真剣で世界に恋しなさい!   作:teymy

4 / 10
百代視点でも良かったですが、三人称で通してみました。
百代や"気"についての説明は作者の独自解釈を多分に含みます。


第三話 連理の"お願い"

川神百代は常に退屈であった。

 

己が『武神』と呼ばれるほど強くなったことは自覚しているし、嬉しいことでもある。

しかし、己が強くなればなるほど、周囲との差が開く一方であり、自らの強敵やライバルと言える存在は遂にいなくなってしまった。

 

結果、強くなった百代が手にしたのは常に身に纏う『退屈』と、並ぶもの無しという『孤独』であった。

 

彼女を指導する人間は口をそろえて言う。

 

『心の成長が足りていない』

 

『精神修行の必要がある』

 

頭ごなしに言われて理解するにはまだ若く、年頃の娘である百代には納得のいかない話であった。

 

意識したことではないが、百代は鍛錬に身が入らぬようになり、『退屈』から生まれる戦闘衝動を日々募らせることになる。

その衝動は毎朝のように現れる挑戦者や不良たちのような有象無象では到底満たすことができるものではなかった。

 

抑えられない衝動を鎮めるため、また不安定になりがちな自分の精神を保つため、百代は二種類の鎮静剤を用意した。

 

一つ目は、恋愛。

思春期の最中にも関わらず、百代は己の強さのせいで世の男に興味をなくしていき、自らが男役となることで女性を相手に疑似恋愛をすることが多くなった。

 

二つ目は、友愛。

幼いころからの付き合いである風間ファミリーとの交流が、日々の退屈を紛らわせるための良薬となった。

百代よりも年下の連中ではあったが、百代の強さに敬遠するでもなく、まして百代の強さに媚び(へつら)う訳でもなく、付き合いの長さからくる確かな信頼関係があった。

彼らと過ごす時間は、彼女にとってかけがえのないものであった。

 

現在の百代はこの二つの鎮静剤により戦闘衝動をかろうじて(・・・・・)抑えているに過ぎず、一歩間違えればその衝動が彼女の人格を歪めてしまう危険性に苛まれていた。

 

故に衝動に駆られてなのか、はたまた本能的に衝動の危険性を察し吐き出そうとしているのかは定かではないが、百代は常に対戦者を求めていた。

 

九鬼揚羽や鉄乙女といった強敵が多忙によりむやみに戦うことが叶わなくなった今、黛由紀江では百代相手は荷が重い。二年の経験値の差はそれほどまでに大きい。

かといって川神鉄心や師範代などの実力者相手では、歳が離れすぎていて面白みがない。

 

百代が欲していたのは唯の強敵ではなく、"ライバル"足り得る存在なのだ。

 

それこそ、欲求の(たが)が外れてしまいそうになるほどに。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日も街でナンパした大学生だという女性二人と昼過ぎまで遊んでいた百代。

 

午前中には"弟"と呼ぶ舎弟の大和から、新しく引っ越して来たという少女に川神案内をするから来ないか?という旨のメールが届いたが、目の前にいる女性二人の昼食を奢ってくれるという申し出を見逃すわけにはいかなかった。

 

結局デザートまで奢ってもらい、満足した百代は二人に別れを告げて大和に連絡することにした。

既に百代以外のファミリーは集合しているらしく、百代が向かうべき場所と目的の書かれた返信が届いた。

 

「今から河原で遊ぶ?案内はもう終わったのか。随分早いな」

 

この時まだ連理を知らない百代からすれば、案内の進行役を務めたであろう弟にしては随分シンプルだと感じた。

 

「まあいいか。河原の方向は~こっちだ!」

 

そう言って強く地面を蹴ると、百代は建物を飛び越え彼方へジャンプした。

 

"川神では時折、人が空を飛んでいる"

 

そんな話があるのは、百代などの"壁を越えた実力者"がこのように特大ジャンプで移動するか、狼藉者を吹き飛ばすためである。

 

 

――十分後。

 

 

「遅いぞお前らー」

 

