波濤の戦士たち   作:小湊拓也

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第7話

 このジャンゴという男が何を言っているのか、海斗は完全に理解出来たわけではない。

 だがアテナの聖闘士として聞き流す事の出来ぬ単語を、少なくとも2つ、この男は確かに口にした。

「ハーデス……それに、暗黒聖闘士……あんた今、そう言ったよな間違いなく」

 白羊宮に向かって、のしのしと石段を登って来るジャンゴの眼前に、海斗は立ち塞がった。

 ハーデス。それは聖域において、最も忌むべき固有名詞。

 そして暗黒聖闘士。聖闘士でありながら邪悪に堕ち、アテナからも見放された者たち。

「アテナの首を獲る……そんな事も言ってたよな。冗談でも、許しておくわけにはいかないぞ。おい、まずは止まれ」

「どけ、海斗!」

 漁牙が叫んだ。

 竜骨座の聖衣をまとう大柄な身体から、気迫に満ちた小宇宙が立ち昇る。

「聖闘士ってのは基本、1対1で戦わなきゃいけねえんだろう! そいつぁ俺に任せろ。こないだカシオス先輩にぶちのめされながら考えた必殺技、かましてやっからよおおッ!」

 その小宇宙が、巨大な怪物の形に固まり、牙を剥く。

 肉食恐竜の骨格、のような怪物である。

 漁牙が拳を振るい、叫んだ。

「行くぜ必殺! スカルドラゴン・クラッシャァアアアア!」

「お前……竜骨をドラゴンの骨と勘違いしたまんま、技まで作っちゃったのか」

 呆れる海斗の視界の中、小宇宙で構成された巨大な骸骨竜が、猛然とジャンゴに襲いかかる。

「フッ……青銅のガキが。技というものはな、こうやるのだ」

 聖衣、と呼ぶにはあまりにもおぞましい機械の鎧が、禍々しい輝きを発する。

 ジャンゴの周囲で、禍々しい小宇宙が炎となり、渦巻き荒れ狂い、燃え上がった。

「喰らえ! デスクィーン・インフェルノ!」

 紅蓮の嵐が、吹き荒れる。

 骸骨の竜が、焦げ砕けて灰と化す。

 漁牙の全身が、炎に包まれた。大柄な少年の身体が、竜骨座の聖衣の上から焼かれつつ、錐揉み状に吹っ飛んで行く。

 アテナの聖闘士の戦いは、正義の戦い。常に正々堂々たるべし。

 いかなる邪悪が相手であろうと、1対1で戦わなければならない。

 聖闘士であれば必ず教わる、戦闘時の心構えである。

 アイオリアは言っていた。なかなか、そうもいかないのが実戦というものだと。

 実戦。そう、これは実戦なのだ。

 それに気付いた時には、海斗も吹っ飛んでいた。

 羅針盤座の聖衣の上から、炎が全身に絡みついて来る。

 勇魚も、ナギも、同じような目に遭っているのだろう。

 石段に叩き付けられながら、海斗は小宇宙を燃やした。

「うっ……ぐ……ッ!」

 全身から溢れ出した小宇宙が、まとわりつく炎を弾き飛ばす。

 炎は消えた。が、叩き付けられた際の衝撃まで消す事は出来ない。

 石段の上で海斗は、いや漁牙も、ナギも勇魚も、立ち上がる事が出来ずにいた。

「ふん、しょせん青銅はザコよ」

 嘲笑いながらジャンゴは、すでに石段を上りきっていた。そして、守護者不在の白羊宮へと踏み入って行く。

「……ま……待て……」

 海斗は弱々しく立ち上がった。いや、立ち上がりきらぬ姿勢のまま、よろめくように歩み出した。

 よろよろと石段を上り、ジャンゴを追う。

「白羊宮には……入らせない……!」

 そうは言ったが、ジャンゴの姿はすでに白羊宮の内部にある。

 禍々しい機械の聖衣をまとった異形の姿が、石畳の上で立ち止まり、海斗の方を振り向く。

「死に損ないがぁ……楽にくたばっておれば良いものを!」

 炎の嵐が、再び吹き荒れた。

「ならば魂までも焼き尽くしてくれる! このデスクィーン・インフェルノでなああ!」

「聖闘士に……同じ技は……ッ!」

 海斗は、前方に両手を掲げた。

 師匠から教わった、防御技術である。使うのは初めてだ。

「2度と、通用しない!」

 左右の掌を、海斗は高速で旋回させた。

 掻き回された空気が渦を巻き、気流を成す。

 それは、空気の防護幕であった。

 海斗の眼前で、炎が飛沫のように砕け散る。

「よ、よし出来た! 先生に、見せたかった……」

 などと言っている場合ではなかった。

 炎の塊が、空気の防護幕を突き破って海斗を襲う。

 ジャンゴの拳であった。

 機械の聖衣の右腕、ナックル部分が、炎をまとったまま隕石の如く、海斗を直撃する。

「あまり小賢しい真似をして、俺を苛立たせるなよ小僧……楽に、死なせてやらんぞ?」

 ジャンゴの声を聞きながら、海斗は宙を舞っていた。

 師匠なら、こんな拳は問題なく跳ね返していただろう。

 そんな事を思いつつ海斗は、白羊宮の石畳に、顔面から落下していた。

 鮮血が、飛び散った。

「折れた肋骨で、臓物を切り裂いてやろうか……?」

 倒れた海斗の脇腹に、ジャンゴが左足で蹴りを入れる。

 前屈みに身を折り、血を吐きながら、海斗は見た。

 蹴り込まれて来た、機械の聖衣の左足部分。そこに、見覚えのあるロゴマークが刻印されている。

「……グラード……財団……」

 海斗は、血まみれの歯を食いしばった。

