インフィニット・ストラトス Strong・Summer 作:kue
それから2日後の早朝、俺はIS学園のトレーニングルームでマスクをして低酸素状態にしながらランニングマシーンでマラソンをしていた。
強くなるにはまず肉体から。セシリアだって俺の強みは性別差にある体の違いって言っていたんだ……学園在学中には無理でも絶対に千冬姉を追い越してみせる……今まで俺をバカにしてきた奴らを見返すためにも。
「はっはっ……ふぅ」
設定した時間が終了し、ゆっくりとランニングマシーンが速度を落としていき、完全に停止したのを見てマスクを外し、マシーンから降りて近くにかけていたタオルで汗を拭きつつ、床に座り込んだ。
「ふぅ…………45分間か……前よりは5分延びたってことは体力も上がったってことか……」
もちろん体を鍛えていくだけではISで強くなれない。ISで強くなるにはちゃんと知識も必要だ。その為にも分からないところがあればその日にセシリアに聞くなり、山田先生に聞くなりしているがIS知識の学習の時期が遅かった俺はクラスの中ではどべに近い。
女子は中学に上がると同時にIS基礎講座があるからいいんだけど男子にはそんなもの一切なかったからな。だから技術者も男性はおらず、女性しかいない完全なる女社会になっている。
別にそれが悪いとは言わないけど……それで女が男を見下すのは少し納得がいかない。教育の平等性はどこへ行ったんだよって話だ。まあお偉いさんからすれば区別してんだろうけどさ……。
「やはりここにいたか」
「千冬姉」
「ほれ」
「あ、ありがとう」
トレーニングルームに入ってきたジャージ姿の千冬姉にスポーツ飲料を貰い、起き上がって飲むが意外と喉が渇いていたのか一回で半分以上飲み干してしまった。
「……お前、45分も低酸素状態で走り続けたのか」
「へ? なんで……あ」
どうやら電源を落とすのを忘れていたらしく、設定画面に思いっきりあった。
千冬姉は小さくため息をつくと俺の目の前に座った。
「一夏……少し鍛えすぎだ」
「大丈夫だって。この前言われてから1時間減らしたんだ」
「だがその分、放課後のIS訓練は増えただろ」
「あ、ま、まあ……だ、大丈夫だって。じゃ、じゃあ俺そろそろ行くから」
タオルを手に取り、そのままトレーニングルームを後にした。
「へぇ。ここがIS学園か~。中々広いじゃない」
その日の放課後、一夏がセシリアとアリーナで放課後練習なるものをしているその時、IS学園の正面玄関受付前に茶色い髪をツインテールで結んでいる少女は小さなボストンバッグを片手にIS学園の広さに若干の驚きを示していた。
「えっと一階事務総合受付ってどこよ」
上着のポケットに手を突っ込んでその中に適当に入れている丸まったメモ用紙を取り出し、一階事務総合受付の場所を見るが彼女に渡した担当官の絵が下手くそすぎて全く分からない。
このIS学園に到着することさえ、人に聞かなければわからない程だった。
「空飛ぼうかな……そう言えば軍に辞めてくれって言われてたっけ……はぁ」
彼女は小さなため息をつきながら誰もいない学園の中を適当に歩く。
「ふぅ……ここまでにするか」
「……この声」
少女の耳に絶対に忘れないであろう声が聞こえ、歩く速度を少し早くして声が聞こえた方へ向かうとちょうどトレーニングルームから出て肩にタオルをかけているIS学園唯一の男性である一夏の姿が見え、少女の心臓は普段よりも少し強く高鳴った。
何年、彼に会いたいと思っていたことか―――ISが生み出されたことで社会が大きく変わり、少女もその社会が変わった影響を受けていた。そのせいで離れたくない人と離れてしまい、自分の生まれ故郷である中国へと戻ってしまった。
両親は離婚し、今は母子家庭。社会では男性の存在は下に見られがちだが少女の中では彼の存在だけは他の男に比べて次元が違うほど上だった。
後ろから見える少年の元へと向かおうとした彼女だったがちょうど視界の端に総合受付が見え、本来先にやるべきことを思いだし、そちらを優先した。
