「あははは、そりゃ怖いねー! イーヴァンちゃんって綺麗な顔して、けっこう激しい人なんだ」
大口を開けて笑う美女を見ながら、イーヴァンはお茶を一口飲んだ。
「そうかなー? 圏内は安全って話だったし」
「でも、呪いの装備をそんな風に壊す人、なかなかいないよ」
答えたのは、男性。この二人の関係性は、なんと夫婦だった。現実世界でも夫婦であり、デスゲームに組み込まれても、二人の関係性は崩れなかった。
イーヴァンは、素直に羨ましいと思った。
「でもけっこう綺麗でしたよ。キラキラーって」
「あ、グリ夫婦! お久しぶりですー」
「やぁトールちゃん! 聞いたよー、イーヴァンちゃんに刺されたんだってー?」
「あははは、懐かしー!」
奥方――グリセルダが立ち上がって、クエスト帰りのトールと抱き合う。旦那のグリムロックは、それを微笑ましそうに見詰めていた。
「シリカの様子どうだった?」
「なんか、竜がね、肩に乗ってた」
「…?」
トールの答に、質問をしたイーヴァン、グリセルダ、グリムロックの三人はキョトンとしてしまう。
「竜使いシリカになりましたーって」
「へぇー。見てみたいねー」
「青いちっちゃな竜で、可愛かったですよー」
ゲーム開始から3ヶ月。トールとの特訓の末、13人いた子どもたちの約半数、6人が出ていった。現在教会には27人の子どもたちしかいない。
増えた。
「あー!グリセルダさんだ!」
「やぁ、会いに来たよ、元気かな?」
グリセルダとグリムロックは、イーヴァンたちとは顔見知りであった。彼らは現実世界でも夫婦で、デスゲームに巻き込まれたと同時期に結婚。一ヶ月前の、第一層突発の報とともに、《始まりの街》を出ることにしたのだ。
そしてその夫婦は、様々なパーティーの事情や、他の街での子どもたちを見て、荷物持ちさせられてる子どもや、重量オーバーでも盾持ちにさせられてる子ども、他の街で誰も頼れず、食べるものすら困っている子どもなどを見つけては、イーヴァンたちに届ける役割を担ってくれていた。
「いいお母さんですよねー」
イーヴァンは、子どもに囲まれるグリセルダを見ながら、グリムロックに話しかけた。
「自慢の嫁だよ」
「現実の見た目もあんな感じですか?」
「ん? うん?」
「いいなー。俺も結婚したいなー」
「二十歳だったよね。若いな」
「ありがとうございますー。でも、我々現実世界でヤバいですよね」
「まぁ…しかしクリアできれば」
「あ、いや、そっちじゃなくて、ほら、ナーヴギア外せないじゃないですか」
「ん? クリアすれば外せるだろ?」
イーヴァンは、グリムロックの耳元で囁く。
「いま、2ヶ月もナーヴギア被りっぱなしなんですよ。俺たち絶対禿げてますって」
「―――っっ!!」
「こらイーヴァンちゃん! うちの旦那誘惑しないの!」
土色の顔のグリムロックをイーヴァンから引き剥がしたグリセルダは、怒ったような演技で笑う。
「お二人の愛はお腹一杯ですよ。もう上の階層戻ります?」
「うん、今回は様子見だけだし、それにパーティーも集めなきゃだしね! ね、トールだけでも来てくれないかな?」
「…ごめんなさい」
「そっか…、ま、ダメ元だったし、子どもたちからトール引き剥がしちゃ可哀想だもんねー」
「というより、まだ、怖くて」
「……そうだね。でも、あたしたちがここにいたって、ダメなんだよ。ビーターの話は聞いた?」
『ビーター』。いつから流行りだしたのか、βテスターの中でも、第七層に到達できた数少ないβテスターの俗称だ。
βテスターはその多くが、ゲームの情報を持っていて、それを有効活用できると思われていたが、実際狩り場を独占できているのは、『ビーター』を抱えたパーティーのみだというのが実情だ――と言われている。
