意見をいうところなのだが、やはりそこは親子ということなのだろうか?

 

「…ふむ、お前が言いたいことはそれだけか?」

「…ええ 」

「そうか。では、比企谷君はたしか陽乃と付き合ってるんだったかな。何か言うことは?」

 

やはり来たか。ここまでは作戦通りだ。俺だって黙ってみているわけじゃないんだからな。

 

「…僕は、陽乃さんの意見に賛成です。僕自身陽乃さんとここまでお付き合いさせていただいていますが、陽乃さんはここまで一人で頑張ってきていました。陽乃さんの能力に疑いはありません。でも、一人で寂しくしているとこも見たことがあります。誰にも甘えられない、そんな陽乃さんの闇も見たことがあります。いつもは完璧な陽乃さんの弱いところも見ています。…たったの一年ですが、すごくお互いにとって内容の濃い一年でした。今ではお互いに支えあっています。しかし、陽乃さんがイギリスに行ってしまうと離れ離れになってしまう。僕もそれは嫌です。それに何より陽乃さん本人が日本残留を望んでいる。そして僕といることを望んでいる。これだけの理由ではダメなのでしょうか?」

 

言い切った。俺の気持ちを。ここまでは順調に来ている。後は…両親の判断だ。

 

…。

 

しばらく沈黙が流れたが、口を開いたのはずっとコーヒーを飲んでいたお母さんだった。

 

「ふむ、あなたがいいたいのはそれだけなのですね?」

 

目線が俺の方を向いていたので少し慌ててはい、と答えた。

 

「そうですか。あなた方の言いたいことはよくわかりました。でもね、陽乃」

「うん」

「あなた、随分わがままになったものね。一体どうしてかしら」

「それは…」

「まあ粗方推測はできますが。それにしてもねー、陽乃がわがままにしたあなたは素晴らしいわね」

 

これは褒められているのか?いや違うな。間違いなく褒められていない。それどころか嫌悪感を抱かれているような態度だ。

 

「まったく、うちの娘たちはなぜこうなのかしらね。わがままになって…。ついに陽乃まで。わかってるの?あなたは雪ノ下の長女なのよ?」

「ええ」

「でもいくら長女といえども、この家のトップではないわ。トップは私なのよ?わかってる?」

「ええ」

「だったら、あなたは私に忠実になるべきではないの?」

「…」

「なぜそこで黙るのかしら?陽乃」

 

二人共真顔で会話し合っている。お互いの目を見ながら。でも、最後の一言を言われてからは陽乃は目を逸らし押し黙ってしまった。そりゃそうだ、あんな冷たい目で見られたらこうなるわな。逆によく耐えてたよ。

これではっきりした。お母さんは独裁者だ。そして陽乃が忠実な部下だ。そして今はその部下が裏切ろうとしている。それに対してこの反応は当然のことだった。

もちろん作戦の中にはこういう反応が帰ってくるだろうとは予測していたが…正直予想外の恐ろしさだった。

そりゃこんな家で育てば陽乃もああなるよ。

それと、こっちに矛先が向けられるのも時間の問題だな。

 

「あなたはどうお考えなのかしら?」

 

ほら来た。ここは、俺が乗り切らないと。陽乃の分まで。

 

「…僕は陽乃さんが、この家が不憫でたまりません」

「え?」

 

お母さんは拍子抜けた表情をしていた。いや、この場にいる俺以外の全員が。当然だ。まさか、こんな攻撃的な出たしで来るとは思わないだろう。でもこれが俺のやり方だ。陽乃には陽乃のやり方があるように、俺にも俺なりのやり方がある。

全員の目線を感じながら、俺は話し続けた。

 