ジャンプで移動した百代に移動時間など無いに等しい。

見事に待ち惚けをくらっていた。

 

「あれ?姉さんはやいね。いつからいたの?」

 

「十分くらい前だ」

 

「メールしてすぐじゃん」

 

「飛んできたからな」

 

あぁそう…と呆れながら笑う大和だったが、すぐに気を取り直して後ろを歩いていた連理を招く。

 

「お!?ま~たとんでもなく可愛い子連れてきたなあ」

 

百代は連理を見てすぐに上機嫌になった。彼女の女好きは岳人に並ぶほどである。

 

「連理。こちら川神百代さん」

 

「…?大和のお姉さんは?」

 

大和の姉が来るものだと思っていたのだろう。連理が不思議そうに尋ねる。

 

「あーっと、この人だよ。本当の姉弟(きょうだい)じゃないけど、俺は姉さんって呼んでる」

 

勘違いをさせてしまったかと、苦笑いしながら大和が説明する。

 

「ふーん。わかった。

 …出雲連理です。連理って呼んで」

 

「うーん可愛いなあ連理は!私は川神百代。モモちゃんでもモモ先輩でもお姉ちゃんでもいいぞ」

 

「じゃあ、モモちゃん」

 

笑いながらほぼ迷いなく答える連理に、またも百代の機嫌は良くなった。

 

「お姉ちゃんも捨てがたいが、モモちゃんと呼ばれるのもまた気分がいいな~」

 

上機嫌な百代に、連理が突拍子もないことを言い始めた。

 

「ガクトは背が高いね」

 

おや?と思ったのは百代だけではない。

近くにいた大和も、成り行きをなんとなく見ていた京も頭に疑問符を浮かべる。

 

「ん、んー?連理は突然何を言い出すのかな?」

 

百代は何とか連理の意図を察そうと会話を続けた。

 

「ガクトは背が高くて、体が大きいね」

 

何故か突然岳人を褒め始める連理。

その意図に最初に気づいたのはやはり軍師大和であった。

 

「あ!もしかして連理、さっきのガクトのお願いを……?」

 

思えば、『モモ先輩に自分の良いところを言ってくれ』と話していた。

 

「大和?それはどういうことだ?」

 

「えー……っと…」

 

獰猛な笑みを浮かべる百代に、大和が数瞬事情説明を躊躇すると、代わりに連理が説明を引き継いだ。

 

「ガクトにね、モモちゃんに良いところたくさん言ってってお願いされた」

 

「連理さーん!?それは別に伝えなくていいんだよー!?」

 

あっさりと、何の悪意もなく裏切られた岳人は驚愕していた。

 

「しかも連理から見たガクトの良いところって"背が高い"ぐらいしかないんだね…」

 

「あれだけ頑張って伝えようとしてそれだけだもんなぁ…」

 

「来る途中ずっと考えてたのかな」

 

「あまりにも、(むご)い…」

 

「なんかアタシ涙出てきそう…」

 

連理の述べた"長所とは言えない長所"に、現実は非情だと思い知らされた。

 

「ほぉ~…こんな純粋な子供を利用するとはなぁ…ガ・ク・トぉ~」

 

そう告げる百代に、岳人は命の危機を感じた。

 

「まぁ、ガクトは後で沈めるとして……

 連理は正直者だな~」

 

連理を褒めながら、百代がいつも一子にそうするように、頭を撫でるために手を伸ばす。

 

「………」

 

その手が不意に止まった。

 

まるで時間が停止したかのように動かない百代に、一番近くで見ていた大和が首を傾げる。

 

「姉さん、どうしたの?」

 

大和の声に他のファミリーも異変に気づき、百代と連理に注目する。

 

しかし百代に大和の声は聞こえていなかった。

 

(なんだこの子…?この気…あまりにも自然だったから気付けなかった…)

 

誰しもが持っている、纏っている"気"。

連理も大和や卓也と同じように、一般的な人間の気を体に纏っているように見えた(・・・・・・)

 

しかし百代には感じられた。

武芸を嗜んでいる気を感じることができる者の中でも、さらに限られた実力者でなければ気付くことができなかったであろう"違和感"。

 

(強制的に抑え込まれているのか…?何かの術…?

