IS~制御不能の黒皇帝~   作:暴風圏0294

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もの凄く間が空きました。
お仕事の方もそれとなく落ち着い……ては無いですがちょこちょこと時間を見つけて書いた結果がコレです。
十年あれば馬鹿でも傑作小説が書けるなんて言ってた方がいますがアレは嘘です。私が証拠です。(この話し前もした気がするけど)

あとやたら長いです前後編にしても良かったのですがめんど……切りどころが難しくてこうなっちゃいました。
なので文章的にもビジュアル的にも見辛いです。二重苦です。

どぞー


第14話 紅波円郵便局へ行く

「んん……」

 先日の一件から一週間が経った。つまり今日はセシリアと円の決闘の日である。

 天蓋付きの高級ベッドとその他見るからに高級そうな調度品が置かれているセシリアの部屋は他のどの生徒のそれよりも異彩を放っていた。

 ムクリと起き上がりセシリアは洗面所に向かう。同居人は未だ眠ったままだ。

 昨晩は懐かしい夢を見た。まだ母と父が生きていた頃の夢だ。

 幼い自分と憧れの母。今にして思えば少し頼りなかった父。三人とも笑っていた……気がする。

 果たしてそんな思い出が本当に存在したのかは正直覚えていない。もしかすると自分が勝手に生み出した嘘の記憶なのかもしれない。

 しかしそんな事はどうでもいいと思えるほどに彼女は嬉しかった。

『いい、セシリア? これからの時代女は強く生きなければいけません。そりゃあ男には力でもなんでも敵わない事は沢山あるわ。でもだからといって女が弱くていいなんてことはないのよ』

 夢の中で母はそう言った。セシリアの記憶にもしっかりと刻まれている。だからこそ今日までやってこれたのだ。

 幼くして両親を無くし、多額の資産と家名。プレッシャーとも言える財産を背に彼女は並々ならぬ努力と共に生きてきた。

 紛れも無く天才だった。

しかしそれ以上にセシリアは努力家だったのだ。

『強く生きること』

 その言葉が彼女を支えていた。

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇

 

 

「いよいよ決闘の日だな、円」

「おお、楽しみだな」

寮から学舎までの道を円と一夏は並んで歩く。馬鹿にしているわけでもない。余裕を感じているわけでもない。

単純に円はセシリアとの闘いを楽しみにしていた。

「楽しみ?」

一夏が不思議そうに尋ねる。

「俺に決闘挑んできたときのオルコットの目を見ただろ? ああいう目が出来る奴は強いんだ」

とても強い意志を宿した目だった。初めてセシリアと会話をした円だったが直感した。

 

こいつは強い。

 

そこからの一週間、彼は片時もその目を忘れられずにいた。ある種の恋心にも似たその感情が心地良くて仕方がなかった。

円が幼き頃より祖父に言われ続けたことがある。

『自分より弱い者、体の小さな者、女の子には優しく接しなさい。絶対に手を出してはいけない』

その教えを円は固く守り続けてきた。もちろん試合などでどうしてもそういった者を相手にしなくてはならない時もあった。しかしこの教えが枷となったか彼はどこか全力を出し切れていなかったのだ。

かつて円が全力をもって女の子と戦ったのは二度だけである。

……それはさておき円は確信したのだ。

彼女は自分が全力で戦って良い相手であると。

 

 

○○○○○○○

 

放課後。貸し切ったアリーナには一組の生徒、どこかで話を聞きつけた別クラスの生徒、果ては他学年の生徒が集結していた。

そしてその賑やかな観客席とは打って変わり円とセシリアそれぞれのピットは至って静かであった。

「頑張れよ、円」

「おう」

蹄王を装着しながら答える。アップも万全。いつでも全力を出せる。

「あれ、鈴音は?」

ふと見ると先ほどまでシャルルの隣に居た鈴音の姿が無い。三人で辺りを見回すもどこにも居なかった。

「そういえば凰さん最近は夜遅くまで帰って来ないって、ルームメイトの人が言ってたよ」

「秘密の特訓でもしてたりしてな」

一夏が笑う。実際その通りで、セシリアが円に決闘を申し込んでから今日まで一週間、彼女は毎晩遅くまでセシリアと共に訓練を重ねていた。

「なぁ一夏、コレなんだ?」

「ん?」

唐突に円が尋ねる。指差したのは床に設置された油圧式のカタパルトだ。

「あぁ、それはカタパルトだよ。それに乗ってフィールドインするんだ」

別に使わなくても良いんだけどな、と苦笑する一夏を尻目に円はいそいそとカタパルトに機体を固定し始める。

「使うのか?」

「やってみたい」

「なんだか緊張感無いね」

呆れたようにシャルルが笑った時には円は蹄王ごと射出されていた。

 

