IS~制御不能の黒皇帝~   作:暴風圏0294

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第11話 イギリス貴族は葡萄がお嫌い

 

 

 

 

 畳は日本人の心である、とは誰が言ったであろうか。きめ細かく刻まれた目は丁寧に編み込まれたイグサが生み出すある種のアート、繊細な日本人の指先がよく現れている。

 しかしその繊細さとは裏腹に踏みしめる者を静かに受け止めるその寛容さと跳ね返りの力強さも備えている。実に素晴らしい。

 それだけではない。確かに良質な畳はとても長持ちする、が所詮は『物』だ。いずれは朽ちて散るのが物の定めである。

 その点で畳は違った。傷んだ畳は分解して土とよく混ぜることで強固な漆喰となる。長年の間家の者に愛された畳は己の天寿を全うし、やがて後から続く物達に身を捧ぐ。彼の織田信長が安土城を建設したときもこのように畳が使われたそうだ。

 実に合理的。この世を生きる物に無駄なものなどなに一つ無い。命は廻り廻ってまた生まれ変わる。日本のブティズムがよく現れているのだ。

「へ、へぇ……」

「おまえのその畳への愛情は何なんだ……」

 以上、一夏による畳講座が終わった。教室移動の間にここまで語るのだからスゴイ好きなのだろう。

「でも急に移動だなんてどうしたんだろうな」

「ああ、しかも道場に集合とはな」

 というわけで到着したのがこの道場である。

 広くとられた玄関は石貼りの床となっており、一段上に上がると木製の下駄箱が並んでいた。

 例によって円、一夏、箒は小さく一礼し道場へと入っていく。後に続くシャルル達もそれに習って入った。

 

 

「さて、諸君らにこうして集まってもらったのは他でもない。今日は素手での格闘訓練を行う

 全員が移動している間に着替えたのだろう。ジャージ姿の千冬の言葉に一組の生徒達がざわつく

「織斑先生、質問よろしいでしょうか」

「オルコットか。良いだろう、言ってみろ」

 鶴の一声、とでも言おうか。とにかくセシリアの声とすぅっと挙げられた腕に一同は静まった。

 ちなみに全員板の間に正座しており、何人かの生徒は既に足が痺れたのかモジモジと体を揺らしている。

「この訓練は必要なのでしょうか」

「ふむ、というとなんだ?」

 片方の眉根を吊り上げて千冬が問い返す。彼女の後ろに座っているラウラは腕を組み、目を閉じていた。

「その格闘訓練というのが果たしてISを扱うのに必要なのでしょうか。必要だとして生身で行うよりISを装着して行ったほうがより良い成果を得られるとおもいます」

 理路整然とした意見だ。特にIS操縦者としての意味を重んじる彼女からすれば生身で戦う必要など皆無であろう。

「ふむ、一理あるな。実際この訓練で得られるものが必ずしもISを扱う上で役に立つとは言えない」

「ではなぜ……!」

「しかしだ」

 千冬がセシリアを遮った。反論しようと開いた口が悔しげに引き結ばれる。

「おまえ達が戦うのはISを身につけている時だけか?」

「それは……」

「生憎と競技でもなければ相手は展開を待ってくれはしない。仮にISが起動できない状態にある時に戦闘を避けれなければどうする? 確かにISはEMP攻撃からの復帰が早いという報告もあるがこれから先ISを使えなくするような技術はいくらでも出てくるだろう」

 全員が静かに話を聞いている。ラウラに関しては言葉の一つ一つを危機逃さぬよう、ジッと千冬の口元を見ていた 。

「その時君達はただのか弱い少女だ。そうなった際に自分を守るのは鍛えた肉体と磨いた技だけ。武器があればそれで良いが必ず手元にそれがあるとは限らない」

「……」

「まだ言いたいことはあるか?」

「いえ……。すみませんでした」

「では励め」

 そう言うと千冬は正座している生徒達を立たせて着替えてくるように指示する。生徒達は足の痺れに体を震えさせながらすぐに立ち上がり指示に従って散った。

 

 

「ん? あれ、間違えたか」

 場所は変わり更衣室である。更衣室が一つしかないことと人数も少ないので早く終わるだろう、ということで男子三名が先に着替えている。

「どした、一夏」

「ああ、なんか帯の結び方間違えたみたいでさ」

 基本的に授業用で用意されているのは柔術や空手で使われる白地の道着だ。サイズに関しては入学時の身体検査に基づいて採寸されているとのこと。

 例外として合気道部と剣道部に所属している者に関しては自前の武道袴を着てもOKらしく、今回は箒もそれを用意してきている。

「ホントだ。縦になってるな」

 円が指摘したように道着の帯は通常正面から見た時に八の字にならなければならない(絶対、というわけではないが試合の時などでは審判に注意されることもある)

