波濤の戦士たち   作:小湊拓也

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第5話

 黄金聖闘士が、青銅聖闘士に質問をしている。

 それはつまり、命を賭けて答えなければならないという事だ。

 いい加減な返答でごまかす事など、許されない。

 正直に答えるにせよ嘘をつくにせよ、命を投げ出さなければならない。

「……ありません、心当たりなど」

 勇魚は命を投げ出して、師匠を守る道を選んだ。

「琴座のオルフェは、数年前に行方をくらませたきり……弟子の僕に、連絡をくれた事もありません。僕はオルフェ先生に見放されたんです。あまりの未熟さに、愛想を尽かされたんです。居場所の見当なんて」

「軽々しく他人を庇うなよ、小僧」

 言いつつ山羊座のシュラは、青銅聖闘士3人とは若干、距離を置いて佇んでいる。

 にもかかわらず海斗は、喉元に刃を突きつけられたような気分になった。

「白銀でありながら実力では我ら黄金聖闘士をも上回る、とまで言われる男がな、下手をすると聖域と敵対する勢力に身を投じているかも知れんのだぞ。お前たち青銅よりも、遥かに聖域の内情を知る男がだ」

 出会ったのだ、と海斗は確信した。

 ロドリオ村で勇魚は、琴座のオルフェと、短い再会を果たしたのだ。

「そのような者を庇い立てされては……新米青銅に対して、俺もあまり優しくはなれんぞ」

 鋭い眼光が、小宇宙を宿している。

 それを直接、向けられている勇魚は、恐らく己の身体を滑らかに切り刻まれているような錯覚に陥っているだろう。

 瞬に似て女の子のようでもある容貌が、血の気を失って蒼白である。

 艫座の聖衣に包まれた細身が、硬直している。まるで刃を突きつけられたかのように。

 そんな勇魚に向かって、シュラはなおも言った。

「もう1度だけ問う。琴座のオルフェの居場所に、心当たりは?」

「…………」

 勇魚の唇が、硬直しつつも微かに動いた。

 ありません、心当たりなど。

 その言葉が、今にも紡ぎ出されそうである。紡ぎ出された瞬間、勇魚の首は宙を舞っているだろう。

「あ、あの」

 海斗は言った。何を言うべきか、頭で考えていては間に合わない。

「勇魚は確かに、オルフェの居場所に心当たりあると思います。俺が、それを聞き出しておきます。だから、その……山羊座のシュラ様。この場は、どうか」

「出来るのか」

 シュラの眼光が、初めて海斗に向けられた。

「黄金聖闘士を相手に命がけで師匠を庇っている男の口を、割らせる事が出来るのだな? 貴様」

「そ、それは……」

「俺は、出来もせん事を口に出す奴が嫌いでなあ」

 叩き斬られた、と海斗は思った。

「……そこまでにしておけ、シュラよ」

 力強く、優しく、だがどこか強張った声。

 それを聞いて海斗はようやく、己の身体が真っ二つになっていない事を確認する余裕を持つ事が出来た。

 海斗を背後に庇う格好で、いつの間にかそこに立っていたのは、アイオリアである。

「お前の行い、端から見れば単なる弱い者いじめでしかない。自覚はあるのか」

「弱者に対する慈悲など、とうの昔から持ってはおらんよ。何やらシャカのような言い草になってしまうが」

 シュラが、微笑んだ。

 これほど陰惨な笑顔を、海斗は見た事がなかった。

「アイオリア、貴様も知っての通り……俺はな、この世で最も敬愛する男の命を奪ったのだぞ。今更、誰に対して慈悲の心を持てと言うのだ」

「…………」

 アイオリアは何も言わない。シュラの鋭利な眼光を、真正面から受け止めている。

 シュラの眼光を刃に例えるならば、アイオリアの眼差しは炎だった。

 憎悪や怒りの炎、ではない。

 そのような安直な言葉では語れぬ、感情が、因縁が、この黄金聖闘士2名の間にはある。

 それだけが、海斗には何となく感じられた。

「……勇魚を責め立てたところで、意味はあるまい」

 ようやく、アイオリアは言った。

「琴座のオルフェだぞ。仮に聖域を裏切り、脱走したとしても、弟子に掴まれるような手がかりを残すわけがなかろう」

「……そういう事に、しておこうか」

 目を逸らせたのは、シュラの方からである。

「この場で千日戦争をやらかすつもりは、ないのでな……だが勇魚よ」

 背を向け、歩み去りながら、シュラは言った。

「オルフェは、お前に言ったと思う。尋問でもされたら、正直に答えてしまえとな」

「…………」

 俯いた勇魚に、シュラがなおも言葉を投げる。

「命を落としてまで、庇い続ける……それが果たして師匠の望みであるのかどうか、考えてみるがいい」

 

 

 シュラの後ろ姿が見えなくなったところでナギが、石畳にがくりと両膝をついた。

「海斗あんた……死ぬつもりだったの!?」

「そ、そんな事は」

「アイオリア先生が来て下さらなかったら、あんた間違いなく殺されてたのよ」

「……迷惑だよ、海斗」

 勇魚が呻いた。

「僕の事、庇ってくれたつもりだろうけど。これは僕とオルフェ先生の問題だ。聖域に来たばっかりの君に、うかつに首を突っ込んで欲しくはない」

「勇魚! あんた何言ってんの!」

「まあまあ」

 怒鳴るナギをなだめながら、海斗は勇魚と向き合った。

「俺は勇魚を庇ったわけじゃあない。シュラ様にも言った通り……俺は、お前に口を割らせなきゃいけないんだよ勇魚。琴座のオルフェと、どこで会って来たんだ? どんな話をしたんだ」