○○○○○○○

 

その頃反対側のピットではブルーティアーズに乗ったセシリアが静かに佇んでいた。

どこか固い表情でフィールドの方向を睨みつつけている。

「準備はいい?」

「ええ、いつでも行けますわ」

円一行からアリーナに入る直前に別れた鈴音は試合前に親友に一声掛けようとこうしてピットに出向いていた。

どこか表情の固いセシリアに肩を竦めると鈴音はアリーナに向けて指を突き出して言った。

「さぁ! セシリアやっておしまい!」

おほほ、と高笑いする彼女の姿に緊張していたセシリアの表情も柔らかくなった。

「ぷっ。なんですのそれ?」

「あんたの真似」

「わたくしはそんな話し方はしませんわ!」

今度は眉を吊り上げる。忙しないが表情筋のストレッチには調度よかった。

それよそれ、と鈴音に指摘されセシリアは頬を膨らませてそっぽを向いた。

「緊張ほぐれた?」

「ちょっとだけ」

低く構えてセシリアは出撃の体制を取る。

ブルーティアーズのハイパーセンサーが展開され、視界が急激にクリアになっていく。フィールドから差し込む逆光をカットして視界を整え、セシリアは飛翔(と)んだ。

 

 

◯◯◯◯◯

 

 

「……」

「どうしかしたか?」

険しい顔つきでフィールドを見下ろす一夏に箒はつい声を掛けていた。

彼を挟むように箒とシャルルは席に着いており、手にはそれぞれ飲み物、周りには他の生徒達がまばらに座っていた。

「一夏?」

心配そうにシャルルが一夏の顔を覗き込む。いつになく真剣な表情であった。

視線の先にはブルーティアーズが空中で静止している。

「なんか……すげえ強そうだな。あいつ」

「……噂で聞いた話だが」

ボソリと一夏が呟く。箒もまたフィールドを見下ろし口を開いた。

「いつからか知らんが毎朝毎晩ずっと一人で訓練をしていたらしい。訓練用のボットを相手に危険とも言えるレベルで、だ」

「なんでまた急に……」

怪訝そうに一夏が言う。箒の眼光が鋭くなった。

「どんな形であれ闘いに身を置く者はどこかで力を欲して努力しているものだ。それこそ血の滲むのような努力をな」

少し強めの口調で言うと一夏はバツが悪そうに頭を掻いた。

「まぁ……私が思うにあいつはずっと人知れず努力をし続けていたんだろうな」

「努力、か」

いつの間にか前のめりになっていた一夏が姿勢を戻す。

同時にシャルルが口を開く。

「円、大丈夫かなぁ」

「大丈夫だろ」

「ああ」

「なんか投げやりだね……」

それもそのはずである。

なんの調整もしないままカタパルトで出撃した結果円はというと……。

 

 

 

 

 

 

 

