千切れた腕と炎に抱かれ   作:江上音

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姿と気持ち

 

 

 《はじまりの街》の広場では、異常な混乱が広がっていた。

 

 空に向かって叫び続ける者。

 家族や友達の存在を確認する者。

 ネカマに騙されたと憤慨する者。

 泣き始める者、メニューを確認する者、誰かにあたり始める者。

 これらの混乱から逃げ出す者や、少しでも冷静になるよう、呼び掛ける者もいた。

 

 その中で、イーヴァンの混乱は、特に異質なものだった。

 

「……なにこれ、アバター?」

 

 手鏡に写るその人物に、彼は心当たりがなかった。

 短い金髪の、女性だろうか。

 女性というには色香はずいぶんと少ない。

 肌は白いが、体のところどころには薄っすらと傷痕が目立ち、服からはみ出る四肢にはしっかりとした筋肉がついている。女性の特徴である胸部装甲は服の上からではわからないほど小さそうである。

 おまけにさきほど呟いた声も、女らしい丸みのある声になっていた。

 

「なんだよこれぇ! なんだよこれぇ!」

 

 イーヴァンが視線を鏡から外して、アルミナが立っていた場所に立つ中年の男を見た。

 ダンディとは程遠く、むしろ無精髭や顔の肌の汚さは、生理的嫌悪感を与えるだろう。筋肉質なのが唯一の救いか。

 その男の真横に立つ女性は、何度も何度もメニューを開きながら、小声で罵詈雑言を呟いていた。

 

 その二人の鬼気迫る様子を見ながらも、大きく眉をしかめながらイーヴァンは軽い口調で話しかけた。

 

「えーっと……このイベントって、結局なんだったの?」

 

 イーヴァンはこう考えていた。

 おそらくは、さっきの手鏡は、アバターをランダムに変更させてしまう呪いのアイテムなどで、100階にいる魔王カヤバーを倒さなければ元に戻らない――

 

「イベント!?! お前なに考えてんだよ!! あいつは茅場晶彦だ! あいつのせいで、あいつのせいで、俺は!!」

 

 男がイーヴァンの胸ぐらをつかんで引き寄せる。目には涙すら浮かべていた。

 

「いや、あの、カヤバーとか俺知らなくて、えっとゴメンなさい…最近のゲームって、そんな感情移入しなきゃいけないんスね」

 

 思えば、彼のアバターは彼自身のものだった。確定したのは、数分と言わず、数十秒だったかもしれない。それに比べれば、他の彼らのアバターは皆特徴があった。

 アバター一つにどれほど時間をかけたのかはわからないが、それだけ熱意がこもっていたのだろう。

 

「あんた本当になにも理解してないのね!!」

 

 女性にまで罵倒され、彼は反論する気持ちもなくなった。ゲーム嫌いの彼としては、住む世界が違うのだと、諦めるしかないと感じて…その次の発言に顎を外すほど大口を開けることになる。

 

「茅場晶彦倒さないと、ログアウトできないの! 死んだら現実でも死んじゃうの!!」

「はぁ? なんで?」

「知らないわよ!! 茅場晶彦がなんかしたの! 本物の魔王じゃない!! わけわかんない! こんなの、だって!!」

 

 女性は溢れ出る涙を止めることなく、地べたへへたりこんでしまう。

 

「嘘だ!こんなの!うわぁぁぁ!!」

「チキショー! こんなの悪い夢だよな!? ああ、くそっ!」

 

 彼女の大泣きに、イーヴァンの胸ぐらを掴んでいた男や周囲の人も影響されたのか、それぞれが悲観の声をあげはじめた。

 

 彼もそうすべきなのか、それとも皆が皆そう思い込んでいるだけなのか判断つかず、開きっぱなしだったメニューから、《フレンド》を選択する。弟のコウタが一番にナーヴギアでしたことは、彼との直通通話である。つまり、現実世界の彼の電話に通話できるという――初期化していたことを忘れていた。

 もっとも、彼が知らないだけで、外部への通話は、その一切が封じられているのだが。

 

「他の街からなら出られないですかね? ほら、セーブポイントとか」

「そんなものあるわけ――」

 

 怒鳴り付ける女性が固まる。

 周囲の人間が、つられて彼女を見つめた。

 

「ある――安全エリアが」

「安全エリア?」

「なんだそれ!」

「フィールドでログアウトすると、基本的にアバターは残っちゃうの。それがアクティブクリーチャーなんかに見つかると、攻撃されちゃうんだけど、フィールドには数ヶ所、安全なエリアがあるのよ」

「そこならログアウトが選べるかもしれねぇのか!」

「し、知らないわよ! でも、行かなきゃ!」

「私ついてくって!」

「ボクも行きたい!」

「あたしも行くわ!」

 

 などと、みるみる人口が増えていく。

 イーヴァンは慌ててそこを離れる。ログアウトしたい気持ちはあるが、さっき彼女が言っていた、「ここで死ぬと現実でも死ぬ」という言葉が重くのしかかっていた。

 

 フィールドに行くとモンスターがいるらしい。

 となると、身を守るためにも戦わなければならない。

 

「剣なら平気か?」

 

 彼は腰に刺さってる剣の柄を握る。ゲームセンターのシューティングゲームを見ていただけで吐いてしまったこともある。

 本当にゲームが苦手なのだ。

 

 いざ持つと、ちょっとだけクラクラとした。

 

