千切れた腕と炎に抱かれ   作:江上音

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真実の手鏡

 

 彼は、ゆっくりと目を開けた。

 見えるのは部屋の内装。壁、勉強机、クローズ、その他諸々。

 

「――二度寝って肩凝るな…」

 

 寝汗も拭かず、ベッドから立ち上がった。

 そのまま部屋を出て、階段を下り、トイレに入って、

 

「おえええええ」

 

 吐いた。

 しかもトイレのドアを締めることも忘れていたものだから、その姿を家族に見られることとなる。

 

「あ!!かーちゃん!にーちゃんがまた吐いたー!!」

「あ、そー」

 

 来年は高校生になる弟の、それはそれは馬鹿っぽい発音を聞きながら、彼はトイレと向かい合い続けた。

 

 

 トイレからリビングへ向かうと、そこには気合いの入った格好の母親と、うっすら涙を浮かべたラフな格好の父親――義父親が立っていた。

 

「ねー!にーちゃん見て見て!とーちゃんまた泣いた!」

 

 ケラケラと笑う弟は、ジャージ姿で床にはボストンバッグが置かれている。

 

「うるさいぞコウタ!」

 

 父親に注意されるが、涙目では威厳もない。

 そんなやりとりを尻目に、母親が彼に声をかけた。

 

「また吐いたって? 嫌な夢見たの?」

 

 図星だが、二十歳にもなって悪夢にうなされたなどと、恥ずかしさもあったので、彼はうそぶいた。

 

「肩凝りだよ、すげぇ気持ち悪い」

「そうなの? 頭痛薬のんだら?」

 

 肩凝りではないが、夢で腕が千切れたものだから、違和感があった。気持ち悪いといえるものなので、あながち嘘ではない。

 

「いいって。それより記念旅行楽しんできなよ」

「俺も旅行いきたーい!!」

 

 弟のコウタが割り込んできたので、壁掛け時計を確認して声をかける。

 

「もう9時だけど、いいのか?」

 

 コウタのボストンバッグは、部活の合宿用である。経験上、そういった集まりは朝が早いと思っていたが…。

 コウタはそんな言葉を聞きながら、えへへ、と舌を出した。

 

「日付間違えちゃった! 今日の晩御飯作って!!」

「…お前ね…」

 

 呆れて物も言えない。一週間ほど前から、「合宿の日は記念日と一緒だよ!」と言っていたはずだ。……ああ、記念日は明日だけど、出発日は別扱いであることを勘定に入れていなかったのか。と納得する。

 

「誰か教えてくれてもいいのにねー! 通りで後輩と会話が噛み合わないわけだよ! ゲーム届くの今日なのに、ちょっとやりませんかー!って」

「なに!?」

「あっ…」

 

 コウタは、母親に叱咤され自分の失言に気づいたらしい。そしては母親のキツい視線は彼にも向けられた。

 

「あんたまーたコウタ甘やかして!!」

「いや、買えるかどうかは半々だったし…」

 

 ゴニョゴニョと語尾を弱める。

 彼が弟に買い与えたゲームは、ナーヴギアを利用したVRMMOゲーム<ソード・アート・オンライン>である。抽選であるため、倍率はすこぶる高かったらしいが、運のない彼にしては、非常にスムーズに手に入れることができた。

 ――不運と悪運と、どちらで言えばいいものか。

 

「コウタお前馬鹿!」

「ごめんねにーちゃん…」

 

 わざわざ配達を昼に合わせた意味がなくなってしまった。

 甘やかす云々に関しては昔から母親に注意されていたことで、しかし改めることなくここまできてしまった。

 

「ほ、ほら、そろそろ時間じゃ――」

「ないわよ! どういうこと! 説明なさい!」

 

 彼ら兄弟は一時間ほど絞られて、ヨロヨロのまま記念旅行をする両親を見送ることとなった。

 

 

 

「にーちゃんこれどう使うの?」

「調べろよ」

「うわぁ年齢確認出てきた!」

「ゲームは5歳からできるってあったぞ」

「にーちゃんやべぇ!酔うかも!」

「吐くなよ!」

 

 コウタは、まだゲームをインストールすらさせていない。にも関わらず、すでに5時になっている。

 

「にーちゃんやってよー」

「格ゲーだろ? 嫌だよ」

 