「……何をしているんですの?」

「ちょと魔法学校に行こうと……」

壁にめり込んでいた。

カタパルトで出撃したはいいものの勢い余って壁に激突し、かべのなかにいた。

翌日にはきっと補修要員によって修復されているだろう。

「くだらない事を言ってないで早く始めませんか?」

「少しぐらい心配してくれよ」

そこで無線が切られる。

無視。ある意味罵倒されるより心に刺さる。

壁から体を引き抜きアリーナ中央に戻った。

「時間は無制限。特に禁止行為もありません。異存は?」

「無いぜ」

答えると同時にアリーナの巨大スクリーンにタイマーが映る。時間は十秒。試合開始までの時間だろう。

「ところでよ」

円が口を開く。カウントは残り9。

「なんでまた急に決闘なんてやろうと思ったんだ?」

「それを聞いてどうするのです?」

カウントは残り7。

「どうもしないよ。ただ聞きたかっただけ」

6。

「わたくしのエリートとしてのプライドとでも言っておきましょう」

「……?」

眉を潜め円は構えを取る。ブルーティアーズに対し左半身を向けるような横構えだ。

ブルーティアーズが中距離射撃に特化した機体である事を考慮したのだろう。正面の構えに比べ、一挙動で回避に入れるうえに被弾面積を最小限に抑えられる。

「失ったプライドは勝利でしか取り戻せません。それだけの事ですわ」

残り5カウント。スターライトmKIIIのセフティがブルーティアーズとの電磁接続によって外される。

各種BT兵器へのエネルギー充填、出力共に良好だ。

「ふうん」

円が興味なさげに言った。

「そろそろ始まりますね」

「ああ」

「全力でおいでくださいまし」

カウントは0。撃鉄は打ち下ろされた。

開始と同時にセシリアは後方に退避しつつ、4つの射撃ビットを展開。

制圧射撃と言わんばかりにライフルを乱射し円の肉薄を阻止。その間も射撃ビットは円を囲むようにして四方に配置した。

開始数秒にしてアリーナはセシリアに支配された。

「上手いな」

「セシリアの奴ビットをあんなに複雑に動かせるようになったのか……!」

一夏達が声を上げる。

つい一ヶ月前に彼女と一戦交えた時とは比較にならない程に操縦レベルが上がっているのだ。当然とも言える反応である。

対して円は四方をビットに囲まれ、一歩も動けずにいた。

4つのビットは威嚇するように常に蹄王の周囲を旋回しつつも互いの射線上には決して入らぬように、かつ蹄王の攻撃リーチの外に配置を保ち間髪入れずに全ビットでの射撃を開始し自身は中距離から狙撃する。

「背中がガラ空きですわ!」

ビットからの射撃を回避したところにすかさず一撃。火器を持たない蹄王にはどうする事も出来ず、みるみる内にエネルギーが減らされていった。

「すげぇ……完全に封じ込まれてる」

「だがあれだけ精密な動きをしているんだ。どこまで集中力が持つか……」

箒の読み通りセシリアの精神的な消耗は激しかった。ビットの操作は彼女の脳波をバイザーを介してビットからの返される特集な周波数に同期させている上に秒間で何百何千、それこそ動かし方によってはADSL回線並みの速度で通信を行う。

ISの補助もあり、多少は直感的に操作出来るとしても所詮操縦士は人間だ。どこかで限界を迎える。

現状、円に勝機があるとすればその瞬間を捉える事のみであろう。

「(今だっ!!)」

ならばその限界を作るのみ。一瞬でドラグーンを呼び出した円は即座にグリップを捻ってセシリアへ投げつける。

飛び交うビットの間を潜り抜けた鉄騎槍は推進剤の爆発によって急激に加速してセシリアに襲い掛かる。

つまりは外部からの超高速接近。擬似的ではあるが入学当初一夏と彼女の決闘時に決め手となった戦法である。

二人の試合映像を元に練った円なりの最善の一手だった。

「っ!」

だが対一夏戦では試合中土壇場での白式の覚醒、相手を完全に舐めて掛かっていたなどセシリアにとっては全てが想定外。それらが重なったからこそ成立した偶然である。

今の彼女にそれは通用する筈も無くあっさりと避けられた。

そして槍を囮に急接近している円の動きなど完全に見切っている。

「まずは右足を頂きますわ!」

猛烈なスピードで迫り来る円の付近を飛行するビットから一筋のレーザーが放たれる。

そのレーザーは正確に蹄王の右足、姿勢制御用の補助スラスターを撃ち抜いた。これだけでもセシリアがどれだけ冷静に構えているかが伺える。

なんとか姿勢を立て直そうと円は左足を前に振り出す。その瞬間だった。

「そこ!!」

速いとはいえただの直線移動。おまけに体勢維持の為にブレーキを掛けてしまえば完全にアウト。

撃ってくださいと言っているも同然、ライフルスコープを見据えたセシリアにしてみれば自分が狙った場所に円が現れるのは最早必然だった。

プシュン!