「あいつら……こんなのを、聖域に……!」

 ポロン……と、優美な弦の調べが聞こえた。

 細身の人影が1つ、白羊宮に歩み入って来る。竪琴を、爪弾きながら。

「ひどい目に遭ったね、海斗」

 同じように火だるまで吹っ飛んでいたはずの、勇魚である。

「ボロ雑巾みたいになるまで、まあよく頑張ったと思うよ。あとは僕に任せておくといい。ゆっくりお休み?」

「……余裕見せてるなよ。お前だって、ボロ雑巾になってたくせに」

 血を吐きながら、海斗は悪態をついた。

「大人しく、死んだふりでもしてれば良かったんじゃないのか」

「それは、こっちの台詞。弱い君が、そこまで無理して痩せ我慢して頑張る必要なんてない……僕が、終わらせるから」

 竪琴の調べが、激しさを増した。

 嵐のような曲調に合わせて、小宇宙が溢れ出す。

「オルフェ先生には遠く及ばない、だけど聖闘士の紛い物を打ち砕く事くらいは出来る! この、ストリンガー・ノクターンで!」

 勇魚の小宇宙が音と化し、旋律を成して流れ響き、ジャンゴを直撃した。

「ぐわああぁ!」

 機械の聖衣をまとった身体が、吹っ飛んで宙を舞う。宙を舞いながら、歪み捻れてゆく。

 太い手足が、おかしな方向にねじ曲がる。胴体が、骨の砕ける音を発しながらへし折れ、ありえない回転をしている。

 そんな状態のまま、ジャンゴは翼を広げていた。刃物のようでもある、金属製の翼。

「何…………!」

 余裕を見せていた勇魚が、息を飲みながら硬直する。

 翼を広げながらジャンゴは空中で、人間ではないものと化していた。

「ゲェーハハハハハハァアア! こっこれが鋼鉄聖衣の、ジャンゴの力よぉお!」

 航空機、である。

 機械の聖衣が、中身の人体を捻じ曲げ折り畳みながら、戦闘機に変形したのだ。

 人間大の、とは言え戦闘機である。機銃を備えている。ミサイルも搭載している。

 それらが、一斉に放たれた。

「砕け散れ小僧ども!」

 銃撃・爆撃の嵐が、白羊宮内部で吹き荒れた。

 聖衣をまとっている状態であれば、聖闘士はほぼ無意識に小宇宙の防護幕を発現させている。海斗もそれで、拳銃弾程度なら跳ね返せる。

 その防護幕の上から、機銃弾の豪雨が、小型ミサイルが、容赦なくぶつかって来る。

 海斗は吹っ飛んでいた。

 羅針盤座の聖衣が、全身でひび割れている。目に見えぬ小宇宙の防護幕が、ズタズタに裂けているのがわかる。

 同じような有様で勇魚も吹っ飛び、石柱に激突していた。

「勇魚……!」

「お、おい海斗! 大丈夫かよ!」

 ナギと漁牙が、白羊宮に駆け込んで来る。

 来るな、と叫ぼうとして、海斗は血を吐いた。

 その間にも、ジャンゴによる銃撃と爆撃の嵐は容赦なく吹き荒れる。

 立ちすくむ漁牙の眼前に、ナギが立った。

 水着のような帆座の聖衣をまとう細身が、小宇宙を立ち上らせ、揺らめかせる。

 防護幕……と言うより、それは小宇宙で組成された、巨大な帆であった。

 そこに、銃撃・爆撃の嵐が激突する。

 無数の機銃弾が、ミサイルが、小宇宙の帆に……吸い込まれてゆく、ように見えた。

「帆は……風を受けて、船を動かすもの……」

 左右の細腕を広げ、小宇宙の帆を懸命に維持しながら、ナギが呻く。

「敵の攻撃を受けて、自分の力に変える……それが、あたしのセーリング・カウンター……くっ、うぅ……ッ!」

 帆座の聖衣に、細かな亀裂が走った。

 後方によろめくナギの細身を、漁牙が背後から支える。

「おいナギ……!」

「ぼさっと突っ立ってないで……ほら、あたしが受け止めたもの! きちっと返してやんなさいよね!」

 ナギの細い肢体から、漁牙の大柄な身体へと、小宇宙が流れ込んで行く。

 ナギが小宇宙の帆で受け止めたもの。その全てが、漁牙の体内に移って行く。

「う……おぉ……よっしゃ見てろ、スカルドラゴン・クラッシャー!」

 漁牙の拳から、先程よりも巨大な骸骨竜が出現し、炎の塊を吐いた。

 ナギの受け止めた銃撃・爆撃が全て凝縮し、1つの火力の塊と化したもの。

 それが骸骨竜の口から発射され、空中のジャンゴを直撃する。

「ぐはぁあ……!」

 人間大の戦闘機が墜落し、石畳に激突し、潰れた。

 いや。潰れたように歪みねじ曲がり、再び変形してゆく。

 今度は、自動車であった。4輪の装甲車である。

 それが白羊宮の石畳を蹂躙しながら駆け、漁牙を轢き、ナギを撥ねた。

 漁牙の大きな身体が、聖衣の細かな破片を散らせながら錐揉み状に回転し、頭から落下する。

 ナギの細身は、壁に激突し、ずり落ちていた。

 聖衣の破片、らしきものが海斗の近くまで飛んで来た。

 否、聖衣ではない。

 それは、砕けた仮面であった。

「グフへへへ……や、やってくれたなあぁ小娘……」

 装甲車が、人間に戻ってゆく。めきっ、バキバキッ……と骨を鳴らしながらだ。

 人間ではない。生きた人間の、肉体ではない。

 兵器に変形する聖衣など、生きた人間に装着出来るものではないのだ。

 このジャンゴという男、まさしく冥王ハーデスより何らかの恩恵を受け、人外のものと化している。

(グラード財団の連中……よりにもよって、冥王ハーデスと手を組んで……)