 竜封穴か…?いや、違う。これは強制じゃない…)

 

川神流に伝わる"竜封穴"。

己の力と引き換えに相手の気を使用不可能にする技だが、百代の感じたそれは強制的に封じられたものではないと理解できた。

 

(まさか自分で押し込んでいるのか?気が溢れ出ないように。

 よくよく見ればかなり強力に抑え込んでいる…。

 まゆまゆも気付かないくらいだ。もしかして一日中これを続けているのか!?)

 

百代はあまりしないが、実力者であれば体外へ溢れ出る気の量を調節することはできる。

蛇口のように気孔を閉じれば良い。そうすることで、あたかも一般人であるかのように偽ることは可能だ。

 

しかし連理のやっていることはそれとは異なる。

自らの気を使い、力で気を抑え込んでいるのだ。

蛇口での調整ではない。蛇口は常に全開。しかし指で無理やり水が出ないよう押さえ続けるようなものだ。

 

(体力が持つわけがない…が、それを連理はやっている!

 しかも一般人だと思われるよう調節して……!)

 

百代は笑っていた。好戦的なその笑いを、大和は何度も見たことがあった。

 

(姉さんのあの表情は…"獲物"を見つけた時の顔だ…!)

 

まさか、と大和は思った。

今百代と対峙しているのは、先ほどまで無邪気に笑っていた連理(こども)なのだ。

 

「姉さん…?」

 

先程と同じように問いかける。

しかしまたしても大和の声は無視された。

 

「まゆまゆ……連理の気を注意して感じてみたか…?」

 

昂りを抑えるように、絞り出したような声で百代が言う。

 

「えっ、え?……いえ……っ!?」

 

最初こそ戸惑った由紀江だが、言われたように連理の気を感じてみると違和感に気付いた。

 

「どうしたの?まゆっち?」

 

由紀江の様子を見ていた一子が、様子の変わった彼女を見て首を傾げていた。

 

「連理さんは……膨大な量の気を、ご自身の気で押さえつけているようです」

 

由紀江のシンプルで、しかし曖昧な説明にクリスが疑問を唱える。

 

「膨大な量…?自分は何も感じないぞ?」

 

「連理さんが押さえつけているからですよ。やり方は無茶苦茶ですが、気配を消すようなものです」

 

「俺様まだわかんねぇんだが…つまりどういうことだ?」

 

岳人の問いには百代が答えた。

 

「押さえつけてるからどれくらいなのかはわからんが…というか、想像もできん。

 だが一つ言えるのは……連理の気は少なくとも私の3倍以上だ(・・・・・・・)ということだ」

 

百代の発言に、ファミリー全員が驚愕した。

百代の強さを知っているからこその驚愕だった。

 

「お姉さまの、3倍…?」

 

「連理が……じょ、冗談でしょ!?」

 

一子はまだ理解が理解が追い付いていないのか、事実を繰り返すことしかできなかった。

卓也は普段からファミリーで最も百代の強さを信じて疑わなかったことから、否定を求めて視線を彷徨わせる。

京は声も出ない、というようだった。

 

「モロ、姉さんはこういう事で嘘を言ったりしない。知ってるだろ?」

 

「で、でもっ!」

 

「大和の言う通りだモロロ。しかも3倍という数字も当てにならん。

 もっと多い可能性のほうが大きいくらいだ」

 

「そんな…」

 

ショックを受ける卓也だが、気持ちは全員同じであった。

更に言葉を続けられたのは、比較的冷静だった大和、クリス、由紀江、そして翔一だけだった。

 

「それで?結局連理はモモ先輩より強いのか?」

 

このような場面で物怖じしない翔一はさすがであった。

 

「さあな。それを今から確かめてみるのさ」

 

百代が拳を握る。

 

「姉さん、連理と戦うのか?」

 

