いやはや久しぶりの更新となってしまいました。
先に言っておきますが行ってませんよ。香港。
武道訓練から数日が経過した。円の編入からそろそろ一ヶ月になるということもあり、彼はもちろん一夏やシャルルの周りは随分と落ち着いてきた。
「おばちゃーん! ラーメン一つ!」
「あいよ!」
午前の授業が終わり、一年生食堂には皆が昼食を取りに集まっていた。
いつも通りラーメンを頼んだ鈴音はツインテールをユラユラと揺らして出来上がりを待つ。身長の低さ故に厨房内での調理風景はよく見えないが運ばれてくる芳醇な香りに胸を躍らせていた。
「鈴音またラーメン?」
「よく飽きないね」
そんな彼女の様子に同じく料理を待つ二人のクラスメートは可笑しそうに笑った。ちなみに彼女らが注文したのは「さっぱり冷麺」お酢の酸味がたまらないと人気なのだとか。
「好きだからねー。飽きないわよ」
談笑している間に鈴音のラーメンが完成したらしい。スープは醤油ベース、昔ながらの中華そばといったところか。
トレーにのせられたラーメンう受けとり鈴音は空いた席を探す。昼時ということもありなかなか根絶していた。
「ん?」
ちらと窓際の席を見る。窓際には二人掛のミニテーブルがいくつか並んでおり、その一つに見慣れた人物が腰かけていた。
「ここ良い?」
「鈴さん……」
ややうつむき気味にモショモショと食事していたセシリアは声を掛けられてやっと気づいたらしい。それほど広くも無い丸テーブルにのせた自分のトレーを引いて肯定を表現した。
「ありがと」
「いえ……」
小粋に割り箸を割り、ラーメンに口を付ける。
「んーおいし」
ゾゾゾッと麺を啜りスープを一口。もちもちとした食感とダシの利いたスープが最高にマッチしている。
レンゲでもう一度スープを掬って口に運ぶ。舌で転がした後にゴックン! と飲み込むと旨味が食道を降りていくのが感じられた。
「そういえばあんたさ」
「なんでしょう」
「どうして最近一人で居るの?」
セシリアの表情が強張る。ナイフとフォークを持つ手にも力が入っていた。
「なに怖い顔してんのよ」
「……なんのことでしょう」
それを隠すようにセシリアは下を向く。対して鈴音は溜め息をついた後に続けた。
「円が編入してきたぐらいから全然顔見せないじゃない。一夏が心配してるわよ?」
「一夏さんが?」
「ほうよ」
麺を啜りながら返事をする鈴音。行儀が悪い、と言いたげな視線を送りつつもセシリアは「一夏」という言葉に反応した。
「最近あんまり絡んで来ないけどどうかしたのかな、だってさ」
「……そうですか」
食器を置いてセシリアは指先でこめかみを抑える。
「んで? どうしたってのよ」
「鈴さんは……」
「ん?」
「彼の事を……どう、思いますか?」
支那竹をかじりながら鈴音は首を傾げた。
「どの彼よ」
「……紅波 円のことです」
やや渋りながらセシリアは円の名前を出す。水を一口飲んで鈴音はのんびりとした口調で答えた。
「んーまぁなんというか好感はもてる、って感じかしら」
「……そうですか」
ため息交じりにセシリアは眉間が指先で揉みほぐす。その様子を不審がりながら鈴音はテーブルの下で脚を組み替え、頬杖をついた。
「円がどうかしたの?」
「失礼を承知で聞きます。鈴さんは彼に負けて悔しくは無いのですか?」
言われて鈴音は窓の外を眺める。本日も実に晴天、空がいつもより高く見えた。
「そりゃあ勝負に負けりゃ悔しいわよ。本気でやったしね」
「ではなぜ……!」
「でも」
セシリアを遮って鈴音は続ける。視線は相変わらず窓の外に向いている。
「それとあいつを好きとか嫌いに結び付けるのはなんか違うんじゃない?」
何故だろうか。鈴音はそれほど大きな声で話しているわけではない。なのに食堂の喧騒はどこか遠くに聞こえ、ただただ彼女の声だけがハッキリとセシリアの耳に届くのだ。
「それはわかっています。わたくしもべつに彼の事を嫌いだと言っているわけではないんです。ただ……」
「ただ?」
「代表候補生として素人に負けるというのは私の……プライドに反するのです」
静かにセシリアは言う。普段と変わらない、もしかしたら普段よりもずっと冷静な声音だがその奥には烈火のような強さがあった。
「そういうところの違いなんじゃない?」
「……?」
麺が伸びるのも気にせず鈴音は頬杖を着いたまま動かない。
「あんたがどういう目的でISに乗ってるのから知らないけどそれはきっと間違ってないと思う。でもさ」