 ロドリオ村から帰って来たのだから、あの村の中か近辺で会ったに決まっている。

 それを、勇魚自身に、はっきりと言わせなければならない。

「シュラ様に、尻尾振って報告しようって言うのかい」

 勇魚が嘲笑い、海斗に背を向けようとする。

「辰巳さんにいろいろ告げ口してた連中と、君も大して変わりはしないな海斗……心配しなくても、シュラ様に殺されるのは僕1人だ。君たちを巻き添えにするつもりはない。躍起になって保身を図る必要はないよ」

「……いい加減にしなさいよ勇魚。海斗はねえ、あんたの事心配して」

「まあ何とでも思えよ」

 ナギを黙らせるように、ずかずかと足音を立てて、海斗は勇魚に追いすがった。そして、肩を掴む。

「シュラ様が言ってたよな、出来もしない事を口に出す奴は嫌いだって……俺も同じさ。言っちまった以上、俺はお前からオルフェについて聞き出さなきゃいけないんだ」

「どうやって? フランスあたりでぬくぬく過ごしてた君が、ここ聖域で鍛えられてきた僕から、何をどうやって聞き出すつもりなのか」

 海斗の手を振り払いながら、勇魚が振り向く。

 振り向いた全身から、敵意に満ちた小宇宙が立ち上る。

「……大いに、興味があるな。試してみるかい?」

「俺もな、あの先生に……そこまで甘やかされてたわけじゃあないんだ」

 海斗は拳を握った。

 艫座と羅針盤座。2人の青銅聖闘士が、聖衣をまとった状態で対峙する。

 その間に、ナギが割って入った。

「やめなさいよ2人とも! 聖闘士同士の私闘は禁止だって」

「もちろん私闘はいかん。だが戦闘訓練ならば、むしろ大いにやるべきだ。あの2人のようにな」

 そんな事を言いながらアイオリアが、訓練場の一角に親指を向けた。

 カシオスと漁牙が、戦闘訓練に励んでいる。実戦形式の組手である。

 組手と言うよりカシオスが、漁牙の身体を雑巾代わりに使って、石畳や石柱を拭いているようにも見えた。

「このアイオリアが立ち会ってやる。さあ戦え、海斗に勇魚。繰り返すが、これは私闘ではなく正規の戦闘訓練である」

「いや、止めて下さいよアイオリア先生!」

「ナギ、お前も聖闘士ならばわかっているはずだ。こういう事はな、どうしても起こる」

 アイオリアが言った。

「所詮、殴り合いで物事を解決するのが我ら聖闘士だ。安心しろ、どちらかが死にそうになったら止めてやる」

 

 

 海斗も、ナギも漁牙も、思いのほか腕を上げた。

 聖闘士の本場、ギリシア聖域で鍛えられた勇魚と比べると、3人とも最初のうちは、いささか見劣りがしていたものだが。

「お前も、うかうかしてはいられんな? 勇魚よ」

 俯く少年の右肩に、しっかりと包帯を巻いてやりながら、アイオリアは言った。

 13歳の割には鍛え込まれているものの、腕も肩もやはりまだ細く頼りない。

 聖闘士にとって、闘法の要は小宇宙である。筋肉の力は、そこまで重要ではない。

 とは言え肉体を鍛えなければ、小宇宙というものは高まってゆかない。

「お前は技に重点を置きすぎだ。走り込みや岩の持ち上げといった、地道な体力鍛錬の割合を少し増やしてみろ。音速で動いても壊れない身体を、作らなければな」

「……はい」

 勇魚が、か細い返事をした。

 海斗との勝負は、まあ痛み分けといったところであろう。

 海斗も漁牙も、少し離れた所で倒れている。

 倒れた2人にナギが、ミイラでも作るかのように包帯を巻きつけている。何やらガミガミと説教をしながらだ。

 か細い声で、勇魚が謝罪した。

「アイオリア先生……申し訳、ありません」

「気にするな。聖闘士とは殴り合いをするもの。俺もお前たちくらいの頃には、ミロやデスマスクあたりと大いにやらかしたものだ。仲裁に入るのは、主にカミュやアルデバランの役割でな」

「いえ、そうではなく……」

 勇魚が一瞬、口ごもった。

「僕は……ロドリオ村で、琴座のオルフェに会いました」

「それを何故、海斗に話してやらなかった?」

 アイオリアの問いに、勇魚は俯いたまま答えない。

「脅されて口を割るような形になるのが、癪だから。そうだな?」

「…………わかって、いるんです」

 勇魚は言った。

「海斗は何も、シュラ様に告げ口をしたいわけじゃない……本当に、僕の事を心配してくれて」

「無論それもあるだろうが」

 アイオリアは、ちらりと海斗の方を見た。

「……あいつもな、意地になっていたんだ。出来もしない事を口に出す奴、などとシュラに言われてな」

 だから躍起になって、勇魚の口を割らせようとした。ただ、それだけだ。

「オルフェ先生は言っていました。聖域の防備を固めろ、と」

 勇魚が言った。

 シュラでは聞き出す事の出来なかった情報を、結果としてアイオリアが聞き出した事になる。

「オルフェ先生は……琴座のオルフェは……冥王ハーデスの配下に、身を置いています」

「ハーデス軍が何かしら行動を起こすから用心しろ、とでも伝えに来たのか。忠告、と言うよりは密告だな」

 ふっ、とアイオリアは鼻で笑って見せた。

 こういう仕草が様になるのは、アフロディーテやシャカである。自分では、今ひとつ様にならない。

「勇魚よ、もう1度オルフェに会うような事があれば伝えておけ。貴様に言われるまでもなく聖域は常に臨戦態勢、我らアテナの聖闘士が万全の守りを固めている。来るなら来てみろ、とな」

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