 途中で間違えると今の一夏のように結び目の角度が変わり縦一文字になってしまうのだ。

「うーん……昔は剣道袴だったからなぁ」

「俺も始めの頃はそうだったよ。毎回爺ちゃんに直してもらってさ」

 話しながら円は既に結び終えた自分の帯をほどいて最初から順に一夏に教える。

「円の道着には刺繍が入ってるんだね」

 開いたロッカーの扉の陰からシャルルが顔を出す。更衣室はかなり広いのだが三人とわわざわざ端のロッカーを使うのは日本人の性か。(シャルルはフランス人だが本人が謙虚なので問題ない

「ああ、これ?」

 円の道着は二人の物と比べると少々古ぼけており、左の襟元から縦に『紅波流』と黒字の刺繍が入っている。

「カッコいいよなぁ。帯も黒帯だし」

 改めて帯を締め終えた一夏が円の帯を見つめる。こちらは道着よりも所々にほつれなどが見られ長い間使われているのが見て伝わった。

「ウチの帯は爺ちゃんに認めてもらえないと締めれないけど柔道とかなら割と簡単に取れるぞ? 黒帯」

「え、そうなのか?」

「確か高校生は一級から始められるから練習すればすぐに取れるさ」

「俺も取ってみようかな……」

「一夏はISを上手く動かせるようにするほうが先でしょ」

「う……それを言われると何も返せないな……」 

 しょげた一夏がロッカーの扉を閉める。パタン、と扉がたてた音がどこか溜め息のように思えた。

「そういえば二人って結構着痩せするタイプなんだね」

「そうか?」

 同じく扉を閉めたシャルルが二人に言う。道着の襟元からはインナーで着ているのであろう黒のスポーツシャツが見える。

 実際、円も一夏もかなり着痩せするタイプらしく、制服の時とISスーツの時で随分と体格に違いがあるように見られた。

「うん。僕はあまり体が大きくないからちょっと羨ましいな」

「まぁデカイに越したことは無いけ小さいほうが相手の懐に入りやすそうで良いんじゃないか?」

 円も自分のロッカーを閉めた。当然だが道場では裸足である。

「ISに乗ってたら変わんないと思うよ」

「それもそうだな」

 と、いった具合に談笑しながら着替えが終了。扉を開けると女子達が並んで待っていた。

「終わったぞー」

「男子が着替えた後の更衣室かぁ……」

「どう使えばいいかわかんないよぉ……」

 ぼやきながらぞろぞろと更衣室に入っていく。巣穴に戻っていく蟻のようだ。

「普通に使えばいいのに」

「な」

 

 

「先生着替え終わりました」

 女子達と交代し三人は千冬の所へ戻ってきた。ちなみにこの道場は剣道部、柔道部、空手部、合気道部の四つが使うため曜日で使用権をローテーションしているらしい。

 時たま各部の顧問らの意向により異種格闘試合なども行われているようだ。

「ああ。デュノア、悪いがあそこにあるボタンを押してきてくれ」

「はい!」

 言われてシャルルは千冬が指差した壁のほうへ駆けていく。

「板の間でやるんすか?」

「まぁ見ていろ」

 尋ねた円に千冬は少しだけ(本当に少しだけ)得意そうに正面の床を指差した。それぞれの部員達がキチンと掃除しているのだろう。床には塵一つ無く、定期的にワックスでも掛けているのか窓から射し込む日光に反射している。

「じゃあ、押します」

 シャルルがボタンを押した。同時に円達が見ていた床はクイズ番組などでパネルが反転するように畳へと変わっていく。

「お、おお?」

 呆気にとられる円の前で床は次々に畳へと姿を変えていく。ウェーブを描くようにひっくり返っている様子は倒れていくドミノと似て見えた。

 少しして板張りだった道場の床はほぼ全面畳張りへと劇的にアフターを迎えた。

「すっげぇ……」

「なんでもかんでもテクノロジーに頼ることにはあまり賛成しないがこれに関しては私も最初少し感動した」

 畳というのはなかなか重量がある。力に自信がある者でもせいぜい一度に二枚運べれば良い方だろう。数種類の部活がこの場所を使うためにはこのような機能が必要となってくるのだ。

 

 

 少ししてし女子達が着替えを終え、再びぞろぞろと出てきた。全員道着の下にインナーを着ているらしい。

「あー!」

「ん?」

 一人の生徒が声をあげる。袖口を合わせて腕を組んでいる円が声のした方へ向いた。

 するとその女子生徒が円の元へと駆けてきた。

「帯がほどけちゃったー。紅波君ちゃんとした結び方教えて?」

「ああ、良いよ」

 頼まれたとおり円が教えはじめる。他の生徒達はというと

「(くっ……その手があったか……)」

「(ていうかあの娘さっき普通に結べてなかった?」

「(よし、私も!)」

 色恋沙汰の前では女子は誰でも孔明になれるようだ。皆次々に帯を緩め

「あ、私もほどけちゃった」

「私もー」

「教えてー」

「おまえらもかよ多いな!」

 ワイワイギャーギャーと静かだった道着は途端に騒がしくなった。(シャルルも正しく結べていたのでそちらにも流れた)

