イーヴァンとトールとは、あれから《はじまりの街》を探索することにして、驚くべき事実を目の当たりにした。
子どもだ。
乳幼児はさすがにいなかったが、まだ小学生ほどの子どもたちがチラホラと街に残っていたのだ。
「マジかよ…」
イーヴァンは母を求めて泣きわめく子どもを一人捕まえて、大きなため息をはいた。
「おねーさん、どうします?」
「とりあえずは、んー…どうすればいい?」
子どもを酒場や裏路地で夜を明かせるわけにはいかないだろう。おそらくは昨日の子どもたちがそうであったのだからなおさらだ。
「教会に行きます?」
「教会? おー、いいねー」
彼が思い描く教会とは、まさに神の家。食事は無料、ベッドもついていて、ついでに勉強なんかもおしえてくれ…る?
「ここ?」
「あー……はい」
隣に立つトールは(といっても子どもを嫌がって少し遠い)メニューをクイクイと動かしてマップを確認した。
「ここかー…いやー…まぁ、うん、野宿よりは…か?」
「まぁ、はい…」
二人と、街で拾った子ども数人と見上げる教会――らしき建物は、あまりにもボロボロすぎて、建造物とすら言い難かった。
「おかしいなー…βのときはこんなことぎゃあ!!!」
悲鳴をあげたトール。彼女のお尻を、子どもが触ったのだ。
笑いながら逃げていく子どもを、顔を真っ赤にして追いかけるトール。その様子を見て、他の子どもたちも追いかけていく。
「あははー…さて、どうしたものかなー」
1歩教会の敷地内に足を踏み入れると、イーヴァンの目の前に電子パネルが一枚浮かび上がった。
「……救済の家? クエスト? なにこれ」
トールに助けを求めようと振り返ると、こそには誰もいなかった。
しかたなく、自分で弄る。
(20年前、資金難で潰れてしまった教会を建て直す手助けをしよう。報酬、EXP1000)
とだけある。
通常、クエストとは、ストーリーを進めるメインクエスト。酒場やギルドなどで受注するフリークエスト。期間限定クエストなどに分けられる。
そしてこれは、イベントクエストと呼ばれる、ストーリーとは関係ないが、ゲームを掘り下げる意味で楽しめるクエストだった。
「レベルいくつ上がるんだろ、これで」
ゲーム嫌いなイーヴァンでも、レベルの重要性はわかっているつもりだ。ポケモンはレベルが上がると進化するのだ。
「…ま、とりあえず掃除から始めるか」
近くの井戸を確認する。非常に綺麗な水を汲み上げ、そのチグハグさにイーヴァンは苦笑した。
20年も放置されてた井戸の水など、とうの昔に腐りはて、虫の死骸や動物の骨が浮かんでいてもおかしくはない。この井戸には、屋根もなければ井戸屋形もなかった。
汲み上げた水を持ったまま、教会への正面入り口を越えていく。ドアは半分が外れていて、もう半分は動かなかった。
室内は、ステンドグラスや窓、ついでに天井から漏れる光のおかげで明るい。ステンドグラスは埃こそついているものの、ヒビもなく綺麗なものだった。
一歩歩くごとに床の埃が舞う。ゲームなんだよな?と首を傾げてそのまま奥へ向かった。
ドアは二つ。片方は階段で、もう片方はリビングか応接間か。階段は途中で崩れていたため、とりあえず諦める。彼の身体能力ならば問題はないだろうが、子どもたちのことを考えると、封鎖するのが一番だった。
リビングらしき部屋の奥にもドアがあって、ドアの向こうはキッチンだった。正確に言うなら、キッチンだった部屋だった。
「こりゃひでぇ」
彼はポリポリと頭を掻いて、部屋を見渡す。
その部屋の壁と天井は半分ほどなくなっていて、二階の室内までも見えてしまっていた。部屋の見晴らし自体も大変良く、教会の裏手を流れる小川で、子どもたちと取っ組み合いをしているトールも良く見えた。
バタンと、扉を閉めた。
とりあえず、正面玄関くぐった最初の部屋。神父が説法を垂れ流す場所を、彼は掃除することにした。