そんな空気が抜けたような音の直後に円の頭部は後ろに大きく仰け反り、頭部に引っ張られるようにアリーナの地面へ叩きつけられた。

「ヘッドショット……!」

ガシャン! と金属音を立てて蹄王が立ち上がる。

シールドエネルギーは辛うじて残ったがほぼゼロ。ビットからの射撃に擦りでもすればそこで試合終了といった状態だった。

「まだ立ち上がるのですね」

「まだやれるからだ」

遥か上空からオープンチャンネルで送られるセシリアの冷ややかな問いに即答する。まさに二人の戦力差を物語った立ち位置だった。

「此の期に及んで諦めないその姿勢には感服しますわね」

「……ほっとけよ」

「わかりませんね。男の人は」

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「構いませんわよ。といっても今さら時間稼ぎにもなりませんが」

相変わらずの冷徹な声音に円は小さく舌打ちする。

「おまえ試合前に『誇り』がどうのこうのとか言ってたよな。それ、取り戻せたか?」

「は?」

こいつは何を言っているのか。一瞬キョトンとしたがすぐに微笑みに変わる。この時セシリアはまだ異変に気付いていなかった。

「何を言い出すかと思えば……。そうですわね、取り戻せましたわ。貴方に勝利……いいえ、代表候補生として圧倒的な差を付けて勝利する事でのみわたくしの傷付いたプライドは癒されますもの」

心底楽しそうにセシリアが語る。そしてこの時初めて異変に気が付いた。

感席から聞こえるざわめき。「シールドエネルギーが……」「なんで……」と断片的に聞こえるワードに首を傾げ蹄王の機体情報を見て驚愕した。

「エネルギーが……回復してる……」

視線の先には先ほどから俯いたまま動かない円が立っている。何かをしている様子は無い。

ならば何故? 頭部を狙撃して地面へ叩き付けた時には雀の涙程にしか残っていなかったシールドエネルギーが四分の一程回復しているのだ。

それどころか今現在僅かながらもエネルギーは上昇を続けている。

「……ざけんなよ」

「……え?」

無線が微かに拾った円の声に気付いた時だ。

ガンッ!! とまるで鉄球同士をカチ合わせたような轟音がアリーナに響き、音の反響が止むのに合わせて感席が静寂に包まれる。

音の正体は円。握り締めた蹄王の拳同士を思い切りぶつけ合ったのだ。

続けざまに拳を打ち鳴らす。何度となく続く轟音に生徒達も慣れてきたのか次第にアリーナは喧騒を取り戻していった。

まるで火事場の中で響き渡る警鐘の音だ。

「円は何をしてるんだ……?」

「威嚇……かな」

突然の円の奇行に一夏とシャルルも戸惑っていた。

「あいつの悪い癖だ」

「うわあっ!」

「千冬姉いつのまに!?」

いつの間にやら後ろの座席にいた千冬の声に二人が飛び上がる。

ただ一人箒だけは円達の試合を見続けていた。

「織斑先生、円の悪い癖って……」

「あいつは昔から何かしらでテンションが高くなるとああして拳同士をぶつけ合う癖がある。手を傷めるからやめろと何度も言っているが本人も無意識らしくてな……」

「テンション……?」

「要するに怒った時だ」

怒る? 円が? 二人は円とそれほど付き合いが長い訳ではないが彼が怒った所など見た事が無い。

「想像出来ないな……」

「出来なくても現に見てるだろう」

それはまぁ、と二人が視線を戻した時だった。

「てめぇふざけんのも大概にしろよコラァ!」

「え、あの……」

「黙って聞いてりゃグダグダグダグダ……。何が誇りだ知るかボケ!」

もはや無線を使わずともセシリアに届く怒号。アリーナが再び静まり返る。

盛大に唾を飛ばしながら円の絶叫は続く。

「俺はこの一週間ずっとおまえの事だけを考えておまえの事だけを見続けてたんだよ。ところが何だ? わざわざ正面から喧嘩吹っ掛けてきた奴は俺と勝負したかった訳でもなんでもねぇ、俺との勝負を自己満足満たす為の手段くらいしにか考えてなかったんだぞ!」