 弟はナーヴギアを外して、ベッドで本を読む彼へ詰め寄る。ベッドに四つん這いになり、むしろ彼へとのしかかるような格好になった。

 

「ソード・アート・オンラインは格ゲーじゃありませんー!」

「うるさい乗るな」

「にーちゃんもさー、SAOやろうよー」

「戦うゲーム嫌いなんだよ」

「これ鉄砲とか出てこないから!」

 

 コウタの言葉に、彼はふぅ、とため息をつた。

 これはコウタだけが知っている、彼の弱点。彼はシューティングゲームやFPSに対して拒絶反応を起こすのだ。周囲にはゲーム酔いだよ説明しているが、皮膚が焼けるような感覚もあるので、体質なのだろうと自己完結している。

 コウタは、彼が寝ながら読んでいた本を奪って大きく揺する。

 

「いいじゃんいいじゃん! ちょっとだけ!」

「夕飯作らないぞ」

「いいもん、昨日買っておいた弁当食うから。ねー!インストールだけでもさー!」

 

 あまりに戯れられるもので、さっき散々母親に絞られたというのに、彼はコウタの頭を撫でていた。

 

「インストールだけだぞ」

「うん! あ、でも遊んでていいからねー。後輩もキャラだけ作って、帰ってきてから遊ぶって言うし」

「…インストールだけだ」

 

 ナーヴギアをかぶり、設定し直す。適当に名前やら打ち込まれていて、仕方ないので初期化することにした。

 どうやら、彼の脳波が検出されるらしいが、彼専用機になるわけではないらしく、初期化のほうが早いだろうと考えたのだ。

 

 サクサクと必要事項を記入し、設定を入力していく。

 そのままゲームの画面を起動して、ナーヴギアからソード・アート・オンラインへリンクをスタートさせる。

 

 意識が宙に浮くような感覚。

 『正面』には<install>という文字と、進行具合を示すバーがある。

 左を向くと、体に触ってくださいと日本語で書かれていた。

 

「ログアウト…どうやるんだろ?」

 

 おそらく、このインストールの最中にキャラメイクをしていくのだろうと予想して、億劫な気持ちになった。つまるところ、キャラクターを作りゲームを開始しなければ、ログアウトできない仕組みになっているのだ。

 

「なんて不親切な…コウタ、おい、聞こえるか?」

 

 しばらく待てど返答は無し。

 しかたなく、体にぺたぺたと触れる。

 画面が切り替わり、やっぱり出てきたキャラメイク!と、彼は嘆息した。

 

「本当に始めることになるじゃないか…」

 

 まぁ、ゲーム初めてからログアウトすればいいや。と諦めて、キャラクターを作り上げていく。そうは言っても、さっき自分の体に触ったからか、基盤は彼の背格好に非常に良く似ていて、顔に至ってはそのまま、彼だった。性別も変更できるらしいが、興味すらなく次は名前を打ち込む。

 

 キーボードが表れて、自分のファーストネームを打ち込んだつもりで…、

 

「んん?」

 

 <Ivan>

 

「ルヴァン? イヴァン? なんだこれ」

 

 自分が打ち込んだというのに、『名前を打ち込んだというのに』、不思議だなーと首を傾げていると、ゲームが始まってしまった。

 

 いままでいた場所が球体の中だとすれば、それが割れて街並みが現れた。

 石畳の中世というイメージだろうか。

 空はすでにオレンジ色に染まっていて、どこか哀愁もある。

 なにより驚いたのはその質感だった。まるで現実と遜色のない暖かな風が、彼の肌を撫でたのだ。おまけに匂いまで――

 

「お、またご新規さんだ! ちょうどよかったな! いまからイベントらしいぜ! 限定アイテム配布だってさ」

 

 見ず知らずの男に話しかけられ、思わず体が強ばる。だが、言葉の中身を察するに、親切心からだろう。と、丁寧に断ることにした。

 

「いや、ログアウトしたいから、そういうのはいいや。えっと…やりかた教えてもらえませんか?」

「えー、もったいなーい。あ、じゃあ、イベントのアイテムだけ受け取ってあたしにくれませんか?」

 

 男の後ろに控えてた女の子にそう言われ、逡巡する。

道には、早足の人や、談笑しながら歩く集団、さまざまだ。だが、向かう先は一つで、おそらくその先にイベント会場があるのだろう。

 彼にとっての問題は、時間とアイテムの譲渡だ。

 アイテムをあげるのはいいが、いざコウタがプレイしたときに、「アイテムがない!」となるかもしれない。

 