少女も代表候補生と呼ばれる地位にあり、今回は学園に転入という形だ。
「はい。手続きは終了しました。ようこそ、鳳 鈴音さん」
「あ、はい……あの織斑一夏ってどうしてます?」
「彼? あぁ、なんか一組のクラス代表になったらしいわよ。なんでもイギリスの代表候補生がその才能を見込んで鍛えてるとかっていう話」
「専用機とかは?」
「それはちょっとね……ここだけの話しなんだけどね」
事務員さんがググッと近づいてきたので耳を近づける。
「実はさ……織斑君に専用機が与えられるっていう話だったんだけどなんだか強奪されちゃったらしいのよ」
「強奪……じゃあ今あいつは」
「訓練機でやってるって話。ここだけの秘密よ? お姉さん首になりたくないから」
「分かってます……あ、それと二組のクラス代表って決まってます?」
「決まってるけど……なんで?」
「変わってもらおうかなって」
「ねえねえ織斑君。転校生が来たの知ってる?」
朝、教室に入った瞬間に喋りかけられた。
入学してから少し経ったがその間に少なくとも一組の女子とは普通に喋れるようになったのだがまだ他クラスの女子とはうまく話せていない。というか向こうさんと交流することがあまりない。
「転校生? こんな時期に?」
「となると代表候補生ではないのか?」
「篠ノ之さん正解! 中国の代表候補生だって!」
中国……中国と言えばあいつを思い出すな。昔はよくあいつの親父さんの中華料理屋にお世話になったな……千冬姉は滅多に帰ってこなかったから俺が作ったりしていたんだけど食材がなかったときは食べに行ったな……でもあいつが代表候補生……まああり得るわな。男みたいに活発な奴だったけど女の子だし。
「ふっ。この私を危ぶんでの転校かしら」
「あ、シットさんおはよ~」
「座りませんわよ!」
「セットさんおはよ~」
「私はファストフード店のセットメニューではありませんわ!」
「え、この髪の毛の縦巻きロールってポテトじゃないの!?」
「ポテトロールってなんですの!? というよりも貴方達私の髪の毛をそんな目で見ていましたの!? この金色は油で美味しく黄金色に揚げたのではありません!」
「まあセシリアは置いといて~」
「セットとセットをかけてますの!?」
『おぉ~』
思わぬナイスツッコミにクラス中から拍手が沸き起こり、セシリアは一瞬だけ嬉し恥ずかしそうに顔を赤くするが自分が拍手されている理由を思い出し、大きく咳ばらいをした。
「と・に・か・く! この私を危ぶんでの転校ですわね。間違いなく」
その自信はどこから来るのだろうか不思議だ。
「でも専用機持ってるのはうちのクラスと4組だけらしいから織斑君頑張ってね!」
「その情報古すぎてくしゃみが出るわ」
そんな声が聞こえ、声が聞こえた入口の方に視線を向けると茶色で長い髪をツインテールにしている女の子がドアにもたれ掛っていた。
「あれ? 鈴じゃん」
「お久~。一夏」
「て事はお前が?」
「そう。中国代表候補生で専用機持ちかつ2組の新代表の鳳 鈴音よ!」
腰に手を当て、ズビシィ! と俺達に向かって指を突き付けた瞬間、教室のドアがウイィーンと音を立てながら開き、もたれるものがなくなった鈴は後ろへと体を傾かせ、そのまま硬い床に尻餅をついた。
……イギリスはツッコミ少女で中国はドジっ子少女か……属性に困らないな。
「イタタタ……んん! 今の無し!」
「残念ですが私たちの目にしっかりと焼きつけましたわ」
「あ、あ、あんた忘れなさい! 今すぐ忘れなさい!」
「まあまあ2人とも……で、鈴。何か用か?」
「ふふん。宣戦布告に来たわけよ!」
「え? お前単独で日本と戦争するの?」
「しないわよ! あんたに宣戦布告よ! とにかくまた後で来るわ。首を洗って待ってなさい!」
そう宣言し、鈴はチャイムが鳴る5分前に教室を出ていったが思わぬ嵐の直撃を受けた我がクラスの機能は完全に停止している。
首を洗う? 顔を洗うの間違いじゃないのか? どっちだっけ?
そんなことを考えているとふたたびドアが開き、山田先生が入ってきたので俺達は自分の座席へ着席した。