 血を吐きながら、海斗は呻いた。

 立ち上がれない。折れた肋骨が、体内のどこかに刺さっている。身体が動かない。

 ジャンゴがナギを、髪を掴んで引きずり起こす。その様を、なす術なく傍観しているしかない状態だ。

「おい小娘。女の聖闘士ってのは素顔を見られたら、見た相手を愛するしかないそうだなぁ? 俺に尽くしてみるか? んん?」

「や……やめて……」

 髪を掴まれ、揺さぶられながら、ナギが弱々しく両手で顔を隠す。

 その細い五指と掌を、ジャンゴが強引に引き剥がそうとする。

「ほら見せてみろぉお、俺に全てを捧げてみろおおギャッハハハハハハハ! それとも実は、とてつもない不細工だったりしてなああああ!」

「いっ……嫌……嫌よぉ……やめてよぅ……」

 ナギが、泣きじゃくっている。

「やめろ……」

 海斗は立ち上がった。折れた肋骨が刺さっている、などと言っている場合ではない。

「やめろよ、お前……」

「何だ小僧。下っ端とは言え聖闘士らしく、格好をつけようと言うのか」

 ジャンゴが、ナギの身体を放り捨て、海斗と向き合った。

「残念だがな、これ以上ガキどもの遊び相手をしている暇はない。一刻も早く、アテナの首を獲らねばならんのでなああ!」

 機械の聖衣のあちこちから、機銃が現れた。小型のミサイルが、迫り出して来た。

「デスクィーン・インフェルノを上乗せした銃撃と爆撃! 喰らうがいい!」

 ジャンゴの全身で、いくつもの機銃が火を噴いた。無数のミサイルが、立て続けに発射された。

 銃撃・爆撃の嵐の中を、海斗は踏み込んで行った。

 機銃弾が、身体の各所をかすめて走る。

 小型ミサイルが、頭の横を、脇腹の近くを通過する。そして白羊宮の壁を、柱を、石畳を誤爆する。

 場所取りが上手い。敵の死角に入り込むのが、上手い。カシオスに、そう褒められた事がある。

 海斗としては、そこまで巧みな事をしているという意識はない。ただ、逃げ足は速いのかも知れない。

 敵の攻撃から逃げ回っているうちに、気が付いたら、反撃するのに都合の良い場所にいた。そんな事が多いだけだ。

 己の行く先を巧みに正確に選び抜く。まさしく羅針盤だな、というのは師匠の言葉である。

 お前は冷静に小宇宙を操る事さえ出来れば、敵のいかなる攻撃をも見切ってかわせるだろう。そこからの反撃が課題だ。回避だけではなく、もう少し攻撃の力を身につけろ。あの師匠には、そうも言われた。