「き、ききました」
同じβテスターで、しかも第七層に到達した数少ないプレイヤー、トールは、思わず視線を反らす。
「噂だと、ビーターたちって茅場晶彦と同調する人が多くて、攻略に真剣じゃないんだってさ。まぁ、2ヶ月で7層までいけたのに、いまじゃ3層が限界だものね。そんな噂もでちゃうわよね」
「は、はぁ」
「噂はどうあれ、実際攻略が遅れてるのは事実。上にいけばいくほど、レベルの高さがものを言う。恥ずかしながら、あたしとグリムロックはレベル7。二人のままじゃ、どこかのパーティーに入れてもらっても、食い物にされるだけよ」
グリセルダは、その真剣な目をイーヴァンにも向ける。
「怖いのはあたしも、ううん、あたしたちも同じ。この街に引き込もって、クリアまで待ってもいいのかもしれない。でも、あたしたちにはクリアしなきゃいけない義務があるの。それを教えてくれたのは、あなたたちなのよ」
「そうなの?」
「うん。子どもたちを親御さんの元に戻してあげたい。そして、現実世界に戻ったら、あたし絶対子どもがほしい。その子どもに「お父さんとお母さんは、他の子どもは見捨てたけど、あなただけは幸せにするわ」なんて、言いたくないのよ」
◇◆◇◆◇◆◇
「グリ夫婦の言い分、どう思います?」
「立派だし、格好いいし、尊敬しますよ」
「本音は?」
「俺は出ないよ。怖いからね」
「…おねーさまはおねーさまで安定してますねー」
「まぁね」
イーヴァンは、わざとらしくトールに聞いた。
「最近ソロプレイしてるのと、ビーターって関係あるの?」
「――え゛」
「そろそろ半月経つでしょ? 辞めさせるべきか、それとも他のパーティーに誘ってもらうか、決めかねててさ」
「あははは、バレてましたかー」
トールは視線を泳がせながら、ひきつった笑顔をイーヴァンに向けた。
「《始まりの街》でフリークエスト受けてるって聞いたときは、最初は子どもたちの様子見に行ってるのかなーって。そしたら、剣が磨耗してきてるからさ、あぁーって」
「見ただけじゃそんなのわかんないですよね?」
「鑑定スキル持ってるからね」
「いつの間に!!」
「さて、話を戻すけど」
話を逸らそうとして失敗したトールは、ガックリと項垂れる。
「グリ夫婦の誘い断ったのって、俺と子どもたちに気を使ってるから?」
「ち、違います」
「あのね真宵ちゃん」
と、イーヴァンはわざとトールの実名を出した。
「俺も説教臭いことしたくないし、そこまで深く物事を考えてるわけじゃない。でも、君が先に進もうとしているのに、もし俺たちが邪魔だって言うなら、ちゃんと切り離すべきだ」
「そ、そんな言い方しないでください! おねーさまがいたから私は!! 私は、剣を持てたんです! 帰る家があるから、街を出ることができたんです!」
「ありがとう、でも、じゃあなんでソロなの?」
「そ、それは…レベルが違いすぎて…」
「嘘だね。本当は?」
「うぐっ…えっと…あの…少し、待ってください」
しどろもどろのトールは、まるでイーヴァンと出会った頃の、彼女だった。
イーヴァンは、わざと彼女のストレスを増加させる言い方をしているのだ。
「ビーターって、あるじゃないですか?」
「うん」
「私も、ビーターじゃないですか?」
「うん」
「ビーターの名前って知ってます?」
「ううん」
「私も、偶然第一層で、ビーターとパーティーを組んでた人から名前聞いたんですけど…キリトって名前なんです」
「はい」
「本当にキリトって名前なら、彼、私の元パーティーメンバーなんですよ」
「ほぉ」
ここから、ダラダラとした説明が続いたが、イーヴァンは納得した。