 うーんと唸っていると、女の子はアハハと笑った。

 

「ウソウソ!冗談ですよお兄さん!でも、イベントは時間決まってるみたいですし、早く行ったほうがいいですよー」

「そそ。アイテム貰ってからでも、あげるかどうかは決められるし、とりあえず行こうぜ」

「わ、わかりました」

 

 社会人二年目。彼は強く言われると逆らえない精神になってしまっていた。

 

 男は、名前をウルトと名乗り、女の子はアルミナと言った

 彼もイーヴァンと名乗って、街の広場へ向かうことになる。

 

 

 

「でかぁ…」

 

 空に浮かぶマントのキャラクターを見上げながら、イーヴァンはそのイベントを、話半分に聞いていた。

 そもそも彼はゲームなんて、PCに最初から入っているアクセサリくらいしか触れあったことがなく、友達やコウタがやっているゲームを、テレビのように眺めていることが常だった。

 だから、イベントがどういうものか、いまいち理解していないのだ。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。

 諸君らは既にメインメニューからログアウトボタンが消滅しているのに気付いていると思う。

 しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。

 また外部の人間の手による、ナーヴギアの停止。あるいは解除もありえない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる。

 より具体的には、

 十分間の外部電源切断。

 二時間のネットワーク回線切断。

 ナーヴギア本体のロック解除、または分解、または破壊の試み。

 以上の3点だ。これら、いずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。……ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果、残念ながら、すでに213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している。

 諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。

 ご覧の通り……現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に解除される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護施設のもとに置かれるはずだ。この世界を作った上で、いきなり全プレイヤーがログアウトするような理不尽はしない。……諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい。

 充分にに留意してもらいたい点だ。諸君らにとって、《ソードアート・オンライン》はただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。

 …今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。

 ヒットポイントがゼロになった瞬間、

 諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

(つまり、カヤバーなんちゃら魔王を倒さないとログアウトできない?ん?)

 

 そもそもメニューの開きかたすらわからないイーヴァンにとって、ログアウトが不可能という意味がわからなかった。そのうえ、ナーヴギアというゲーム機が脳みそを破壊するなどと、「このお饅頭は爆発するから食べるな」と言っているような話で、首を傾げるしかないのだ。

 だが、周囲の反応を見ると、どうやらなにかがおかしいと――危険だとなっとくするには十分だ。

 

『諸君らがゲームから解放される条件はただ一つ、先ほども述べたとおりこのゲームの第百層を攻略すれば生き残ったプレイヤーすべてを解放することをここに約束しよう。

 それでは最後にこの世界が諸君らにとって唯一の現実である証拠を見せよう。アイテムストレージにアイテムを送った。確認してくれたまえ』

 

 周囲の人たちが、右手をクイクイと動かしている。

 右に倣おうとするものの、いまいちわからないので振りだけ味わう。

 

(100階に魔王カヤバーを倒すと、ゲームクリアなのか。コウタ勉強大丈夫かな? ネットゲームって時間かかるっていうし)

 

『諸君らはなぜ? と思うだろう。これは身代金目当てなのか? はたまた新手のテロなのか? と

 私の目的はただ一つ。私はこの《ソードアート・オンライン》を鑑賞の為のみ考案し、作り上げた。そして私の目的は達成した…以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

(チュートリアルかよ!!)

 

 ツッコんでスッキリしたイーヴァンがアルミナのほうを見ると、見知らぬオッサンが立っていた。

 瞬かせ、何度見直しても鏡を持ったオッサンだった。

 反対にウルトは、女性になっていた。

 

(あ…れ? 位置逆になってた? アルミナってこんな美女だったかな?)

 

 話しかけようとしたとき、胸の前に電子パネルのようなものが起動する。

 《装備》やら《ステータス》の文字を見つけたイーヴァンは、このパネルがメインメニューだと判断して、慌ててログアウトのボタンを探す。

 ――がない。

 それどころか、勝手に《アイテム》の項目が選択されていた。

 

 《手鏡》






 原作SAO読んだことないので、脳内補正でオネシャス!
 一話なのに魔王カヤバー台詞多いよ!
 大変だよ\(゜ロ\)(/ロ゜)/文字数稼いじゃったけど、文字数にこだわりはないよ!ごめんなさい!
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