ここで鈴音はようやくセシリアと視線を合わせた。両腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかる。
「あんたにゃ悪いけどあたし代表候補生だのISだのなんてどうだっていいもの」
瞬間だった。セシリアの掌がテーブルに思い切りよく叩きつけられ、皿だのコップだのが吹き飛んだ。
近場で起きた異常事態に食堂は静まりかえる。全員が二人の居る窓際のテーブルを向いた。
「あなた……!」
普段の柔和な表情からはとても想像できない、怒りを露にしたセシリアにまったく動じることなく鈴音は続ける。
「私はただ一夏に会いたかった。その為の手段がそれだっただけよ」
彼女の口から出た「一夏」の言葉にセシリアは一瞬妥協という名の迷いを感じた。
要するに「一夏さんの為ならいいか」という彼への恋慕からの十代少女な発想である。
「大体ねぇ……!」
いかんいかん。いくら一夏に関する事だとしても引けない点はある。それほど彼に惹かれている自分に若干の恥らいを感じ、それを振り払っていた時だった。
同じように立ち上がった鈴音がそんなセシリアの胸ぐらを掴んだ。
「人が心配して声掛けてみればグダグダグダグダ不満不平ばっかり……!」
鈴音の豹変に虚を突かれたのかセシリアは目を丸くする。
「そんなにあいつに不満があるなら白黒ハッキリさせればいいでしょ!? 決闘でもなんでも申し込めばいいじゃない!」
「そんな事貴女に言われなくともわかっています! だから毎日毎日訓練を……!」
「知ってるわよ!」
「なっ……!」
そろそろ先生を読んだ方がいいだろうか。様子を伺っていた生徒達がそんな相談をし始めたとき二人の会話の方向が変わった事にいち早く気付いた食堂のおばちゃんがそれを止めた。
黙って見ていなさい。言葉には出さなかったものの肩に手を置かれた生徒はなんとなくおばちゃんの言いたい事が通じてもう少しだけ様子を見ることにした。
「ここんとこあんたが毎朝毎晩アリーナに一人で籠って練習用のボット相手に何時間も訓練しているって事ぐらい知ってるわアホ!!」
「ア、アホ……!?」
「困ってるなら頼りなさいよ! いっつも遅くまで帰ってこないアンタを心配して相部屋の子に相談されたから様子を見に行ってみれば限界レベルで一人で訓練って根暗にもほどがあるわ!」
か我満の限界か、あるいは高ぶった感情に一時落ちつけるためか鈴音は胸ぐらを掴んだ手を引き寄せて思い切り頭突きを見舞う。二人して悶絶した。
「勝ちたいなら練習相手ぐらい見つけなさいよ! 一夏や箒に言いづらいなら私だっているじゃん! 同じ近接格闘型だし一度円と戦ったんだからさ! 負けたけど!」
セシリアの襟を掴んでいる手を離す。
「あ、あんたが居ないとなんか拍子抜けすんのよ」
「え?」
「一夏を夕食に誘ったりしても「ズルですわ!」なんて文句をつけてくる奴が居ないし、登下校でも一夏の隣歩いたら「抜け駆けはなしですわ!」って甲高い声も聞けないし、みんなでお弁当持ち寄ったときにもアンタのマズ……いやこれはいいわ」
怒りか照れか顔を真っ赤にしながら鈴音はぽつりぽつりと口にしてプイッと顔を背けた。セシリアの手料理に関する本音について歯止めを掛けたあたり多少の冷静さはあるらしい。
「鈴さん」
「なによ」
いつもと変わらないセシリアの柔らかい声。鈴音が求めた変わらない日常のそれがあった。
「わたくし、今日の放課後にでも彼に決闘を申込みます。だから……」
鈴音がセシリアへと顔を向ける。いつものにこやかなセシリアがそこに居た。
「決闘までの間、わたくしの特訓に付き合っていただけすか?」
「……最初からそう言いなさいよ。……バカ」
そしてお互いに笑みを浮かべる。ちなみにこれから暫くの間「鈴さんはわたくしが居ないと寂しい」とからかわれ続けることとなる。
「青春だねぇ」
おばちゃんがそう呟いた時、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「あたしの特訓を受けるんだから勝ちなさいよあんた」
この日の放課後セシリアは円へ決闘を申込んだ。勝負は一週間後。
代表候補生としてのプライドと。
「ふふん、当然ですわ」
恋のライバルとの友情を胸に。
「そういえば鈴さん? 夕食にお誘いしたとか一夏さんの隣を歩いたってお話。く・わ・し・くお聞かせくださいね?」
「あ、やべ」
はい、というわけでー第13話でしたー。
なんというか代表候補生組の中でも彼女らはとくに仲良さそうだよね、ってお話しですハイ。
読了ありがとうございましたー!