「……よし、まかせたぞお前たち」

 

 彼は《はじまりの街》に引きこもることを決意した。

 

 そう決めたからと言って、魔王討伐を誰かに任せっぱなしというもの居心地が悪い。

 戦闘ができないなら情報収集だな、と、未だ混乱冷めやらぬ広場で、彼はプレイヤーに話しかけた。

 

「な、なぁ。さっきの話なんだけど」

「ひっ!」

「え?」

「こ、こ、殺さないでくれ!!」

「い!? そ、そんなことするかよ!」

 

 このファーストコンタクトがよろしくなかった。周囲のプレイヤーに目をつけられ、敵意ある視線で睨み付ける人まで現れてしまったのだ。

 何人かに話しかけたがまともに取り合ってもらえず、1度離脱することにした。

 

「失敗したー…。えっと、クリアまでの帰還、外部との連絡手段、ログアウト方法、魔王カヤバー、それから、それからー?」

 

 裏路地で腰掛けながら、握った拳の小指をウネウネ動かしていると、不意に夕日が遮られた。

 顔をあげると、そこにはダンディなオッサンが立っていた。さっきアルミナと同じ場所に立っていたオッサンアバター(おそらくアルミナと同一人物)とは、だいぶ違う男性だった。

 

「えーっと、俺邪魔ッスか?」

「いや、単に君がすごく冷静だったから、話をさせてもらいたくてね」

 

 ダンディな男性は声までダンディだった。

 妙な力強さと、自身に対する自信が溢れている口調。上司にいいなーとイーヴァンは考えていた。

 

「冷静なんてとんでもない。意味すらわからず首を傾げてますよー。さっきの、普通のイベントじゃないっぽいし」

「だろうな…君は外に行かないのかね?」

「戦うのが怖くて。すみません…」

「謝ることはないさ。戦えなくても、SAOには沢山のジョブが用意されててね。武具職人や道具屋などを目指すのも良いだろう」

「……」

「…どうした?」

「いや…あなたのほうが冷静だから…。それにクリアったって100階でしょ? 死ぬ気で昇れば今日中に終わるんじゃないですか?」

 

 これは希望論だった。

 今日中にゲームクリアの可能性があるのならば、そもそもここまで取り乱さないだろう。

 

 目の前の男も分かっているようで、丁寧に説明し始めた。

 

「私はβ版もヤらせてもらったんだが、そのとき、100階ある階層のどこまで行けたと思う?」

「(ベータってなんだ?)クリアしたんじゃないんですか?」

「7層だよ」

「はぁ…ん、1層って何階なんですか?」

 

 彼の間の抜けた質問に、彼ら静かに笑った。

 

「7階だ。β期間である二ヶ月間で、7階上っただけだよ」

「……え?マジで?」

 

 底冷えを感じた。手足の感覚が一瞬薄れ、脳みそがグルグルと回転し始める。

 

「…え?2年半かかるじゃん」

「そうだな。私は4年かかると思っている」

 

 男性の言葉に、彼の顔から血の気がひいた。

 

「ま、待って待って。ゲームだろこれ」

「そうであると言えるし、もう、そうじゃないとも言える。攻略中に死ぬと、復活はできない。現実でも我々は死んでしまう」

 

 ――うろだろ!?

 そう叫びそうになってようやく、さきほど見た混乱の原因が彼にも理解できた。

 

「…なんてこった」

「冷静だったのは、理解していなかったからか。期待外れだな」

「期待に答えるのは苦手なんですよね…」

 

 神経を逆撫でする発言に、彼は苦笑いを含ませながら答えた。

 

「ほぉ…。落ち着きを取り戻したな。なら聞いていいかな?」

「なにを?」

「君の出身地だ」

 

 まさかの世間話である。

 おそらく男性は、イーヴァンを落ち着かせるために言ったのだ。でなければ、そんな話をするために、わざわざ裏路地まで彼を追いかけることはしないだろう。

 つまり、ちゃんと話せる相手がほしいらしい。

 まずは落ち着こう。

 

「出身地は仙台。生まれは京都ですね」

「ハーフなのかね?」

「純日本人ッスよ。おじいちゃんおばあちゃんは知らないけど。日本人かなー?」

「…………」

「えっと…あなたは?」

 

 おそらくは30歳の男性だ。髪にやや銀色が混じっていることから、ハーフやクォーターをイメージしているアバターだと思われる。

 

「君の名前は? キャラクターネームでいい」

「(無視だと!?)えっとイーヴァンだかですね。IVANです」

 

 少し思案する男性の頭には、緑色の矢印。おそらくはイーヴァンにもついているのだろう。

 …参ったな。とくに話したいことはない。

 彼の想像では話し相手にさせられるはずだったのに、本当に世間話しかしていない。それも一方的な質問だ。

 

「…有意義だったよ。ありがとう」

「え…いえいえ」

 

 しかも終わらされた。

 あまりにもインサイドだったため、彼は質問を一つだけした。

 

「えっと、お名前は?」

「あぁ、まだ名乗っていなかったか」

 

 手を差し出されたので、思わず握手する。

 男性は握手を交わしながらゆっくりと名乗りをあげた。

 

「私は、私の名前は――ヒースクリフ」





 901ATTに女性がいたっていいじゃない!
  どうなるかわからないけど、実験体なら男と女いるよなーと素人考えでプロローグからずっと女の子の設定で書いてました。
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