「いくらなんでも…相手は連理だぞ!?」

 

クリスが憤る。連理の見た目から武術を学んでいるとは思えず、このままでは不味いと感じたのだろう。

 

「"気"って言うのは精神力の強さを表す。つまり"気が多い"っていうのはそれだけで能力が高いことを示してるんだよ」

 

最早止める気がない百代は、止めようと思っている大和やクリスにそう解説し、連理に向かって告げる。

 

「なあ連理。私と戦ってくれないか?」

 

連理の実力が見えない現状、大和やクリスにとっては連理に対する死刑宣告のように聞こえた。

 

「クソッ、連理!連理は姉さんと戦いたいのか!?」

 

今まで傍観者のように立っているだけだった連理は、そこで初めて百代が自分に戦意を向けていることに気付いたといった表情だった。

しかし、事態を理解すると、毅然とした態度で百代に言い放つ。

 

「駄目。」

 

今日一日で初めて見せる表情だった。

 

百代に対する怯えはない。不安も見られない。しかし戦うことは拒否する。

 

戦いに飢えた『武神』が、それで諦めるわけがなかった。

 

「そんなこと言うなよ。ちょっと遊ぶだけでいいんだ」

 

しかし連理は首を振る。ゆっくりと、相手に理解を求めるように。

 

「戦っちゃ駄目って、言われてる」

 

「誰に?」

 

「おじさん。先生みたいなひと」

 

「おじさん…?お前に気の使い方を教えたのもその"おじさん"か?」

 

連理は頷く。

 

連理の言うことから察するに、連理に気の使い方を教えたその『おじさん』が、戦うことを禁じているらしい。

 

『なんと勿体ないことを』と、百代はその人物を内心で酷く批判した。

 

(この気の量…間違いなく強いのに、なんでソイツは戦うことを禁止したんだ?

 バカじゃないのか?たとえ模擬戦でも、実戦で得られるものは多いだろうに…)

 

百代の思考は、その『おじさん』の批判から、段々と連理の戦う姿を想像することへ変わっていった。

 

(さっきから私の拳と足を警戒してる…目も良い。

 自然体でいつでも避けられるように…これは型じゃないな…天然か…)

 

百代の想像の中で戦う連理は、やがて抑え込んでいた欲求を湧きあがらせる。

 

(戦いたい…強いのか?強いんだろうなさっきから少しも警戒を解かない戦いたいでも体は出来上がってないし無茶をさせる訳にもいかないけど戦いたい手加減しながらいやそれだと我慢できなくなるどうやったらこいつの本気が見られるのか戦いたい一発だけでも戦いたい我慢できるだろうかそうだこれからいくらでも機会はあるはず戦いたい一発だけで今日は……)

 

(よし、一発だけ。一発だけ様子見で)

 

己の理性を限界まで活用し、目の前の小さな存在を潰してしまわないように。

 

力試し。実力を見るため。

 

そんな言い訳を何度も自分に言い聞かせる。

 

「わかった。今日は諦めよう」

 

今の今まで尋常ならざる気配を見せていた百代が折れたことに安堵を浮かべるファミリーの面々。

 

しかし、直後の百代と連理、両者の行動が、彼らを再び驚愕させることになる。

 

「この一発だけで我慢してやる…っ!」

 

突如放たれた百代の拳。

 

見えていたのは弓使いである京と、確かな実力を持つ由紀江、拳を放った百代自身。

 

そして放たれた側である連理だった。

 

 

京は拳こそ見えていたが、連理が反応できるなど露程も思わず、しかし体のほうが動いてくれなかった。

 

由紀江は、拳が放たれた瞬間に反応し、助けに入ろうと考えた。

しかし連理の目がしっかりと拳を見据えているのに気が付き安心してしまい、動くことはなかった。

 

百代は、もしも連理が見えていなかったら寸止めをするつもりでいた。

だからこそ、連理が拳に反応していることが嬉しくなり、そのまま振り抜いたのだ。

 

 