「まったく……」

「よぉ箒」

 その様子を見ながら箒は不機嫌そうな顔をする。自分も一夏に対してあんな風に聞いてみたい、という羨望の色も混ざっているがバッチリ剣道袴を着こなしている今では後の祭である。

「やっぱり箒は袴なんだな」

「ああ、着なれているしな」

 白を基調とした袴に身を包んだ箒はいかにも『清楚』といった感じで、決して最近のファッション誌で見られる『清楚(笑)』ではない。

「なんていうか箒はそういうのが一番似合ってるよな」

「そうか?」

「大和撫子ってのかな。綺麗だと思うぜ」

「なっ……!」

 一夏の言葉を聞いた瞬間に箒の顔が真っ赤になる。袴の白と対照の、いや、三倍増しで赤のほうが濃いか。

「(かつて有名なジャンヌ・ダルクはどんなきらびやかな服装より甲冑姿のほうが美しかったと言われている……。そうか一夏はこういう私を綺麗だと思うのかそうかそうか……)」

「箒?」

 一人満面の笑みで頷く箒。一夏の声は聞こえているようないないような、でもやっぱり聞こえているのである。

「(ん? まてよ……ジャンヌ・ダルクは自らを男だと偽っていたな。……私は女として見られていないということか!?)」

「おーい箒ー?」

「うるさい! 一夏のバカ!」

「ナンデ!?」

 一夏の右足を踏みつけどこかへ行ってしまう。余談だがジャンヌ・ダルクの処刑の際にも行われた『火炙り刑』は足元に少しずつ薪を足していくため熱さに耐えきれなくなった罪人は自ら「もっと薪を増やしてくれ」と哀願したそうな。

「どうしたんですの?」

 足の痛みにピョンピョンと跳ね回っているとセシリアがやってきた。金髪るふわた縦ロールと道着というのはなんとも新鮮な絵面だった。

「ってて……箒のやついきなり足を踏みつけてきたんだ。袴姿が綺麗だなって言っただけなのに」

「……なんとなく箒さんの心情がわかる自分が悲しいですわ」

 それより、とセシリアは続ける。

「あの……その……」

「ん?」

 手を後ろに組んでモジモジしながら顔を赤らめる。大体の男ならこれで即K.Oなのだろうが唐変木こと一夏には効かなかった。

「えと……わたくしこういった道着を着るというのは初めてなんです」

「まぁそうだろな」

「ど、どどこか変だったりとかは……」

 人差し指で髪をくるくると巻き取りながら恥ずかしそうに尋ねる。指に絡め取られた髪の毛がクロワッサンに見えた。

「いや、良く似合ってるぞ」

「ほ、本当ですの?」

「ああ、新鮮で良いと思う」

「うふふ……こういう訓練も悪くありませんわね」

 褒められて嬉しいのかもう片方の指でも髪を絡め始めた。ダブルクロワッサン。

「ああでも帯が縦になってるな」

「へ?」

 しゅるん、と指先から髪が滑り落ちる。確かにセシリアの帯は先程の一夏同様縦一文字になっていた。

「良かったら教えてやろうか?」

「一夏さんが? よろしいんですの!?」

「あんまり上手くないけどそれで良いなら」

 願ってもないチャンス。すぐさまYESと答えようとしたその時である。

「おまえ達、これでは授業が始められんから番号順に並べ。私が纏めて教える」

 パンパン、と千冬が手を叩く音は今のセシリアにとって魔法が解けることを知らせる時計の音にも聞こえた。生憎今は武道会だが。

 円やシャルルに集まっていた女子達がしょんぼりとしながら集まっていくなかセシリアは

「……」

「セ、セシリア? 

「だからこういう武道だとか汗臭いのは嫌いなんです!」

 膨れっ面でプンスカいいながら集まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……あいつは……」

「どうかしたの篠ノ之さん?」

 他の生徒達が千冬に帯の結び方を教わっている時である。一人ブツブツと機嫌が悪そうな箒にシャルルが話しかけた。

「ん? ああデュノアか。いやなに、一夏が私に鎧を着てるほうが合ってるなどと……ったく」

「鎧? ……なんだか一夏らしいね」

「まったく……私はジャンヌ・ダルクでは無いぞ……一夏のやつ……」

「っ!?」

「どうかしたか?」

「え、あ、いやぁ……なんでもないよ?」

 

 






というわけで11話でした。
なんというかアニメで一夏と楯無がいたあの道場のシーンのアレです。
すごいよねーあの畳。文中でもいっていますが結構重たいんですよ
前半はもう畳の話しかしてないというね(笑)
次回も続くよー


では、読了ありがとうございました。
次回もまたノシ
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