「なんか意外かも……」

「あいつがあんなに感情剥き出しにするなんてな……」

「寧ろ逆だ。普段大人しい分こうなると手が付けられない」

いや、それは過言だろう。内心そう思ったがそれこそ怒った姉の方が手の付けようが無い、口には出さない一夏だった。

「今だってそうだ! やろうと思えば初っぱな俺と距離を離した時点で瞬殺出来ただろうに敢えてしなかった。自分が余裕かますためにそうしなかった。全力で勝負しようとしてる俺に対しておまえは手抜きしたんだよ。どういう意味かわかるか? 無視って事だよ。

てめぇは俺と勝負してんのに俺を無視して自分のプライドだがなんだかと勝負してんだぞ!」

ひとしきり怒鳴ると肩で息をしながらセシリアを指差してこう言った。

「オラ、こんだけ言われてだんまり決め込むのかよ。てめぇの大事な『誇り』はそんなもんかよ」

煽り。口調のそれだけ聞けば完全にチンピラである。

「言わせておけば……」

流石のセシリアもこれにはキレたらしい。いつかの食堂の時など比にならないレベルで怒りを露わにした表情で怒鳴り返す。

「貴方だって私が言うまではそんな素振り一度も見せていないじゃないですか! そんなに真剣勝負がしたければそちらから声を掛ければいいでしょう!? 私の怒りになど全く気付かない癖に無視されたのだのなんだのとそれこそ無視でしょう! レディにエスコートさせるとは何事ですか!」

そこかよ、というツッコミはさて置きレディの振る舞いなど忘れてセシリアも叫ぶ。

「大体わたくしが手抜きをしたですって? 一方的過ぎてもつまらないだろうと全力の上で反撃の余地を差し上げただけですが? それを瞬殺しろだなんて貴方はマゾヒストですか踏んであげましょうか!?」

「誰もそんな事言ってねぇだろうがタコ!」

「タコですって!?」

決闘、勝負、喧嘩。世の中に存在するこの手の意味の言葉のどれにも当てはまらない程の極めて幼稚な言い合い。「じゃれている」辺りが妥当か。

「まぁ、喧嘩なんて物は結局どちらの腕っ節が強いかというよりもどっちが相手より怒っているかの比べ合い、だな。良い授業じゃないか」

皮肉っぽく言うと千冬は席を立つ。

「先生どちらに?」

「付き合ってられん。こんなくだらんことにアリーナの専有権はやれんから止めてくる」

ひらひらと手を振りながら放送席の方へ歩いて行った。

「私達も昔はあんな喧嘩をしたものだな一夏」

「え、そうだったっけ?」

「ああ、内容はいろいろあったが最終的にいつも千冬さんに二人してゲンコツされたものだ」

懐かしそうに微笑む箒の視線の先では今なお円達が言い合いを続ける。

もはや当初の理由など忘れてバカだのアホだのと稚拙な言葉で怒鳴り合っているとアリーナに千冬の声が響き渡った。

放送用のマイク使っているのだろう。

『あーテステス。おいそこのバカ共、これ以上くだらんことを続けるなら即刻アリーナを閉める。そうでないならさっさと試合を終わらせろ。以上』

極めて面倒くさそうに言う。しかしながら依然キレ散らかしている二人には聞こえていないらしい。

『おい、聞いているのか?』

「うるさい! 黙ってなさい!」

「っせぇ! 黙ってろ!」

言葉とは無情である。一度口に出してしまったが最後。吐き出した物は決して戻らない。

同時に我に返った二人が弁解しようとしたのを遮り、再びアリーナに千冬の声が響く。

『ほう、そんなに試合を続けたくないと言うなら理由をくれてやる。負けた方は後で私のところに来い。以上』

乱暴にスイッチを押したのか「ブツッ!」と嫌な音の後、アリーナは本日何度目かの静寂を迎えた。

「貴方の所為で怒られてしまいましたわ……」

「なんで俺の所為なんだよ」

蹄王のシールド自己回復はいつの間にやら止まっていた。完全回復には程遠いがそれでも数発の射撃には耐えられるだろう。

アリーナの天井から夕陽が差込み始め、二人は再び激突する。結果的に勝者はセシリア、敗者は円という形で試合は終わった。

ただ一つ言えるのは二人は清々しさと達成感で満たされていた、という事であろうか。

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

翌日の土曜日、基本的に休日はどっぷりと寝るタイプの円は珍しく早朝からアリーナを訪れていた。

理由は単純。敗者である彼は試合後に千冬のお呼ばれを受け、とある罰則を言い渡されのである。

 