そう、百代は振り抜いた瞬間にこう考えた。

 

 

 

 

 

『何故、自分の拳に感触が残っているのか(・・・・・・・・・・)?』

 

 

 

 

 

直後、ファミリーの後ろから土の上で何かを引きずるような音が聞こえた。

 

一瞬遅れて連理が襲われたことに気付いた面々だが、百代の目の前に連理が立っていないことを確認し、まさかと思って音のしたほうへ目を向ける。

 

数メートル先に、小さな体が横たわっていた。

 

「っ、連理……?」

 

大和が倒れたまま動かない連理の名を呟く。

 

「モモ先輩!いくらなんでもやりすぎだ!」

 

「そ、そうだよ!気が多いとか言ったって、やっぱりまだ小さいんだし…!」

 

クリスに続き、卓也までもが百代を責める。

 

だが、そんなものは聞こえてないとばかりに、百代が口を開いた。

 

「まゆまゆ…っ、まゆまゆ!見てたか!?」

 

突然慌てだした百代に、責めていたクリスも勢いを緩めてしまう。

 

「まゆっち…?二人は何を見たというのだ?」

 

百代の視線は変わらずに動かない連理を見ていた。

 

由紀江は信じられないものを見たという顔で、固まりながらも語り始めた。

その体は、少し震えているように見える。

 

「れ…連理さんは、しっかりと反応していました…」

 

反応?と周囲が首を傾げる。

 

「連理さん、見えてたんです。モモ先輩の拳…。

 あ、あの反応なら、避けられたはずなんです。

 だからモモ先輩は拳を振り抜いて、私も、助けに入らなかったです…」

 

「どういうことだ?避けられたのに、避けなかったのか?」

 

「それだけじゃない…」

 

震える声で、百代が続けた。

 

「連理…あいつ、力を抜いて、拳のほうに向かってきたんだ……

 まるで、最大値でダメージを受けるため、みたいに……」

 

『はあ?』

 

こんどこそファミリーから言葉による驚きが表された。

 

「なんだってあいつはそんなことを?」

 

「私が知るわけないだろう!」

 

「っ!おい!連理が起きる!」

 

今までじっと連理を見ていた大和が叫ぶ。

 

連理は上半身をムクリと起こすと、ファミリーへ、否、百代へ顔を向けた。

 

 

傷一つない(・・・・・)その顔に笑顔を張り付けて。

 

 

その表情は、確かに今まで川神を案内してきた連理のものだった。

無邪気で、楽しそうな、嬉しそうな笑顔だった。

 

しかしこんな場面だからこそ、その笑顔には恐怖を感じる。

 

何故こんなにも感じる印象が異なるのか。

何故その笑顔から狂気が感じられるのか。

 

わからない。理解できないが、連理が普通の状態でないことは一目瞭然だった。

 

連理は立ち上がると、百代を正面に捉えた。

 

「ヤバいぞ…みんな離れろ!」

 

百代が叫ぶ。

 

その瞬間、一直線に連理が走り出す。

 

その細い脚からは考えられない速さ。

そして自身の混乱もあって、百代は簡単に連理の体当たりを受けてしまう。

 

「なっ、ぐああぁっ!!」

 

予想以上、考えたよりも遥かに力強い連理の体当たり。

反応できなかったとしても、吹き飛ばされるとは思いもしなかった。

ここ数年で忘れかけていた地面に引きずられる感触。

全てが予想外であった。

 

クソッ、と悪態をつく暇もない。既に連理は百代に近づいていた。

自身の腹部に感じる体重。すぐ目の前には、先程と変わらない笑顔の連理。

狂気を宿した大きな瞳が、よく見えた。

 

マウントポジション。

 

先の力を見ると絶望的とも言える構図。

連理の攻撃を唯受け続けるしかないと思い、両手で防御の態勢を取った。

 

「………?」

 

しかし連理の攻撃が来ることはなかった。

 

身構えてから数瞬だ。時間にして3秒も経っていない。

しかし異常を感じるには十分だった。

 

「攻撃、しないの?」

 

