波濤の戦士たち   作:小湊拓也

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第6話

 聖闘士たちは聖域で、古代ギリシア人のような生活をしているわけではない。

 当然、テレビくらいは見る。

 青銅聖闘士の身分では、1人1台というわけにはいかない。住居を与えられるのは白銀以上の聖闘士だけだ。

 海斗も漁牙も勇魚も、ここ聖域ではまるで学生の如く寄宿舎に詰め込まれ、共同生活を強いられていた。

 石造りの時代がかった寄宿舎だが、電気は通っている。

 テレビが置いてあるのは食堂だけで、今は漁牙が独占していた。

 そう言えば十二宮に電気は通っているのだろうか、と海斗は思う。

 黄金聖闘士たちの大部分は、二十歳前後の若者である。霞を食うような生活をしているわけではないだろう。

 電気代その他諸々の経費は、一体どうなっているのか。

 そもそも教皇や黄金聖闘士といった聖域上層部の人々は、どのような収入源を持っているのか。

 これはあくまで噂だが、黄金聖闘士12名の中には、例えばシベリアにおける石油・天然ガス関連の利権をいくつか所有していたり、ブラジルに大規模なコーヒー農園を持っていたり、シシリーマフィアと経済的な繋がりがあったり、インドを中心とする宗教関連の利益を全て掴んで莫大な富を築いていたりする人物もいるらしい。

 あくまで、噂である。

 ともかく海斗や漁牙のような青銅聖闘士が、ここ聖域において、経済的な心配をする必要は無いという事だ。

 いくらか生命の危険はあるものの、普通に生活してゆける。時には、こうしてテレビなど見ながらだ。

「おお見ろよ海斗。グラード財団の連中、ついに始めやがったぜえ」

「お前、何見てんだよ!」

「だから銀河戦争だって。いやー惜しかったなあ、蛮の奴」

 漁牙の目が、キラキラと輝いている。

「ほらほら見ろよ、あれ那智じゃねえか? 若年寄の紫龍もいる。市の野郎は全然変わってねえなあ。檄は残念、さっき星矢にやられちまった」

「最初から見てたのかよ、まったく……」

 呆れつつ海斗も、画面に見入っていた。

 懐かしさは無論、ある。

 懐かしい仲間たちが、しかしグラード財団の見世物にされてしまっているのだ。

「優勝したら黄金聖衣がもらえるんだってよ!」

「本物のわけないだろうが」

 いらいらと言いながら、海斗は舌打ちをした。

 かつての仲間たちが、偽物の黄金聖衣を巡って、見世物の戦いをしている。

 そんなものが全世界向けに放送され、こうして聖域関係者の目にも触れてしまっている。

 もはや宣戦布告に等しい、と海斗は思う。

「グラード財団の連中……本気で、聖域に喧嘩を売ってきたな」

「なー。どうなっちまうんだろうな一体」

 他人事のように、漁牙が言う。

「俺たち、下手すりゃこいつらと戦う事になんのかなあ。俺、ちょっと星矢に勝てる自信はねえぞ。このメンツで、俺あたりが楽勝に勝てる相手……ま、弱虫瞬ちゃんくれえかな」