夕方、子どもたちと打ち解けたらしいトールが、教会へと戻ってきた。子どもたちはどこから集まったのか多少増えていた。
「おねーさんすごいですねー…」
「そう?」
雑巾替わりにしていた上着を絞りながら、彼は答えた。
「私の部屋も片付けてほしい…。ごめんなさい遊んじゃってて」
「いいって。おかげて早く終わったから」
周りの子どもたちの数を数える。
「13人? 増えたねー」
「拾ってきました」
「偉いね」
トールの頭をポンポンと撫でる。彼女はザッと跳び跳ねて回避した。
「や、やめてください」
「あはは、可愛いねー。さて君たちー、名前教えてくれるかなー? おにーさんはウリュウ、ミナミ」
「おねーさんなのにおにーさんとか、おっかしいんだー!」
「ミナちゃん!」
「おねーさんって言わないとダメなんだよー!」
「…参ったな」
もっとも、彼とトールの精神が参るのは、これからになる。
「おねーちゃん、あのね、帰りたいの」
一人の子どもが、しゃがむイーヴァンのインナーを掴みながら言った。
彼は、掃除をしながら、そう言われたときのことをずっと考えていた。
子どもは聡いが、無知で、傲慢だ。
帰れないことを、どれほど順路立てて説明したところで、納得して助け合おうとする子どもは稀だろう。
でも、それでも出来る限りの説明をする義務が、大人にはある。子どもを守る必要が、責任が、大人にはあるのだ。
子どもを見捨てたプレイヤーは多い。
トールは、イーヴァンの説明を聞いて、帰れないという言葉を聞いて、泣きわめく子どもたちを見ながら、そう思っていた。
彼らを助けたのは、一万人中、イーヴァンだけじゃないだろうか、そうとすら思っていた。
イーヴァンは、両親を求めて叫ぶ子どもたちをギュッと抱き締めて、「大丈夫、絶対大丈夫」と繰り返していた。
「帰りたいのは、私もだけどさ」
ネットの中にいるというのに、なんて窮屈なのだろう。
βテスターの中でなら、彼女は最高のプレイヤーだという自負がある。ブログは満員御礼。SNSでもβテスターのほとんどが彼女の話をきいていた。
だが、どうだ。スタートラインにすら立っていない自分。多くのプレイヤーはどこまで進んでいるのだろうか、それとももうボスの広間までいけただろうか。
なにより、怖くないのだろうか。
「帰りたい…」
泣きそうになり、下唇を噛み締めた瞬間、ポンポンと頭を撫でられた。
彼女が慌てて顔を上げると、優しそうなイーヴァンの笑顔。ウリュウミナミと名乗った彼女は、片腕に子ども一人抱えながら、ゆっくりとトールの頭をなで続けた。
堪えられるわけがない。
「あ…うぁ…ぁぁぁ」
泣いたのなんて、何年ぶりだろう。
涙は止められないし、泣き声はみっともないし、恥ずかしくて顔が真っ赤になっているだろう。
――ほら、つられて泣いてなかった子どもたちまで泣き出した。
――ぜんぶ、おねーさんのせいなんだから
「大丈夫、絶対大丈夫だよ」
「あのさ、おねーさまってやめてもらえませんか?」
「えー、いいじゃないですか!」
「いや、あのね、ほら」
最初の暗い雰囲気はどこへ行ったのか、トールは笑顔を良く見せるようになった。
本名は空座真宵(カラクラマヨイ)そっちのほうがよっぽどゲームの名前っぽいんだが、それは言わないほうがいいのだろう。
「じゃーミナミさま!」
「うーん」
しばらく遊んでいると、『また』レベルが上がった。戦闘をしているわけではなく、教会関連のクエスト報酬で、経験値だけが振り込まれ続けているのだ。
これはどういうシステムなのか、子どもやトールもレベルは上がっていった。
しかし、熟練度を上げているわけではないので、戦闘は絶対に子どもたちだけではしないように、とトールは強く言っていた。
「ミナちゃん遊ぼー!」
「ミナミサッカーしようぜー!!」
「おねーちゃーん!」
「あああもー。俺は男だからね!?」
現実世界に戻れなくなって一週間。忙しくてこっちは泣く暇もない。
それが、少し嬉しかった。