アリーナグラウンドの慣らし作業だ。

 

通常ISの試合で生じた施設の損傷は学園の補修班が修復を実施する。(現に昨日円が突っ込んで破壊した壁は既に凹凸一つなく補修されている辺り実に手際が良い)

しかしながら今回の試合における教師への暴言……はさておき学園で揉め事を起こすとこうなる、という他の生徒への忠告を兼ねて円には前述の通りの罰が与えられた。

当然ISを使用せずに、である。

そんな訳で休日の朝から、しかも初夏の炎天下の中スコップ片手にレーザーやら何やらで所々抉れたり焦げたりのグラウンドを慣らしている円の顎先から雫が落ちた頃だった。

「見物なら他所行きなお嬢さん」

「あら、折角お手伝いをして差し上げようとしているのにとんだ言われようですわね」

地面に突き刺したスコップを杖代わりに身体を起こす。見るとそこには学園指定のジャージのズボンと上着の袖を腰に巻き付けたセシリアがニコニコしながら立っていた。

長い金髪をアップテールに纏めいつになくスポーティな出で立ちの彼女も例によってスコップを持っている。

「折角綺麗な肌なのにシミが出来るぞ。あとこんな固え地面掘ってたら手だって荒れる」

「ほ、褒めても何も出ませんわよ! 」

暑さか照れているのか頬を紅潮させてそっぽを向く。スコップに足を掛けながら「んなもんハナから期待してねぇ」と言わんばかりに円が鼻で笑う。

「ま、まぁレディに対する気遣いに関しては褒めて差し上げますわ」

「そりゃどーも」

「紫外線対策はバッチリです。それに……」

「ん?」

照れ臭そうに円へ手を差し出す。

綺麗に整えられた爪、宮大工が鉋掛けした木材のようにきめ細かく滑らかな肌ツヤ。

きっと毎日のスキンケアを怠っていない証拠である。女性にとっては憧れであろう。

そんな美しい彼女の手には注意して見ると初めてわかる程に小さいが無数の傷跡があった。

きっと毎日夥しい数の書類をめくっているのだろう親指の腹は他のものより皮が薄い。

きっと何百時間もライフルの握り続けているのだろう人差し指と親指に間の皮膜はややささくれている。

きっと豆腐を切るのに包丁を引いたのだろう掌には小さな切り傷とそれを覆う絆創膏が貼られている。

きっと彼女は自身の才能に胡座をかいた事など無いのだろうそんな努力の傷跡(れきし)が彼女の小さな掌にはあった。

 

「手が荒れているのには慣れていますよ」

そんな彼女の手を見て誰が汚いなどと言うだろうか。差し出されたその手を円は愛おしそうに握る。

「いや……綺麗な素敵な手だよ」

ニコリと笑い彼女もまた円の傷だらけの手を握り返した。

「冷たい紅茶を淹れてきましたの。終わったら御一緒しませんか?」

「ぬるくなるだろ」

ぶっきらぼうにツッコむ円にパチリとウインクを飛ばしてセシリアは言った。

「二人でやればすぐですよ。円さんっ」

夏のじっとりとした気温の中の作業はさぞキツイだろう。

だがしかし、その後にセシリア謹製の美味しいアイスティーが待っているのであれば罰どころかちょっとしたご褒美である。

ピットの日陰に置かれた紅茶入りの水筒から「カラン」氷の弾む音が小さく響き、夏の日差しは一層強みを増した。

 

 

 






というわけで一悶着が終わったとさ。
セッシーはきっと尋常じゃない努力のもとエリートとしての誇りを持っているのでしょうね。
ちなみに最後らへんの豆腐のくだりですが以前友人が同じ事をやりました。(豆腐を掌に乗っけて切るアレね)
豆腐が真っ赤でした。
鉄分とタンパク質が同時に摂れてお得だね!
とかなんとかほざいていましたが目は笑ってませんでした。
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