「攻撃は……すみません、先生の技もらいます!」

 ジャンゴの背後に回り込みながら、海斗は叫んだ。

「小僧……!」

 攻撃を全てかわされ、踏み込まれ、回り込まれた事にようやく気付いたジャンゴが、振り向こうとする。

 その前に、海斗は拳を繰り出していた。

「喰らえ! マーブルトリパー!」

 小宇宙が激しく渦を巻き、ジャンゴを吹っ飛ばした。

「ぬぐぅううっ! く、クソガキがぁああああ!」

 吹っ飛んだジャンゴが、しかし石畳を粉砕しながら踏みとどまる。

「くっ……駄目か、やっぱり付け焼刃じゃあ……」

 海斗はよろめいた。

 よろめいた身体を、誰かが支えてくれた。

「まったく……弱いくせに頑張り過ぎなんだよ海斗は。痩せ我慢ばっかりして」

 勇魚だった。

「身の程知らずなところ、あったよね昔っから……一輝とまともに喧嘩したのって、星矢の他には海斗だけだったような」

「……あったかな、そんな事」

 おぼろげながら、海斗は思い出した。

 瞬を、少し過保護にし過ぎなんじゃないのか。確か、そんな事を言ったのだ。

 一輝は烈火の如く怒り、殴りかかって来た。当然、互角の殴り合いになどなるはずもなく海斗は一方的に叩きのめされた。

 止めてくれたのは、紫龍だった。

 取るに足らない記憶が、蘇ってくる。自分はもしかしたら死ぬのではないか、と海斗は思った。

「思い出した……俺も思い出したぜー」

 漁牙が、いつの間にか立ち上がっていた。

「あん時、馬にされてたの……邪武だよ確か」

「走馬灯の思い出にしちゃ、お粗末だな」

 海斗は笑った。漁牙も、勇魚も笑った。

 ジャンゴは、怒り狂っている。

「何がおかしい小僧ども! 頭がイカれたか! 壊れかけた脳みそなら、いっそブチ砕いてくれる!」

「それはこっちの台詞だってのよ、このイカれ野郎……!」

 ナギが近くに来たので、漁牙も勇魚も慌てて顔を反らせた。

 海斗は少しだけ、ナギの横顔を見てしまった。

 端正な輪郭が、すっきりとした鼻梁の線が、一瞬だけ視界に入った。見た、というほどではない。海斗は、そう思った。

 城戸沙織よりずっと綺麗だ、とも思った。

 今現在、ナギの素顔を正面からまともに見ているのは、ジャンゴだけである。

「女の聖闘士はね、素顔を見た相手を、愛するか殺すしかない……この場合、一択よね」

 ナギのしなやかな全身から、怒りの小宇宙が立ち上る。

「ほら、不細工かどうかよく見なさいよ! 最後の眼福、堪能しときなさい!」

 ナギ、だけではない。

 漁牙が、勇魚が、燃え盛るような小宇宙を溢れ出させている。

 そして、海斗もだ。

 全身で、小宇宙が燃え上がっている。負傷の痛みも、消え失せてしまうほどにだ。

 噂で、聞いた事はある。

 竜骨座、帆座、艫座、羅針盤座。

 南天でアルゴ号を成す4つの星座が揃った時、黄金聖闘士にも匹敵し得る力が発現するという。

 単なる噂話である。そこまで自惚れるつもりは海斗にはないし、ナギにも漁牙にも勇魚にもないだろう。

 4人揃えば最強、と言うよりも揃わなければ何も出来ない。4人がかりでなければ、この怪物を仕留められない。

 それが、自分たちの現状なのだ。

 聖闘士らしく正々堂々、1対1の戦いなど、現時点では夢のまた夢と言っていいだろう。

 4人がかりであろうと何であろうと、今はこの敵を倒すしかないのだ。

 漁牙、勇魚、ナギ、海斗。4人の小宇宙が、激しく燃え猛りながら渦を巻き、1つになった。

 1つになって、迸った。叫びと共にだ。

「アルゴ・エクスクラメーション!」

 巨大な戦船が、そこに出現していた。

 戦いの波濤を蹴立てて進む、英雄たちの戦船。