つまり、キリトと呼ばれる少年は、わざと自身を指差して、チートと呼ばれる裏技を使って、上手いことクエストを進められると宣言した。しかし、無論そんなものはなく、彼の行為は、つまりはβテスターとビーターの差別化であり、βテスターと一般プレイヤーの溝を埋めるための行動だったそうだ。
そしてその行動の結果、キリトを始め、何人かのβテスターはソロでの行動を余儀なくされている。
「なのに、私は、この街で、誰かとずっと一緒にいるんですよ。グリ夫婦なんて、凄いいい人たちだし、もし着いていったら、また甘えちゃう…」
「甘えればいいのに。まだ16歳でしょ」
イーヴァンは、トールの頭を撫で付けながら笑った。
「4歳しか違わないじゃないですか!」
「おまっ、シリカが街出るって言ったとき、一番反対したの誰だよ」
誰かとは、シリカの4歳お姉さんの、トールだった。
「だってまだ12歳ですよ! あぁもー! さっそくキモオタパーティーに捕まってたし! 釘指してきたけど、怖いなー」
「ま、そういうことだよ。俺が君を心配する気持ちもわかってね」
「――あ……えっと…親の心子知らずとは、まさにこのことですね…あははは」
イーヴァンとトールは4歳差。トールとシリカも4歳差。そんな単純なことに気づけなくなるほど、彼女には余裕がなかったのだ。
「俺が剣を持たないのは、怖いからだって言ったよね」
「はい…」
「でも、そろそろ克服しようかと思ってさ」
「え」
トールは目を大きく見開いて、笑うイーヴァンを見つめた。
「怖いよ。たぶんすげぇ怖い」
そしてこの恐怖は、多分誰にも理解されない。
「それでもさ、もし俺の手の届かないところで、トールや子どもたちになにかあったらさ、俺は嫌だなーって思うの。それに、シスターも増えたしね」
半月前に、シスターになりたいと訪ねてくれた眼鏡の女性がいる。いま、彼女は子どもに教えられながら、教会のルールや仕事を勉強中だ。
そして、彼女がきた時期と、トールがソロプレイするようになった時期は一致する。
「俺はとくに、子どもたちを助けたかったわけじゃない。俺が、最初の子どもを切り捨てられなかっただけだ。でも、君は俺たちを助けようとしてくれた」
だから、他の大人がきたことによって、自分のできることを、更に増やしたのだ。
「トールはすごいね、立派だ。格好いいし、尊敬するよ」
グリセルダに思う気持ちより、もっと強く思ってしまう。いつかしたように、イーヴァンはトールの頭を撫でていた。
そしてトールも、いつかのように泣いていた。
「さっそく明日から、俺の特訓に付き合ってくれないか?」
大きく鼻をすすったらトールは、顔をしわくちゃにしながら大きく、大きく頷いた。
「おええええ」
「また!? またですかおねーさま!」
「タンマタンマ」
「いやいやいや」
おっかしいなー…盾職で目を瞑ってればいけると思ったんだけど…。
「来てます来てますのあー!!」
なんかおかしい。たまに、『体が勝手に動く』のだ。それも、ひどく的確に。それがより吐き気を強くする。
「ハンマーとかのほうがいいかなー」
盾職は死にやすいと言われているため、俺はわざとそうしてみたわけだが、大きな盾を構えているだけではいけないようで、片手にはナイフを持っていた。たぶんこれがダメなんだろうな。
「包丁は普通なんだけどなー」
「やああぁぁぁぁぁ!!」
「盾のソードスキルってあるのかなー」
「一人っ!スイッチ!!」
「トール強いなー」
「しゃぁ!おら!!」
「お疲れ様ー」
トールのHPバーは、多少の攻撃を受けた程度では、ほとんど目減りしていない。さすがだ。
「また明日も、俺の特訓に付き合ってくれないか?」
顔を背けたトールは、眉間をしわくちゃにしながら、小さく、小さく頷いた。