「もちろん、その家の方針というのはどこも違います。僕の家にも方針というのはあります。この家の方針である絶対服従、いわゆる中世によく見られた封建制によく似た方針もありでしょう。もちろんこの家ではそれが正しいことなのだという事でそれを実行してきたのでしょう。でも、時代の流れもご存知なのでしょうか?今では自由が保証されています。ちゃんと法律にも書いてあります。なのに、この家はポツンと時代から取り残されていませんか?もちろんこの家の方針にも敬意を払っていますが、あえて言わせていただきます。このままの方針でこれからも行くのでしょうか?そしてそれは果たして永遠に続くのでしょうか?僕はそうは思いません。だって、この家の方針に極似の中世封建制度は永遠に続いたのでしょうか?続いていないから今の自由が保証された世の中に変わってるのではないでしょうか?時代は流れているんですよ。それに、封建制度を敷いていると、かならず反乱が起こっています。この家ではまさに今が反乱の時です。つまりは今この状況は正しいことなのです。当たり前のことが今起こっているだけなのです。それなのに、あなたはさも俺達が間違っているとだけ主張して自分の非を認めようとしない。結論を言えば、あなたはただの独裁者なのです。自分の娘でさえ部下と同じような扱いしかしていない。少なくとも僕にはそう見えました。これで僕の主張は終わります」

 

俺の超攻撃的な強引な話が終わった。

周りをみると、陽乃とお父さんはぽかんと口をあけ、お母さんは、見るものを凍え上がらせるような冷たい目をしていた。俺は、ここで弱いところを見せてはダメだと思い、じっと、お母さんの目を見た。

 

…。

そのまま互いに真顔で見合う。

何分見合っているかわからない。とにかく真顔で見合っていた。この場には、過去最高の緊張感が漂っていた。

すると、お母さんが口を開いた。

 

「あなたの言いたいことはよくわかりました。ええ、それはよくね。貴方はとにかく私を批判したかったのね」

「…ええ」

「そう」

 

とだけいうと、コーヒーをひとすすりして、

 

「貴方の言葉には敬意なんて感じなかったのだけども」

「そう受け取るならばそう受け取ってください」

 

これは自分でも思うくらい生意気だ。でも、このくらいしないとこの人は聞かないと思う。

 

「あれだけ私に面と向かって批判したのはあなたが初めてよ。すばらしいわ」

「え、」

「褒めてるのよ」

「あ、ありがとうございます」

 

お母さんはコーヒーをもうひとすすりして、

 

「しかも、出会ってまだ数分しかたってないのにあの有様、きっと陽乃から私のことを聞いていたのでしょう。まあそれはいいとして、留学の件だったかしら?本題は」

「はい」

 

お?なんか話がいい方向に?このままだったら…

 

「あれは残念だけどもう変えられないわ」

「…え?」

「もう留学をキャンセルは出来ないわ。陽乃には前に言ったけど、これは決定事項なの」

「そんな…」

 

なんだって?それじゃ俺たちが来た意味は?陽乃をみると動揺もあるが、半ば悟っていたような目をしていた。

…うそだろ、あれだけ頑張ったのに、報われないのか…。くそっ、なにもできないのか俺は。陽乃の為になにもできなかったのか俺は…!くそっ!くそっ!

 

「まだ話は終わってないわ」

「え?」

 

これ以上なにを話すのか?俺は力のない目でお母さんの目をみた。

 

「実は、留学枠がもう一つあるの。それを、貴方にあげるわ」

「…え?」

「聞き覚えが悪いわね。だから、もう一つの留学枠を貴方にあげるのよ。何度も言わせないで。たまたま二つ留学枠があって、だれも志望していなかったからの話なのよ」

 

まてよ、てことはつまり?

 

「そこって、私と同じ大学?」

 

陽乃が久しぶりに口を開いた。その目は正気を取り戻しつつあった。

 

「ええ。あなたと同じ大学よ」

「それって、つまり…」

「でも、条件があるわ」

「条件?」

 

俺も目に正気を戻しながら聞いた。すると、帰ってきた答えは、

 

「偏差値を最低65以上にしなさい」

「65…」

「その程度クリアできなければ、あなたは陽乃にとってふさわしくないわ。わかった?」

「…はい!」

 

俺は力強く宣言した。とにかく、65だ。後少ししかないけど、死ぬほど頑張ってそこまで到達してやる!

 

 

続く

 

 

 

 




次回投稿は8月17日19時頃です。

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