「た、大変だ!」
男のダミ声が店内に響き、それを目覚ましにしたイーヴァンは、まぶたを擦りながら入り口を探す。
「モンスターが狩尽くされてる!!」
「えっ!!」
床から半身を起こすイーヴァンとは対照的に、βテスターのトールは、数人のプレイヤーとともに外に出てってしまった。
「…モンスターが狩尽くされてるって、いいことじゃないの?」
誰かの呟きに、イーヴァンはうんうん、と頷いた。ともかく、これで街の周囲にはモンスターがいなくなり、街の中はもっと安全になる。
なにより、ログオフ不可能のゲームと比べると、大変な出来事には思えなかった。
「親切なヤツもいたもんだ」
イーヴァンがボソッと呟いたと同時に、テーブルに座っていた3人組の1人も、ヒソヒソと話始めた。イーヴァンはその内容に思わず顔をしかめてしまう。
「ねぇ、じゃあ次の街にいかない?」
「場所わかるの?」
「トールから大体の位置はね、で、トールが戻ってくるまえに」
「あはっ、やっぱ苦手なタイプだったね」
「本当無理。ウジウジしてて、おねーさんいなかったら文句言ってたよ」
(目の前で言ってやればいいのに…)
彼は3人組の価値観が自分に合わないなと、早々に切り捨てた。切り捨てたと言っても、あくまでプライベートの話ではあるが。
そんなイーヴァンの視線に気づかぬまま、3人組は会話を続ける。
それを咎めようか、無視しようか悩んでいると、息を切らしたトールが戻ってきた。
「みんな、荷物まとめて、行かないと!」
「どういうこと?」
「そりゃ安全になったのはいいけど…」
「違うの、むしろ危なくなったの」
なんだなんだと、酒場でたむろしていたプレイヤーたちが集まってくる。
周囲の視線を気にしてか、トールの顔は真っ赤に染まっていた。それでも話をやめる気はないらしい。
「このゲームは、階層ごとの経験値の合計数がかわらないの」
「へぇー」
「だから、えっと、この街のモンスターを狩尽くすと、たとえば、100体のモンスターが100の経験値だとしますね。で、次の街の近くだと、100体の1000の経験値です。十倍です」
首を傾げるプレイヤー、頷くプレイヤー、飲物を注文するプレイヤーに別れた。
イーヴァンは飲物を注文したプレイヤーだった。
「つまり、次のエリアでモンスターが狩尽くされてると、このエリアのモンスターは十倍になるってことか?」
「そう、です。単純計算では…」
見知らぬプレイヤーに話しかけられながらも、トールは言葉を紡いだ。
「それと、安全だと進んでいて、目の前に10体のモンスターが現れる場合と。最悪なのが、他のエリアでモンスターが現れてしまう場合です」
「なんで? 安全に進めるんじゃないの?」
「えっと、私たちはレベル1かレベル2ですよね」
「お、俺レベル4!」
おおー!と歓声が沸く。それを打ち消すように、トールは続けた。
「次のエリアの適性レベルが、10だったらどうします」
酒場が静まり返る。
つまり、最悪の場合彼らがレベルをあげるためには、自分の適性レベルの狩り場ではなく、文字通り命がけで雑魚敵相手に死闘を演じなければならないのだ。
「な、なんでそんなことになってんのよ!?」
「多分知ってる人がいたんだ。βテスターがチームにいれば、どこの狩り場でどれだけレベル上げればいいかがわかる。やられたな…」
「ここにいるメンバーでパーティー組み直しましょうよ!」
ソロプレイヤーはこれ幸いとそう提案し、他のパーティーを一度解体してバランスが良くなるように組み上げていく。それは、女性7人パーティーも同じだった。
これは次の街に行くまでの暫定的なパーティーであり、ただ大人数で進むだけの同志だった。
イーヴァンも誘われたが丁重に断り、その他にも何人か残ったプレイヤーがいた。
その中には、トールもいた。
「あんた、βテスターなのに、なんでそんな重要なこと言わないのよ!!」
「隠してたの!?」
「レベル高いんでしょ!1人で戦えばいいじゃん!!」
3人組は姦しい。最初の可愛らしい雰囲気もあったもんじゃない。3人組とトールは同じパーティーになったものの、3人組の猛反対が起こり、結果的に追い出される形となった。
それがイーヴァンを誘うためだと、彼女たちに正義面で告げられた彼はたまったものじゃない。