「何だって……おい、瞬がいるのか!?」

「ビックリだろ? 一体どこのお師匠聖闘士が、どういう甘やかし方をしやがったのやら」

 美少女のような聖闘士が、ちらりと画面に出た。

 間違いない。あれは、確かに瞬だ。

「瞬がいる……って事は、一輝もいるんじゃないのか」

「おおおおい、思い出させんなよアイツの事なんざあ」

 漁牙の大きな身体が、震えて縮み上がった。

 海斗は思う。自分でさえ、聖闘士に成れたのだ。

 一輝が、聖闘士に成れないはずはない。

 見たところ、銀河戦争の出場者たちの中にはいないようだ。

 あの男がグラード財団に従うとは思えないが、例えば瞬を人質にされたりしたら、わからない。

 一輝が、そして姉を同じく人質に取られた星矢が、財団の尖兵となって聖域に攻め込んで来る。

 それは海斗にとって、血も凍るような事態であった。

「お……み、見ろよ海斗。沙織お嬢さんだぜええ」

 震え上がっていた漁牙が突然、元気になった。

「大きくなったよなあ沙織さん、胸とか胸とか胸とか。とても俺らと同じ年たぁ思えねえよなあ。た、たたたたまんねえよなあああ」

「……ま、確かに綺麗にはなったけど」

 高慢そのものの美貌が、大映しになる。

 女王として振舞っているのだろう、と海斗は思った。辰巳徳丸をはじめグラード財団の男たちを、顎で使っていい気になっているに違いない。

 海斗は、呻いた。

「……こんなのより、ナギの方がずっとましだ」

「それは、どうもありがとう。よくわかんないけど」

 ナギが、ずかずかと食堂に歩み入って来た。勇魚を引きずりながらだ。

「ふうん、これが何とか財団のお嬢様? あんたたちが飼われてたっていう」

「な、何だよナギ。男子の宿舎に、勝手に入って来て」

「大事な用事よ。ほら」

 引きずって来た勇魚の身体を、ナギは海斗の眼前に放り出した。

「仲直りしなさい、今すぐに。あれから一言も口きいてないでしょ?」

「仲直りって……別に、元から仲良かったわけじゃないし」

 ぷいと横を向いたまま、勇魚がそんな事を言っている。

 まったくその通りだ、と思いながら海斗は言った。

「……ごめんな勇魚、ボコボコにしちゃって。手加減、足りなかったみたいだな」

「……それはこっちの台詞。まあ生きてて良かったね、海斗。あんまり手応えないから、つい殺しちゃったのかと思ってたよ」

「手加減の練習も、必要だと思うからさ……もう1回、やろうか? 戦闘訓練」

「せっかくアイオリア先生に助けてもらった命、もう少し大切にしたほうがいいと思うけど」

「……琴座のオルフェに、会ったんだろ? ロドリオ村で」

 海斗はいつの間にか、勇魚の胸ぐらを掴んでいた。

 双方とも、今は聖衣を着ていない。衣服を掴み合う事が出来る。

 勇魚も、海斗の胸ぐらを掴んでいた。

「そう思うんなら、シュラ様に告げ口でもすればいい……その前に僕が、海斗を殺すけど」

「ああもう、いい加減にしなさい! あんたたちは!」

 掴み合う少年2人の間に、ナギが無理矢理、割り込んで来た。

「殴り合えば仲直り出来るってアイオリア先生は言ってたけど、何これ余計こじれちゃってんじゃないの! 意外とあてになんないのよね黄金聖闘士の言う事も!」

「まあまあ。お前ら一緒に銀河戦争でも見て、仲良くしろよ」

 漁牙が、暢気な声を発している。

「ほら、氷河の野郎やっと会場入りしやがったぜ。相手は市か、顔だけ見りゃあ勝負は決まったようなもんだけどな……お、また瞬が映った。懐かしいだろ勇魚、お前こいつと仲良かったもんなー」

「やめてよ漁牙……僕は瞬の事、大嫌いだったんだから」

 勇魚が吐き捨てた。

「あいつの性格……最悪なんだから」

「勇魚お前! 檄や那智にいじめられてた時、瞬に助けてもらった事あったよな!?」

 海斗は怒鳴り、再び勇魚の胸ぐらを掴もうとしたが、ナギに止められた。

「あの時、瞬がお前の代わりに殴られてたよな!」

「僕はあいつの、そういうところが大っ嫌いだったんだよ!」

「そこまでにしておけ」

 カシオスが入って来て、容赦なくテレビを消した。漁牙が泣きそうな声を出した。

「ああっ、市の試合……」

「休憩時間は終わりだ。聖衣を着ろ。いつも通り、白羊宮入り口の警備につけ」

 漁牙の首根っこを掴みながら、カシオスは言った。

「実際に敵が攻めて来れば、嫌でも仲直りをせにゃあならなくなる。攻めて来るといいな?」

 

 

 カシオスの言葉を、アテナかゼウスが聞き入れてくれた……のかどうかは、わからない。

 とにかく大柄な人影が1つ、白羊宮への石段を登って来る。よろよろと、覚束ない足取りでだ。

 白銀聖闘士、であろうか。着ている聖衣の重みに耐えかねている、かのような弱々しい歩調である。

「あの……どなたですか? まずは所属とお名前を」

 まずはナギが、いくらか警戒しつつ声をかける。

「教皇に御用ですか? それとも、この先の黄金聖闘士のどなたかに? お手数ですけど、あたしたちがお言伝する事になってます。白羊宮の方は、その、ちょっとお留守なので」

「金牛宮のアルデバラン様に、俺から伝えておきますよ。だから……何の用か、まず言ってくれませんかねえ」

 言いつつ漁牙が進み出て、さりげなくナギを背後に庇う。

 足取りの覚束ない、この大柄な白銀聖闘士に、何か不穏なものを感じているのだろう。

 それは勇魚も同じようだ。

 海斗から最も離れた所で石段に立ち、海斗と目を合わせず言葉も交わさず、無言で白銀聖闘士を見据えている。

 いや。本当に、白銀聖闘士なのか。そもそも聖闘士なのか。

 その大柄な身体にまとっているのは、本当に聖衣なのか。

 聖衣と言うより、機械である。機械仕掛けの鎧。そのように見える。

 そんなものを着用した男が、白羊宮入り口を警備する青銅聖闘士4人に、ぎろりと眼光を向けた。

 憎悪の眼差しだった。

 血走った眼球の中で、暗い炎が燃え盛っている。

 そう感じながら、海斗は叫んだ。

「……そいつから離れろ、ナギ! 漁牙!」

 いくらか遅かった。

 機械の鎧をまとった、その男は、すでに攻撃態勢に入っている。

「どこだ……どこだぁ……どこにいるぅう……」

 大柄な全身から、禍々しい小宇宙が立ち上り、燃え上がった。怒号と共にだ。

「一輝はどこだ! 俺から全てを奪った、あの小僧はどこだぁあああああああ!」

 男の周囲に、炎が生じていた。

 激しく渦巻く熱風が、ナギと漁牙を吹っ飛ばす。

 吹っ飛んだナギが、空中でくるりと体勢を直し、海斗の近くに着地する。

 吹っ飛んだ漁牙が、石段に激突し、だがすぐに起き上がる。

「おいおい……今、何て言った? 誰の名前を言いやがったんだあ? あんた」

 一輝。

 この男は今、確かに、その名を叫んだ。

「一輝はどこにいる……貴様ら、知っているなら隠し立てするなよ」

「あいつなら、デスクィーン島にいるはずだけど」

 海斗は言った。

「……それより、あんたは誰だ? 聖域に、何の用かな」

「俺はジャンゴ……ハーデス様より新たなる命をいただき、暗黒聖闘士として……否、最強の鋼鉄聖闘士として蘇ったのだ!」

 渦巻く炎の中で、男は吼えた。

「パンドラ様はおっしゃった! 聖闘士どもを皆殺しにしてアテナの首を獲れば、この新たなる命を永遠のものにして下さると! そうよ、一輝を殺すのはそのついでで良い。まずは貴様らが死ね青銅ども!」

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