不意に投げかけられた問い。

その声の抑揚は、戸惑いを表していた。

 

「連理…?」

 

防御を解いて、連理の顔を覗く。

 

悲しそうな、辛そうな表情。

迷子のようだ、と百代は思った。

 

「攻撃、してよ…さっきみたいに…」

 

震える声で連理が願う。

けれども百代には、もう欲求はなかった。

今にも泣き出しそうな連理に戸惑うばかりだった。

 

「連理、ごめんな…私にはもう、お前と戦う理由がなくなってしまった」

 

正直に言う。自分から仕掛けておいてとも思う。

しかし、百代はもうあんな連理を見たくなかった。

 

「ねぇ、戦おうよ。攻撃してよ。お願いだから…」

 

 

 

――――おねがいだから、ころしてほしい

 

 

 

言葉に詰まった。

連理の表情を正面から見つめ、それが本気であることを知った。

 

その"お願い"を引き出してしまったのが自分だと、百代はすぐに理解した。

同時に、なんて愚かなことをしてしまったのだろうと後悔もした。

戦うことを後悔したのは初めてであったが、そんなこと今は些細なことであった。

 

『おじさん』はこうなることがわかっていたのだ。だから戦うことを禁じた。

連理も彼の言う事を守るため、百代との勝負を断った。

それを百代が台無しにしてしまったのだ。

百代が拳を入れたことで、連理の"スイッチ"が入ってしまった。

 

もしもこの願いが連理の心からの願いだとすれば、吹き飛ばしてしまった時の、起き上がって見せたあの表情も説明がつく。

連理は思ったのだ。

 

『この人なら自分を殺してくれるかもしれない』と

 

単なる自殺願望ではない。

百代の拳を全くの防御無しで受けて傷つかない連理の顔。

おそらく気の強さが連理を守っているのだ。

並大抵の相手では傷つけられない。

 

傷つくことが出来ない。

だから、ずっと待っている。

 

 

 

"死"が向こうからやってくるのを

 

 

 

連理の過去に何があったのかは知らない。

どうしてこの子がこんなにも重いものを背負っているのかなど、考えもつかない。

 

けれども、今自分が出来ることと言えば、

たとえ手遅れであっても、正直に、真直ぐに連理と向き合うことだけだと、そう思った。

 

百代の上に乗っていた連理を優しくどかし、上半身を起こす。

思いつめたような表情をする連理の肩をしっかりと掴み、目を見て話す。

 

「連理、謝って許してもらえるかわからないけど、

 本当にごめん。ごめんな…?でも……」

 

連理が自分の目を見て、話を聞いていることを確認して、続きを言う。

 

「私は連理を殺せない。殺したくない。

 私は、連理にまだ生きていてほしいよ」

 

「………」

 

連理は何も言わなかったが、いつの間にか瞳から狂気は薄れ、代わりに大粒の涙があふれ出した。

次第に嗚咽も混ざり始め、悲しげな声が聞こえてくる。

 

「…っ、…っぐ、お母さん、お父さん…っヒック」

 

泣きながらの呟きに、思わず百代は連理を抱きしめた。

 

「ごめんっ。連理、私が莫迦だった!」

 

きつく抱きしめられた連理はとうとう我慢できずに本格的に泣き始める。

 

「ぅあ、会いたい…よぉぉ…、ぅあぁぁ…」

 

おそらく、先程の『殺してほしい』の裏にある、連理の本当の(・・・)願い。

それを聞きながら、百代は謝り続ける。

 

「ごめんな、…ごめん……」

 

遠巻きに百代と連理を見守っていたファミリーの仲間にも、連理が悲しんでいることは痛いほど伝わって来た。

 

皆一様に、悲痛な面持ちで二人を見守り続ける。

 

河原に響く連理の泣き声が、いつまでも耳に残っていた。

 




戦闘描写入りました。短いけど…難しいよお…
百代さんが大分悪役してますが、作者は百代嫌いじゃないです。
むしろ愛してます。アンチではないです。

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。