「おねーさんが遠慮してたから!」
「いや…あのさ…んなわけねぇじゃん?」
社会人になってから一度も出すことのなかった、「地」の彼が表面に出てきた。わけのわからない状況、不安、焦燥、もっと言えば床の寝心地の悪さ。それら全てが彼の負の感情を刺激していた。
「あとおねーさんおねーさん言ってんじゃねーよ。俺男だから」
「は!? はぁ!? ふざけんなよ!女のクセに!男とか!気持ちわりぃ!!」
「もう行こうよ!」
「女こえー…」
3人組とにらみ会うが、視線は一度も逸らさなかった。
ここで視線を逸らしたら、トールを庇う意味がなくなるからだ。
彼女たちの負の感情は、己が背負うべきものなのだ。
「ふん!もう知らない!あんたなんてβテスターと一緒にシカトされればいいのよ!」
「行こうー!」
3人組を含んだパーティーを見送り、次はキキと章人、ノンノに別れの言葉をかける。
「ごめんなさい、おねーさん…あたしなにも…」
「こっちこそごめんね。あの三人になにかあったら、少しは助けてあげてね」
「えー!あんなやつらー」
「あはは、まぁ何事も助け合いッスよ。それより、本当気を付けてね」
「はい!」
彼女たちも3人組となって街を出ていった。
「さて、と。トールはいかないの?」
「あ…えと…あの…」
彼は、人の心にそれほど疎いわけではない。トールに懐かれたことを自覚しながら、それでも、と言葉をかける。
「確かに彼女たちはトールに酷いこといった。俺はそれが許せなかった。でもねトールさん。彼女たちは知識がない。あの複数パーティー、多分トール以上にゲームの知識もってるやついないんじゃないんスかね」
「で、でも、あたしβテスターだから…」
「まぁ、知識で彼女たちを助けるかはトール次第ですよね。親しくなるのにも、時間かかりそうだし」
「う…ん」
「でもここにいたって、トールのためにならないよ。俺は戦闘はしないし、なんだっけ、生産職にもなるつもりはない。昨日みたいに、まだ残ってる人たちと愚痴言い合って、クリアを待とうと思ってる」
「…でも」
「βテスターが狩り場ってとこの独占をしたのか、それとも単にそういうもんなのか、俺はわからない。ごめんね説明もちょっとテキトーに聞いてた。あはは」
イーヴァンは乾いた笑いをあげたが、トールからの返答はなかった。
「でも、トールならわかるんでしょ? みんなが行きそうなところや、行っちゃダメなところ」
「…罠が…あるの」
「うん」
「西の…えっと、街からでて右に行くとね、小さな川が流れてて、その上流に、宝箱があるんだけどね、罠なの」
「うん」
「たまに毒っちゃうんだけど、毒消しがあれば、大丈夫」
「持ってたかねー彼らは」
「高いから、持ってないとおもう…。レベル4の人なら、クエストの報酬でもってるはず」
「そっか。やっぱりトールはすごいッスね」
「でも、でもね、怖いの」
「そうだね」
「違うの、家からだって、もう3年くらい出てないの、人が怖いの」
「おお、3年はすごいね」
できるだけ気楽そうに笑う。
この受け答えで良かっただろうか、もっと彼女を安心させる言葉があったのではないか、彼にはその答えが見いだせなかった。
「怖い、βテスターってバレるのも、失敗したときに責められるのも、1人で街から出るのも、怖いよ…ごめん、ごめんなさい」
――ごめんなさい、お母さん
イーヴァンは彼女の頭を撫でながら、できるだけ気楽に笑った。
「まぁ、いまから追いかけても、ちょっと危ないし、人数も多かったから大丈夫でしょー。トールさんがやる気になったら、残った面々頑張って鍛えてね!」
「……う、うん」
「言質はもらった! さて、我々はどこに行くべきですかね?」
イーヴァンとトールは≪始まりの町≫に残る人たちを見て回ることにした。
夢を…見た。
弟の夢だ。
ナーヴギアからPSの画面に出力されているメッセージを、涙流しながら電話に向かって読み上げている弟の姿。
「ごめんかーちゃん! 俺っ、俺が、にーちゃん、こんな、ごめん、ごめん! ああ、ごめん!」
子どものように泣く弟を、俺は見ていることができなかった。
お前のせいじゃない。こんなの悪い夢だよ。お兄ちゃんすぐ起きるからな。
側にいって声をかけてあげたいのに、
ごめんな――コウタ