「ひっ……あ、わわわわ……ぱ、パンドラ様! ハーデス様……お力を、もう1度お力を! ハーデスさまああああああああああ!」

 波濤の飛沫と共に、ジャンゴは砕け散り、跡形もなく消えて失せた。

 銃撃と爆撃で破壊され尽くした、白羊宮内部。その廃墟の如き有り様だけが、残された。

 青銅聖闘士4名が、がくりと崩れ落ちる。

 海斗と勇魚は、肩を貸し合ったまま両膝をついた。漁牙は、仰向けに倒れた。ナギは、崩れた石柱を背もたれにして座り込んでいる。

「勝った……って事で、いいのかな……」

 呆然と、海斗は呟いた。

 誰も応えない。全員、もはや声を発する気力もない。

 体力も気力も、それに小宇宙も、燃やし尽くした。4人とも、死にかけた肉体を、ひび割れた聖衣に包んだ状態で、立ち上がる事も出来ずにいる。

 足音が、聞こえた。

 雑兵の群れ、であろうか。皆、ようやく異変に気付いたのか。

「……違う……」

 勇魚が呻いた。何が違うのか、海斗はもはや考える事も出来ない。

「違う……これは……」

「おい……」

 漁牙が、続いてナギが、声を発する。

「嘘でしょ……」

 禍々しく足音を響かせ、白羊宮に踏み入って来た者たち。

 それは聖域の、雑兵の一団ではなかった。青銅聖闘士や、白銀聖闘士でもない。

 鋼鉄聖闘士の、軍勢であった。

 ジャンゴと同じく、機械の聖衣をまとった怪物の群れ。

「……そりゃ、そうか……」

 自分でも驚くほど冷静な言葉を、海斗は発していた。

 冷静なのは、全てが終わったからだ。もう何もしても無駄だからだ、と海斗は思った。

「聖域に戦争を仕掛けようって連中が……1人だけで来るわけ、ないよな……」

 やはり誰も応えない。

 勇魚も、漁牙もナギも、立ち上がれぬまま呆然としているだけだ。

 もはや屍も同然の青銅聖闘士4名に、軍勢を成しながら歩み迫る鋼鉄聖闘士たち。

 ある者は戦闘機に変形し、ある者は装甲車に変形し、ある者は人型のまま……全員が機銃を生やし、小型ミサイルランチャーを展開する。

 それらが、一斉に火を噴いた。ハーデスの恩恵を受けし怪物たちの、不気味な呻きと共に。

「……スチール……ハリケーン……」

 機銃弾の豪雨が、降り注ぐ。小型ミサイルの嵐が、吹き荒れる。

 そして、消え失せた。

 無数の銃弾が、ミサイルが、全て消滅したのだ。

 聖衣を装着した聖闘士は、確かに小宇宙の防護幕を発生させる事が出来る。拳銃弾程度では、致命傷を負う事もない。

 だがこれは、そんなレベルの現象ではなかった。

 拳銃弾よりもずっと殺傷力の高い機銃弾の嵐が、ミサイルの群れが、一瞬にして分解され、原子に還ってしまったのだ。

 自分がまだ生きている事にすら、海斗は気付かなかった。

 無論、自分は何もしていない。他の3人も、呆然と死にかけたままだ。

 こんな真似の出来る小宇宙の持ち主など、この場にはいない。はずであった。

 背後から、足音が聞こえて来る。

 重々しく力強い、それでいて鈍重さは感じられない、頼もしい足音。そして声。

「よく頑張ったな、お前たち」

 黄金色の輝きを、海斗は感じた。

 金色の光を伴う、雄大なる小宇宙が、いつの間にか白羊宮を満たしている。

 この中では、もはや銃弾も爆弾も、原子の塵と化すだけだ。

「怠け者のムウに代わって、これからも白羊宮を守ってみるか?」

 背後から歩み寄って来た何者かが、穏やかに、雄々しく、微笑んだ。

 白羊宮の背後、すなわち金牛宮からの来訪者。

「何にせよ、あとは……この、牡牛座のアルデバランに任せておけ」

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